芋女と呼ばれて三年。離縁を夫に申し渡された伯爵夫人の次の手は

鈴白理人

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第五話 カーテシーと伯爵の新たな欲望と

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 伯爵が印章で押印した最初の三枚は離婚証明書となり、そのあと押印された書類は書記たちの解雇証明書である。

 その数はたった三枚。
 欲望に塗れた行動を選択していく人の腐敗の速度に、そっとメリアーナは小さなため息をついた。


 
 同志たちが全員退室したのを確認するとメリアーナは淑女の礼を行った。
 上級貴族令嬢だけあって、手本のようなカーテシーである。



 真っ直ぐ向けられたその顔に、伯爵の心臓の鼓動が高鳴った。


 そういえば、この女の顔をまじまじと見たのはこれが初めてかもしれない。

 ブカブカな農作業用の服で隠されているが、意外に豊満な胸と、リボンで縛られているほっそりとした腰……出るところは出て細いところは細い、均整の取れた身体を舐めるように眺める。

(あの腰を思うまま掴んで脚を開かせたらどんなだろう)
 力任せに組み敷いて、男の体重で抵抗を塞ぎのしかかってやる想像に、伯爵は夢中になった。
 多少抵抗するくらいが、ただ物静かな女よりずっといい。


 祖父の代から使用人は全て欲望のはけ口に過ぎず、絶対的な雇用主である領主の所有物なのだと、先々代、先代伯爵だった祖父や父の行動から学んだ。

 不本意な契約結婚をするまでは、王都に行きさえすれば一夜の相手には困らなかった。
 爵位を継ぎ、しかも未婚。いくらでも女が寄って来た。

 だが徐々に困窮し、金が無ければ遊ぶことも出来ない。仕方なく身近な周囲を改めて物色すると、思いのままに出来る平民の使用人がおり、見目の良いメイドに手を付けたこともある。
 入浴時メイドに身体を拭かせている時に興奮し、他の者を全員下がらせてから押し倒したこともあったし、言付けて呼び出したランドリーメイドと人気の無い屋外で半ば強引に事に及んだこともあった──
 ジゼルとは違う、熟れ切る前の果実の味もなかなかのものだった。
 
 だが、夢中になる前にどのメイドもいつの間にか館から姿を消していた。 
 どの女も沸騰した欲望の解消に過ぎなかったし、ジゼルが追い出したのだと分かっていた。
 


 ゴクリと喉が鳴り、興奮して下半身が熱くなる。
(なぜ俺はこの女を抱かなかったんだ?)
 芋女だと思っていた。みすぼらしい女だとジゼルもずっとそう言っていた。
 ……ジゼルは本気でそう言っていたのか? ただの嫉妬で、俺が近付かないように牽制していたんじゃないのか。
 
 少なくとも身体は素晴らしい。いや、下手するとジゼル以上だろう、これは。
 二度も結婚していたのだから、初物ではないだろう。特に二度目の婚姻相手の公爵は、欲しいと望んで無理矢理妻にしたと噂に聞いている。
 ヒィヒィ啼かせる自信はある。モノにさえしてしまえば……
 

「きゃっ!?」
 女の声にハッとなる。
 思わずジゼルを膝から落としそうになり、慌てて彼女を抱きなおした。
 もっとよくメリアーナを見ようとして、自分が前のめりになったことに気付かない。

「どうしたの? ハル、なんか変よ」

(ジゼルはこんな声だったか……?)
 接待されていた三年の間で飲んだ酒の量はどれほどだろう。掠れて濁ったような声に聞こえてしまう。
 集まっていた下半身の熱が途端に下がる。

 
(何よ、何なのよ。いきなり気もそぞろになっちゃって!)
 ジゼルが自分に目を向けさせようとして舌で伯爵の耳を舐めると、ギョッとしたように伯爵の全身が震えた。
 予想外の反応に、今まで感じたことのない焦りを感じる。
 伯爵が他の女に手を出した時もこんなに不安になったことはない。ただの小娘たちだったし彼が満足する技術なんて持っているわけがないからだ。伊達に何年も公認の愛人だったわけではない。
 自分の美しさを保つ努力と、閨での飽きの来ない技術には自信があった。
 それなのに──
 
 


 伯爵は途端に今手にしているものがどうでも良くなった気がして、ゴクリと唾を飲み込む。


 その時メリアーナの、光を受けてキラキラ輝く海のような真っ青な瞳と、伯爵の視線が合った──


「離縁賜りましたわ。わたくしが持ち込んだものと共に去るのはお許しくださいませね。それではごきげんよう。末長くお二人ともお幸せに」



 メリアーナが部屋から退室するとき、ジゼルのねっとりとした声が聞こえてくる。

「あの素晴らしい化粧品の販売権も伯爵家にあるんでしょ? それだけでもあれば、これから何もしなくてもお金は勝手に入ってくるのよね?」
「……あ、ああ。もう遊んで暮らせるぞ」
「んもう! どうしちゃったの? ボーッとしちゃって」
「……」 


(残念! 化粧品はわたくしの名義で販売しているのよね)
 メリアーナはそう思ったが口に出すことはなかった。
 


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