役立たずと蔑まれ、食糧難の辺境へ追放された引きこもり令嬢、前世の経営シミュレーション知識で極寒の地を美食の都に変えてしまう

旅する書斎(☆ほしい)

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暖炉の改修工事は、三日ほどで終わりました。
職人たちは、私の設計図通りに仕事を進めます。
それは、寸分の狂いもない見事なものでした。
完成した暖炉は、以前のものと比べて少し複雑な形です。
火を焚く炉床の奥には、レンガの壁が追加されました。
熱を吸収し、放出するためのものです。
煙突も、ただの筒ではありませんでした。
途中で、少し曲がりくねるような形になっていました。

「さて、どうなることやら…」

棟梁は、まだ半信半疑といった様子です。
腕を組んで、完成品を眺めていました。
他の職人たちも、固唾をのんで見守っています。

「では、火を入れますね」

私は、侍女が用意してくれた薪に火をつけました。
ぱちぱちと、心地よい音を立てます。
そうして、炎が燃え上がりました。
最初は、以前の暖炉と何ら変わりありません。
しかし、しばらくすると部屋の中に明らかな変化が訪れました。

「…おお?」

誰かが、驚きの声を上げました。
部屋の空気が、じんわりと力強く暖まってきたのです。
以前の暖炉は、火の前だけが熱くなりました。
それだけだったのです。
部屋の隅の方は、相変わらずひんやりとしていました。
しかし、新しい暖炉は違います。
まるで部屋全体を、優しい温もりで包むようでした。

「な、なんだこれは…!火から離れているのに、背中まで暖かいぞ!」
「煙の逆流も、まったくない!」
「それに、見てみろ!薪の燃え方が、心なしか緩やかじゃないか?」

職人たちが、次々に驚きの声を上げます。
その通りでした。
新しい暖炉は、燃焼効率も計算されています。
少ない薪で、より長く部屋を暖かく保てるのです。

棟梁は、呆然とした表情でした。
暖炉と部屋の中を、何度も見比べています。
そして、やがて私の前にやって来ました。
そして、深々とその大きな体を折り曲げます。

「…奥様!いや、アニエス親方!俺たちの負けでござんす!あんたは、本物だ!」

その言葉をきっかけに、他の職人たちもわっと歓声を上げました。

「親方、万歳!」
「これで、寒い冬も怖くないぜ!」

彼らは、まるで子供のようにはしゃいでいます。
その日から、彼らは私のことを心から慕ってくれるようになりました。
城中の暖炉を、新しいものに改修する作業が進みます。
それは、急ピッチで進められていきました。

私の評判は、城の使用人たちの間でも瞬く間に広がりました。

「聞いたかい?あのアニエス様って方は、すごい魔法使いらしいぜ」
「ああ。どんな問題も、あっという間に解決しちまうんだとさ」

そんな噂話が聞こえてきても、私はただにっこりと微笑むだけでした。
私の知識は、魔法ではありません。
前世でたくさんの人が、長い時間をかけて積み上げてきたものです。
それは、知恵の結晶なのですから。

暖炉の問題が一段落すると、私は次に油の問題に取り掛かりました。
まずは、霜降りトロールの脂肪から油を抽出します。
そのための、実験を始めました。
厨房の大きな鍋に、細かく刻んだトロールの脂肪を入れます。
そして、弱火でじっくりと熱していきました。
最初は、少し独特の匂いがしました。
しかし、それもすぐに香ばしい香りへと変わります。
やがて、鍋の中には黄金色の液体が溜まっていきました。
それが、トロールの油です。
私は、『トロール・オイル』と名付けました。
冷まして不純物を取り除くと、それは透き通っていました。
まるで、上質なオリーブオイルのようです。
私は、その油を小さなランプ皿に注ぎました。
そして、芯に火を灯してみます。
ぱっと、明るく安定した炎が立ち上りました。
煙も、ほとんど出ていません。
そして何より、その明るさが今まで使っていた植物油と違います。
比べ物にならないくらい、強いのです。

「まあ…!なんて明るいんでしょう!」

実験を手伝ってくれていたマルタが、感心の声を上げました。

「これなら、夜に本を読むのも楽になりますわ!」
「ええ。それに、火持ちもずっと良いはずよ」

実験は、大成功でした。
雪ウサギの脂肪からも、同様に良質な油が採れると分かりました。
これで、もう遠くの街から高い油を買う必要はありません。
この領地で、自給自足ができるのです。
私は、早速この『トロール・オイル』の量産化計画を立てました。
トロールの解体作業を行う、専門の加工場を建設する必要があります。
これも、レオニール様に相談しました。
すると、彼はすぐに許可してくれました。
私の計画は、着実に順調に進んでいきます。

会計が整理され、財政状況が明確になりました。
その結果、無駄な支出が削減されました。
新しい農法によって、畑は活力を取り戻し始めています。
それは、少しずつですが確実でした。
暖房と照明の問題が解決され、城の人々の暮らしは格段に快適になりました。
そして、霜降りトロールという新たな産業の芽も生まれつつあります。

ヴァインベルク辺境領は、私が来てからまだ数ヶ月しか経っていません。
しかし、その景色は確実に変わり始めていました。
人々の中に、笑顔と活気が戻ってきたのです。

そんなある日の午後。
私は、完成したばかりの堆肥を畑に撒いていました。
農夫たちと、一緒の作業です。
発酵の進んだ堆肥は、独特の匂いがします。
しかし、土にとっては最高のごちそうです。
子供たちも、泥んこになりながら手伝ってくれていました。
その顔は、とても楽しそうでした。

「アニエス様ー!こっち、もっとくださーい!」
「はいはい、今持って行くわね」

私が、堆肥の入った桶を運んでいるときです。
遠くから、馬のひづめの音が聞こえてきました。
見ると、ゲルトさんがこちらへ向かってきます。
数人の騎士を、連れていました。
その表情は、どこか険しいものでした。
何事でしょうか。

「アニエス様!」

ゲルトさんは、馬から飛び降りると私の元へ駆け寄ってきます。

「大変です!王都から、急の使者が…!」
「王都から?」

私の心に、一筋の不安がよぎりました。
忘れていた、あの息苦しい場所です。
私を、役立たずと罵った父と姉の顔が頭をよぎりました。

「…使者は、なんと?」
「はっ!ヴェルフォール公爵家より、アニエス様へ書状が届けられました!」

ゲルトさんが差し出したのは、一通の手紙でした。
見覚えのある、公爵家の紋章が入っています。
なぜ、今になって私に手紙など送ってくるのでしょうか。
ろくな内容でないことだけは、確かです。
私は、土で汚れた手をエプロンで拭いました。
そして、その手紙を受け取りました。
封を切り、中にあった羊皮紙を広げます。
そこに書かれていたのは、私の予想をはるかに超える内容でした。
手紙を読んだ私の顔から、さっと血の気が引いていきます。
それは、自分でも分かりました。

「アニエス様!?どうかなさいましたか!?」

ゲルトさんが、心配そうに私の顔を覗き込みます。
私は、ただ震える手で手紙を握りしめることしかできませんでした。
手紙には、こう書かれていたのです。

『王都は、今深刻な食糧難に陥っている。ついては、ヴァインベルク辺境領に備蓄してある食料を全て王都へ献上するように』

そして、追伸としてこうも書かれていました。

『これは、王太子殿下からの直々のご命令である』と。

あまりにも、一方的で身勝手な要求です。
このヴァインベルクの民が、どれほどの苦労をしたでしょう。
冬を越すための食料を、必死に蓄えているのです。
そんなこと、彼らは考えようともしないのでしょう。
私の胸の中に、冷たい怒りの炎が静かに燃え上がりました。
ふざけないで。
この食料は、あなたたちのためのものではありません。
これは、この厳しい土地で必死に生きる私の大切な領民たちのものです。
一粒たりとも、渡すものですか。

私は、顔を上げました。
そして、隣に立つゲルトさんに毅然とした声で言います。
「ゲルトさん。すぐに、レオニール様をここへお呼びください。緊急の会議を開きます、と」

私のただならぬ様子に、ゲルトさんは息を飲みました。
そして、何も言わずに力強く頷きます。
「はっ!ただちに!」

彼は、再び馬に飛び乗りました。
そして、城へと全速力で駆けていきました。
私は、その背中を見送りました。
そして、ぎゅっと拳を握りしめます。
私は、王都の方角を鋭く睨みつけました。
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