シチューにカツいれるほう?

とき

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7章 三人暮らし

33話

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 深夜、突然起こされた。
 ピンポンピンポンピンポン! インターホンの連打。
 何事かと思ったけど、犯人はすぐに予想がついた。

「椎木さん……?」

 こんな非常識なことをやる知り合いは自分の母……を除いては椎木しか思いつかなかった。
 寝ぼけた目をこすりながら、真理子と志田は玄関のドアを開ける。

「おはよー!」

 そこには制服姿の椎木がニコニコしながら立っていた。

「なに……」

 眠すぎて正直、相手をしたくなかった。

「いやぁー、友達んところ追い出されちゃってさー。こんな深夜にか弱い女の子を放り出すなんてひどいよね。だから、今日は泊まらせて!」

 椎木はまったく悪びれずに言ってのけるので、真理子と志田は同時にため息をはく。
 どの顔してそんなことが言えるのか。
 まさに厚顔無恥。化粧で塗り固められた美少女の笑顔で、世間を渡っている。

「早く入って」

 入れないって選択肢が存在するならそうしたいけど、今は家に入れるしかなかった。

「いやー! 家があるってうれしいねー」
「はいはい」

 まともに相手をしたら負け。眠さもあって、すごくイライラしそう。
 椎木をリビングに放置して、自分の部屋に戻ろうとしたとき。

「リヒトー、ご飯作って。お腹空いちゃった」

 椎木が志田の腕にしがみついていた。
 何重にもあってはならないことが目の前で起きていた。真理子は一瞬にして目が覚める。

「椎木さん! さすがに非常識だよ!」
「なんで? リヒト、料理得意じゃん」

 口をあんぐりと開けるしかない答え。
 やっぱり相手をしちゃいけない相手だった。

「わかった。私が作るよ。志田くんは寝てて」
「いいのか?」
「志田くんはこんなバカの相手をしちゃダメ」

 椎木には関わりたくないけど、志田が椎木のために何かをするよりかはマシだと考えた。

「バカってひどーい」
「バカじゃん」
「バカじゃないよ! バカっていうほうがバカだし」

 バカすぎてホント頭痛がひどい。今すぐ寝て、思考を停止したい。

「志田くんは先に寝て」
「お、おう……」

 真理子は背中を押して、志田を二階の部屋に追いやってしまう。
 志田はケンカをした二人が残るのは不安だけど、真理子を信じるしかないという状態にされてしまった。
 でも真理子としては、これでいろいろ安心。

「たまご雑炊でいい?」
「別にいいけど」

 可愛くない返事。
 志田にだったら、ありがとうと言うんだと思う。
 椎木が帰ってくるじゃないかという低い可能性に備えて、志田はご飯を多めに炊いていた。
 真理子は鍋にお湯を沸かして、その冷たいご飯を投入する。

「どこに泊まっていたの?」
「友達んところ」
「女?」
「男」
「え?」
「あたし、女友達いないから。わかるでしょ? 女受け悪いの」

 すごくわかる。
 男受けするのかも疑問だけど、見た目だけはすごく可愛いから、モテるのは間違いない。

「男のところを転々としてるの? そういうやめたほうがいいよ」
「なんで? あんただってそうしてるんでしょ?」
「私は違う。志田くんだけ」
「ふーん」

 椎木がニヤニヤしながら言うので、言い返す気になれなくなる。言ったら恥ずかしい目に遭いそうだった。

(そっか……。同族嫌悪があるのかも)

 居場所を失って男のところに逃げてきたという事実。自分は男たらしの椎木とは違う。もっとちゃんとした理由でここにいる。そう訴えたいのかもしれない。
 ホント自分ってちっちゃい。

「行くところないからさ、あたしを必要にしてくれるところ行くだけだよ。ま、要らないって言われたんだけどねー」

 真理子は鍋を見ながら椎木の話を聞いているけれど、急に不安になってくる。
 この人はいったいどんな人生を送っているのか。平気そうに振る舞っているけれど、過酷な現実があるのかもしれない。

「泣くなよー」

 黙り込んだ真理子に椎木があおってくる。

「泣いてないって!」
「別に珍しい話じゃないだろー。大人にとって子供が邪魔なときがあるんだよ。親から出て行けって言われたのは、今回がはじめてじゃないし。むしろ、リヒトのお母さんは、家を紹介してくれたんだからいいほうだよ」

 明るく話している分だけ怖い。真理子はなんと返していいのかわからず、料理に集中する。
 溶き卵を鍋に入れる。あとはかき混ぜて、ほどよく固まったら完成だ。

「ほら、できたよ」

 テーブルに座って待っていた椎木に、たまご雑炊の茶碗を持っていく。

「へえ、けっこううまいじゃん」
「志田くんに習ってるからね」
「いいお嫁さんになれるよ」
「そういうのいいから!」

 ホント、人のペースを乱すようなセリフを無意識に繰り出してくる。もしかしたら、全部計算してるのかもしれない。

「わっ、いいじゃん! あたし、こういうの好きだよ!」
「そ、そう……」

 食べたあとは文句を言われると思ったら、まっすぐに褒められるので照れてしまう。

「亡くなったお母さんがさ、作ってくれたんだよね。雑炊? おかゆ? どっちかわかんないや。まあ、こんなドロドロしたやつ。別にたいしておいしくないんだけど、なんというか気持ちこもってるみたいな?」

 雑炊はおいしくないらしい。
 褒め言葉じゃなかったことにショックを受けるが、亡くなった母の思い出話をされてツッコみづらい。

「思い出補正なんだろうけど、なんかあったかい。これ、好きなんだよねー」

 椎木はうっとりしていう。
 続いてパクパクとスプーンが進む。
 味はともかく、真理子の作った雑炊が気に入ったのは間違いないみたいだった。

(けっこういい子なんじゃん)

 食べ終わって真理子が鍋や茶碗を洗っていると、椎木はリビングのソファーで横になり眠っていた。

「そんなところで寝てると風邪引くよ」

 肩を揺らしてみるが、まったく起きる気配がない。

「ふわー」

 起こそうとしているほうが、大きなあくびが出てしまう。
 椎木が寝てしまうのは無理もない。もう時計は二時を過ぎていた。

「おやすみ」

 真理子は椎木に毛布をかけてあげて、リビングの電気を消した。
 なれなれしくてうざいけれど、憎めない性格。それでいて可愛い顔してるんだから、男性に人気があるのはわかる気がした。
 ちょっとゆがんでるのは自分と同じく、環境のせいなんだと真理子は思った。

「世が生きにくいだけなんだよ」
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