S級パーティを追放された「雑用係」、実は彼がいなければ全員ただの凡人だった

旅する書斎(☆ほしい)

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馬車が辺境の宿場町ルミナに到着したのは、夕暮れ時だった。
空は燃えるような茜色に染まり、立ち並ぶ石造りの建物には、魔除けの紋章がびっしりと刻まれている。
王都の華やかさとは無縁の、常に死と隣り合わせの緊張感が漂う街だ。

俺が馬車を降りると、周囲の視線が一斉に突き刺さった。
薄汚れた旅装束に、安物の剣。
この過酷な辺境には似つかわしくない素人に見えるのだろう。

「おい、あんちゃん。悪いことは言わねえ、次の便で王都へ帰りな。ここは、お前みたいなのが来るところじゃねえ」

門番の男が、酒臭い息を吐きながら忠告してくる。
彼の腕には無数の傷跡があり、歴戦の冒険者であることは明白だ。
だが、その筋肉の付き方、魔力の流れを見れば、彼がどれほどの限界に直面しているか丸分かりだ。

「心配いらない。少し探し物があるだけだ」

俺は適当に受け流し、街のギルドへと足を向ける。
情報を集めるには、そこが一番手っ取り早い。

ギルドの扉を開けると、さらに重苦しい空気が鼻をついた。
血と汗、そして安酒の匂い。
奥の掲示板には、絶望的な難易度の依頼書が並んでいる。

俺は受付に向かい、一番暇そうな職員に声をかけた。

「この近くに沈黙の聖域と呼ばれる場所があるはずだ。そこへ行く最短ルートを教えてくれ」

その瞬間、ギルド内の喧騒がピタリと止まった。
数十人の冒険者たちが、信じられないものを見る目で俺を凝視する。

「……今、なんて言った」

受付の女性が、震える声で聞き返してきた。

「沈黙の聖域だ。何か問題か」

「問題だらけだよ。あそこは数年前に魔物に汚染され、今では神隠しの森と呼ばれている禁忌の地だ。立ち入った者は誰一人として戻ってこない。ましてや、あんたみたいな装備で……」

「死にたいなら勝手にしろよ、ガキ」

奥の席で大剣を抱えていた大男が、下卑た笑い声を上げる。
周囲からも嘲笑が漏れ出す。

「おい、聞こえるか。あそこには、あの廃棄された聖女がいるって噂だぜ。魔力が枯渇して教会を追い出された、出がらしの女がな。死に損ない同士、仲良く墓に入るにはおあつらえ向きだ」

男の言葉に、俺は少しだけ興味を惹かれた。
廃棄された聖女、か。
教会の都合で使い潰され、ゴミのように捨てられた存在。
今の俺と、少しだけ境遇が似ているかもしれない。

「……なるほど。いい情報を聞いた」

俺は金貨を一枚、受付のテーブルに置く。
情報の対価としては破格の金額に、女性職員の目が丸くなった。

「ちょ、ちょっと。本気なの」

呼び止める声を無視して、俺はギルドを後にする。
日は既に沈み、街の外には深い闇が広がっていた。
だが、俺の視界には、森の奥から立ち上る不自然な魔力の淀みがはっきりと見えている。

「さて、行ってみるか」

街の門を抜け、俺は一人で森へと足を踏み込んだ。
周囲の木々が意思を持っているかのように、俺の行く手を阻もうと枝を伸ばしてくる。
さらには、闇に紛れて無数の赤い目がこちらを窺っている。

「雑魚はすっこんでろ。今は機嫌がいいんだ」

俺は歩きながら、自身の魔力を微量だけ解放した。
それは、捕食者が獲物を威嚇するような、原始的な暴力の波動だ。

ガサガサッ。
という音と共に、周囲の気配が一瞬で霧散する。
森の魔物たちが、本能的に理解したのだ。
ここにいるのは、自分たちが決して逆らってはいけない何かだと。

森の深部へ進むにつれ、空気は冷たく、そして神聖なものへと変わっていく。
やがて視界が開け、そこには崩れかけた白亜の聖堂が姿を現した。
かつては多くの巡礼者が訪れたであろうその場所は、今では蔦に覆われ、静寂に支配されている。

その聖堂の階段に、一人の少女が座り込んでいた。

月光を反射するプラチナブロンドの長い髪。
汚れを隠しきれない白い法衣を纏っているが、その佇まいには気品が漂っている。
視界に入った瞬間、呼吸を忘れ、心臓の鼓動が耳元まで響いてくるような美貌。

だが、彼女を取り囲んでいるのは、数十体もの魔物の影だった。
腐敗した肉体を持つゾンビや、骨だけの兵士たち。
彼らは今まさに、弱り切った少女に食らいつこうとしている。

「……あぁ、神様」

少女――聖女エリスが、絶望に瞳を潤ませ、祈るように目を閉じる。
彼女の手からは、小さな光の粒すら生まれない。
魔力枯渇。
教会によって全ての力を搾り取られた彼女に、身を守る術は残されていなかった。

「終わり、なのですね……」

巨大なゾンビの爪が、彼女の喉元に迫る。
その瞬間。

ドォォォォォン。

真空を切り裂くような音が響き、エリスの目前にいた魔物たちが、一瞬で消滅した。
肉片すら残らない。
ただ、そこにあった空間が、強力な力によって削り取られたかのような惨状だ。

「……え」

エリスが呆然と目を開ける。
彼女の視界に入ったのは、魔物の群れの中心に堂々と立つ、一人の男の背中だった。

「祈る暇があるなら、立ちな。神様は今、忙しいらしい」

俺は肩越しに彼女を振り返り、不敵に笑う。

「あ、あなたは……」

「通りすがりの雑用係だ」

俺は襲い来る残りの魔物たちに、左手をかざす。
魔法を詠唱する必要すらない。
ただ、頭の中で消去をイメージするだけで十分だ。

極太の青い熱線が、俺の手の平から放たれた。
衝撃波で周囲の木々がマッチ棒のように折れ、鼓膜を劈く爆音に鳥たちが即死する。
夜の闇が白昼のように照らされ、あまりの熱量に空気がキィィィィンと悲鳴を上げる。

わずか数秒。
聖堂を囲んでいた絶望は、跡形もなく消え去った。

「すごい……。こんな魔法、見たことがありません……。あなたは、宮廷魔導師様なのですか」

エリスが震える足で立ち上がり、俺に歩み寄ってくる。
近くで見れば見るほど、彼女の美しさは際立っていた。
しかし、その体内の魔力回路はボロボロだ。
まるで、乾いた雑巾のように絞り尽くされている。

「いや、さっきも言っただろ。俺はただの器用貧乏だ。それより、あんた。相当酷い状態だな」

「……分かりますか。はい、私はもう、聖女としての力を持っていません。教会に捨てられた、ただの役立たずです」

自嘲気味に笑う彼女。
その瞳には、深い悲しみと諦めが宿っている。

「役立たず、か。俺も似たようなことを言われて追い出されたばかりだ」

俺は彼女の前に歩み寄り、その細い手を握った。

「な、何を……」

「テストだ。俺の力が、他人にどこまで作用するか」

俺は究極の分配者を発動させる。
ただし、今度は回収ではなく供給だ。
俺の中に貯まった膨大な魔力を、細く、それでいて純度の高い流れに変えて、彼女の体内へと流し込む。

「っ。ぁ、あぁああああああ」

エリスの体が、神聖な青い光に包まれる。
彼女の壊れた魔力回路が、瞬時に修復されていく。
それだけではない。
俺の魔力が彼女の核に触れた瞬間、彼女自身の潜在能力が猛烈な勢いで覚醒を始めた。

空に渦巻く雲が割れ、巨大な光の柱が聖堂に降り注ぐ。
エリスの背後に、神々しい翼のようなオーラが展開される。

「これは……私の、魔力……。いいえ、違います。こんな、溢れるような力、一度だって……」

彼女の瞳が、かつての枯れた輝きとは比較にならないほどの黄金色に染まる。
足元の枯れ草が一瞬で青々と芽吹き、枯れ果てていた聖堂の花々が、狂い咲くように開花した。

「ふむ。予想以上だな」

俺が手を離すと、エリスはその場に膝をつき、自分の手を見つめて震えていた。
彼女のステータスは、今や王都のどんな高名な聖女をも凌駕している。
文字通り、神の代弁者としての力を手に入れたのだ。

「あ、ありがとうございます……。あなたは、私にとっての、本当の神様です……」

エリスが涙を流しながら、俺の足元に縋り付く。
その信仰心に近い熱を帯びた視線に、俺は少しだけ苦笑いした。

「神様はやめてくれ。俺はただ、自分の力を試しただけだ」

「いいえ。この命、この力、全てあなたに捧げます。どうか、私をあなたの傍に置いてください」

どうやら、とんでもない忠誠心を買ってしまったらしい。
だが、悪くない。
辺境で一から何かを始めるなら、これほど頼もしい相棒はいないだろう。

その時、遠くの森から、無数の馬の蹄の音が聞こえてきた。
魔物の気配ではない。
鋼鉄の鎧が擦れ合う音――軍隊だ。

「聖女エリス。逃げても無駄だ。教会の審問官様がお呼びだ」

野太い声が響く。
どうやら、捨てたはずの聖女に、まだ何か用があるらしい。
俺は、震えるエリスの肩を軽く叩いた。

「安心しろ。お前の新しい力の、最初の実験台が来たみたいだ」

俺の口角が、自然と吊り上がる。
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