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第三十二話 小那姫

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「スマホで盗聴してくれ。何かあったら勝吉さんに助けを求めてくれ」
「変なことされないか心配だわ。ファーストキスは私のものだからね」

宗古を置いて、俺は堀尾吉晴の家来に付いて行くと女中がいる控室のような部屋に案内された。
俺は座らされて、いきなり女中に顔を白塗りで化粧をされ、髪を整えられた。
何だ、これは。
「地がきれいな顔だから化粧が映えますね」
女中に話しかけられた。見たことが無い女中だ。
そうか、俺は宗古の許嫁ということになっているのか。だから女?
もともと体毛やひげは薄い体質で、声も細いし、胸の筋肉は射撃や竹刀で鍛えているから小声で話せば何とか女装できそうだが、局所だけはどうしようもない。
ばれてもいいかと思いながら、何で化粧されるのかわからなかった。
最後に、紫の綺麗な小袖を羽織らされて一丁上がりのようだ。
喉仏が隠れるくらい小袖を上げてみると、俺は女に見えるのか。
「さすがに映えますね。小那姫様に負けていませんよ」
女装に興味は無いのだが。

女中に褒められて俺は小那姫の部屋に案内された。
「宗桂様の跡継ぎの許嫁ですね。
私の眼力は間違いない。
あなたはあのような無礼の商人の許嫁で終わるのはもったいない。
中性的で顔が整っていて、筋肉も引き締まっているいい女」
俺はどうしていいかわからず立ち尽くしていた。
「私の前に座って」
小那姫は弓形の眉毛に切れ長の眼に長いまつげで銀と紫の小袖を着ている。
「今日はどのような御用でしょうか」
「肥前名護屋城で告白したとおり、私は男性に興味がない。
女性も淀君のような女の魅力全開の女も苦手。
月のようなスリムで中性的で筋肉の引き締まった女が好みだ」

「肥前名護屋城から忍びの月とは会っていないのですか」
「遠江分器稲荷神社で車いすにのってきたのが月だと思ったのにそうではなかった」
「未練は無いのですか」
「私は堀尾吉晴の娘。
大名の娘を騙して利用して裏切った。月は万死に値する。
私の心が許すはずもないし未練はない。
むしろ私の記憶から抹殺したいと思っている」

小那姫の部屋の隅に将棋盤があった。
「将棋に興味があるのですか」
小那姫は急に将棋の駒と盤を触り、弓型の眉毛に手をやって、落ち着かない様子だった。
「父が宗桂殿と指していて少し興味を持っただけである。
算砂殿と月から囲碁盤を貰って父がいい音がすると言っていたので、私も将棋盤がほしくなって作ってもらったものだ」
「誰に作ってもらったのですか」
「今はもういない職人だ」

小那姫は将棋盤に目を落とし、触り続けていた。
「さつき殿、私の女中にならぬか。
前にいた女中は職人に殺された」
「将棋盤を作った職人に殺されたのですね。
職人は石山安兵衛と言います」
小那姫は頷いた。
女装している吉川は何か話さないといけないと思い言葉を返した。
「私は宗桂殿に恩義を感じており、宗古殿を紹介され夫婦になりました。だからあなたの女中になるのは困難かと存じます」

小那姫はしばらく考えていた。
「宗桂殿の跡継ぎのそちの夫は月の小面を探していたな。
宗桂殿が指図して家康殿のために探しているのかもしれないが。
私は月に騙され、月の小面をからくり箱に隠したが忍びの月に小面を奪われた。
それが肥前名護屋城で月の小面を勝吉殿が被って能を演じたので心底驚いた」
吉川はじっと小那姫が話すのを待った。
しばらく沈黙が続くと小那姫が息を吸ってから話し始めた。

「肥前名護屋城で勝吉殿が被った月の小面は偽物だろう。
または写しの小面であって本物の月の小面ではない。
宗桂殿や跡継ぎは本物の月の小面がほしくないか。
さつき殿が私の女中になればその願いが叶うかもしれないぞ」

小那姫は凄みのある眼で私を見つめていた。
「商人の嫁で一生終わるより、身分は女中ながら実質はこの城の主のような生活ができるぞ。
何もする必要はない。
私のそばで仕えてくれればよい。
私の横でいればよいのじゃ。
まあ、今すぐ返事をする必要はない。
宗桂殿がこの城を出発するまでに返事をしてくれれば良い」

吉川は困った顔をして座ったままだった。
こいつは本物の月の小面の在り処を知っているのか。
「下がって良い。
明日夜もう一度私の部屋に参れ。
気持ちが固まるかもしれないから。
今宵は淀君の接待があり残念」

途中で紫の小袖は脱がされたが、白塗りはそのままだ。
吉川は宗桂のおっさんと宗古の居る部屋に歩いて行った。
反応が怖い。ただ何もされていないから大丈夫だし、スマホで宗古は一部始終聞いているはずだ。

廊下の途中で勝吉殿に会った。
「今、宗桂殿、宗古殿に連絡してきた。
安宅船の修理が終わった。
あさってには浜松城を出発できそうだ。近くの湊に向けて、あさっての朝にここを出発する」


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