夜と初恋

残月

文字の大きさ
上 下
5 / 7

5   

しおりを挟む
「ええー! りっくんのひとり歩き、沖さんが許したんだ!」
 十二月二十八日、今年最後の水原の事務所に香月の声が響き渡る。
「律くんを送迎する沖さんの気持ち、とってもよくわかるわ。私だって電車通勤の律くんが無事に顔を見せてくれるまでは、ものすごく心配だもの」
 水原がそれに相槌を打った。
「りっくん、沖さんに変なケータイ無理やり持たされてない? あと、服とか靴に盗聴器がついてるとか!」
 今日は年末の挨拶だけとかで、おやつの時間を過ぎてからやってきた香月は言いたい放題だ。
「ついてないよ」
 それを気にせず、目の前の画面に淡々と文字や数字を打ち込んでいく。
 確かに、クリスマスの次の日から今日までの三日間、沖の送迎ではなく電車通勤をした。
 ここの事務所は出勤時間が世間よりは遅めだし、電車なんて以前も通学や通勤で使っていたので、香月の口から盗聴器という物騒な言葉が出てくるほど、沖に電車通勤を心配されているわけでもないと思う。沖が雪下の店を手伝いに行ったクリスマスの日も、帰りは電車で帰ったのだから。
 そのクリスマスの夜から、沖との関係が少し変わった。
 あの夜に、三日後に抱くと宣言されてから、視線がぶつかるたびに濃厚なくちづけを交わすようになった。
 おはよう、おやすみの挨拶はもちろんなのだが、実はこれが二人の日常生活に支障をきたしてしまっている。
 いちばんは食事の準備中だ。隣に並んで材料を切っていたり、コンロに火をかけていたりと、そんなときでもお互いの視線があえば、沖に容赦なくくちびるを奪われることになるのだ。
 ときには視線があわないのに沖から仕掛けられることもあって、危険だし、それではなかなか食事にありつけないので、出来あいのものを買ってきたりデリバリーを注文することになった。
 それでも食事中はキスをしないように取り決めて、食べるだけ食べたらお風呂の時間までリビングのソファに寝転がって舌を絡めあった。
 律の裸を見れば絶対に手を出すからと沖が言うので、お風呂へ一緒に入ることはなかったが、その代わりに夜はベッドでお互いの腕と脚を絡めあって眠った。
 昨夜は沖が律の身体に触れてきて、自分だけがイカされてしまったので照れくさかった。
 それ以上はないけれど、すべてが次の段階への準備のようで気恥ずかしい。
 沖とひとつになるのがいよいよ今夜だとなると、期待と不安で胸が押し潰されそうだった。
「なんで急に電車通勤になったの」
 水原が用意してくれたクッキーとアールグレイを堪能しながら、香月が疑問を口にする。
「沖さんに用事ができたって言われて……。もしかしたら、ヒイラギさんと一緒なのかも」
「こんな年末に撮影とか聞いてないけど、あたし」
 律にも曖昧にしかわからなかった。
 一昨日の早朝、沖の携帯電話に着信があって、誰かと喋っていたのは知っている。砕けた会話の様子に最初は雪下からかと思ったが、声が違っていた。電話の相手は男性のようで、沖の口から時々ヒイラギという単語が出たのでドキリとした。
 電話を切ったあと羽根布団の中で沖に抱きしめられ、「用事ができたから、しばらく送迎ができない」と謝られた。それから「次は返さずにずっと持っていていいから」と、クリスマスの時みたいに部屋の合鍵を渡してくれた。
 いつもと違うのはそれだけで、仕事を終えた律が帰宅するのと同じくらいの時間に、沖も帰ってくる。おそらく今日もそうなのだろう。
 ――ちゃんとヒイラギだけを愛している。
 律に突き刺さったままの言葉を、今夜だけは忘れても許されるだろうか……。
「入力作業、もう終わるのね。律くんが手伝ってくれているおかげで、今年は心置きなく休みに入れるわ」
 いつものようにおっとりとした水原の言葉に、思考が引き戻される。
「こちらこそ、ちゃんとお手伝いできてるか不安ですけど」
「いいえ、本当に助かってるわ、ありがとう。さてと、今日はもうお店を閉めちゃおうかしら。年末最後で人手も少ないし、独り身の私だって色々とお買い物したいもの。律くんも早く沖さんのところに帰りたいでしょう? あ、おうちにって意味よ?」
 意味ありげに微笑んだ水原が、内線電話で店じまいの指示を与えた。
「アルバイトの子たちが上がってきたら、これを渡してもらえるかしら。律くんと香月ちゃんも持って帰ってね」
 そう言って『Holly Olive』のロゴが入った小さな紙袋を数個手渡された。
「またまた試作品なんだけど、ローズがメインのバスグッズだから今度感想を聞かせてね」
 水原はそう言うと、店舗でレジ締め作業へ入るために事務所を出ていってしまった。
「りっくんは年末年始、どっか行くの?」
 香月の言葉に首を横に振り、データを保存してからパソコンの電源を落とす。
「初詣くらいはしたいと思ってるけど」
「私も明日から実家に帰るだけだし、似たようなものだね」
「香月の実家は遠いの」
「うん。苦手だけど、移動は飛行機なんだ」
「そうなんだ。年明けにまた元気な顔を見せて」
 香月にそう告げると彼女は穏やかに微笑み、艶やかな黒髪をなびかせてソファから立ち上がった。
「じゃあ、お店で水原さんに挨拶してから帰るね。良いお年を」
「うん、良いお年を」
 帰り支度をした香月に紙袋を渡し、事務所のドアの前でお互いに手を振って別れた。
 壁にかけられている時計を見れば、まだ午後四時を過ぎたところだ。いつもより早い時間とはいえ、冬の夕方はすぐに濃い闇が落ちてくる。
 少ししてから事務所に上がってきたアルバイトたちにも紙袋を渡し、店を閉めて戻ってきた水原に年末の挨拶を告げ、明日からの沖との休暇に想いを馳せながら帰宅の途についた。

    ✥    ✥
 
 やられた、と思った。決して油断をしていたわけではない。
 沖にも言われ、自衛のためにできるだけ人通りの多いところを選んで歩いていたのだが、年末の人手の多さも加わって、それが逆に周囲の意識がひとりの人間に向かない環境を作り出してしまった。
 水原の事務所からの帰り道、大通りの歩道を歩いていた律に、突然見知らぬ二人の男が無言で近づいてきた。
 男たちは律の前後を挟み込む位置につくと、それぞれにその歩みを速めたり遅くしたりして、巧みに律を車道側へと誘導してきた。
 このただ事ではない事態に身の危険を感じとると、肌の表面にピリピリとした刺激が走り抜けた。
 人混みを避けることは容易でなく、やがて男たちの思惑通りに車道側へと誘導されてしまい、恐怖と緊張で全身が強張って律の歩みが止まった。その瞬間タイミングを見計らった男たちに、車道へ向けて身体を押し出されてしまった。
 律の身体が車道へと傾ぐと、そこへ狙いすましたかのように大型のワゴン車がリヤドアを開けて滑り込んできた。あっという間に十人乗りの車の中に押し込められて、抵抗する間もなく車内にいたスーツ姿の男たちによって拘束されてしまったのだ。
 そしていま律は為す術もなく、ベッド仕様にされた最後部のシートに転がされていた。
「ではこのまま若に指定されたホテルへ向かいます。ご存知だとは思いますが、若は何事も初物の男が大変お好きですから、それ以上は彼に触れないようにしてください」
 運転席にいる男が冷たい声で、律の隣にいる男――弘樹へそう告げた。
「ちぇーっ、なんだよそれ」
 律が拘束されるなり、律の服をはだけてその肌をまさぐっていた弘樹が、運転席の男の指示に不満の声を上げた。
 沖の手とは違うその気持ちの悪さに、吐き気がして鳥肌が立つ。
 しかしいまの律は服の上から両手両足をテープで縛られ、おまけに猿轡までさせられている。助けを呼ぼうにもどうにもできなかった。
「まあ金が手に入るんならいいか。若頭もちょっと抱いたらすぐに飽きるかもしれないしな。それまでせいぜい松川組で可愛がってもらえよ。捨てられたら俺のモノでたっぷり愉しませてやるからさ」
 弘樹はそう言いながらも、開けさせた服のあいだから入れた手を、律の滑らかな肌に這わせることをやめなかった。
 松川組、そして若頭という弘樹の言葉から、自分がこれからその人物に引きあわされるのだということがわかった。
 弘樹は律を、お金のために松川組の若頭に売るつもりなのだ。いつからそんなことを考えていたのかわからないが、だから律を執拗に探していたのだと理解した。
「ねえ、片桐さん……だっけ。少しいじるくらいなら許してもらえるでしょ? コイツの肌って手に吸いついて、マジで気持ちよくて触るのガマンできねえもん、俺」
 言葉の前半は運転席に向けられたものらしい。男の返答も聞かずに弘樹の指は容赦なく律の肌をさまよい、探りあてた乳首をつまみ上げてくる。
「おっ、もう勃ったのかぁ律。ぷっくりしてピンクで、エロい乳首だなぁ」
 コリコリと両方の指でつまんで乳首を転がしながら、弘樹が嬉しそうに鼻息を荒らげてだらしなく笑った。
「ウゥ……ッ」
 目つきの悪い屈強な男たちに囲まれた車内は圧迫感があり、いやだと声も出せず逃げることもできない。せめてもの抵抗に、身体をよじるくらいしかできなかった。
「偶然入ったあのバーで律を見つけたときは、本当に神様っているんだなぁって思ったぜ。昨日やっと松川組から連絡もらってさ、こうやって律を迎えにきたってわけ。なあ……ココ、乳首って舐められたことある? 律は処女だし、ないよな? 俺が最初に舐めてもいい?」
「やめておきなさい。若に知れれば貴方が地獄を見ますよ、石川弘樹さん」
 片桐と呼ばれた男は三十代だろうか。上等なスーツを着て欧州ブランドのハーフリム眼鏡を掛けたその風貌は、端正でインテリ然としている。だが射るような双眸が声と同じく冷たく感じて、こちらの緊張を誘う男だった。
 弘樹は片桐に睥睨へいげいされ、軽く舌打ちをしてからようやく手を引っ込める。
「……林田さんもそのホテルにいるの?」
「迎えの者と一緒に向かっているはずです。若が早急に彼の具合を確かめたいとのことで、もし気に入ればホテルでお二人にお礼をしたいと言っていました」
 林田という人物は、おそらく弘樹の仲間なのだろう。律と交換で、二人にはそのホテルで金銭が与えられるのだろうか。
「律なら大丈夫でしょ。若頭もメロメロになるんじゃねえの」
「まあ確かに、彼ならお気に入りになれるでしょうね。とても綺麗な人だ」
 片桐の視線が興味深げに、律の全身を確かめるように這った。
 なんとしても逃げ出さなければならない。しかしその術は見つかりそうもなかった。
 絶望と悔しさを滲ませながら、律はこの状況から逃れるために思考を巡らせた。


 
 律が連れてこられたのは『Holly Olive』からさほど遠くない場所にある、五つ星のホテルだった。そこは宿泊施設やサービスはもちろんだが、中でもカフェとパティスリーが絶品なのだとテレビでもよく特集が組まれていた。施設にいたとき何度かその番組を観ていたので、ホテルの名前も憶えていた。
 入口のセピア色をしたステンレス製の銘板には、記憶の通り『Swallow』とエッチングされた文字があった。
 車寄せで数人の男とともにワゴン車から降ろされると、意外にも律のすべての拘束が外された。
 律がそれに驚いていると乱れた衣服を片桐が整えてくれ、歩いてホテルへ入ることが許された。きっちりと前後左右を男たちに囲まれて、だったが。
 「お帰りなさいませ」とスタッフに声をかけられていた片桐を先頭にして、強面の男たちと最上階のスイートルームへ足を踏み入れた。
 スイートルームの最初の部屋はまるで大広間のようで、その無駄な空間の使いかたに沖のマンションの靴だけ置き場を思い出した。
 磨き上げられた白の大理石の床。三つも設えられた王侯貴族が使うような豪華なソファセット。天井から幾つも垂れ下がるのは、きらびやかに光を放つシャンデリアだった。ここが豪華なのはきっと応接室のような使われかたをするからだと、律は変に自分を納得させる。
 その部屋を抜けて開けっ放しの扉をくぐると、次の部屋の窓際にはなぜかグランドピアノが置いてあった。
 ピアノの下にはフカフカの赤いカーペットが敷かれていて、部屋の真ん中にはこれまた豪奢なソファセットがコの字型に配置されていた。
 どうしてホテルの部屋にグランドピアノが置いてあるのだろうか。ここで鑑賞会でもするのだろうか。お金持ちの思考は、やはり律には理解ができそうにない。
 この部屋の一角にはバーカウンターまで備えつけてあって、ホテルといえば宿泊施設という律の一般常識が崩れそうになる。
 一体何室あるのか。扉が幾つか見えるのでこのほかにも部屋はあるようだったが、片桐が立てる革靴の音は、いちばん奥まった部屋へと向かっていた。
「こちらがマスターベッドルームです」
 片桐が目的の部屋の重厚なドアを開くと、ベッドルームの奥に沖の部屋のものよりずっと大きなベッドが鎮座しているのが見えた。
「到着したと若に連絡を」
「はい」
 片桐の言葉に、携帯電話を手にしたひとりの男が引き返していった。ほかの男たちは壁を背にして、立ったまま待機をしている様子だ。
 それを見届けた片桐に促され、律と片桐と弘樹の三人だけが、カーペット敷きの主寝室に足を踏み入れた。
「貴方はここで待っていてください」
 片桐は弘樹に入口近くのソファセットに腰を下ろすよう指示すると、律にルームシューズを渡し、彼自身もそれに履き替えた。そして律がルームシューズに履き替えるのを見届け、奥にあるベッドまで律を連れていき、そこに腰掛けさせる。
 それから片桐はどこかの俳優にも似た整った顔立ちを律に近づけ、小さな声で尋ねてきた。
「シャワーを浴びませんか」
 静かに聞かれるが、こちらは貞操の危機なのだ。もちろんそんな気分になれるわけがない。
 黙って首を横に振ると、彼の眼鏡の奥の双眸がやさしい色を見せた。
「車の中であの男に身体を触られていたでしょう。いい気分ではないでしょうから、綺麗にしてきてください。これが必要かと思いまして」
 そう言っていつの間に手にしていたのか、水原からもらった『Holly Olive』の紙袋を律に手渡してきた。
「あ、ありがとう……ございます」
 この状況で礼を言うのもおかしいが、車道へ押し出されたときに落としたと思っていたので、無事に手元に戻ってきてよかった。
「本当に聞いていた通り、落ち着いていて可愛らしい人ですね。クールビューティーというのかな。これでは手折ってしまうのを躊躇うのもわかる気がします」
 片桐の指の背が、温度を持って律の頬をそっと撫で下ろす。
 なにを……と思ったとき、不機嫌そうな弘樹の声が割って入った。
「そっちでコソコソなにしてるんだよ。俺に触るなとか言っといて、もしかしてアンタ、律のこと口説いてんじゃねえの」
 その弘樹の言葉に、片桐の双眸が冴えた光を帯びた。
「口の利きかたには気をつけたほうがいい。貴方がどう思っているか知りませんが、私は若の直参ですよ。若の意に沿わないことをするとお思いですか」
 言葉とともに怒りを含んだ視線を入口へ向けると、その迫力に弘樹の身体が竦み上がった。
「いまから彼にはしっかりと身体を磨いてもらいます。若との初夜ですからね。……さあ、どうぞ、バスルームへ」
「あの……でも……」
「どうぞ」
 冷たく張りついた笑顔で見つめられて、ここはシャワーを浴びたほうが賢明なような気がした。
 律は紙袋を手に、片桐に案内されて部屋のいちばん奥まったところにある扉を開け、そこでルームシューズを脱いでバスルームへと足を踏み入れた。
 水原がくれた紙袋にはシャンプーとコンディショナー、シャワーオイル、そしてボディクリームが入っていた。小さな赤い透明容器にはシャンパンローズと印刷されていて、蓋を開けてみるとローズやレモンなどの香りが心地良く広がる。こんなときでなければ、もっと幸せな気持ちになれていただろう。
 豪華なバスタブには視線をやらず、その片隅にあるシャワーブースへ入り、いやなことを先延ばしにするよう時間をかけてシャワーを浴びた。そうでなくても、これから行われることを考えると緩慢にしか動けなかった。
 沖と一緒のとき以外はできるだけ外出しないようにしていたのに、弘樹はどうやって律を見つけだしたのだろう。松川組から連絡があったと言っていたから、もしかして彼らに頼んで律を探させたのだろうか。弘樹も仲間の林田という人物も、松川組の関係者なのだろうか。
 しかしいま考えるべきは、この状況をどうにかして沖に知らせなければならないことだ。でも、どうやって……。
 携帯電話を持っていないことを、こんなに後悔したのは初めてだ。持っていたとしても真っ先に取り上げられていただろうけれど、もしかしたら何かしらの手段があったかもしれなかったのだ。
 考えることはたくさんあったが、いやいやながら髪と身体を洗い終え、シャワーブースから出て全身についた水滴をバスタオルでゆっくりと拭った。
 着衣をしようとバスマットから脱衣スペースへ移動をすると、着ていた服が消えていて、代わりに新しい下着とバスローブが用意されていることに気がついた。仕方がないのでそれらを身に着け、できる限り時間を引き延ばそうとドライヤーを使う。
 髪が完全に乾いたのを確かめてから覚悟を決め、寝室へつながるドアを開けた。
「ちょうどよかった。もうすぐ若がこの部屋にこられます」
 ドアのすぐ脇に立っていた片桐と目があうと、ベッドの上へ座るよう促される。
 そっと部屋の入口を窺うと、弘樹が不機嫌さを隠さずソファで横になり、天井を見つめて足を投げ出していた。その爪先にはルームシューズがぶらりと引っかかっている。
 律はそんな弘樹をなるべく刺激しないようゆっくりと歩き、片桐に注視されたままベッドへ上がった。
「決して身体に傷はつけませんので、若の言う通りにしてください」
 片桐が小声で律に告げたとき、主寝室のドアが派手な音を立てて開かれた。
「こちらです、若」
 ゆらり、と濃い影が揺れた気がした。
 そこに立っていたのは仕立てのいい上質のダークスーツを着こなした、背の高い男だった。沖と比べれば少し低いが、彼の身長も片桐と同じで百八十センチは優に超えているだろう。
 そしてこの男も随分と容姿が整っていた。角度のついた濃い眉に、通った鼻筋、厚めの形が良いくちびる。癖の強いミディアムヘアを整髪料で撫でつけ、髪も眉も艶やかな黒なのに、その瞳だけが世界の人口の数パーセントしかいないという、深い森を思わせる鮮やかなグリーンアイだった。
「おっと。そういえば土禁だったな、この部屋」
 男は艶のある美声でそう呟くと磨き上げられた革靴を入口で脱ぎ捨て、靴下のままでこちらへ向かってくる。
 律から視線を逸らさずにゆったりと歩く姿は、野性の肉食獣そのものだった。
 その気迫に慌てて居住まいを正す弘樹を一睨すると、男は律が座るベッドまで同じペースで歩いてくる。至近距離まできて律の顔をじっと見つめると、なにかを伝えるように片桐に向けてニィッと歯を見せて笑った。
 明らかにこの場を楽しんでいる不敵な笑みは、律に百獣の王を連想させた。女性がガッチリとつかんで離さないような風貌なのに、美少年好きとはもったいない気がした。
「お前、金が欲しいんだってな」
 男はベッドの前でくるりと後方を振り返ると、腹から出した低い声で弘樹に尋ねた。
「は、はい……ッ」
 弘樹はいままでとは打って変わった態度だ。
「なら勝負しようぜ。いまからコイツのこと抱くけど、お前ここで見ていけよ」
「へ……?」
「なっ……」
 男は弘樹と律の動揺を気にも留めず、広々としたベッドに腰掛けてスリーピースのジャケットを脱ぎ、ライトグレーのネクタイを緩めて引き抜いた。そしてシワになるのも構わずに、それらをベッドの上に座る律の横へと放り投げた。
「それ見て勃ったらお前の負けだ。金は払わない。セックスが終わる前に部屋を出てもいいが、そのときは勝負を放棄したと見做みなす。いわゆるお前の不戦敗だな。隣の部屋にいる林田にも声は聞かせるから、あとでお前ら二人とも見分するぜ。お前と林田、どっちが勃っても負けの運命共同体だ」
「そんな……」
「じゃあ出ていっていいぜ。具合を確かめる前だから一銭も出さねえけどな。どうする? 見たところ十代の手つかずで綺麗な顔してるし、肌艶もいい。この手の男は感度がいいから、善がり声も絶品だろうな。ここに残ってお前がおっ勃てなきゃ、百どころか三百は手堅い身体だろう」
 そう言って律の肩に手を回され、グッと力を入れて抱き寄せられる。これからこの男に犯されるという現実が、恐怖と嫌悪感になって律の全身を襲った。
「最後まで見物できたらその三倍はやってもいいぜ。林田もクリアなら、全部で一千でどうだ? ま、無理だろうけどな」
 男は楽しそうに笑って、律のバスローブの紐を解き始めた。
 弘樹はグッと息を飲んで、その行為を見つめている。どうやら見学することを選んだようだった。
「い、いやだ……っ」
 律はベッドの上を後ずさって、バスローブの前を両手でかきあわせた。
「イヤじゃねえよ。これからしっかり躾けてやるから、お前も楽しめよ」
 ベッドに乗り上がってきた男に押し倒され、片手で容易く両手首をつかまれて頭上で拘束された。
「いやっ!」
 手が使えないなら足がある。律は伸しかかってくる男の身体を必死に両足で蹴りつけた。
「おうおう、暴れるねぇ。おかげで綺麗なあんよがよく見えるぞ」
 男はしばらく蹴りを入れる律を楽しそうに見ていたが、しかし難なく細い肢体が男の下に組み敷かれた。
 圧倒的な体格と体力の差に為す術もなく、目眩がする。
「知ってるか? 男ってのは難攻不落なものほど余計に落としたくなるんだ。素直に気持ちよく抱かれれば、あとでなんでも好きなもん買ってやるぜ。お前はなにが欲しいんだ」
 見る者を引き込むような男のグリーンアイから逃れるため、顔を思いきり横に逸らす。
「やっぱり金が欲しいのか? それとも、俺のイロになって可愛がってもらいたいか? どっちにしろ、まずは味見をしてからだな」
 欲望を含んだ掠れた声が落ちてきて、ちゅっと耳朶に吸いつかれた。この上ない不快感に、胃のあたりが気持ち悪くて仕方がなかった。
「いやだ! 沖さん……っ」
 こんなところで叫んでも、絶対に届かない。無駄だとわかってはいるが、そうしないと心の均衡が保てなかった。
「沖さんっ! いやだっ、こんなのいやっ……! 沖さんじゃなきゃいやだっ……!」
 当然のことながら男は律の叫びなど無視して、バスローブから覗く律の肌に片手を滑らせてきた。
「ほう……十代にしてもこれは随分と綺麗だな。色が白くて肌理も細かいから、肌が手に吸いついてくる。乳首も艶のある薄いピンクで攻めがいがあるな。もう少し食べて肉つけろよ」
 男の指が手触りを確かめるように、あちらこちらと律の肌に這わされる。両方の乳首を順番に指で転がされ、脇腹をくすぐるように撫でられ、下腹まで辿られた。
 嫌悪感で吐き気がするのと、沖に申し訳ない気持ちや弘樹への憤慨などがい交ぜになって、悔しくて悲しくて涙が浮かぶ。
 男は啜り泣く律に深緑しんりょくの双眸をあわせると、その顔を近づけてきた。
 キスをされるのだと思い固く目を閉じて再び顔を背けると、律の耳元に男が囁きを落とした。
「…………」
「……えっ」
 囁かれた言葉に驚いて目の前の男を見ると、ゆるりと手首の拘束が解かれた。身動みじろぎもせずそのまま男と見つめあっていると、腕をつかまれて上半身を起こされる。
「じゃあ、大人しくしろよ」
 もう一度耳元でそう囁かれたあと、男に正面から抱き込まれてくちづけられた……ように見えただろう、弘樹には。
 男に肩からバスローブを落とされ、再び背中をシーツに押しつけられた。そして律の肌の上を、男の手がゆっくりと滑っていく。
「あっ……」
 男の手で下着を剥ぎとられたとき、下着が性器にあたって思わず声が出てしまう。男はわざと弘樹に見せつけるように、律の白い脚を大きく開いた。
 着衣のまま律に覆い被さる男の腰を滑らかな脚で挟み込むと、緩く勃ち上がった律の中心が自然とその硬い身体に擦れてしまう。
「あ、んんっ……」
 いつの間にかベッド脇まで移動していた弘樹が、一糸まとわぬ姿の律を紅潮した顔で凝視していた。
 息を荒げる弘樹のために男が律の身体をひっくり返し、うつ伏せにする。
 片方の肩をシーツにつけて腰を高く上げるように言われその通りにすると、後ろから男に両手で尻の肉をつかまれ、円を描くように揉まれた。
 乳首や大事なところはもちろん、律の身体のすべてに、弘樹の視線が突き刺さるのを感じた。
 律が小学生のときは弘樹と一緒にお風呂にも入っていたので、弘樹に裸を見られるのなんて今更だと思っているが、弘樹は律の裸を見て楽しいのだろうか。
「後ろの蕾も慎ましやかに閉じて、理想的なローズピンクだ。やっぱりバージンは最高だな。たっぷり舐めて、ほぐしてやるからな」
「や、ぁっ……」
 尻の肉を左右に開かれ、突き出された男の舌が律の蕾に触れそうになったとき、冷静さを失わない片桐の声がそれを中断させた。
「勃ってますよ、貴方」
「えっ!」
 弘樹は片桐に指摘されると、半勃ち程度に張り出している己の部分を両手で隠した。
「まっ、まだです! まだ!」
 興奮して赤くなった顔を勢いよく横に振り、片桐へ抵抗を見せる。
「……仕方ありませんね。ではここを出て林田さんのところへ行ってください。そちらでもう一度チャンスをあげますから。まあこれからが本番なんですけどね」
 やれやれといった態度で片桐は弘樹をさっさと寝室から追いやり、重厚な扉をキッチリと閉じてしまった。そしてその扉の前に、弘樹が座っていたソファの後ろに用意されていた背の高いパーテーションを慣れた手つきで設置していく。
「ほら、お前も律くんから離れろ」
 男の靴を手に戻ってきた片桐が、その男から律を庇うようにバスローブを着せてくれ、紐まできちんと結んでくれた。
「泣かせてしまって悪かったね。もう大丈夫だよ」
 律にやさしく微笑みかける片桐の横で、男は近くに放り投げていたジャケットから携帯電話を取り出すと、操作する様子もなくそのまま誰かと話を始めた。
「おう、終わったぜ。もう入ってきても大丈夫だ」
 男がそう言ったと同時にバスルームの横にあった扉が開き、そこから大柄な男が文字通り飛び出してきた。いつも律に安心をくれる、世界でいちばん大好きな人だった。
「沖さん……沖さん……!」
 名前を呼ばれた人物は、安堵と涙で次の言葉が出せない律に大股で歩み寄ると、その鍛えられた厚い胸に律を抱き込んだ。
 律もその背中に腕を回してぎゅっとしがみつく。
「お熱いねぇ。しかし役得だったなぁ、今回。一彬と電話繋ぎっぱなしじゃなかったら、暴走してたかもな。ホント楽しくて仕方なかったぜ」
 男はニヤニヤと笑って抱きあう沖と律を眺めると、沖の肩をひとつ叩いてベッドから下り、片桐が持ってきた革靴を履いた。
「悪かったな、松川」
 沖が真剣な目で男を見て謝罪をした。
「ま、ヒイラギのお願いだからな。恋人としては聞かないわけにはいかないだろう?」
 ヒイラギ。まさか、その名前をここで聞くとは思わなかった。この、松川という男の恋人なのか。だから沖は、絶対に手の届かない女性だと言ったのだろうか。
「あとのことはこっちに任せて、二人でゆっくりしろよ。享二きょうじはもう少しあいつらのこと頼むわ。じゃあ、今度みんなでメシでも食おうな、律」
 松川は律に親しげにそう告げると、着ていたジャケットとネクタイを手にして、沖が出てきた扉の向こうに入っていった。
「沖、俺はしばらく隣にいる。あとは手筈通り二人で頑張ってくれ。お前と松川は声質が似ているから大丈夫だとは思うが、あまり興奮するなよ。じゃあな」
「わかった。片桐も、世話になった。ありがとう」
 片桐は頭を下げる沖に片手を上げてから律に微笑むと、パーテーションの向こうへと消えていった。入口の扉がほどよく開けられていることを、律に悟らせないようにして。
 律にとってはわけのわからない状況が続いているが、沖の顔を見て安堵し身体の力が抜けてしまった。
「沖さん……ごめんなさい、おれ、捕まってしまって……」
 律は動物がするように、沖の胸に頬を擦りつける。
 どうしてここに沖がいるのだろう。沖とあの人たちは、どんな関係なのだろう。
「いや、律が悪いんじゃない。……説明することがたくさんあるんだが、とりあえずさっきの松川と片桐は俺の友人だ。松川は松川組の若頭で……って、こんな話あとでいいか」
 沖と視線がぶつかって、その顔が近づいてくる。それはいつでも律をとろけさせる、甘いくちづけだった。
「んぅ……」
 沖のくちびるは何度も吸いついては離れていき、角度を変えてまた戻ってくる。沖を目一杯感じたいのに焦らされるようなキスがもどかしくて、律は自分から朱鷺色のくちびるを開いてみせた。
「律……」
 律の赤い舌に引き寄せられるように、沖の舌が律の口腔に入り込む。ちゅくちゅくと音を立ててやさしく舌を吸われ、唾液を啜られた。
「ふっ……ぅんっ……」
 そのまま口腔内を舐め上げられ、激しくなるキスに息ができずくちびるを離すと、思い切り空気を吸い込んだ。荒げた呼吸を落ち着かせていると、沖が律の髪をこめかみから撫で上げてくる。
「俺とは……したくないか」
 どうしてそんなことを聞くのだろうか。クリスマスの夜に、沖だからいいのだと、律はそう伝えたのに。
「沖さんは今日……おれにいっぱい色んなこと、教えてくれるんじゃなかったんですか」
 沖を見上げて問いかけると、少し戸惑う顔を見せた。
「いっぱいやさしくして、いっぱい舐めてくれるって……。おれは、沖さんが好きだから……沖さんとしたいです」
 沖に好きな人がいたって構わない。沖との想い出が欲しかった。
「……くそっ」
 沖は歯を食いしばって、律をきつく抱きしめてきた。それから律の肩に顎を乗せて、ようやく声を絞り出す。
「松川に最初は抵抗していたのに……なんで途中からイイ声出したんだよ」
「いい声っ……て、そんなの……」
 松川の囁きを聞いてからのことだろうか。
「出してないとは言わせないぞ。電話越しでも相当頭にきた。ドアから出ていって、松川を殴ってやろうかと思った」
 怒り、なのだろうか。沖の腕が律の身体を折れるほどに抱きしめてくる。でもそれは沖が律を想ってくれる、幸せの痛みだ。
「あのとき……沖さんもこの部屋にいるから、松川さんを沖さんだと思って我慢しろって言われたんです。そしたらなんか、声が出てしまって……」
 沖だと思えば少しだけ怖くなかった。もちろん、沖以外に触られるのが良いと思ったわけではないけれど。
「……悪い、松川に妬いた」
 拗ねたような声で、もう一度きつく抱きしめられた。
「律、いいか……」
 なにを、とは聞き返さなかった。律にもそれはわかっている。場所も過程も思い描いていた通りではないけれど、了承の言葉の代わりに沖へくちづけた。

    ✥    ✥    ✥

 あれからどれだけの時間が経ったのだろう。時間経過がまったくわからなかった。それくらい律の意識は朦朧としている。
 沖の言葉通り、いっぱい色んなことを教えられて、いっぱいやさしくされて、いまはいっぱい舐めてもらっているところだった。
「あっ、あ……っ……いいっ……沖さん、そこ、気持ちいい……」
 感じるときは「いい」と言うこと。気持ちがよければ素直に声に出すこと。触ったり舐めたりして欲しい場所があればちゃんと言うこと。そう沖が教えてくれた。
 沖は律を慣らすのに、無機質な道具は使わなかった。すべて沖の長く節の高い指と、温かくぬめった舌で教えてくれた。
 これまででもこんなに気持ちがいいのに、最終段階になったら気が狂うのではないかと思うほどだ。
「あっ、ダメっ……いく……ッ」
 沖は律の細身の屹立を口腔に含んだまま、指とジェルを使って律の蕾を拡げている。最初は一本の指がようやくだったのに、いまはキツイけれど三本まで咥え込めるようになっていた。
「あぁ……ッ!」
 シーツをつかんで弓なりになって沖の口内に精を飛ばすと、それを残らず嚥下される。
 沖は萎えた律自身をきつく吸ってくちびるで扱き上げ、その残滓を搾りとった。
「ぅ……んぁっ……」
 それがまた刺激となって屹立するのだが、律がいくら精を吐いても決定的な終わりはこなかった。
「ここ、まだ溜まってるな。さすが十代だ」
 律の屹立の下、精の袋もやさしくまれ、吸い上げられて身悶えする。沖に触れられる場所がどこもかしこも熱くて、そのすべてが官能に置き換わった。
 沖は律の蕾からいったん指を引き抜くと、代わりに厚みのあるぬめったものを、押し開いた蕾に差し入れてきた。
「あっ、あっ……あっ……やぁっ……」
 内側を確かめるように、沖の舌が熱を帯びた襞を這い回る。しかしそれではもう少し奥の、律の好いところには届かなかった。
 指で触れられれば強い快感が湧き出るあのポイントに、もっと存在感のあるもので触れて欲しくて、初めて沖に懇願する。
「い、挿れてっ……ねえ、沖さんの挿れてっ……」
「煽るな」
「ちゃんと、沖さんのちょうだい……っ、お願いだから……もう挿れてぇ……」
 早くひとつになりたいと、心も身体もそう望んでいる。これ以上焦れったいのはいやだ。
「俺のは……まだ苦しいかもな」
 困ったような表情で沖が見つめてくる。
「やだぁっ……欲しい……してくれるって……言ったのに、アッ!」
 結局舌の代わりに入ってきたのは、節くれ立った沖の指だった。
「律を傷つけたくないからな」
 沖はそう言って、さっきと同じように律を指で絶頂へと追い上げる。
 あの感じるポイントをやさしく擦ってくれるけれど、もし指ではなく沖のモノだったとしたら、意識を飛ばすくらい感じたに違いない。
 そう思えるほど、律の身体は快楽という甘い毒に侵されてしまっていた。
「ア───ッ」
 パタパタと下腹に精が散って、荒くなった呼吸を落ち着かせる。幾度も放ったせいで、身体が鉛のように重かった。
「一旦身体拭くか?」
「いや……沖さん、どこにも……ぅんっ……」
 行ってはいやだという言葉を、沖のくちびるが塞いだ。
「心配するな。ずっと傍にいるから」
「だったら……も……挿れて……」
「……前も後ろもドロドロだな」
 沖は更にジェルを掌に取って温め、律の蕾にそれを塗り込めていく。
 今日何度されたかわからないその行為が、律のためだというのは知っている。でも律は早く沖とひとつになりたかった。
「ああっ……も、そればっか……やだぁ……」
 涙を浮かべて懇願する律にとうとう根負けしたのか、沖が長く息をつき、律をちらりと見てから着ていた服をすべて脱ぎ捨てた。
「あ……っ」
 逞しいその体躯に見入る暇もなく、ぐっと腰を持ち上げられてその下に枕が差し込まれた。左右に脚を割り広げられ、そのあいだに沖の腰が入ってくる。膝や内腿に幾度かキスを落とされてから、ようやく蕾に沖の猛りを押しあてられた。
「……挿れるぞ」
 蕾を指で左右に拡げられ、ぐっと体重をかけて沖の灼熱を帯びた欲望が内側に侵入してくる。
「あっ、あぁ……っ!」
 時間をかけて沖が拡げたこともあり、律の蕾は少しばかりの抵抗を見せたものの、それを沖の怒張が容易く突き破った。
「うっ……あ、は……っ」
「ちゃんと息をしろ。吸ったら長く吐いて……そう、いい子だ」
 時間をかけて侵入してくるその圧倒的な質量に、朦朧とした意識が飛びそうになる。
「うっ……は……ぁっ」
「動くぞ」
 内側を隙間なく埋め尽くして動き始めた沖の怒張が、律の好いところをすべて擦り上げていく。抽挿されるたびに気持ちが良すぎて、淫らな声が抑えられなかった。
 律の中にいる、沖という圧倒的な存在に内側を掻き乱される。
 沖の雄が律の前立腺を擦りながら襞を掻き分け、エラの張ったその切っ先が腹の奥を穿うがってゆく。ゆっくりと抽挿を繰り返され、奥に先端があたるたびに甘い痺れが腰から湧き上がってきて、喜悦の声を抑えることができなかった。
「あっ、あっ……あんっ……あぁっ……あっ」
 沖の肩に両脚を乗せられ、ぐっと身体を折り曲げられる。近づいてきた沖に、乳首を吸われたり捏ねられたりして快感を引き出されることも、律を善がらせるために緩急をつけた腰の律動も、嬌声を宥めるようなくちづけも、沖にされるすべてが淫らで愛おしかった。
「律……っ」
 沖も絶頂が近いのだろうか。律の太腿を抱える腕に力が入り、肌を打ちつける抽挿が早さを増した。
 沖との腹のあいだにあった屹立へ手をやると、先端から歓喜の蜜をしとどに溢れさせていた。そのまま自分でつかみ、手の輪の中で夢中になって擦り上げる。
 沖の怒張が律の最奥を攻め抜き、目が眩むほど感じてしまうそこを何度も突き上げてくる。
「あっ、あっ……イイっ、いっぱい……気持ちい……っ、いくっ、イッちゃうっ……ああぁーっ!」
 自分で握った前も、沖に攻められる後ろも感じすぎて一気に高みに昇りつめていき、その法悦に堪えきれずに白濁を吹き上げた。
「くそ……ッ……締まる……っ」
 その瞬間、肉の襞で沖の怒張をキュウっと締め上げてしまったが、それでも沖は動きを止めることなく、己の最後へ向けて絶頂を迎えた律の内側を穿ち続ける。
 それに呼応するように律の肉茎からはトロトロと白い蜜がいつまでも滴り落ち、自分の腹からシーツへと流れ落ちた。
「……沖さん、好き……すきです……」
 抱きしめられ、沖のくちづけを受け入れると同時にグッと腰を突き入れられ、最奥に熱い飛沫ひまつが叩きつけられた。
 しばらくそのままの体勢で律のナカに精を放っていた沖が、腰を何度か小刻みに動かして己の残滓を律の内側へと搾り出す。そしてその内側に留まったまま、汗の浮いた身体をゆっくりと律に重ねてきた。
 耳に聞こえてくる沖の鼓動は乱れる呼吸の何倍も早く、その肌も熱かった。
 初めて身体をつないだ人が、沖でよかった。これから先、この想い出を胸に生きて行けるから。
「上手にできたな、律……」
 甘く響く沖の声が耳に落とされると、溢れてくる幸福感と切なさを胸に律は目を閉じた。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

ハメカフェ[年末・受けイチャの場合]

BL / 完結 24h.ポイント:78pt お気に入り:23

愛さないで

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:15,031pt お気に入り:887

片思いの相手にプロポーズされました

BL / 完結 24h.ポイント:191pt お気に入り:1,186

コンビニ

BL / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:77

王妃となったアンゼリカ

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:134,375pt お気に入り:7,869

【完】性依存した末の王子の奴隷は一流

BL / 完結 24h.ポイント:56pt お気に入り:54

声を失ったSubはDomの名を呼びたい

BL / 連載中 24h.ポイント:3,238pt お気に入り:880

処理中です...