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婚約解消と次の婚約が成立しました
しおりを挟む「……そなたの立場も考えて、最高の縁談を用意したつもりだったのだがな」
陛下が残念そうに仰います。まあ血統を考えればわたくしは第四王子殿下との婚約も考えられたわけですから、そのお言葉には真実の響きが籠っておいでです。わたくしと第六王子殿下が同い年だったからこそ、彼がわたくしの相手に選ばれ婚約が組まれたようなものです。
あら、王妃様も驚いていらっしゃいますわね。やはりわたくしの血縁関係をお分かりでなかったご様子です。
「だが、それほどまでに嫌がるのなら致し方ない。子爵家には別の縁談を⸺」
「畏れながら申し上げます」
その時、謁見の間の片隅から声が上がりました。あっ、このお声はもしや。
「おお、公子か。申してみよ」
陛下のご許可を得て進み出られたのはやはりアロルド様。公爵家の若君です。わたくしの父方の祖母の祖父、つまり臣籍降下した当時の王子様の興された公爵家のご次男。わたくしと曾祖父母を同じくする、2歳歳上のはとこの⸺
えっ待って何を仰るつもりなのお兄様!?
「殿下がいらないと仰せならば、彼女は私がもらいます!」
えええっ!?なっ、何を仰るの!?
「陛下、どうかご許可を」
「ふむ、そうじゃな……」
「あ……あの、お兄様……?」
思わず、お許しもないのに声を発してしまいました。確かにお兄様には幼い頃から可愛がって頂きましたけれど、お兄様は一度もわたくしをそういう目で見られたことなどなかったはずです。
「まあ、公子であれば代わりとしても悪くはないのう」
「陛下!?」
意外にも陛下が乗り気のご様子で、わたくしまたもや声を上げてしまいました。
「……のう、公子よ。そなたの想いはどうやら伝わっておらぬようだのう」
「そこに関しては私も頭の痛いところではありますが、お許しさえ頂けるのならこれからたっぷりと」
たっぷりと、って何をなさるおつもりなの!?
「であれば、今ここでエリザベス嬢に聞いてみよ。了承を得られるようなら後押ししてやろう」
「ありがたき幸せ!」
喜色あふれるお声で陛下に御礼を述べられたお兄様は、そのままわたくしに向き直りサッと跪いて、驚き固まったままのわたくしの手を取られました。
えっお待ちになって!?いつの間にわたくしの傍までいらしたの!?
「エリザベス。君は全く気付いていなかったようだけど、僕はずっと君のことを憎からず想っていたんだよ」
「え…………ええっ!?」
「でなければとっくに婚約者を決めていたもの。君を諦めきれなかったから、ずっと婚約者も決めないままだったんだ」
「そ、そんな」
確かにお兄様は頑なに婚約者をお決めにならなくて、公爵閣下がずっとお困りでいらしたのは存じてますけれど……。でも公爵夫人の方はお困りというか、少し呆れていらしたような……?
わたくしも、お兄様ほどの殿方でしたら良い縁談がいくらでもあるだろうと不思議だったのですけれど。でもそういえば、わたくしがそのお話をするたびにちょっと悲しそうなお顔をなさってたわ。
「君とコンラド殿下との婚姻まで見届けてしまえばさすがに諦めもつくだろうと思っていたんだけれどね。殿下が君を蔑ろにしてると知ってからは、いつかこうなるんじゃないかって。そう思ったら余計に諦めがつかなくなった」
「し、知っておられたのですか……?」
「当たり前だろう?僕の母は今上陛下の王妹なんだから」
そう、そうなのです。当代の公爵閣下の世代で公爵家は『宗族』から『血族』へ落ちてしまうため、それを防ぎ宗族のままに留め置くために、当代の公爵閣下の元へ王家から今上の陛下の妹君が輿入れなさったのです。それがお兄様の母上、公爵夫人なのです。
だからアロルドお兄様と第六王子殿下は従兄弟同士に当たるのです。
ですからわたくしも本来は気安く公爵夫人を「おばさま」などと呼べないのですけれど、おばさまご自身がそう呼べと仰せなので……。
「というわけで、僕と婚姻しようエリザベス!」
「え…………ええっ!?」
そ、そんないきなり直接的に言われても!
「僕のことは、嫌いじゃないだろう?」
「そ、それはそうですけれど……」
「僕は第六王子とは違うから、君を決して蔑ろにはしないし、むしろ毎日愛の言葉を囁いてとろとろに蕩かしてあげるよ」
「そ、それはちょっと……」
今までだって散々可愛がられて甘やかされて来てるのに、あれ以上とかなったらこっちの身が持ちませんわ!
「ふふ。照れてる顔も可愛いねエリザベスは」
「かっ、からかわないで下さいましお兄様!」
「んー、まずはそれからだね」
「…………それ、とは?」
「“お兄様”ではなくて“旦那様”と呼ばなくちゃダメだろう?」
「まっ、まだ婚姻しておりません!!」
だ、だん……、気が早すぎですわ!!
「まっ、待て!」
と、そこへ慌てたようなお声がかかります。
「なんですか、殿下」
お兄さ……アロルド様がそれは嫌そうに振り向かれました。そう、声を上げられたのは第六王子殿下です。
「え、エリザベスは私の婚約者だ!アロルド、お前の出番など⸺」
「「もう殿下は婚約破棄したでしょう」」
アロルド様と陛下に同時にツッコまれて、殿下がうぐ、と言葉を詰まらせます。
そうですよ殿下。わたくしのことをよく調べもせず、貧乏子爵家の娘と侮って衆目の面前で辱めようとした貴方が、今さら何を仰るのですか。
「一応聞くけど、ベスは殿下のこと」
「絶対に嫌ですわ」
「だよねえ」
「じゃろうのう」
アロルド様と陛下が揃って頷かれます。お父様も当然といったご様子で「子爵家としても、家格で侮るような婿など欲しいとも思いませぬな」などと仰って、それで殿下はますます青ざめていらっしゃいます。
挙げ句に第四王子殿下、兄君からも「今さら何を言っているんだお前は」などとツッコまれています。まあ自業自得ですわね。
「だっだが!そなたはずっと私を愛しておったのだろう!?折々に手紙を寄越し、贈り物を献じて私の機嫌を取ろうと必死だったではないか!」
…………あら殿下、わたくしが文や贈り物をまめにお送りしていたこと、ご存知だったのですか。今まで一度も返書やお返しの品など頂いたこともありませんのに。
「それは将来の夫となる人と、少しでも関係を良好に保とうと努力していただけですわ。それなのに殿下はそんなわたくしを一度も顧みることなく、お気持ちも少しも分けて頂けず、挙げ句にあのような場で婚約破棄を声高に叫んで辱めようとまでなさいましたわね。
殿下から頂いた初めてのプレゼントがあれでしたもの。もう受け取った以上はお返しできませんわ」
「そ、そんな照れずとも」
「照れ隠し?冗談でもあり得ませんわ。そもそも疎み蔑んでくる相手に恋い焦がれるなどあり得ませんもの」
「う、嘘をつくな!」
「嘘などであるものですか」
不敬は重々承知の上で、それでもついつい言葉が荒くなってしまいます。まあ第六王子殿下もわたくしという婚約者を失えば、今後のご自身のお立場が危ういとようやく気付いたのでしょうが、今さらもう遅いのです。
そして陛下も王太子殿下も、王妃殿下でさえもがわたくしの言動を咎めようとなさらないので、第六王子殿下への拒絶は認められていると判断してよいでしょう。
「⸺ねえ、僕と婚約すれば第六王子から守ってやれるけど、どうする?」
「では是非よろしくお願い致します」
「即答か!?」
当たり前でしょう、殿下。子供の頃から可愛がってくれていた相手と、ずっと嫌って蔑ろにしてきた相手と、どちらを選ぶかなんて分かり切ったことでしょうに。
「よろしい。では公爵家次男アロルドを子爵家嫡女であるエリザベス嬢の婚約者として認めよう。アロルドよ、婚姻後は子爵となる妻をよく支えるようにな」
「ありがたき幸せ!生涯をかけて子爵家の繁栄に尽力する所存です!」
ニヤニヤしながら成り行きを見守っておられた陛下が、わたくしが了承したことを受けて婚約の成立をお認め下さいました。その瞬間にアロルド様が食い気味に誓いを立てられ、陛下も子爵も満足そうに頷かれて。
いえお三方とも判断早すぎでは!?
「では早速、新たな婚約誓紙と破棄証紙を持って参れ」
「陛下、すでにこちらへ」
「おお、さすがは宰相。仕事が早いのう」
いえ早いなんてものではありませんわよ!宰相閣下はわたくしたちが入室した時には既におられて、その後一度も退出なさっておられませんのに!今それをお持ちということは最初から用意していたってことじゃない!
などと思ったりもしましたが、アロルド様との婚約を断るとまた第六王子殿下に付き纏われることを思えば、断ることもできません。
…………いえ、まあ、正直に申し上げて不満など全然ないのですけれど。子供の頃からずっと大好きだったお兄様が、今後は婚約者、そしてゆくゆくは愛しい旦那様になるというだけで、だけで………………………ってそれが恥ずかしいのですわっ!!
侍従たちが手早く文机とペンを用意し、わたくしとお父様はサッとそれぞれ確認して署名しました。アロルド様は婚約誓紙の方だけ受け取ってサインし、控えていた戸籍管理局長に手渡しました。いつの間にそこに控えておいででしたの!?
そして陛下は渋る第六王子殿下に破棄証紙を突き付けて「サインせよ」と厳命なさいます。逆らえずに殿下が渋々サインなさったそれを陛下が御自ら戸籍管理局長にお渡しになり、それで第六王子殿下との婚約解消とアロルド様との婚約が無事に成立しました。
なんだか順番が逆のような気もしますけれど、まあ同時ということで、良しとしましょう。この場のどなたも問題視されておられませんものね。
ちなみにこの誓紙や証紙はいずれも魔術による偽造防止と制約が課されていて、公文書として保管されますし、正式な手順以外では破棄も焼却も破り捨てることさえもできません。ですので殿下との婚約が復活することはないですし、アロルド様との婚約は間違いなく履行されます。
そう。わたくしは兄と慕っていたアロルド様の婚約者になってしまったのです。
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