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3 勇者に試練を与えよう(仮)

051 気持ち悪い=かっこいい?

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「勇者パーティーの皆さんには、相談したいことがあるからと、デッキに呼び出してあります」

 レインの言う通り、船のデッキには、勇者たちがいた。そのほかにもちらほらと、空の様子が気になって見に来た人たちがいた。

 空を見ると、船周辺の上空にだけ、灰色の分厚い雲が不自然に集まっていた。風もさっきより強くなっている。

「どうなってる!」
「帆を畳め!」

 乗組員たちは、異様な空の様子に焦っているようだ。

「これってもしかして、あの影響?」

「かもですね。魔力の流れが悪くて、さっきから寒気がします」

 勇者の仲間である、弓使いのイルと治癒魔法使いのチユの話し声。あの影響、とは……。

 この船に魔王軍四天王が乗っていると知っているのは、蒼炎の騎士だけ。私たちは勇者とアストの姿を何度か見ているが、それも遠くからだし、彼らがレインと私の存在に気付いているとは思えない。

 そもそも、レインや私の顔を見て、正体に気づけるのは、勇者パーティーの中ではイルしかいない。アストは幼馴染である私の顔すら忘れているぐらいだし、チユは私たちの顔を見たことはあるが正体は知らない。勇者は……もしかすると、私の顔を見て気づくかもしれないが、彼のことだから「見間違い。絶対そう」で済ませそうだ。

 私たちはこの船に乗ってから、イルの姿を見たのはこれが初めて。だから、たぶん気づかれていない。だとしたら「あの影響」というのは、私たちとは関係のない、全く別の話だ。

「で、どうするの?」

 イルはアストの向こう側の、一歩下がったところにいる勇者に声をかけた。勇者はわかりやすくビクリと肩を震わせた。

「……そ、れは…………しか……」

 何を言っているのかわからないぐらいの声でつぶやく勇者に、イルはため息をついた。

「はっきり話したら?」

 勇者はイルをしばらく見つめたのち、ぎゅっと目をつむる。彼はすうっと息を吸い込む。

「やるしか、ない……よ、ね…………?」

 彼にしては大きな声で述べたのち、自信なさげに疑問形にした。イルとアストはしばらく黙って、その様子を見つめていた。

「……そうだな!」

 アストはいつも通りの無邪気な笑顔で、親指を立て、勇者へグッドサインを送った。

「ここら辺、何かあったの?」

 私が尋ねると、レインは少し顔を動かして私を見た。

「わかりません……ですが、ぼくたちは作戦を決行するだけです。邪魔が入れば消しましょう」

 レインは向こうの手すりの側にいる、こちらを見ている黒いローブ姿――マリーナに見えるよう、手を挙げた。「クラーゲンに船を襲わせろ」という合図だ。

 マリーナはそれを見て、頷くと、海を覗きこんだ。

「てか、シャインはどこ?」

「蒼炎の騎士のこと? さあ。寝てるんじゃない?」

「何か、あったとか……ない、よね?」

 ごめんなさい私が部屋に閉じ込めてきました。勇者が成長するために必要なことだったんです。

 マリーナは顔を上げると、何事もなかったかのようにこちらへ歩いてきた。彼女がその場から離れた瞬間、船前方の海が盛り上がる。

「わっ」

 船はぐらりと揺れ、私はバランスを崩し、へたりと座り込んだ。

「何何なになになになに!」

 勇者は泣きそうな声を発しながら、アストにしがみついた。その様子を、イルはしらけた様子で見ている。

「皆さん、構えてください」

 チユの言葉で、アストとイルは前方を向く。勇者はというと、アストの後ろで、ただ目をつむって震えているだけだ。

 盛り上がった海は、重力通り、その周辺に広がった。船の中にも水が入ってくる。雨のように降り注ぐ水を浴びながら、勇者一行(ただし勇者は除く)は姿を現しかけている魔物に身構えていた。

 海を持ち上げた正体。それは、大きな……とても大きな――クラゲだった。

「ひえっ」

 クラーゲンの姿を見たレインは、身震いをして腕をさする。

 水のように透き通った体には、紫色の絵の具を落としたみたいな模様。黄色っぽくて細い足が、船の手すりを這うように掴んだ。残りの足は、勇者たちを威嚇するように上へ伸ばしている。

 なるほど、あれはたしかに気持ち悪い。

「なにあれ、気持ち悪っ」

 アストも同じように思ったらしい。嫌悪感丸出しの瞳で、クラーゲンを見つめていた。

「あれはクラーゲンっていう中級魔物。毒を持っていて、刺されると激痛と麻痺が起こる」

「イル、詳しいな」

「そりゃそう。僕が毒を使った戦い方をすること、忘れたの?」

 そういえば、イルは矢に毒を塗って放つという戦い方をするのだ。クラーゲンの毒を使っていてもおかしくはない。

 魔物の毒は、冒険者なら比較的簡単に手に入るらしい。自分で魔物から回収することもできるし、ギルドで申請すれば、購入もできる。

「クラーゲン……」

 勇者はじっと、クラーゲンを見つめていた。

「どうかしたのか?」

 アストが尋ねても、勇者はクラーゲンから目を離さない。

「本物……」

 勇者はふらふらとした足取りで、クラーゲンへと数歩だけ近づいた。

「おい、危な――」

「かっこいい……!」

 私は耳を疑ったが、勇者は少し怖がりながらも、嬉しそうにクラーゲンを眺めていた。私からは勇者の後ろ姿しか見えなかったが、それでも喜びのオーラが眩しいぐらいに伝わってきた。
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