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【レティシア12歳】

033.お引っ越し

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 アンドレが振り返ると、そこに立っていたのは天使だった。

 控えめに言っても天使アンジュとしか表現しようのない美少女。
 そう、レティシアがそこに立っていたのだ。


 以前と変わらぬ輝く金色の瞳は大きく見開かれ、やや潤んでいる。白皙の肌はまるで真珠のように真っ白で、だが決して作り物めいた美しさではなく、人肌の温もりを見ただけで感じさせる。すっかり長く伸びた鮮やかな金糸雀カナリア色の髪が風に乗ってふわりとなびき、陽神たいようの陽射しを受けて煌めいた。
 全身からほとばしる元気いっぱいの快活さはそのままに、だが手足も首筋もしなやかに伸びていて、年月と成長を感じさせる。肩も腰もふっくらと丸みを帯びはじめて女性らしい身体つきに変わりつつあり、それだけでなく控えめに盛り上がり始めた胸の膨らみさえ、薄い絹のブラウス越しにはっきりと見て取れる。
 そしてなにより、全身のバランスがこの世のものとも思えないほど整っている。小さな頭部、キュッと詰まった上半身、スラリと伸びた足腰。全身がやや華奢に過ぎるのはまだまだ成長途上の未成熟な年頃だからであろうか。だが間違いなく、そう間違いなくあと3、4年もすればこの世に並ぶものもないほどの絶世の美女に変貌を遂げるだろう。今目の前に立っているその姿だけでもすでにとんでもない美少女っぷりだが、この先


「アンドレさま!」

 感極まったように彼女が彼の名を再び口にした。
 それだけで彼女の瞳の潤みが強くなったのは気のせいだろうか。

「えっ、あっ、レティシア、様?」
「はいっ!レティシアですっ!」

 名を呼ばれたことで、彼女の顔にみるみる喜色が満ちる。今にもアンドレの胸元に飛び込んで来そうなほどだ。

「え、えーと?なぜここに?」

 丘の上の新築のお邸がノルマンド家の様式で建てられていると気付いた時点でもうも何もないのだが、それでもアンドレはそう聞かざるを得ない。
 だって釣書にも断りの返事を出したのに。

「お引っ越ししてきました!」
「お、お引っ越し?」
「はい!わたくしもアンドレさまのいらっしゃるセーの街に住むことに決めましたの!」
「えええええ!?」

 なんとビックリ、レティシアがセーの街へ引っ越してきたというのだ。生まれついての公爵家令嬢で、おそらく今までの人生をほぼほぼ首都公邸で暮らしてきたであろう、彼女が。
 いやちょっと待ってくれ。あの新築の邸は単なる別宅ではないのか。
 というよりも、彼女が引っ越してきたとなると。

「えっじゃあ、さっきお邸に入って行った脚竜車には、もしかしてノルマンド公が乗ってらしたのですか!?」
「あれですか?あれはわたくしが乗ってきた脚竜車ですわ。先ほどアンドレさまをお見かけしたのでわたくしだけ先に降りたのですけれど、どうしてお父様がに乗っているのですか?」

 レティシアを途中で降ろして、脚竜車は一足先に新しいお邸に向かったのだという。、つまり他にも人が乗っていたということだ。
 彼女が引っ越してきた、それはつまりということに他ならない。

 だがそう聞かれた彼女は、小首を傾げて不思議そうな顔をアンドレに向けた。

「えっ、だって引っ越してきたの、ですよね?
………ノルマンド家の、皆さんで」

「アンドレさまは何を仰っておいでなのですか?引っ越してきたのはですよ?」

「…………………は?」

 まだ12歳の幼さの残るご令嬢が、こんな何もない田舎町で、ひとり暮らし?
 いやまあひとり暮らしとは言っても侍女や使用人や護衛たちが必ず付いているから、本当の意味での「独り」ではないわけだが。
 いやでも本当に?お兄さんとか公爵お父さんとか来てないの?一緒に住まないの?

「もう、どうしたのですかアンドレさま?そんなに驚いたように目を見開いて、何かおかしなことでもありましたか?」

「いやいやいや!普通驚きますよそれは!」
「どうしてですの?」
「だってお住まいになるのはレティシア様おひとりですよね!?」
「はい、そうですけれど」
「お兄様もお父様もここにはいらっしゃらないんですよね!?」
「お父様はお仕事がたくさんありますから首都公邸にいらして頂かないと。それにカミーユお兄様ももう〈賢者の学院〉をご卒業なさって出仕しておられますから、やはり首都の方が都合がよいのです」
「それでなんでお嬢様はこっちへ!?」

「だって、以前はアンドレさまがわたくしに会いに来て下さったでしょう?だから次はわたくしが会いに行かねば、と思いまして♪」

 話が噛み合っているようで絶妙に噛み合っていない。会いに行く、というのはことと同義ではないはずだ。

 ちなみにさっきの脚竜車はレティシアだけが乗っていたわけではなく、侍女頭のジョアンナも同乗していたのだという。

「ジョアンナさんまで来てるんですか………」
「だって彼女は侍女頭ですもの。わたくしについて来るのは当然ですわ」
「え、首都のお邸の方はいいんですか?」

「なにがですの?」

「だって、侍女頭なんでしょう?」

「お邸の方はのオルガがいますもの。ジョアンナはわたくし付きの10人の侍女の侍女頭なので、彼女たちは全員がこちらに移ってきましたの!」

 いやいやいやいや令嬢ひとりに侍女10人て。
 さすが、公爵家ともなると雇う使用人の数が違いますなあ。





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