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【レティシア12歳】
034.噂の美少女
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「なあ、おい、話聞いたか?」
騎士団詰所の休憩室でアンドレが寛いでいると、ジャックが何やら興奮しながら駆け込んできて、アンドレを見るなりそう言ってきた。
「何の話をだよ?」
至極面倒臭そうに、アンドレは返した。
ジャックがこんなに興奮するなんて、女か酒か賭け事か、まあその程度だ。元は平民出身で騎士の今も士爵しか持っておらず、しかもとうに結婚して子供も複数いるジャックが使える金などたかが知れているし、必然的に彼が興奮するものも小市民レベルのささやかな物事でしかない。放っておいても害はないし、相手しなくてもジャックが不貞腐れるだけだ。
だが、色々と彼に世話になっているのも事実なので、渋々とアンドレは続きを促した。
「あの郊外のお邸、とんでもない美少女が住んでるってよ!」
うわあ最悪だ。よりによって“女”の話題、しかもレティシアお嬢様のことを口にしやがったコイツ。
などとはもちろんアンドレは口にしない。当然顔に出すこともしない。ただ早いうちに現実を見せる必要があると判断した。
「ああ、その話か」
色恋に特段興味を示さないアンドレにそんな話を振るのは元よりジャックだけ、というかアンドレに女の話を振るような無神経な奴はジャックだけなのでアンドレはもちろん初耳なのだが、彼はさも話を聞いてる風を装った。
まあ装ったというか、当の美少女本人と既に話をしているし、知っていることには変わりない。
「おっ、さすがのお前でも知ってたか」
アンドレの内心も知らずにジャックは何故か得意げだ。
「何でもお邸の窓から街を眺めてるのを目撃したやつがいるんだと」
それも頻繁に眺めているらしい、とジャックは自慢げに言う。いや自分で実際に見たわけじゃねえのかよ、とはアンドレももちろんツッコまない。まあそんな事だろうと思ったし。
「輝くような金糸雀色の髪の、それは美しいご令嬢だそうだ。まだ街まで来られたことはないらしいが、うちの隊の若いのもいつか話だけでもしてみたい、って色めき立っててよ、」
「あー、いや」
聞いてられなくなって口を挟んでしまったアンドレである。なんていうか色々とヤバいので、もうこれは悠長な事など言っていられない。可及的速やかに粉砕にかかるべし。
「やめとけ。お前もお前んとこの若い衆も、無理だから」
「な、なんでそんな事分かんだよ?」
「だってあの方まだ12歳だぞ?」
「…………は?」
「しかもノルマンド公爵家のご令嬢だぞ?そもそも会話とかとんでもないし、それ以前に近寄れもしねえよ」
「えっお前なんでそんな詳し」
中途半端に言葉が途切れて、見るとジャックがあり得ないほど青ざめている。
「えっまさかお前それ」
「そうだよ。あの方がレティシア様だ」
「マジかーーーーーー!!」
ガックリ項垂れ崩れ落ちるジャック。
いやいや待てお前なにショック受けてんだ。お前嫁さんも子供もいるだろうが。
「あれがレティシア様……。ノルマンド公爵家の、唯一のお姫様」
「そうだよ。ちなみに父親のノルマンド公が溺愛してらっしゃるから、なんかちょっとでも不審な素振りを見せてみろ、護衛騎士に拉致られて消されるからな」
「マジかーーーーーー!?」
「マジマジ、大マジだ」
実際にレティシアや彼女の護衛たちがそんな非道なことをするとも思わないが、ここぞとばかりにアンドレは脅しをかける。レティシアがすでにこの街まで来てしまっている以上、彼女に何かあればノルマンド公オリヴィエが自分を許さないだろうと彼は解っている。
だから余計な虫を追い払うのは必然的にアンドレの役目になるわけだ。
「………ていうかお前、なんかやたら詳しくね?」
「そりゃあだって、」
レティシア様は俺に会うためにこの街まで来たんだから、とはさすがに言えずに口を噤む。それこそあり得ないことだし、それがあり得ると知っているのはあの7年前の10日間を見ていた者たちだけ、つまりアンドレの他には公爵家の人々だけなのだから。
「実際にお邸に招待されて10日間見てたからな、俺」
「ああ、そっか、そうだよな」
それでジャックは納得しかけ、アンドレもホッと胸を撫で下ろし──
「えっじゃあお前、レティシア様とお喋りとかしたのかよ!?」
「えっ!?」
「だから!一緒にお茶したり楽しくお喋りしたり、どっかデート行ったりしたのかって聞いてんだ!」
「えっいやまあ、したけど」
「したのかよ!!」
「でも7年前だから、当時あの方まだ5歳だぞ!?」
きっとジャックの脳裏にあるのは今のレティシアとキャッキャウフフするアンドレの図である。誤解が甚だしいにも程がある。
「5歳ってお前…………ロリコンか!」
「んなわけあるかーーー!」
「だってお前、お茶とかデートとかしたんだろ!?」
「5歳だろうが公爵家の姫様だぞ!?断れるわけねえだろうが!!」
「けどお前、キャッキャウフフ」
「してねえ!!」
ジャックの妄想はアンドレの予測の斜め上を行っていた。まさかアンドレが5歳の幼女とキャッキャウフフする図を思い描いていたとは。
いやまあ、レティシアは確かにしてたけど。
年相応で可愛らしかったけど。
この分だと彼女と10歳まで文通してたなんて絶対言えるわけないな、とアンドレは気を引き締めた。よし、今後ジャックを我が家に上げるのはナシにしよう。うん、そうしよう。
騎士団詰所の休憩室でアンドレが寛いでいると、ジャックが何やら興奮しながら駆け込んできて、アンドレを見るなりそう言ってきた。
「何の話をだよ?」
至極面倒臭そうに、アンドレは返した。
ジャックがこんなに興奮するなんて、女か酒か賭け事か、まあその程度だ。元は平民出身で騎士の今も士爵しか持っておらず、しかもとうに結婚して子供も複数いるジャックが使える金などたかが知れているし、必然的に彼が興奮するものも小市民レベルのささやかな物事でしかない。放っておいても害はないし、相手しなくてもジャックが不貞腐れるだけだ。
だが、色々と彼に世話になっているのも事実なので、渋々とアンドレは続きを促した。
「あの郊外のお邸、とんでもない美少女が住んでるってよ!」
うわあ最悪だ。よりによって“女”の話題、しかもレティシアお嬢様のことを口にしやがったコイツ。
などとはもちろんアンドレは口にしない。当然顔に出すこともしない。ただ早いうちに現実を見せる必要があると判断した。
「ああ、その話か」
色恋に特段興味を示さないアンドレにそんな話を振るのは元よりジャックだけ、というかアンドレに女の話を振るような無神経な奴はジャックだけなのでアンドレはもちろん初耳なのだが、彼はさも話を聞いてる風を装った。
まあ装ったというか、当の美少女本人と既に話をしているし、知っていることには変わりない。
「おっ、さすがのお前でも知ってたか」
アンドレの内心も知らずにジャックは何故か得意げだ。
「何でもお邸の窓から街を眺めてるのを目撃したやつがいるんだと」
それも頻繁に眺めているらしい、とジャックは自慢げに言う。いや自分で実際に見たわけじゃねえのかよ、とはアンドレももちろんツッコまない。まあそんな事だろうと思ったし。
「輝くような金糸雀色の髪の、それは美しいご令嬢だそうだ。まだ街まで来られたことはないらしいが、うちの隊の若いのもいつか話だけでもしてみたい、って色めき立っててよ、」
「あー、いや」
聞いてられなくなって口を挟んでしまったアンドレである。なんていうか色々とヤバいので、もうこれは悠長な事など言っていられない。可及的速やかに粉砕にかかるべし。
「やめとけ。お前もお前んとこの若い衆も、無理だから」
「な、なんでそんな事分かんだよ?」
「だってあの方まだ12歳だぞ?」
「…………は?」
「しかもノルマンド公爵家のご令嬢だぞ?そもそも会話とかとんでもないし、それ以前に近寄れもしねえよ」
「えっお前なんでそんな詳し」
中途半端に言葉が途切れて、見るとジャックがあり得ないほど青ざめている。
「えっまさかお前それ」
「そうだよ。あの方がレティシア様だ」
「マジかーーーーーー!!」
ガックリ項垂れ崩れ落ちるジャック。
いやいや待てお前なにショック受けてんだ。お前嫁さんも子供もいるだろうが。
「あれがレティシア様……。ノルマンド公爵家の、唯一のお姫様」
「そうだよ。ちなみに父親のノルマンド公が溺愛してらっしゃるから、なんかちょっとでも不審な素振りを見せてみろ、護衛騎士に拉致られて消されるからな」
「マジかーーーーーー!?」
「マジマジ、大マジだ」
実際にレティシアや彼女の護衛たちがそんな非道なことをするとも思わないが、ここぞとばかりにアンドレは脅しをかける。レティシアがすでにこの街まで来てしまっている以上、彼女に何かあればノルマンド公オリヴィエが自分を許さないだろうと彼は解っている。
だから余計な虫を追い払うのは必然的にアンドレの役目になるわけだ。
「………ていうかお前、なんかやたら詳しくね?」
「そりゃあだって、」
レティシア様は俺に会うためにこの街まで来たんだから、とはさすがに言えずに口を噤む。それこそあり得ないことだし、それがあり得ると知っているのはあの7年前の10日間を見ていた者たちだけ、つまりアンドレの他には公爵家の人々だけなのだから。
「実際にお邸に招待されて10日間見てたからな、俺」
「ああ、そっか、そうだよな」
それでジャックは納得しかけ、アンドレもホッと胸を撫で下ろし──
「えっじゃあお前、レティシア様とお喋りとかしたのかよ!?」
「えっ!?」
「だから!一緒にお茶したり楽しくお喋りしたり、どっかデート行ったりしたのかって聞いてんだ!」
「えっいやまあ、したけど」
「したのかよ!!」
「でも7年前だから、当時あの方まだ5歳だぞ!?」
きっとジャックの脳裏にあるのは今のレティシアとキャッキャウフフするアンドレの図である。誤解が甚だしいにも程がある。
「5歳ってお前…………ロリコンか!」
「んなわけあるかーーー!」
「だってお前、お茶とかデートとかしたんだろ!?」
「5歳だろうが公爵家の姫様だぞ!?断れるわけねえだろうが!!」
「けどお前、キャッキャウフフ」
「してねえ!!」
ジャックの妄想はアンドレの予測の斜め上を行っていた。まさかアンドレが5歳の幼女とキャッキャウフフする図を思い描いていたとは。
いやまあ、レティシアは確かにしてたけど。
年相応で可愛らしかったけど。
この分だと彼女と10歳まで文通してたなんて絶対言えるわけないな、とアンドレは気を引き締めた。よし、今後ジャックを我が家に上げるのはナシにしよう。うん、そうしよう。
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