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04.真実の愛
しおりを挟む私たちは三年に上がり、その傾向はますます顕著になっていった。ヒロインは常に生徒会室にいて、婚約者はたまに学園の廊下ですれ違うだけ。
婚約者の噂も次第にエスカレートしていき、具体的にヒロインに辛く当たっていると見てきたように語られるようになった。
いつしか婚約者は、その地位を笠に着てヒロインを虐めていると、王子に近付くヒロインに嫉妬しているのだと囁かれるようになっていた。
それも半ば公然と、噂というより陰口と言えるレベルで。
彼女は学園内でも僅かな取り巻きを従えるだけで、その他の多くの生徒からは白い目で見られるようになっていた。聞こえるように噂されても人前では反応することもなく、ツンと澄まして無視を決め込んでいた。
その姿は、何とも傲慢で高飛車な印象しかなかった。
それとともに、密かに王子にそれとなく注進に及ぶ子息や令嬢たちが増えてきた。彼らはみな具体的に、さも目撃したような話を聞かせてくる。耳障りの悪い言葉を聞き続けるのが面倒で、彼ら彼女らには書面で提出するよう申し付けた。受付窓口は生徒会室だ。
“影”からは、かつて指示した件について報告があり、追加の指示を求められた。これも面倒で、婚約者に処理させろと命じて追い払った。何を指示したのかなどいちいち憶えてはいないし、彼女は卒業したら私の伴侶となるのだから代行させたところで問題ないはずだ。
ヒロインは相変わらず貴族令嬢としてはなってはいないが、入学当初に感じたとおり新鮮で、その新鮮さはそのままに親密度は上がっていた。
そう、常に隣にいても違和感がないほどに。
「わたし、殿下のおそばにいられて幸せです」
ヒロインが栗色の瞳を輝かせて言う。クリーム色の髪がサラサラと風に揺れ、何とも可愛らしい。
「そうですよ殿下。彼女は素晴らしい人だ」
宰相の子息が手放しで絶賛するなど珍しい。だがこの子のことに関しては平常運転だ。
「ああ。彼女こそ王子妃として相応しい」
騎士団長の子息はもうすでに、この子に忠誠を誓う勢いだ。
「魔術の…理解も…ある。こんな自分にも…優しくて…天使…」
人見知りの陰キャのはずなのに、魔術師団長の子息はうっとりとこの子を眺めている。その視線に少しだけ苛立つ自分がいる。
「この子になら、僕は商会の命運を託してもいい!この子が王妃になれば、きっと近隣諸国との貿易ももっと盛んになるよ!」
商会頭の子息に至っては、ブンブン振られる尻尾が幻視できるほどだ。
彼らは、口を揃えて言った。ヒロインを王子妃にすべきだと。
そして同じその口で、今の婚約者は地位と権力にものを言わせてこの子を虐めている、酷い女だとも言った。
「本当なのか?」
私はヒロインに訊ねた。
「それは………その………」
「勇気を出して、本当のことを言ってごらん。決して悪いようにはしないから」
優しく微笑んでやると、それでもしばらくは逡巡していたが、最後には意を決して訴えてきた。
「わたし、去年からずっと婚約者に目の敵にされていて………きっと、殿下のおそばに置いて頂いているのが気に入らないのだと思います………」
俯き加減で小さく呟かれたその声が震えていて。
怯えている。そう感じたら無性に怒りが湧いてきた。
「わたし、マナーも勉強もあまり出来てなくて。でも一生懸命頑張っているのに、できないからって嘲笑われて。『身の程を知りなさい』って。『殿下のお側には相応しくない』って………」
「自分が公女だからって、男爵家の娘だとバカにしているんでしょうね」
「常に取り巻きを引き連れて、数の力で脅しているそうだ。全く、卑怯な!」
「魔術の…授業で…事故に見せかけて…攻撃したと聞いた…魔術への冒涜だ」
「懇意にしている商会に、男爵家との取引を止めるよう脅したらしいよ!本当に陰湿だよね!まあもちろん、その分はうちの商会で男爵家に融通してるけどね!」
「そうか、それは酷いな。さすがに看過できん、ちょっと問い質してくる」
本当にそんな事をしているのなら、すぐにでも止めさせなければ!
「あっ、いえ!」
だのに、その私の腕に縋って止めてくる。何故だ?
「わたしがいけないんです!わたしが殿下に甘えたいばっかりに!………でも、もういいんです。わたしが身を引けばそれで丸く収まりますから」
そう言って悲しそうに、目に涙を溜めて、それでも微笑ったその顔が美しくて、儚くて、今にも消えてしまいそうで。
ダメだ、そんなのはダメだ!この子を失いたくない!
「君は何も心配するな」
だから安心させるように優しく声をかけた。
「私が全て解決してやる。だから、もう身を引くなんて悲しいことは言うな」
「殿下………!」
感極まったのか、彼女は私の胸に飛び込んできた。
初めての身体的接触。意外と華奢なその身体はどこか懐かしさを覚える抱き心地で、けれど少しだけ震えていて。今にも消えてしまいそうに感じて、思わずきつく抱きしめていた。この腕の感触があるうちは、失わせたりするものか!
さすがに人前で口づけを落とすほど我を失ってはいなかったが、それでも彼女にしっかりと告げた。
「私は君を愛している。だからずっと、側にいてくれ」
「殿下………!はい、私も殿下のお側にずっといたいです!」
感極まったように顔を赤らめて、次いで花が開いたように満面の笑みを浮かべて、確かに彼女は応えてくれた。
まるで天にも登るような気持ちだった。
失いたくない。この気持ちも、この子も、この幸せも。
だから私がやる事はひとつだ。
愛しい彼女を虐げる者は、何人たりとて断じて容赦しない。きっと罰を与えて、絶対に破滅させてやる。
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