けじめをつけさせられた男

杜野秋人

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転落

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「おい、どこまで行くんだ!?」

 5日後。
 次男坊は馬車に揺られて郊外の街道をひたすら首都から遠ざかっていた。
 馬車に乗っているのは次男坊のほか、公爵家に仕える執事がひとりだけだ。そのほか、次男坊の部屋の荷物を全て詰め込んだ荷駄車と使用人たちの乗った大型の馬車が後ろをついて来ている。

「どこと申されましても、でございますが」
「どこが離れだ!もう首都からも出てしまったじゃないか!」

 普通、離れと言えば邸の敷地内に建てられた別邸のことだ。断じてこんな郊外にある邸のことではない。

「そうですなあ。でございますから」

 だが詰め寄っても、執事はケロリとしている。そんな執事に憤りつつも、公爵家の子息として然るべき教育を受けてきている次男坊は暴力を振るうなど考えたこともないため、それ以上問い詰められない。
 結局、不貞腐れたまま彼は押し黙るしかなかった。


 ようやくたどり着いたのは首都の衛星都市のひとつで、「こちらです」と言われて馬車を降りた次男坊は唖然としたまま声も出せない。
 そこにあったのは、離れどころか一軒屋でさえない、肉体労働者が寝泊まりするようなオンボロの長屋だったのだ。

「こちらが、坊っちゃん──いえ、貴方と奥方の新居になります」
「いや待て、おかしいだろう!?」

 自分とウルドの新居だと言われて、堪らず次男坊は声を荒げた。

「何か問題でも?」

 長屋の扉のひとつを開けながら、執事が不思議そうに聞く。

「問題しかないだろう!公爵家の次男をこんな所に案内して、どういうつもりだ!?」

「送って差し上げただけでも御礼を言われて然るべきだと思いますがね?まあ、詳しい話は中で致しましょう」

 事もなげに執事はそう言って、さっさと室内に入って行った。
 置き去りにされた格好の次男坊も、渋々それを追って室内へと入る。

 入ってみてまたしても驚いた。
 中に、父が腕を組んで立ったまま待ち構えていたからだ。しかも父の足元には、縛られて猿轡を噛まされたウルドが転がっている。

「父上!?ウルド!?」
「貴様は礼儀ものか。と呼ばんか!」

 大喝されて驚く次男坊。父からそんな他人行儀な呼び方をしろなどと言われたのは初めてだから無理もない。

「ちちう…」
「父ではない」

 再びそう言われて、今度こそ二の句が継げなくなる。

「公爵家に害しかもたらさぬ者など必要ない。よって貴様は公爵家の人間ではない」

 冷徹な声で宣言され、次男坊は喘いだ。

「い、一体何を──」

「昨日付で貴様を除籍した。今日からは貴様は平民だ。身の程を知れ」
「平民ですって!?」

 そんな話は聞いていない。一体何がどうしたらそうなるのだ。

「平民が誰と結婚しようが公爵家のあずかり知らぬこと。ほれ、嫁も連れてきてやったのだから感謝することだな」

 公爵の言葉に、縛られたままのウルドがくぐもったうめき声を上げてもがいた。

 彼らの周りでは、馬車に付き添ってきた公爵家の使用人たちが次々と荷物を部屋に運び込んでいく。

「とはいえ、だからな。お前の私物は全て持って来させてある。売ればそれなりの財産にはなるだろう」
「え?」
「それから、この長屋は公爵家で買い取ってお前の名義にしてある。空き部屋を人に貸せばそれなりの収入になるだろう」
「………は?」
「感謝してもらいたいものだ。ここまで恵まれた新婚生活を送れる平民などそうはおらんからな」
「な、何を言って………」
「それと」

 ここで初めて、公爵が我が子を睨んだ。





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