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第二話 今日こそ言ってやります
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全ての歯が生え変わった数年後──
「兄上さま。そろそろわたくしは縁談の話が来る年頃になったと思うのですが……」
「……」
「なぜ黙ってしまわれたのですか?」
「……そんな恐ろしいことを考えたこともなかったからな」
「……まあ。意味が分かりません。この年まで国民の糧で生を贖ってきたのですもの。皇族の務めとして当然のことではありませんか。よりよい繁栄のため、この身を捧げる覚悟は出来ております」
「いや。もう其方は既にその身を捧げておるからして」
「え? どういうことですの?」
「そのままの意味だ」
兄の言うことは訳が分からない。けれど、時間が無かった。
姫は昔からの疑問を訊ねることにした。そのために必死に知恵を絞って一人になれる時間を作り出したのだ。
「それは……乳母と何か関係がありますか?」
「其方は賢いな。そうだな。関係は大いにあるな」
「わたくしも学んできましたから……。普通は乳母というのは、わたくしの乳母のような風貌ではありませんよね……」
「そうである必要は必ずしもない……ともいえないか。万一があった時に姫を抱え上げ移動することが出来れば好ましいゆえ」
「抱え上げるのが必須というわけではない……ですよね。護衛の者たちが抱え上げてくれればよいだけのことではありませんか」
「そうだなあ」
いつのまにか兄はくだけた口調になっていた。仲が良いと評判の同母兄妹である。
皇帝の正妃は絶世の美女と名高く、その美貌は確実に二人に受け継がれていた。
周囲の者は口にこそ出さないが、筋骨隆々で(というよりはまるで熊のような)皇帝のほうには似ず、大変目の保養になる御兄妹で良かったと思っている。
皇帝の名誉のために付け加えておくと、ある一定層いる嗜好の者たちからは大変愛されている。特に皇后からは『わたくしのクマちゃん』と人目をはばからず愛でられているのだから。
太平の世で良かったと誰もが考える。荒れている世だったら容姿よりも武力が偏重され、評価も変わっていただろう。
「そもそも乳母とは、母親に代わってお乳を与える者のことですよね? そして乳離れしたあとの子育てをする者のことですよね?」
「今日は饒舌だなあ。どうしたんだ? 確かに乳母の役割はそうではあるが……まあ良いでは無いか。授乳は母上がおこなったし、子育ては乳母の役割というのは間違っては……いない」
うん、多分……と言う兄の小さなつぶやきが聞こえてしまって、姫は何とも言えない気持ちになった。
(やっぱりわたくしの乳母はおかしいわよね??)
「わたくしの乳母に、乳母という呼び名はおかしいと思うのです。母という文字が入る余地はどこにもありませんよねぇ??」
「其方が赤子の頃からつきっきりとなるには乳母になるしかない、とたっての希望だったからなあ」
「……わたくしの乳母にお乳が出るわけないですよねぇ!?」
「出たら恐ろしいな……うっかり想像してしまった」
姫はめまいがした。兄は賢いのにいつもどこかズレている。
(もうっ!)
(何でそうなるのっ!)
(言ってやる! 今日こそ言ってやるんだから!!)
「あの者は……お、お、おおおお、男! ではありませんかあああ」
姫はプルプルしながら、ようやく言いたかったことが言えた。
兄はといえばブツブツ言いながら考え込んでいて、ぼそっと口にする。
「……乳父…っ?」
もげてないって分かったときの、わたくしの安堵を返してえぇ……
妹の地団駄が兄には聞こえたような気がした。……それは正直すまなかった、と兄は言いたい。同じような年の男が何人もつるんでいたらやるだろう、立ちショ……いや、幼かったのだ!
「兄上さま。そろそろわたくしは縁談の話が来る年頃になったと思うのですが……」
「……」
「なぜ黙ってしまわれたのですか?」
「……そんな恐ろしいことを考えたこともなかったからな」
「……まあ。意味が分かりません。この年まで国民の糧で生を贖ってきたのですもの。皇族の務めとして当然のことではありませんか。よりよい繁栄のため、この身を捧げる覚悟は出来ております」
「いや。もう其方は既にその身を捧げておるからして」
「え? どういうことですの?」
「そのままの意味だ」
兄の言うことは訳が分からない。けれど、時間が無かった。
姫は昔からの疑問を訊ねることにした。そのために必死に知恵を絞って一人になれる時間を作り出したのだ。
「それは……乳母と何か関係がありますか?」
「其方は賢いな。そうだな。関係は大いにあるな」
「わたくしも学んできましたから……。普通は乳母というのは、わたくしの乳母のような風貌ではありませんよね……」
「そうである必要は必ずしもない……ともいえないか。万一があった時に姫を抱え上げ移動することが出来れば好ましいゆえ」
「抱え上げるのが必須というわけではない……ですよね。護衛の者たちが抱え上げてくれればよいだけのことではありませんか」
「そうだなあ」
いつのまにか兄はくだけた口調になっていた。仲が良いと評判の同母兄妹である。
皇帝の正妃は絶世の美女と名高く、その美貌は確実に二人に受け継がれていた。
周囲の者は口にこそ出さないが、筋骨隆々で(というよりはまるで熊のような)皇帝のほうには似ず、大変目の保養になる御兄妹で良かったと思っている。
皇帝の名誉のために付け加えておくと、ある一定層いる嗜好の者たちからは大変愛されている。特に皇后からは『わたくしのクマちゃん』と人目をはばからず愛でられているのだから。
太平の世で良かったと誰もが考える。荒れている世だったら容姿よりも武力が偏重され、評価も変わっていただろう。
「そもそも乳母とは、母親に代わってお乳を与える者のことですよね? そして乳離れしたあとの子育てをする者のことですよね?」
「今日は饒舌だなあ。どうしたんだ? 確かに乳母の役割はそうではあるが……まあ良いでは無いか。授乳は母上がおこなったし、子育ては乳母の役割というのは間違っては……いない」
うん、多分……と言う兄の小さなつぶやきが聞こえてしまって、姫は何とも言えない気持ちになった。
(やっぱりわたくしの乳母はおかしいわよね??)
「わたくしの乳母に、乳母という呼び名はおかしいと思うのです。母という文字が入る余地はどこにもありませんよねぇ??」
「其方が赤子の頃からつきっきりとなるには乳母になるしかない、とたっての希望だったからなあ」
「……わたくしの乳母にお乳が出るわけないですよねぇ!?」
「出たら恐ろしいな……うっかり想像してしまった」
姫はめまいがした。兄は賢いのにいつもどこかズレている。
(もうっ!)
(何でそうなるのっ!)
(言ってやる! 今日こそ言ってやるんだから!!)
「あの者は……お、お、おおおお、男! ではありませんかあああ」
姫はプルプルしながら、ようやく言いたかったことが言えた。
兄はといえばブツブツ言いながら考え込んでいて、ぼそっと口にする。
「……乳父…っ?」
もげてないって分かったときの、わたくしの安堵を返してえぇ……
妹の地団駄が兄には聞こえたような気がした。……それは正直すまなかった、と兄は言いたい。同じような年の男が何人もつるんでいたらやるだろう、立ちショ……いや、幼かったのだ!
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