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3 勇者に試練を与えよう(仮)
060 竜封じの結界師
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「それでですね、すごい魔法が竜の攻撃を無効化して、すごい結界が竜を閉じ込めて、勇者さんがすごい攻撃をして、とにかくすっごかったんです!」
蒼炎の騎士シャイン・マーズは、水の竜の一件が解決した後、勇者一行から話を聞いていた。
「水の竜を追い払っていただき、ありがとうございます、勇者様。わたしがあなた方に協力を頼んだというのに、何も力になれず、申し訳ありません」
「ところで、君は何してたわけ?」
「……寝ていました。本当に申し訳ありません」
イルはあきれ顔を浮かべ、深くため息をついた。
本当は、魔王軍四天王レインによって、部屋に閉じ込められていた。蒼炎の騎士がそれを言わなかったのは、もし誰かが話を聞いていて、「魔王軍四天王がこの船に乗っている」ということが船中に広まってしまえば、さらなる混乱を起こしかねないからだ。
魔王軍四天王がこの船に乗っているとわかっても、今ここで探し出すのは得策ではない。だから、勇者一行には、船を降りてから伝えようと思う。
「竜の攻撃を無効化した魔法……というのは?」
「海がバーンッて襲ってきたんですけと、それがサーッて収まって」
「はあ」
「でもその魔法使いさん、姿が見えなくて……。できることなら、お話ししてみたかった!」
竜の攻撃を無効化できる実力を持つ魔法使い……しかも姿がない。となると、おそらく魔王軍四天王のレインだ。
(レインは何をしにこの船に……? おれを閉じ込めたのは何のため? 水の竜が暴れたのは魔王軍の仕業じゃないのか?)
蒼炎の騎士は考えながら、もう一つ気になったことを尋ねる。
「水の竜を閉じ込めたという結界師は、何者なのでしょう」
「黒いローブを被った、小柄な人物でした。でも、その人すぐいなくなっちゃったから……」
蒼炎の騎士は、一瞬だけ顔をしかめたイルに目を留めた。彼は何か思い当たることがあるのか、何も言わずに考え込んでいる。
「あの人、ちょっとだけ、シエルに似てた」
「シエルさん? というのは?」
「五年前に魔王軍に攫われた、勇者とアストの幼馴染、だっけ?」
イルの言葉に、勇者は頷く。
「今も魔王城にいるはずだから、シエルのはずはないけどね」
勇者は寂しさと罪悪感が混じり合った声で呟いた。
「そういえば、結界師さん……何でしたっけ、竜なんちゃらの――」
「竜封じの結界師?」
「そう、それです! 竜封じの結界師って呼ばれてました!」
竜の動きを封じた結界師と、蒼炎の騎士を閉じ込めた結界師。高い実力を持つ結界師が二人、偶然同じ船に乗り合わせるなんてこと、あるだろうか。
(あれ、シエル……って)
蒼炎の騎士は、目を見開き、口に手を当てる。
(レインが最後に呼んでいた、おれを閉じ込めた結界師の名前と同じだ……)
魔王軍四天王のレイン、竜封じの結界師、そして……五年前に攫われた、人質の少女。少し調べてみる必要がありそうだと、蒼炎の騎士は思った。
「ねえ、そういえば、アストは?」
「アスト? ……あれ?」
「アストさん!? どこ行っちゃったんですか!?」
そんな騒ぎが起こっていることも、蒼炎の騎士の耳には届かなかった。
◇◆◇
小さな部屋に、魔導書をめくる音だけが聞こえている。その部屋の床には、散らばったたくさんの資料。どこに何があるのか、もはや部屋の主である男にもわからなくなってしまっていた。
扉がギギギ、と音を立てて開く。ノックぐらいしてほしいな、と思いながら、男は声をかけた。
「おかえり。どうだった?」
返事はない。男は振り向こうとはせず、ただ魔導書を読み進めるだけだった。
「どうかした?」
これはうまくいかなかったんだろうな、と考えながら、男はもう一度声をかけた。
「申し訳ありません。…………失敗しました」
「……そっか」
男はようやく振り向いた。そこには、黒に近いグレーの、ショートボブの女がいた。彼女は、失敗してしまったことに罪悪感を抱いているのか、うつむいてしまっている。
「理由を訊いてもいい?」
大切な仲間。家族同然の仲間。お互い、失敗を責めるなんてことはしない。一緒に失敗した原因を探して、次はもっとこうしようねと解決策を考えて、そうやって信頼関係を築き上げてきた。
「薬は、ちゃんと与えたんです。でも、竜が暴れ出してしまって……」
女は、花形の魔道具に、白色の蝶――カンシチョウを付けた。この魔物は、映像を記録できるという性質を持つ。
映し出されたのは、船を襲う水の竜の姿。
映像の中の光景に、男は身を乗り出した。
「何、これ……」
急に大きく結界が張られたかと思えば、次の瞬間には竜が収まる大きさまで縮小している。そうすることで、結界の強度を上げているらしい。
「待って、今のところ戻して」
もう一度、結界が張られていく様子を再生する。竜が暴れてもひび一つ入らない結界を見て、男は感嘆の息を漏らした。
すごい。本当にすごい。竜を封じられるぐらい堅い結界なのに、形が崩れるなんてこともない。とても大きく張った結界を、歪ませることなく縮めていく高度な技術。まるで、一種の芸術のような結界魔法。
「この結界を張った人、誰?」
「素性はわかりませんが……船に乗り合わせた人々からは、こう呼ばれていました」
男は、唾を飲み込みながら、次の言葉を待った。
「――竜封じの結界師、と」
その言葉を聞いた途端、男の肺にはたくさんの空気が入ってきた。
「竜封じの、結界師……」
不気味に笑いながら、男はその名を嚙みしめながら呼ぶ。
「あはは、すごいなぁ。面白い。……あ、そうだ」
男は、映像をもう一度戻して、結界が張られていく様子を見ながら、次のことを思いつく。
「今度も、竜を暴れさせちゃおうよ」
「……それは」
「竜封じの結界師、僕も見たいなぁ」
男は実態のない映像に手を伸ばし、竜を閉じ込めた結界をなぞる。
「一緒に作戦立てよう。……ね、サナちゃん」
そう言って微笑む男に、サナと呼ばれた女は、頬を桃色に染めながら頷いた。
蒼炎の騎士シャイン・マーズは、水の竜の一件が解決した後、勇者一行から話を聞いていた。
「水の竜を追い払っていただき、ありがとうございます、勇者様。わたしがあなた方に協力を頼んだというのに、何も力になれず、申し訳ありません」
「ところで、君は何してたわけ?」
「……寝ていました。本当に申し訳ありません」
イルはあきれ顔を浮かべ、深くため息をついた。
本当は、魔王軍四天王レインによって、部屋に閉じ込められていた。蒼炎の騎士がそれを言わなかったのは、もし誰かが話を聞いていて、「魔王軍四天王がこの船に乗っている」ということが船中に広まってしまえば、さらなる混乱を起こしかねないからだ。
魔王軍四天王がこの船に乗っているとわかっても、今ここで探し出すのは得策ではない。だから、勇者一行には、船を降りてから伝えようと思う。
「竜の攻撃を無効化した魔法……というのは?」
「海がバーンッて襲ってきたんですけと、それがサーッて収まって」
「はあ」
「でもその魔法使いさん、姿が見えなくて……。できることなら、お話ししてみたかった!」
竜の攻撃を無効化できる実力を持つ魔法使い……しかも姿がない。となると、おそらく魔王軍四天王のレインだ。
(レインは何をしにこの船に……? おれを閉じ込めたのは何のため? 水の竜が暴れたのは魔王軍の仕業じゃないのか?)
蒼炎の騎士は考えながら、もう一つ気になったことを尋ねる。
「水の竜を閉じ込めたという結界師は、何者なのでしょう」
「黒いローブを被った、小柄な人物でした。でも、その人すぐいなくなっちゃったから……」
蒼炎の騎士は、一瞬だけ顔をしかめたイルに目を留めた。彼は何か思い当たることがあるのか、何も言わずに考え込んでいる。
「あの人、ちょっとだけ、シエルに似てた」
「シエルさん? というのは?」
「五年前に魔王軍に攫われた、勇者とアストの幼馴染、だっけ?」
イルの言葉に、勇者は頷く。
「今も魔王城にいるはずだから、シエルのはずはないけどね」
勇者は寂しさと罪悪感が混じり合った声で呟いた。
「そういえば、結界師さん……何でしたっけ、竜なんちゃらの――」
「竜封じの結界師?」
「そう、それです! 竜封じの結界師って呼ばれてました!」
竜の動きを封じた結界師と、蒼炎の騎士を閉じ込めた結界師。高い実力を持つ結界師が二人、偶然同じ船に乗り合わせるなんてこと、あるだろうか。
(あれ、シエル……って)
蒼炎の騎士は、目を見開き、口に手を当てる。
(レインが最後に呼んでいた、おれを閉じ込めた結界師の名前と同じだ……)
魔王軍四天王のレイン、竜封じの結界師、そして……五年前に攫われた、人質の少女。少し調べてみる必要がありそうだと、蒼炎の騎士は思った。
「ねえ、そういえば、アストは?」
「アスト? ……あれ?」
「アストさん!? どこ行っちゃったんですか!?」
そんな騒ぎが起こっていることも、蒼炎の騎士の耳には届かなかった。
◇◆◇
小さな部屋に、魔導書をめくる音だけが聞こえている。その部屋の床には、散らばったたくさんの資料。どこに何があるのか、もはや部屋の主である男にもわからなくなってしまっていた。
扉がギギギ、と音を立てて開く。ノックぐらいしてほしいな、と思いながら、男は声をかけた。
「おかえり。どうだった?」
返事はない。男は振り向こうとはせず、ただ魔導書を読み進めるだけだった。
「どうかした?」
これはうまくいかなかったんだろうな、と考えながら、男はもう一度声をかけた。
「申し訳ありません。…………失敗しました」
「……そっか」
男はようやく振り向いた。そこには、黒に近いグレーの、ショートボブの女がいた。彼女は、失敗してしまったことに罪悪感を抱いているのか、うつむいてしまっている。
「理由を訊いてもいい?」
大切な仲間。家族同然の仲間。お互い、失敗を責めるなんてことはしない。一緒に失敗した原因を探して、次はもっとこうしようねと解決策を考えて、そうやって信頼関係を築き上げてきた。
「薬は、ちゃんと与えたんです。でも、竜が暴れ出してしまって……」
女は、花形の魔道具に、白色の蝶――カンシチョウを付けた。この魔物は、映像を記録できるという性質を持つ。
映し出されたのは、船を襲う水の竜の姿。
映像の中の光景に、男は身を乗り出した。
「何、これ……」
急に大きく結界が張られたかと思えば、次の瞬間には竜が収まる大きさまで縮小している。そうすることで、結界の強度を上げているらしい。
「待って、今のところ戻して」
もう一度、結界が張られていく様子を再生する。竜が暴れてもひび一つ入らない結界を見て、男は感嘆の息を漏らした。
すごい。本当にすごい。竜を封じられるぐらい堅い結界なのに、形が崩れるなんてこともない。とても大きく張った結界を、歪ませることなく縮めていく高度な技術。まるで、一種の芸術のような結界魔法。
「この結界を張った人、誰?」
「素性はわかりませんが……船に乗り合わせた人々からは、こう呼ばれていました」
男は、唾を飲み込みながら、次の言葉を待った。
「――竜封じの結界師、と」
その言葉を聞いた途端、男の肺にはたくさんの空気が入ってきた。
「竜封じの、結界師……」
不気味に笑いながら、男はその名を嚙みしめながら呼ぶ。
「あはは、すごいなぁ。面白い。……あ、そうだ」
男は、映像をもう一度戻して、結界が張られていく様子を見ながら、次のことを思いつく。
「今度も、竜を暴れさせちゃおうよ」
「……それは」
「竜封じの結界師、僕も見たいなぁ」
男は実態のない映像に手を伸ばし、竜を閉じ込めた結界をなぞる。
「一緒に作戦立てよう。……ね、サナちゃん」
そう言って微笑む男に、サナと呼ばれた女は、頬を桃色に染めながら頷いた。
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