【完結】王家の血統〜下位貴族と侮るなかれ〜

杜野秋人

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貧乏子爵家令嬢の幸せな結婚

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 アロルド様はあの謁見の間での婚約成立のあと、あり得ないほどの速さで引っ越しの段取りを決め、我が子爵家に移り住もうとなさいました…………ので、全力でお断り致しました。
 だって我が家はもう長いこと使用人も最低限にして、邸の補修も後回しにしていて荒れ放題なんですもの!とてもではないですが、公子様を住まわせられるような状態ではないのです!

 でもそうしたら、そんなこともあろうかとばかりに我が邸の隣に大豪邸を建て始めてしまわれたのです!さすがは筆頭公爵家、王都の公邸だけでなく領都の本邸の隣にまで立派なお邸を建てられて、むしろわたくしたち一家に引っ越しておいでなどと抜かし…………コホン、仰るのです!
 ありがたいけれどさすがに尻込み致しますわ!貧乏生活が長かったせいで、わたくしたち家族は華美で奢侈な生活に慣れておりませんのよ!?

「何を言っているんだベス。子爵家きみの家だって本来なら筆頭子爵家で王家血族なんだから、このくらいはむしろ当然なんだよ?」

 だとしてもです!わたくしが生まれた時にはもうこの状態のお邸だったのです!場違い感がハンパないのですわ!
 しかも侍女に執事に庭師に料理人まで代わりに雇って下さるなんて、恐縮どころの騒ぎではありませんわ!

「そんなに遠慮しなくたっていいのに。婚姻したら結局が使うことになるわけだし、今から慣れておいた方がいいだろう?」
「だからといって!いきなり何もかも変えすぎですわ!」

 と言いつつ、結局逆らえないのだろうなと解ってしまっているわたくしです。ああ、もうアロルド様に勝てる気が致しませんわ。


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


「それにしても、本当によろしかったのですか?」

 アロルド様が新しくお建てになった王都の公邸のお茶室で、アロルド様とふたりきりの昼のお茶を楽しみながら、つい訊ねてしまいます。

「なにがだい?」
「その……わたくしなどで本当にアロルド様は満足なのですか?」

 自分で言うのも悲しいですが、わたくしは容姿はさほど優れてはおりません。ふた目と見られないとまでは言いませんが、社交界の華と謳われるご令嬢やご婦人たちの前では霞んで消えてしまう程度の平凡な容姿です。それに……その、出るべき所もあまり出ておりませんし……。

「なんだ、そんなことか」

 だけどアロルド様は、何でもないことのように微笑わらわれます。

「僕は子供の頃から、明るく聡明で貧しい境遇にも負けないで笑っていられる君が好きだったんだよ」

 そんな事を仰るものだから、思わず顔に熱が集まって俯いてしまいました。

「容姿も家格も、血筋でさえも関係ないんだ。君の心の在りようが、僕はとても好ましい」
「そ、そんな……」

 わたくしの心が喜びに満たされてゆくのが分かります。ああ、嬉しい。この方は本当にわたくしを、血筋や外見ではなくてわたくし自身を望んで下さるのですね。

「それに、幸いにして僕は次男、兄がいる限りは家を継がなくていい気楽な立場だ。兄はあの通り殺しても死ななそうな人だし、僕は将来的には家門の持ってる空いた伯爵株でももらって、嫁を取ってのんびり暮らすんだろうと、その程度にしか思っていなかった」

 そうですわね。わたくしも子供の頃に聞かされたことを憶えております。
 ちなみにアロルド様のお兄様は騎士団の部隊長をお務めです。勇猛で鳴らされた筋骨隆々の偉丈夫で、近々、近衛騎士団に栄転なさるとか。将来の近衛騎士団長だとか、今から騒がれておられますわね。

「だから思ったんだ。伯爵になるくらいなら、子爵だってだろう、って」
「大違いですわよ。伯爵家と子爵家とでは領地の広さも与えられる権限も、何もかも桁違いですわ」

 子爵家の領地は地方都市ひとつ。それに対して伯爵家は複数の都市を含む一地方の支配権を与えられるのです。伯爵家ひとつの配下には子爵家が5、6家従うのが一般的ですわ。

「まあ、そこは確かにね」

 アロルド様はそう言って肩を竦められますが、特に残念がってもおられません。そのご様子を見て、この方は本当に我が子爵家に望んで婿入りして下さるのだなと、急に腑に落ちました。
 腑に落ちてしまうと、それもまた喜びに変わるのだから現金なものです。
 でも仕方ないではありませんか。わたくしを、子爵家を選んで下さった、それでいいと受け入れて下さった。我が家と家族と、我が家の歴史を誇りに思うわたくしにとって、それは何よりも嬉しく有り難いことなのですから。

「それなのだがね」

 扉をノックする音がして、顔を向ければ開いている扉を叩きながらお父様が入ってこられるところでした。わたくしとアロルド様は既に婚約者ですが、なのでふたりきりの時は必ず扉を少し開けておかねばならないのです。
 でもとりあえず、それはさておいて。

「借金も完済したことで、正式に陞爵しょうしゃくの打診があった」
「えっ本当ですかお父様?」
「まあ、そうでしょうね。新たに王家宗族に復帰するのだから、これでやっと条件が揃ったということです」

 えっお父様だけでなくアロルド様までお分かりでいらしたの?

 詳しく話を聞けば、お父様がお母様との婚姻が決まった時点で陞爵の話がすでに出ていたらしいのです。何しろおふたりの子がその身に持つ王家の血が3割に達することが確定になったので、王家宗族に戻した上で伯爵に陞爵させるべきだとの声が上がったのだとか。
 それが実現しなかったのは、ひとえに我が家に借金があったためです。それも結構な金額でしたから、その借金を抱えたまま爵位だけ上げてしまっては、新たな顧客として金貸し商たちに狙われる懸念もあったのだとか。まあ陞爵したばかりの家なんて体のいいですからねえ。
 もしそれでさらに借金を重ねたりしては伯爵位の品位にも関わってきますし、首が回らなくなって没落でもされたら目も当てられない。ということでまずは借金の完済がになったのだそうです。

 借金は王家の支援もあって無事に完済見込みですし、王家宗族への復帰も確定です。第六王子殿下は宗族初代でしたからもちろんですが、アロルド様だって公爵夫人おばさまを初代とする二代目ですから宗族です。陛下があの時仰った「代わり」とはそういう意味なのです。

「ということで、僕とベスとの婚姻と同時にベスが継爵して女子爵になり、継爵が完了次第すぐに陞爵の手続きが開始される。準備や手続きの期間を考えても、継爵後半年もすれば女伯爵だね」
「えええええ……」

 ちょっと皆様?本当に展開が早すぎでは!?

「だってなあ」
「そうですよね、義父ちち上」

「「大事な愛しい大事な愛しいベスのためだからね」」

 もう……もう!ふたりとも、愛が重いですわっ!!


  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 わたくしは婚約者としてアロルド様と愛を育みながら⸺いえ、まあ、主に宣言通りに蕩かしてくる彼に溺愛されてばかりでしたけど⸺父について領政を学び、婚約からおよそ2年、18になった年にアロルド様と正式に婚姻致しました。
 20歳になったアロルド様はより男らしく、知性も武技も魔術も色気も見違えるほど成長され………まあ、最後のは正直必要なかったのですが、成長してしまわれたものは仕方ありません。とにかく成長され、わたくしはずっと翻弄されるばかりです。
 それから半年でお父様が隠居され、わたくしは正式に女子爵となりました。我が国ではその家の血を引く者が爵位を継ぐと決まっているので、わが子爵家の血を持たないアロルド様はあくまでも“当主の夫”というお立場です。
 そしてそれからさらに半年を経て、本当に陞爵してしまいました。わたくしも晴れて女伯爵ですの。


 婚約破棄から再婚約、婚姻、そして継爵から陞爵の経緯は主に陛下をはじめ公爵閣下おとうさま公爵夫人おかあさまが社交界で広められたで、もうわたくしを「貧乏子爵家の娘」などと謗る者もありません。王家宗族を悪く言って無事に済むはずがないと、真っ当な貴族家なら当然お分かりですものね。
 そしてわたくしたち夫婦に子供が生まれたら、その子には改めて王家から縁組がなされることも決まってしまいました。わたくしたちの子世代は宗族三代目になりますから、そこで王家から嫁あるいは婿を迎えれば、孫たちの世代も宗族のままでいられます。

 アロルド様はお言葉のとおりに、わたくしを愛し慈しんで下さいます。もうわたくしも、彼の言葉を疑ったりは致しません。本当に幸せな婚姻生活で、爵位が上がった苦労こそあるものの、とても満ち足りた毎日を送れています。
 でもアロルド様?毎晩のように愛そうとするのはおよしになって?ちょっとわたくし、身も心も保ちそうにありませんのよ?


 第六王子殿下ですか?婚約破棄の一件が広まってしまって以降、誰からも見向きもされておられませんわね。婚約者も決まらず、臣籍降下は確定ですが爵位や領地をどうするか、宰相閣下はじめ閣僚の皆様が頭を悩ませておられます。もう夜会などでも全くお見かけしませんから、もしかすると事実上の幽閉状態になっておられるのかも。
 まあ自業自得ですけれどね。でも陛下や王妃殿下には頭の痛い問題でしょうね。


 婚姻から3年、わたくしは無事に跡継ぎの男児を出産致しました。玉のような元気な男の子で、子孫を残す務めを果たせてわたくしも安堵したものです。アロルド様もそれはお慶びになって、隠居した両親も大喜びで毎日のように初孫の顔を見に来ます。
 ちなみに妊娠中はアロルド様が伯爵代理として政務を全部肩代わりして下さいました。むしろ逆にわたくしが一切仕事をさせてもらえずに、暇を持て余して不満を溜めていたほどです。でもそれも彼の愛だと思えば、嬉しいやら恥ずかしいやら。
 いけませんね。そんなことだから「何年経っても新婚か」などと揶揄われてしまうのでしょうね。


 だってしょうがないじゃない。
 毎日のようにのだもの。


 ああ、でも。
 この子には将来、王女殿下が降嫁されるのよね。

 その時にまた、婚約破棄などされなければいいのだけれど……。





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感想 4

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みんなの感想(4件)

ひろパパ
2023.01.17 ひろパパ
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2023.01.21 杜野秋人

返信遅れてスミマセン(>_<)


魔術のある世界ですけど、血の濃さまでどうこうできるかなあ……(^_^;

まあでも、エリザベス本人が自分の血の濃さをしっかり分かっていますから、アロルドとの結婚でさらに血が濃くなったとしても、運良く産まれてきちんと育った子供には王家と血の繋がりのない相手を用意してやるのではないかと。
というか、そもそも「血が濃くなること」によって奇形や遺伝子異常が生まれやすくなるってことを認識できている世界なのか……って所から考えないといけないかもです(^_^;

解除
ひろパパ
2023.01.17 ひろパパ

ちょっとクレオパトラ並みに血が濃いぞ主人公!
次代が奇形にならなければいいんだが!

2023.01.17 杜野秋人

感想ありがとうございます。


血が濃くて奇形児の産まれる確率ってどれほどあるんでしょうかね?あくまでも確率の問題(異常のある遺伝子が発現するかどうか)でしかないと思うので、そういう意味では「なるようにしかならない」んじゃないかなと(^_^;

まあでも、幼い頃から実は両片想いのふたりなので、困難があっても乗り越えていくんじゃないですかね?

解除
祐
2023.01.16
ネタバレ含む
2023.01.16 杜野秋人

感想ありがとうございます。


そういう事ですね。父方の曾祖母、父方の祖母、母方の祖父母それぞれに王家の血が入っていて、主人公エリザベスにそれが全部集まってるわけです。
一本一本は世代を重ねていて血流量としては少ないのですが、合わさると比率として無視できない数字になる、っていう。それがこの話のミソですね。

解除

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