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宣告
しおりを挟む「それと」
ここで初めて、公爵が我が子を睨んだ。
「ヒルデガルト嬢との婚約はお前の有責で破棄された。慰謝料として請求された白金貨200枚、お前が働いて返せ」
「なっ………」
次男坊は二の句が継げない。
それもそのはず、白金貨といえば貧しい平民の年収にほぼ相当する。ある程度経済的に自立した若い平民でも年収は白金貨2~3枚程度、妻と子を持つような年齢でも年に白金貨5枚を稼ぐのは一苦労である。
それを200枚も請求された。公爵家の財力をもってすればそんな大金でもさほど苦労せず払えるだろうが、平民に払えるわけがない。しかも。
「慰謝料の支払いに公爵家は関与しない。侯爵家からも支払いはお前からのみ受け付けると証紙をもらってある」
そう言って公爵は一枚の紙をハラリと落とした。震える手で拾って読むと、確かに今言われた内容が書いてある。さらに。
「公爵家と侯爵家の提携破綻に関わる損害賠償!?」
そこに書いてあったのは、公爵家からの損害賠償請求である。しかも金額が白金貨500枚。
「当然だろう。お前の婚約破棄のせいで我が公爵家とヒルデガルト嬢の侯爵家とで結ばれるはずだった貿易の提携が破談になったのだ。その損害分を請求して何が悪い」
さも当たり前だと言わんばかりに宣う公爵。むしろそれでも安く見積もったのだぞと言われても、次男坊は喘ぐことしかできない。
「し、しかしちちう」
「父ではないわ!」
「こ、公爵閣下!ウルドは侯爵家の──」
「娘などではない」
何とか紡いだ言葉は、ことごとく最後まで言わせてもらえなかった。しかも今、父は何と言った?
「え、」
「この女は、侯爵家の猶子に過ぎん」
「ゆ、猶子?」
「そうだ」
「え、いや、養子では?」
貴族が他家の子を引き取って育てる場合、二種類の縁組の方法がある。それが養子制度と猶子制度だ。
養子とは、他家の子を家門の一員と認め、相続を含む全ての権利を実子と同様に扱うものである。娘しか生まれなかった場合に親族や他家から男子を引き取り、跡取りとして迎え入れる場合に主に適用され、娘に婿を取らせて家に入れる“婿養子”も養子のひとつだ。もっとも婿養子の場合、妻となる娘のほうが家督を継いで婿養子には爵位や権力を渡さない場合も多々あるが。
しかし猶子とは、引き取って育てるものの家門の一員とは見做さず、成人あるいは独立するまで後見として衣食住や必要な教育その他を支援してやり、独立後は関係を解消することを前提としたものだ。
これは親族中で身寄りを亡くした子供などに主に適用され、養育中は家族として遇するものの実子と同様の待遇にはしない。立場を分からせるために部屋を離れに置いたり、食事の時間を別にしたり、教育にも差をつけるのが一般的だ。
「この娘は離れに住まわせられていたのだろう?」
「え、あ、はい。本邸には滅多に入れてもらえないと──」
「食事の時間も侯爵やヒルデガルト嬢らと分けられていたそうだな」
「はい、自分だけいつも粗末な食事しか与えられないと」
「ドレスも宝飾品も買ってもらえない、と」
「は、はい、意地悪をされていると泣きつかれ」
「姉が虐める、だったか」
「え──」
なぜ父がそこまで詳しいのか。疑問がむくむくと次男の中に沸き起こる。それと同時に、疑念も。
「全て猶子であれば当然の待遇だ。侯爵にも確認したが、やはりこの女は猶子として引き取ったに過ぎず、結婚までは面倒を見てやるがそれだけだと何度も言い聞かせておったそうだ」
だが全く理解していなかったらしいがな、と公爵は鼻で嘲笑った。
その顔は、ウルドを庇った自分にヒルデガルトが向けたものと同じだった。
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