13 / 66
第13話
しおりを挟む
影魔士が姿を消した瞬間、わたくしは一息だけ、深く息を吸いましたの。もちろん、疲れなどというものではございませんわ。ただ、少しだけ興奮が過ぎましたのよ。滅多にないことですが、あれほど“対話が可能な相手”に出会うと、つい、脳が沸き立ってしまうのですもの。
わたくしの頭の中には、すでに彼の残した言葉が回転し始めておりました。
――次に会う時、君は“国”と戦うことになるかもしれない。
ふふ、まるでそれが“運命”か何かのように仰るのね? 違いますわ。戦うかどうかを選ぶのは、わたくしですのよ。そしてわたくしは、ただ一つの基準でしか動きませんの。
面白いか、否か――それだけ。
「リゼ、状況は?」
「被害なし! 魔導兵器も全機稼働中、住民の避難も完了済みです! ……あの、その、さっきの相手は……」
「ああ、ただの“視察者”ですわ。少しばかり礼儀知らずな方でしたけれど、まあ無事にお帰りになりましたの。大丈夫、村には一切手出ししませんわよ」
リゼの表情が緊張から安堵に変わる。そう、それでよろしい。わたくしの周囲には、常に何かしらの波が立つものですわ。それを乱さず、恐れず、ただ黙って従ってくれるあなたのような存在は、貴重でございますのよ。
さて、思念伝導炉の制御にも成功し、防衛網の稼働試験も完了。王国からの直接的な介入も無力化。それならば、次の段階へ進むしかありませんわね。
「リゼ、研究棟の区画分け、進んでおりますか?」
「はい、お嬢様の設計通りに。北棟が生体応用技術研究、南棟が魔力変換応用、中央が指令制御中枢になっております。物資も順次届いておりますし、協力要請を出した職人たちも明日には――」
「ふむ。では、いよいよ“他国”との関係を構築いたしましょうか」
リゼがびくりと肩を揺らしたのが見えましたわ。ええ、当然の反応ですわね。
「まさか、外交を……?」
「ええ。“国家未承認の技術特区”などと自称しているうちは、王国も好きに小言を言えますが、他国との取引実績ができれば話は別。“内政問題”ではなく、“外交案件”に変わりますのよ。そうなれば、勝手に手出しなどできなくなる。あの王都の面々に、それを理解させて差し上げましょう」
もちろん、ただの売買などしませんわ。わたくしが提供するのは、“魔具による社会構造改革技術”。水源の自動管理、魔導交通網、再生可能魔力供給網といった、国家基盤そのものを支える土台技術ですの。これを欲しがらない国があれば、それはもはや国家ではございませんわ。
「まずは中原連邦へ使者を。次に、北部鉱山同盟にも声をかけておきますの。王都が情報を封じたくても、もう遅いと実感させてあげましょう」
「で、ですがお嬢様、そ、それって……王国に、完全に……!」
「敵対することにはなりませんわ。あちらが勝手に焦って敵視するだけ。わたくしは何も奪いませんし、戦う気もございません。“ただ、進む”だけですわよ」
進む。その先に何があるか? 決まっておりますわ。
“新しい世界”ですの。
魔具によってすべてが再設計された社会。階級も、血統も、魔力資質すらも意味を持たない、技術によってのみ評価される世界。そこでは、わたくしのような存在こそが頂点に立つにふさわしい。
だからこそ、わたくしは止まりませんわ。
あの影魔士が何と言おうとも、王都の官僚どもがどれほど足掻こうとも、わたくしが選ぶのはただ一つ。
「リゼ、明日より“技術公開講義”を村で始めますわ。わたくしの研究に興味を持つ者には、全員等しく教えます。平民だろうと、子供だろうと関係なく」
「えっ、でも、そんな……技術を“ただで”ですか?」
「当然でしょう? 知識に上下はありませんわ。むしろ、民の中にこそ、未来の礎がある。人の価値は“何を持って生まれたか”ではなく、“何を成したか”ですの」
この村を“技術都市”に。それが第一歩。そして、この村から始まる波が、やがて王国全土を飲み込む。そのとき、誰もが知ることになるのですわ。
エリス・フォン・グリムヴァルトという名が、ただの“令嬢”などではなく、時代そのものであることを。
わたくしの頭の中には、すでに彼の残した言葉が回転し始めておりました。
――次に会う時、君は“国”と戦うことになるかもしれない。
ふふ、まるでそれが“運命”か何かのように仰るのね? 違いますわ。戦うかどうかを選ぶのは、わたくしですのよ。そしてわたくしは、ただ一つの基準でしか動きませんの。
面白いか、否か――それだけ。
「リゼ、状況は?」
「被害なし! 魔導兵器も全機稼働中、住民の避難も完了済みです! ……あの、その、さっきの相手は……」
「ああ、ただの“視察者”ですわ。少しばかり礼儀知らずな方でしたけれど、まあ無事にお帰りになりましたの。大丈夫、村には一切手出ししませんわよ」
リゼの表情が緊張から安堵に変わる。そう、それでよろしい。わたくしの周囲には、常に何かしらの波が立つものですわ。それを乱さず、恐れず、ただ黙って従ってくれるあなたのような存在は、貴重でございますのよ。
さて、思念伝導炉の制御にも成功し、防衛網の稼働試験も完了。王国からの直接的な介入も無力化。それならば、次の段階へ進むしかありませんわね。
「リゼ、研究棟の区画分け、進んでおりますか?」
「はい、お嬢様の設計通りに。北棟が生体応用技術研究、南棟が魔力変換応用、中央が指令制御中枢になっております。物資も順次届いておりますし、協力要請を出した職人たちも明日には――」
「ふむ。では、いよいよ“他国”との関係を構築いたしましょうか」
リゼがびくりと肩を揺らしたのが見えましたわ。ええ、当然の反応ですわね。
「まさか、外交を……?」
「ええ。“国家未承認の技術特区”などと自称しているうちは、王国も好きに小言を言えますが、他国との取引実績ができれば話は別。“内政問題”ではなく、“外交案件”に変わりますのよ。そうなれば、勝手に手出しなどできなくなる。あの王都の面々に、それを理解させて差し上げましょう」
もちろん、ただの売買などしませんわ。わたくしが提供するのは、“魔具による社会構造改革技術”。水源の自動管理、魔導交通網、再生可能魔力供給網といった、国家基盤そのものを支える土台技術ですの。これを欲しがらない国があれば、それはもはや国家ではございませんわ。
「まずは中原連邦へ使者を。次に、北部鉱山同盟にも声をかけておきますの。王都が情報を封じたくても、もう遅いと実感させてあげましょう」
「で、ですがお嬢様、そ、それって……王国に、完全に……!」
「敵対することにはなりませんわ。あちらが勝手に焦って敵視するだけ。わたくしは何も奪いませんし、戦う気もございません。“ただ、進む”だけですわよ」
進む。その先に何があるか? 決まっておりますわ。
“新しい世界”ですの。
魔具によってすべてが再設計された社会。階級も、血統も、魔力資質すらも意味を持たない、技術によってのみ評価される世界。そこでは、わたくしのような存在こそが頂点に立つにふさわしい。
だからこそ、わたくしは止まりませんわ。
あの影魔士が何と言おうとも、王都の官僚どもがどれほど足掻こうとも、わたくしが選ぶのはただ一つ。
「リゼ、明日より“技術公開講義”を村で始めますわ。わたくしの研究に興味を持つ者には、全員等しく教えます。平民だろうと、子供だろうと関係なく」
「えっ、でも、そんな……技術を“ただで”ですか?」
「当然でしょう? 知識に上下はありませんわ。むしろ、民の中にこそ、未来の礎がある。人の価値は“何を持って生まれたか”ではなく、“何を成したか”ですの」
この村を“技術都市”に。それが第一歩。そして、この村から始まる波が、やがて王国全土を飲み込む。そのとき、誰もが知ることになるのですわ。
エリス・フォン・グリムヴァルトという名が、ただの“令嬢”などではなく、時代そのものであることを。
58
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢に転生したので、ゲームを無視して自由に生きる。私にしか使えない植物を操る魔法で、食べ物の心配は無いのでスローライフを満喫します。
向原 行人
ファンタジー
死にかけた拍子に前世の記憶が蘇り……どハマりしていた恋愛ゲーム『ときめきメイト』の世界に居ると気付く。
それだけならまだしも、私の名前がルーシーって、思いっきり悪役令嬢じゃない!
しかもルーシーは魔法学園卒業後に、誰とも結ばれる事なく、辺境に飛ばされて孤独な上に苦労する事が分かっている。
……あ、だったら、辺境に飛ばされた後、苦労せずに生きていけるスキルを学園に居る内に習得しておけば良いじゃない。
魔法学園で起こる恋愛イベントを全て無視して、生きていく為のスキルを習得して……と思ったら、いきなりゲームに無かった魔法が使えるようになってしまった。
木から木へと瞬間移動出来るようになったので、学園に通いながら、辺境に飛ばされた後のスローライフの練習をしていたんだけど……自由なスローライフが楽し過ぎるっ!
※第○話:主人公視点
挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点
となります。
A級パーティから追放された俺はギルド職員になって安定した生活を手に入れる
国光
ファンタジー
A級パーティの裏方として全てを支えてきたリオン・アルディス。しかし、リーダーで幼馴染のカイルに「お荷物」として追放されてしまう。失意の中で再会したギルド受付嬢・エリナ・ランフォードに導かれ、リオンはギルド職員として新たな道を歩み始める。
持ち前の数字感覚と管理能力で次々と問題を解決し、ギルド内で頭角を現していくリオン。一方、彼を失った元パーティは内部崩壊の道を辿っていく――。
これは、支えることに誇りを持った男が、自らの価値を証明し、安定した未来を掴み取る物語。
聖女やめます……タダ働きは嫌!友達作ります!冒険者なります!お金稼ぎます!ちゃっかり世界も救います!
さくしゃ
ファンタジー
職業「聖女」としてお勤めに忙殺されるクミ
祈りに始まり、一日中治療、時にはドラゴン討伐……しかし、全てタダ働き!
も……もう嫌だぁ!
半狂乱の最強聖女は冒険者となり、軟禁生活では味わえなかった生活を知りはっちゃける!
時には、不労所得、冒険者業、アルバイトで稼ぐ!
大金持ちにもなっていき、世界も救いまーす。
色んなキャラ出しまくりぃ!
カクヨムでも掲載チュッ
⚠︎この物語は全てフィクションです。
⚠︎現実では絶対にマネはしないでください!
【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。
BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。
辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん??
私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?
魔法使いとして頑張りますわ!
まるねこ
恋愛
母が亡くなってすぐに伯爵家へと来た愛人とその娘。
そこからは家族ごっこの毎日。
私が継ぐはずだった伯爵家。
花畑の住人の義妹が私の婚約者と仲良くなってしまったし、もういいよね?
これからは母方の方で養女となり、魔法使いとなるよう頑張っていきますわ。
2025年に改編しました。
いつも通り、ふんわり設定です。
ブックマークに入れて頂けると私のテンションが成層圏を超えて月まで行ける気がします。m(._.)m
Copyright©︎2020-まるねこ
本物の聖女じゃないと追放されたので、隣国で竜の巫女をします。私は聖女の上位存在、神巫だったようですがそちらは大丈夫ですか?
今川幸乃
ファンタジー
ネクスタ王国の聖女だったシンシアは突然、バルク王子に「お前は本物の聖女じゃない」と言われ追放されてしまう。
バルクはアリエラという聖女の加護を受けた女を聖女にしたが、シンシアの加護である神巫(かんなぎ)は聖女の上位存在であった。
追放されたシンシアはたまたま隣国エルドラン王国で竜の巫女を探していたハリス王子にその力を見抜かれ、巫女候補として招かれる。そこでシンシアは神巫の力は神や竜など人外の存在の意志をほぼ全て理解するという恐るべきものだということを知るのだった。
シンシアがいなくなったバルクはアリエラとやりたい放題するが、すぐに神の怒りに触れてしまう。
断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます
山河 枝
ファンタジー
聖女が魔物と戦う乙女ゲーム。その聖女につかみかかったせいで処刑される令嬢アナベルに、転生してしまった。
でも私は知っている。実は、アナベルこそが本物の聖女。
それを証明すれば断罪回避できるはず。
幸い、処刑人が味方になりそうだし。モフモフ精霊たちも慕ってくれる。
チート魔法で魔物たちを一掃して、本物アピールしないと。
処刑5秒前だから、今すぐに!
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる