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4.就職面接に英検が使えません

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「流石に根城の場所を他人にバラすわけには行かないからね」
「不採用になっても希望の場所まで送り届けてやるから心配はしなくて良い」

 俊の不採用が決定しているようなクレイグの口ぶりにモヤモヤしつつも俊は頷いた。

 右腕をクレイグ、左腕をギンに掴まれ、さながら捉えられた宇宙人のごとく俊は数分歩き、馬車らしきものに乗せられた。
 慣れ親しんでいるアスファルトの滑らかさとはほど遠い、凸凹道の振動に酔いそうになってきた頃、ようやく馬車は止まり建物の内部に連れて行かれた。

 目隠しが外され煌々とした電飾に何度か目を瞬いた。
 最初に見えたのは暖炉で火を熾しているグレイグだった。
 まだ初秋だが今夜はやけに冷え込む。漂ってきた暖かさにほっとした。

 欧風のリビングとアトリエを足して二で割ったような場所、俊の第一印象はそれだった。

 暖かみのあるチョコレートウッドの壁、真正面には赤煉瓦作りの立派だが年季の入った暖炉。
 二十畳ほどの広さのそこにはいくつかの布のソファやカウチがいろいろな方向を向いて配置され、真ん中には上に動物を模したのだろう卓上照明器具や広げられた地図、羅針盤のような丸い器械や用途の分からない大きなネジのようなものが雑然と積まれた大きな木のテーブルがある。

 俊が立っている出入り口から見て左の壁は一面天井まである本棚が埋めていた。
 赤や緑の革表紙に金銀の箔でタイトルが付された分厚い本がびっしり詰まっており、上の本を取るのに使うのだろう木製の脚立が数脚立てかけてあった。
 
 覚えの無い光景に首を傾げる。
 雰囲気は似ているが、スチルではもっと部屋自体が小さかった気がする。

「座れ」

 クレイグが俊の一番近くにあったソファを示した。
 俊が怖ず怖ずと座るとクレイグはローテーブルを挟んだ斜向かいの椅子に腰を下ろした。
 値踏みするような視線が俊を見据えた。
 思わず助けを求めるように室内を見回すも、ギンは荷物を置きに奥の部屋へ行ってしまったのか見当たらない。
 
 悪い人でないのは分かっているし面接しようというのだから厳しい目線になるのは当然なのだが、緩衝材がいないときつい。
 白状すると俊は目の前の彼、クレイグのルートを攻略できなかったのだ。
 だから彼に関する情報を実はそこまで持っていない。

 クレイグ・サーウルフは、バウンティハント、つまり懸賞金がかけられた犯罪者を捕まえる賞金稼ぎを生業とするならず者の集まり『暁の霧』の頭である。
 暁の霧は賞金稼ぎの他、その腕っぷしを周辺から認められ、護衛や魔物退治も請け負ったりしている。

 護衛は勿論、賞金稼ぎも基本的には合法だが、魔物退治は教会という組織が独占管理しているのだ。
 つまり狩猟免許が無いまま狩猟をしているようなクレイグ達の行為は違法であり、先述のとおり彼は危険でリスキーなお尋ね者というわけだ。
 それでも依頼する住民が後を絶たないのも、違法を承知で依頼を受けているのもひとえに教会の手数料がバカ高いせいだ。

 いかにも義賊といった彼だが、しかしてその実態は、蝶国の北に隣接する狼国で死んだとされている第一王子だ。

 その設定自体は大変よろしい。
 よろしいのだが、惜しいのは伏線の張り方が下手くそすぎて大分序盤で、ああ彼が隣国の王子でクレイグルートのハッピーエンドは隣国に帰って王位を継いだこいつと結婚して王妃さまエンドなのでしょうねと気がついてしまったことだ。
 そしてそれはネタバレを読んだ限りでは当たっていた。

 ネタバレを読むなんて邪道だと言う声も聞こえてきそうだ。
 だが弁解させて欲しい。

 このサーウルフ氏、クソがつくほど攻略できないのだ。

 好感度のメーターが壊れたのでは? と疑うくらいゼロから動かない。
 どの選択肢を選んでも微妙な顔をする、好感度を上げるためのイベントには全く顔を見せない。
 ガチャでも関連アイテムが出てこない。
 難しすぎて本当に攻略対象なのか、選択画面に現れたのは何かのバグではないのかと何度も説明書を読み返してしまったほどだ。

「そんな良い身なりで職探しだなんて信じられると思うか? 冷やかしか?」

 どんな些細な情報でも良いからと脳裏から引っ張り出そうとしていた俊は一気に現実に引き戻された。
 好意的とは言えないまでも必要以上に威圧的ではなかったクレイグがいまや眉間が割れそうなほど皺を寄せて俊を睨んでいた。

 暗中では誤魔化せた服装のランクが、明るい室内に入ったせいで白日の下にさらされてしまったせいだ。琥珀の瞳に気圧される。

「あ、いやえっと」
「この飴もそうだ。こんな透明度の高いフィルムが手に入るのは上流貴族だけだ。しかも菓子を包めるほど衛生的なものをこんなに沢山」

 先ほど俊の袋から現れた飴玉の一つをクレイグが掲げた。
 暖炉の火と煌々と光る魔光石の下、透明なフィルムが中の飴玉の赤色を忌ま忌ましいほど鮮やかに伝えていた。
 ゲームに飴など出てこなかったからフィルムのことなど知らない。
 だがそれを言ったところで何もならない。
 俊は腹を決めて口を開いた。

「仰るとおり親は金持ちなんですけど、上に二十人も兄が居て、正直言って未来への希望が見えないというか。自分で食い扶持を稼げるようになりたいんです」

 彼には下手な小細工は逆効果だ。
 男は皆こういうのに弱いだろうと小悪魔女子が言いそうな猫を三十匹ほどかぶった甘い台詞を選んでも、「は?」と絶対零度のリアクションとともに好感度が一気に二十も下がった男だ。
 
 それに流石に王族だと言うわけにはいかないが、あながち嘘でも無い答えだ。
 ヒロインとクレイグをくっつけた暁には一応可愛いご令嬢との幸せは約束されている。
 だが終生親や兄のすねをかじっているのもどうかと思うので、俊も職歴を重ね手に職を付けていた方が老後がよりよいものになるだろうと思ったのだ。

「二十人? どっかの王族みてぇだな」

 クレイグは好色な俊の親に呆れたように言った。
 一瞬ギクリとしたが、ギンが三人分の珈琲のような黒い香ばしい液体のは言ったマグカップと茶請けのお菓子を運んできたお陰でクレイグには気がつかれなかった。

 ギンは二人の前にそれらを置くと、自分のマグカップを持って少し離れたテーブル席につき俊達が良く見えるよう体の向きを変えた。
 面接の行方を見守っているというより面白がっている。

「まあ事情は分かったが、なんで俺のとこなんだ? 真っ当な職業の方が向いてるように見えるぜ」

 一度も道を踏み外したことが無いと言わんばかりの大人しい外見を指摘された。
 嘘では無いと見抜いたようで声から棘は多少減っていたが、またも俊に緊張が走った。
 俊は全国小学生フラッシュ暗算大会の決勝戦と同じくらい脳を高速回転させた。
 嘘をつかないよう、しかしゲームや異世界云々は避けた納得のいく理由を考えなければ。

「その、詳しくは言えないんですけど占いのようなもので、貴方の側にいて手助けをすると幸せな人生を送れると言う情報を得たのです」

 すり切れるほど回転させた割にはふわっとしていたが、クレイグは俊の答えを考え込むように黙った。
 占いに例えたのは良かったのかも知れない。
 この世界において魔術の一側面でもある占術は一般人の間でも盛んに行われていて、占師と呼ばれる占いに特化した魔術師は広く信じられて尊ばれている。

「俺がクレイグだって分かったのもその占いに似たもののお陰か?」
「は、はい! 貴方の本当の外見と、闇市によく現れるという情報をもらって貴方を探していたんです」

 俊は一つ一つ間違えないよう慎重に言葉を選んだ。
 クレイグは合点が言ったように頷いた。蛇のような嫌な目つきでぶくぶくに太った丸太のような似顔絵から今ここにいる美青年を探し出せる輩はいまい。居るとすれば相当の手練れの懸賞金ハンターか彼の因縁の相手だ。俊が不用意に本名を呼んだせいで彼が殺気立ったのも分かる。

「それ以外は?」
「へ?」
「それ以外に俺に関して知ってることは?」

 綺麗な金色の瞳が俊を真っすぐ射抜いてくる。
テーブル一つ分距離が開いているのに下手なことを言えばその瞬間に喉笛を掻っ切られる。そんな確かな畏怖を覚えた。
 おそらく占いが彼自身の出自まで俊に告げたかどうかが聞きたいのだ。
 だがパニックになった俊は何も取り繕えず衝動のまま口を開いてしまった。

「顔が怖い!!」
「……は?」

 たっぷり数十秒の沈黙の後、クレイグが拍子抜けした声を発した。
 ギンは俯いて肩をピクピクと震わせている。
 何を言ってしまったか理解して俊は焦りに焦った。
 フォローしなければ。

「あ、いや怖いのは顔じゃなくて目つきで、目つきが悪いだけでいや態度も悪いけど、顔はすごく格好良いよ! 俺が会った中で一番男前だしいや男前って好みにもよるか、あ、じゃあ凄く俺の好みの男前ってことかな? 見た目で群がる女子を退散させるの大変そう……だなって、思いました……」

 冷静さが戻るにしたがって言葉が宙に迷いだす。
 就職面接だったのでは? と思い出して「い、以上です!」と無理矢理言い切った。

 クレイグが額に手を当て俯いている。
 見えないのにその男前な大きな掌の下の眉間にひび割れができていくのが見える。
 ぶはっと堪えきれなかったギンが思いっきり吹き出し、腹を抱えて笑い出した。

「そう、こいつ腐るほど寄ってくるのに扱い下手でさ。かと言って冷たくして泣かせると他の団員に非難されるし、意外と苦労性なん」

 クレイグが右の人差し指を上げたと同時に、カコン! と遠く離れたギンのソーサーから角砂糖が飛び出し持ち主の額に命中した。
 痛い、地味に痛い! と騒ぐギンを横目にクレイグが俊に向き直った。
 俊と目が合うもすぐに逸らされた。その白い目尻が少し赤らんでいるのが見えた。

「あー……俺の事はもういい」

 調子を狂わされたクレイグは一つ息を吐くと暫定で珈琲と呼ぶしかない液体を口にした。
 猜疑心が減ったのが目に見えて分かって安堵する。

 俊も彼に習って良い匂いのするそれに口をつけた。
 甘くて香ばしい匂いが口内に広がった。珈琲に似ているが少し風味が違う。仄かな甘みとコクがあって癖になる美味しさだった。

 俊が暗殺者である可能性は殲滅されたと思うのだが、調子を取り戻したらしい彼がカップを置くとまたピリリとした視線に晒された。
 俊も慌ててカップをテーブルに戻した。

「俺に剣で脅されてなお求職できた度胸は認めてやる。で、お前何ができるんだ?」

 額に赤い跡をつけたギンが身を乗り出してクレイグをまじまじと見つめた。
 俊も胸が躍った。
 これは解答によっては雇ってもらえると言うことだ。

 だがまた壁にぶち当たった。何も答えを用意していない。
 俊にしか無い特技……目立たず地味なことだろうか……いやスパイとして雇われたら困るので却下だ。

「売り込みに来たんじゃねぇのか」

 また眉間の皺が戻ってきた。本当にいつか割れそうだ。

「魔術が出来るのか?」

 クレイグが細身で筋力不足な体型を見やりつつ言った。
 腕っ節採用は端から頭に無かったが、相手にも無いと判断されてしまうと男としては若干辛い。

「いえ、残念ながらお役には立てません」

 助け船だったのだろうが、正直に否定する。
 二十一番目王子の特徴は本当に「病弱」「薄幸」「美少年」しかない。
 魔術の腕はからっきしだ。
 そもそもほぼ全員が少なからず魔力を持っている世界だが、戦に役立つほどの攻撃や癒やしの魔術自体使える者は少なく、例外はあるにせよ大半は王立騎士団か教会という国を跨ぐ巨大組織に属している。

 確かにクレイグの火を中心とする魔力は凄まじかったし、道具調達係のギンも少しは使えるらしく魔術を使って魔獣捕獲用の網などを作っていた。
 他の団員は何も言及されていなかったことを考えると魔術要員が不足しているのだ。

 期待があったのだろうクレイグは明らかに落胆していた。
 困った。このままではお引き取り願わされてしまう。

「ええええっと英検準二級持ってます!」
「ああ?」

 流石荒くれ者の親玉と言うべき剣呑さにヒッと喉が鳴り俊はソファに埋まりかけた。
 だがあと一歩なのだ。
 満ち足りた余生への執着を奮い立たせ、なんとかその場にとどまる。
 必死で頭を捻る。
 漢字検定は二級だし教員免許も持っているし……いや違う求められているのはそう言うことではない。

「お頭―! 今帰りやした!!」

 いきなり俊の近くにあった床の一画が蓋のように勢いよく開き、坊主でヒゲ面の男の頭がにょきっと生えてきた。
 驚愕していよいよソファの背もたれに抱きついた俊を尻目に、どうやら外界と繋がっているらしい跳ね上げ扉からサンタクロースのプレゼントが入ったような袋を担いで身長百九十を優に超えるだろう大男が這い出てきた。

「金貨だ!」

 ギンとどこに居たのか奥の方から現れた二人の男達がサンタに駆け寄り、袋の中身を確認して歓喜に沸き立った。
 サンタ自身の野太い自慢げな笑いとともに男達の声がまき散らされあたりは騒然となった。

「あいつ外見はチンケなこそ泥なのに結構な賞金首だったんだな」

 裏から出てきた蜂蜜色の短い金髪に青い瞳の青年が満足げに言った。
 大人びて見えるが笑うと幼く、もしかすると十代かもしれない。
 だが好戦的な顔つきはクラスに一人はいる不良のようで、マントから見える顴骨隆々の腕から判ずるに慎重に応対した方が良さそうだ。

「これで今月は贅沢なものが喰えるな」

 俊の父親ほどの年齢の男が鋭い目つきで金貨を側にあった台に並べながら言った。
 彼を視界に入れた瞬間俊はもっと縮こまった。

 短く刈り込まれた黒髪で細目のラテン系の顔立ちだ。
 小麦色の肌だけを見れば少し強面だが健康的な壮年男性といえたのだろうが、左目の上から頬に向けて伸びる大きな切り傷のせいでどこからどう見ても黒塗りベンツから下りてくる組長だった。
 それなのにギンは彼の肩をバシバシ叩き、肉を買おうぜ、肉! とはしゃいでいる。

「おい、最初の約束通り俺の取り分はみんなの三倍だぞ。俺一人で捕まえたんだからかな」

 黒髭サンタが椅子にどっかりと大きな体を納めながらギンに言った。だが金髪の不良筋肉少年が人差し指をチッチッチともったいぶって振りながら割り込んだ。

「俺の情報提供のお陰なのも忘れてもらっちゃ困るな。俺もディアンよりは少なくて良いが、他の奴の倍は欲しい」
「げ」

 二人の訴えを受けたギンは苦々しい顔で二人から顔を逸らし、助けを求めるようにラテン系組長の方を見た。
 組長はギンの要望にはお応えしかねるとばかりに両手を広げる若干の大げさなポーズを取った。
 ラテンではなくアメリカンだったか。

「ああ面倒くさい! お前らがそんな面倒な事ばっか言うから出納係がいつかねぇんだろ。えーと団に納める分を抜いた金貨が二百五枚。今十二人いて、ディアンの取り分が皆の三倍でエバンが二倍で…………カールと他の奴が……」
「あ、俺は今回何にもしてないから半分で良いぞ」
「うわああ! ややこしくするな!」

 アメリカン組長がしれっと口を出すとどうやら懸賞金の分配を任されているらしいギンは許容範囲を超えたようで頭をかきむしった。

「……うん! 全然分からん! つかみ取り形式にしようぜ!」

 そして髪型を美しく整えた後、三秒と持たずにさじを投げた。

「手のでっかい奴が得するだろうが!」
「お前ちょっとは考えろよ」
 サンタが檄を飛ばし不良少年が呆れた顔をする。
 組長は特にコメントは無いようだが、腕まくりをしているところを見るとつかみ取りに乗り気のようだ。

 ごく近くから溜め息が聞こえ、彼らの様子をソファの背もたれに隠れながら見ていた俊は今自分が何のためにここにいるのかを瞬時に思い出した。
 クレイグが困ったように後ろ頭を掻いている。
 そして俊は突然ひらめいた。何故この特技を忘れていたのか。

「あのなお前ら、そ――」
「はい!!」

 混沌と化している四人を見かねたクレイグが口出ししようと立ち上がったとき、俊も腰を上げ、威勢良く声を張り上げた。
 指先までピンと伸ばした右手を天高く上げながら。

「……何やってんだお前」

 いきなりの挙手に面食らったクレイグが真っ当な指摘をした。
 先ほどの声で俊の存在に気がついたらしい三人とギンの視線が集まるのを感じた。
 確かに「何やってんだ」な体勢をしているのもあり、じわじわと頬が熱を持ってきた。

「んー……多分、学修処みたいに当ててやれば良いんじゃねぇ?」

 後に引けなくなっていたため、俊はお助けキャラのお助け船にこくこくと頷いた。
 学修処とは元の世界で言う学校だ。
 教会の識者が平民の子供に読み書きや簡単な計算を教えている。江戸時代の寺子屋の感覚に近いかもしれない。

「あーじゃあ、……俊」

 クレイグは面食らいながらもギンの説を採用した。
 移動中に教えた名前をやっと呼んでもらえた。
 ようやく面接を突破できそうだという昂揚も相まって俊は思わず笑顔になった。
 それを見たクレイグは何だか難しい顔をしてしまった。

「四十二、二十八、七です」
「あ?」

 美しい切れ長の目が細められた。
 また少し怖じ気づきそうになってしまったが、ここで働く以上こんなことで怯えていてはいけないと立て直す。

「そこのえーと……綺麗な丸い頭の豊かなヒゲをお持ちの男性の金貨が四十二枚で、金髪の男の子は二十八枚で、組ちょ、じゃなく黒髪短髪の方が七枚です。他の方の取り分は十四枚です」

 シン、とあんなに騒がしかった部屋の中が静まりかえった。
 皆の視線が先ほど以上に俊に集中している。

「あ、小数点で切り捨てたので二枚余りが出ますが、それは貯金とか共用の道具を買うとかすれば……良いかなと……思います……以上です」

 沈黙が居たたまれなくて付け足すもクレイグの眉間の皺が増えただけだった。
 イケメンは怒ってもイケメンだが、顔が端正な分、迫力が大盤振る舞いされている。

 だが俊は腹を決めていた。
 一つ息を大きく吸うとクレイグへ近づき、真正面から懇願した。

「出納係に立候補します。数学を教えたこともありますし、四桁の四則演算くらいなら暗算できます! どうでしょうか?」

 十進法が一緒で良かった。
 七桁以上になると確かめ算をさせて欲しいが、それでもなんとかなる。
 ギンいわく丁度組織の会計をする者が居なくなったらしい。
 ギンもやる気があるとは言えないようだし、正直僥倖だと思った。

「本当だったら助かるぜお頭。最近金の管理はボロボロだ」

 先ほどのサンタクロースがクレイグの肩越しにぬっと顔を出した。

「よし! こいつを雇おう! ボロボロは俺のせいだけど、もう数字見るの飽きたし」 

 突然の至近距離に驚いていると続いてギンが俊の隣に立ち、無責任な台詞をやたらキリリとした良い顔で言った。
 いつの間にかわらわらと筋肉不良少年と組長も俊の周りに集まってきて、うんうんと頷いている。

「誰も彼も腕っ節自慢野郎ばっかだしな。数字なんて不眠症解消グッズにしかならねーよ」
「不眠になるほど繊細な奴すら存在しないが」

 不良少年が組長の厳かな指摘に確かに、と言いながら二人でニヤリと笑い合った。

 俊を受け入れてくれているような雰囲気に、期待を込めてクレイグに視線を戻した。
 だが彼は苦々しそうな表情を浮かべていた。

「……テストしてやる。本当に計算に強いのか」

 クレイグが言うと四人が驚きに顔を見合わせた。

「今ので十分証明できただろ。もう俺数字嫌だ」
「今までそんなに入念に面接したことねーじゃん」
「俺たちのことを調べてあらかじめ計算してたのかも知れねぇだろ」

 クレイグは四対の懐疑的な瞳から目をそらし、煩そうに答えると俊に向き直った。

 先の面接での俊の不手際っぷりを見てなおスパイ容疑が晴れていないとは。
 逆に感心してしまう。

 なおもギンが文句を言わんとしているのを察知したクレイグが俊の手首を掴み、部屋の奥へと歩き出した。

「え、あの」
「良いからついて来い」

 振り向きもしないクレイグの強い口調に、俊は大人しくされるがままになった。
 寒々しい廊下に出て突き当たりの扉をくぐるとそこはこぢんまりとした書斎のようだった。
 八畳ほどしかない部屋にはボルドーのカーペットが敷かれ四方の壁にはリビングにある以上の本が所狭しと並べられていた。
 それらに見下ろされるように中央にチョコレート色の読書机と椅子がある。
 俊が机のある場所まで進むとクレイグが後ろ手に扉を閉めた。

 あの四人に邪魔されないための移動だと思うのだが、なんだかクレイグの雰囲気が刺々しくなっているようで余計に緊張した。
 一脚だけある椅子に俊は言われるがまま収納された。

 クレイグは腕組みをして机によりかかり、『テスト』が始まった。
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