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2 勇者パーティーの体制を整えよう
036 可愛いかわいい
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「もうっ、本っ当にかわいい!」
急にかかる肩の重みに、また心臓が飛び出しそうになった。
白い髪、白い瞳、白い肌……すべてが白い彼女は、どう見ても人間ではない。だって、私とレインの肩に置かれた腕も、地面についている足も、半透明で向こう側が見えているから。
「アイレさん!?」
空気しかなかったところに現れた彼女の名を呼ぶと、アイレはふふ、と微笑んだ。
「魔王くん風に言うと、推しカプってやつ? きゃー、早くくっついちゃえばいいのに!」
「おしかぷ?」
『やっぱそうだよね! レイシエは神。異論は認めん』
「れいしえ、とは?」
魔王軍四天王、アイレ。「白魔女」の異名を持つ彼女は、風魔法の使い手だ。
アイレは唯一魔王コスモの突飛な話について行け……ているのかはちょっとわからないが、少なくとも合わせることはできる、これまた不思議なひとだ。
「もしかして、シエルさんの髪の色を変えてくださったのは、アイレさんですか?」
「ご名答。うまくごまかせたかしら?」
髪に手を入れてみると、すでに元の白色に戻っていた。きっと、何らかの魔法を使って色を変えていたのだろう。
魔法というのは非常に便利で、やろうと思えば別人にだってなれる。ただ、それを維持するのには、温度や湿度、気圧を加味した、微妙な魔力の流れの調整が必要だから、使う魔力は微々たるものでもかなりの労力を使うらしい。
『あれ、アイレはなんでミドリ町にいるの?』
コスモが尋ねると、アイレは私たちの肩から腕を下ろした。
「そんなに時間はないから、単刀直入に言うわね」
アイレがすうっと息を吸う。
「ここ、ミドリ町は、このままだと滅ぼされるわ」
「やはりそうですか。先ほどから気配は感じていましたが」
「え、どういうこと?」
私が尋ねたのと同時に、足元に黒い影がかかる。雲かと思い、さして気にしなかったが、レインとアイレにつられて頭上を見た。
言葉を失う。雲かと思っていたものは、何百匹、何千匹の、丸くて小さな黒い鳥――コガラスの大群だった。
「仲間を傷つけられて、お怒りのようですね」
テトが言っていた、コガラスをいじめていた人物。その人を標的にして、人間界から、魔界から、ミドリ町に集まってきたらしい。
コガラスは仲間意識が強く、一日目に一匹倒すと、二日目には二匹、三日目には四匹、四日目には八匹……と、どんどん集まってくると聞く。
コガラスたちは、逃げるための転移魔法が遮られ、人間に捕まって傷つけられている。私がコガラスの仲間だったら、そんなこと許せない。
コガラスの大群に気づき始めた人々が逃げ出した。建物の中にいた人々も騒ぎを聞いて焦り出す。そんな中で、半透明で異質なアイレの存在には、誰も気づいていないようだった。
「あれを率いている子、あたしの補佐役ちゃんなのよね」
『だからアイレがそっちにいるってことね』
部下が何かしてしまったら、上司がどうにかしないといけない。上に立つって大変なことなんだな。
この緊急事態にそんなことを考えていられるのは、きっと魔王軍四天王という絶対的な力を持つひとが、この場にふたりもいるからだろう。
「それで、魔王くん。止めるかこのまま見守るか、どうするの?」
あ、そういえば、レインもアイレも魔王軍だった。人間の味方をしてくれるとは限らない……というか、人間の敵なのだ。
『いつもだったら別に止めないけど。今はその町に勇者がいるからさ、ちょっと止めてきて』
「わかったわ」
勇者は目の前で悲劇が起これば、たぶんトラウマで引きこもる。つまり、私は魔王城で一生を終えなければならなくなる。
魔王軍としてもそれは困るだろうから、勇者のメンタルを抉るようなことは絶対に阻止しなければならない。
アイレは半透明だった体をさらに空気に溶かし、完全に見えなくなった。彼女は空気と同化できるらしい。
「レインさん、シエルさん!」
震えた高い声が聞こえ、私たちは振り向いた。
目に涙を溜めて走ってくるテトと、それを追いかける一メートルほどの大きさのコガラス。おそらくボスなのだろう。
私は咄嗟に前に出て結界を張る。結界の後ろでは、レインがテトを守っていた。
「攻撃をすれば相手の数が増えます。逃げますよ」
ボスコガラスが結界に体当たりしている隙に、レインはテトの手を引いて走り出した。私も後ろを気にしながら、レインたちの後を追う。
私の結界は、きっと軟弱なコガラスなんぞには壊せない。結界が張られていない上か横を通ればいいのだと、あのボスコガラスが気づくまでは、余裕で逃げる時間は稼げる。
「シエルさん、上です」
レインの言葉のすぐ後に、空から降ってきた三匹のコガラスは、結界に積み重なる形で着地した。まるで団子だ。それを可愛がっている時間はないが、ちょっと観賞していたかった。
プニカメほどではないが、コガラスも可愛い。
まるまるとしたフォルムに、くりくりとしたおめめ、羽毛に埋もれた小さなくちばし。攻撃も、もふもふの体当たりだとか、服をついばむだとか、癒されるものばかりだ。
けれど、さすがに何百匹に囲まれたら怖い。それと、でっかいボスコガラスも怖い。踏みつぶされたら終わりだ。でも、あのもふもふの羽毛に埋もれて寝てみたいというのも、一つの夢だったりする。
「建物に入りましょう。外より幾分か安全です」
可愛いコガラスについて想像しながら、口元が緩んでいた私だったが、今はそんな場合ではなかった。
レインの言葉で我に返った私は、扉が開きっぱなしになっていた建物の中に駆け込んだ。
急にかかる肩の重みに、また心臓が飛び出しそうになった。
白い髪、白い瞳、白い肌……すべてが白い彼女は、どう見ても人間ではない。だって、私とレインの肩に置かれた腕も、地面についている足も、半透明で向こう側が見えているから。
「アイレさん!?」
空気しかなかったところに現れた彼女の名を呼ぶと、アイレはふふ、と微笑んだ。
「魔王くん風に言うと、推しカプってやつ? きゃー、早くくっついちゃえばいいのに!」
「おしかぷ?」
『やっぱそうだよね! レイシエは神。異論は認めん』
「れいしえ、とは?」
魔王軍四天王、アイレ。「白魔女」の異名を持つ彼女は、風魔法の使い手だ。
アイレは唯一魔王コスモの突飛な話について行け……ているのかはちょっとわからないが、少なくとも合わせることはできる、これまた不思議なひとだ。
「もしかして、シエルさんの髪の色を変えてくださったのは、アイレさんですか?」
「ご名答。うまくごまかせたかしら?」
髪に手を入れてみると、すでに元の白色に戻っていた。きっと、何らかの魔法を使って色を変えていたのだろう。
魔法というのは非常に便利で、やろうと思えば別人にだってなれる。ただ、それを維持するのには、温度や湿度、気圧を加味した、微妙な魔力の流れの調整が必要だから、使う魔力は微々たるものでもかなりの労力を使うらしい。
『あれ、アイレはなんでミドリ町にいるの?』
コスモが尋ねると、アイレは私たちの肩から腕を下ろした。
「そんなに時間はないから、単刀直入に言うわね」
アイレがすうっと息を吸う。
「ここ、ミドリ町は、このままだと滅ぼされるわ」
「やはりそうですか。先ほどから気配は感じていましたが」
「え、どういうこと?」
私が尋ねたのと同時に、足元に黒い影がかかる。雲かと思い、さして気にしなかったが、レインとアイレにつられて頭上を見た。
言葉を失う。雲かと思っていたものは、何百匹、何千匹の、丸くて小さな黒い鳥――コガラスの大群だった。
「仲間を傷つけられて、お怒りのようですね」
テトが言っていた、コガラスをいじめていた人物。その人を標的にして、人間界から、魔界から、ミドリ町に集まってきたらしい。
コガラスは仲間意識が強く、一日目に一匹倒すと、二日目には二匹、三日目には四匹、四日目には八匹……と、どんどん集まってくると聞く。
コガラスたちは、逃げるための転移魔法が遮られ、人間に捕まって傷つけられている。私がコガラスの仲間だったら、そんなこと許せない。
コガラスの大群に気づき始めた人々が逃げ出した。建物の中にいた人々も騒ぎを聞いて焦り出す。そんな中で、半透明で異質なアイレの存在には、誰も気づいていないようだった。
「あれを率いている子、あたしの補佐役ちゃんなのよね」
『だからアイレがそっちにいるってことね』
部下が何かしてしまったら、上司がどうにかしないといけない。上に立つって大変なことなんだな。
この緊急事態にそんなことを考えていられるのは、きっと魔王軍四天王という絶対的な力を持つひとが、この場にふたりもいるからだろう。
「それで、魔王くん。止めるかこのまま見守るか、どうするの?」
あ、そういえば、レインもアイレも魔王軍だった。人間の味方をしてくれるとは限らない……というか、人間の敵なのだ。
『いつもだったら別に止めないけど。今はその町に勇者がいるからさ、ちょっと止めてきて』
「わかったわ」
勇者は目の前で悲劇が起これば、たぶんトラウマで引きこもる。つまり、私は魔王城で一生を終えなければならなくなる。
魔王軍としてもそれは困るだろうから、勇者のメンタルを抉るようなことは絶対に阻止しなければならない。
アイレは半透明だった体をさらに空気に溶かし、完全に見えなくなった。彼女は空気と同化できるらしい。
「レインさん、シエルさん!」
震えた高い声が聞こえ、私たちは振り向いた。
目に涙を溜めて走ってくるテトと、それを追いかける一メートルほどの大きさのコガラス。おそらくボスなのだろう。
私は咄嗟に前に出て結界を張る。結界の後ろでは、レインがテトを守っていた。
「攻撃をすれば相手の数が増えます。逃げますよ」
ボスコガラスが結界に体当たりしている隙に、レインはテトの手を引いて走り出した。私も後ろを気にしながら、レインたちの後を追う。
私の結界は、きっと軟弱なコガラスなんぞには壊せない。結界が張られていない上か横を通ればいいのだと、あのボスコガラスが気づくまでは、余裕で逃げる時間は稼げる。
「シエルさん、上です」
レインの言葉のすぐ後に、空から降ってきた三匹のコガラスは、結界に積み重なる形で着地した。まるで団子だ。それを可愛がっている時間はないが、ちょっと観賞していたかった。
プニカメほどではないが、コガラスも可愛い。
まるまるとしたフォルムに、くりくりとしたおめめ、羽毛に埋もれた小さなくちばし。攻撃も、もふもふの体当たりだとか、服をついばむだとか、癒されるものばかりだ。
けれど、さすがに何百匹に囲まれたら怖い。それと、でっかいボスコガラスも怖い。踏みつぶされたら終わりだ。でも、あのもふもふの羽毛に埋もれて寝てみたいというのも、一つの夢だったりする。
「建物に入りましょう。外より幾分か安全です」
可愛いコガラスについて想像しながら、口元が緩んでいた私だったが、今はそんな場合ではなかった。
レインの言葉で我に返った私は、扉が開きっぱなしになっていた建物の中に駆け込んだ。
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