追放令嬢、魔導と科学で文明開花いたしますわ〜辺境から始める世界再設計〜

☆ほしい

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第9話

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 王国諜報局──正式には“王室隠密情報監理部門”。その存在は公には伏せられておりますが、王国において最も厄介で、最も“掴みどころのない”機関でございますわ。表ではなく裏から、情報を操り、人を動かし、時には歴史すら“調整”する。まこと、愉快な存在ですわね。

 その彼らが、わたくしの領地に、しかも“堂々と”やって来たというのですから、さぞかし焦っておられるのでしょう。

 「お嬢様、どうしますか? この方々……明らかにただの視察じゃ……」

 「ええ、分かっておりますわ。だからこそ、直に対応いたしましょう。わたくしがね」

 久しぶりに、“本体”での応対をいたしましたの。わざわざ自律人形を出すまでもない――そう、彼らには“わたくしの真価”を正面から見せておく必要がございますもの。

 応接間に通された黒衣の使者たちは、整然と並び、誰一人として感情を見せませんでした。表情筋すら訓練で封じたような無表情。それが、逆に彼らの緊張をよく示しておりましたわ。

 「初めまして。エリス・フォン・グリムヴァルトでございますわ。王室直属の方々が、辺境の地まで足を運ばれるとは、まこと光栄に存じますの」

 「……我々は、ただの観察者です」

 「ええ、観察ね。情報の収集、技術の評価、そして場合によっては“制御不能”と判断された場合の処理。あら、怖いですわね?」

 わたくしの言葉に、一人の男がほんの一瞬、眉を動かしました。ええ、見逃しませんわ。

 「ご安心なさいませ。この地でわたくしがしているのは、“王国の未来”の先取りですわ。脅威などではございませんわよ?」

 「……その未来が、王国にとっての“正義”であれば、の話です」

 「正義? あら、技術に“正義”も“悪”もございますの? あるのはただ、使う者の意志だけでしてよ」

 その場に、一瞬の沈黙が落ちました。空気が緊張で凍るような気配。ですが、わたくしは悠然と紅茶を口にし、微笑みます。

 「ですがまあ、心配されるのも当然ですわね。ですから、ご提案を差し上げますわ。わたくし、この村を“技術自治特区”として王国に正式に申請いたしますわ」

 「……自治特区?」

 「ええ。王都の法体系から一定の裁量権を外し、わたくしの裁量で技術運用と社会構築を進める。対価として、王国に定期的な報告書と成果物の一部を提供する。いかがかしら? あなた方の“情報管理”にも都合が良いでしょう?」

 諜報官のひとりが、ちらりと隣の男と目を交わし、数秒の沈黙。

 そして――頷き。

 「……検討に値する案件です。上層に伝えましょう」

 「どうぞ。それまでの間に、また新しい“玩具”でも開発しておきますわ」

 ふふ、これでよろしい。表ではなく、裏からわたくしの影響力を王都に浸透させる。自治特区の名目であっても、実態は“独立した研究国家”ですわ。王都がそれを制御できない限り、わたくしの立場は確実に強化されてまいりますの。

 応接間を出ると、リゼが待っておりました。

 「お、お嬢様……あの人たち、本当に引き下がったんですか?」

 「ええ、引き下がるしかありませんわ。彼らは“情報の処理”には長けていても、“未知の制御”には向いておりませんもの。わたくしのような“予測不可能”な存在は、彼らにとっては毒にも薬にもなりますの。だからこそ、無理に排除はしません。監視下に置いたふりをしつつ、実際は“手出しできない”という立場に追い込まれる」

 「さすが、お嬢様……」

 「当然ですわ。情報というのは、“支配”ではなく“演出”が肝要ですの」

 その夜、屋敷の書斎にて、わたくしはひとつの報告書を記しました。

 それは、村の現状、技術運用の成果、そして“特区設立に向けた草案”。

 この文書が王都に届いたとき、わたくしの存在は、いよいよ“国家機関”の外ではなく、内において認知されることになるでしょう。

 次にやるべきこと、それは“技術の拡張”ですわ。

 今までは既存技術の応用と再構築が主でしたけれど、次は“前人未踏”の領域へ。

 わたくしは、古代遺跡で見つけた“思念伝導炉”の設計図を広げました。

 これは、使用者の思考を媒介に魔力を変換する、理論上不可能とされていた“意識操作型魔具中枢”。

 「思考で技術を動かす。ええ、夢物語ではなく、現実の技術として実装してご覧に入れますわよ」

 エリス・フォン・グリムヴァルト。

 その名は、技術者として、そして“時代の加速装置”として、歴史に刻まれていくこととなるのですわ。
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