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【レティシア12歳】

032.新しく建つ邸

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 それから、何事もなく1ヶ月ほどが経過した。

 アンドレはてっきり釣書の再送や、レティシアからの手紙あるいは本人の突撃などがあると予想して戦々恐々としていたのだが、特に何事もなく時は過ぎていった。
 まあ了承の返書もなかったのだが。

 反応が何もないので最初は怖くてたまらなかったアンドレも、1ヶ月も過ぎれば断りが認められたのだと安堵するというものだ。首都在住の友人からも公爵家に目立った動きが見られないと連絡をもらっていて、これでようやく通常どおりに穏やかな気持ちで職務に専念できるとホッとしていた。
 ジャックには「なんてもったいないことを」となじられたが、立身出世という意味では向上心の薄いアンドレは「これで良かったんだよ」と取り合わなかった。


 そんな時、郊外の丘の上に新しく邸が建てられ始めた。

 力の強い脚竜ハドロフスが曵く荷駄車が何台も列なって建築資材を運んできて、最初は敷地の造成から始まった。丘を丸ごと囲い、頂上の土を削って土台部分を平らに均してゆく。同時に井戸も掘り始めた。囲った部分を全て庭にするようで、仮柵は不審者の侵入を防ぐと同時にそのすぐ内側に建てられる塀を隠す意味合いもあるようだ。

「なあ、郊外にでっかいお邸が建築されてんの、知ってるか?」

 騎士団支部の休憩室でアンドレが寛いでいるとジャックが声をかけてきた。

「ああ、知ってるよ。ずいぶんでけえお邸みたいだな。こんな辺鄙な田舎街に、どんな物好きが邸なんて建てるのかね?」
「さあな。でもここらは森も川も多いし空気も美味い。首都からは半日ってところだから、ちょっとした別宅を建てるにゃいい所なんじゃないか?」

 まあ知らんけど、と言い添えてジャックは肩をすくめる。いや知らんなら言うなよ。
 でもまあ、実際に建て始めたってことはノルマンド公の許可は取ってあるんだろうし、セーの市長からも認可されているのだろう。アンドレたちがとやかく言えるものでもない。

「だが、庇護対象が増えるのはなあ」

 お邸の建てられている丘の向こうにはちょっとした森が広がっていて、小さな湖がある。獣はもちろんいるし、たまに魔獣も出る。
 ということはつまり、新築のお邸の周辺が新たに巡回区域に加わるということだ。

「まあ俺らそれが仕事だからな」

 文句言っても始まらねえだろ、とジャックに言われて、まあそれもそうだな、とアンドレも返した。その日はそれだけで終わった話だった。


 予想通り、新築工事の周辺も巡回区域に加えられた。だが不思議なことに、アンドレの小隊だけが巡回担当から外された。

「支部長、なぜです?」
「先方からのご要望だ」

 聞けば新築の邸の主がアンドレの存在を知っていて、職人たちに姿を見られたら怖がられて作業に支障が出るから、なるべく近寄らないでもらえるとありがたいと、そう要望してきたのだそうだ。そう言われると今まで散々怖がられてきたのあるアンドレはもう何も言えない。
 どこのお貴族様か知らないが、そんな見ず知らずの人にまで怖がられているとか知りたくなかったアンドレである。

「小隊長、仕方ないセ・ラヴィっす」
「うるせえよドナルド」
「まあそのうち良いことありますって」
「やかましいわリュカ」

 見目の良い貴族子弟たちに慰められたって、ちっとも嬉しくなんかないやい。


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 郊外の邸は2ヶ月足らずでほぼ完成を迎えた。
 どう見ても高位貴族の立派な邸だが、首都で見てきたようなとてつもない豪邸と比べると規模はさほどでもない。華美すぎず、かといって質素にも過ぎず、品よくまとまっていて、いかにもちょっとした休暇を過ごす簡素な別邸という趣きである。

 ある休日に、何となく暇つぶしがてら邸を眺めに来て、その外観にアンドレはなんとなく既視感を覚えた。

 なんか、どこかで見たような………?

 そう、アンドレにはのだ。門の形状も、遠目に見える庭や玄関の構造も、壁や窓の造りも、というか邸のトータル的な意味でのそのものに見覚えがある。
 お邸には何台も荷駄の脚竜車が出入りしていて、家具や調度品などの内装を整えている所なのだろう。だがチラッと見えるその家具類にさえ、そこはかとなく見覚えがあった。

 と、そこへ一台の脚竜車がやってきて、すでに配置されていたらしい門衛が素早く開いた正門から、敷地内へと入って行く。
 その脚竜車にも彼は同じ既視感を抱いた。家紋などはパッと見で見当たらなかったが、あのは確かに見覚えがある。


 数瞬遅れて、アンドレは既視感の正体に気付いた。
 いや待て。まさか、さすがにそこまでは………

「アンドレさま!」

 懸命に頭の中で否定しようとしていたアンドレの思考は、後ろからかけられた呼び声に無情にも遮られた。
 その鈴を転がすような美しい声に、アンドレは聞き覚えがあり過ぎる。あり過ぎて、間違いようもなかった。





 ー ー ー ー ー ー ー ー ー

【お詫び】
先月末から書けない病を発症しているので、次回更新は未定です。本当にごめんなさい。
プロットはあるんですけどねえ…(・ω・`)



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