役立たずと蔑まれ、食糧難の辺境へ追放された引きこもり令嬢、前世の経営シミュレーション知識で極寒の地を美食の都に変えてしまう

旅する書斎(☆ほしい)

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私の大胆な笑みに、その場にいた全員がきょとんとしていました。
アルフォンス殿が、信じられないという顔で私を見ています。
「アニエス様、笑いごとではございませんぞ。」
「このままでは、我々の計画が台無しになります。」
「ええ、もちろん分かっていますわ。」
「ですが、わたくしにはこれも良い機会にしか見えませんの。」
私の言葉に、皆はますます混乱しているようでした。
私は、ゆっくりと自分の考えを説明し始めます。

「考えてもみてくださいな。」
「彼らが、わざわざこんな手紙を送ってきたということはそれだけ私たちのレストランを恐れている証拠ですわ。」
「恐れている、と申しますと。」
「ええ。」
「自分たちの、地位を脅かす存在になるかもしれないと警戒しているのです。」
「だからこそ、お店が始まる前に潰しておきたいのでしょう。」
私の分析に、アルフォンス殿はなるほどと頷きました。
「しかし、だからといってこの要求をどうすればよいのですかな。」
「断れば、彼らはさらに強い手段に出てくるでしょう。」
「かといって、受け入れればお店は成り立ちません。」
「ええ、ですから私たちはこの要求をうまく利用するのです。」
私は、手紙をテーブルの上に広げました。
そこには、十数人の貴族の名前がずらりと書かれています。

「見てくださいな、この名前のリストを。」
「彼らは、本当に一つのチームなのでしょうか。」
「と、申しますと。」
「彼らは皆、王都で力を争っているライバル同士のはずです。」
「今は、共通の敵である私たちを前に一時的に手を組んでいるだけですわ。」
「その内側は、きっと嫉妬と疑いの心で満ちています。」
私は、そう言ってにやりと笑いました。
「ですから、私たちはその関係に小さな石を投げ込んであげるのです。」
「そうすれば、彼らは勝手に疑い合って自分から壊れていくでしょう。」
「な、なるほど…。」
「それで、具体的にはどうなさるおつもりで。」
アルフォンス殿は、すっかり私の話に引き込まれていました。

「まず、この独占契約の申し出は丁寧にお断りします。」
「しかし、ただ断るだけではありませんわ。」
「代わりに、新しい提案をするのです。」
「新しい、提案とは一体。」
「『特別な部位の、優先して供給する契約』ですわ。」
私の言葉に、ジャンがはっとした顔をしました。
「まさか、アニエス様…。」
「ええ、そのまさかよ。」
「霜降りトロールの肉は、部位によって価値も味も全く違います。」
「一番美味しいシャトーブリアンは、一頭からほんの少ししか取れないのですよ。」

「その、最高級の部位を手に入れる権利を彼らに競争させるのです。」
「例えば、オークションのような形にしても面白いかもしれませんわね。」
「そ、そんなことをすれば…。」
「ええ。」
「彼らは、互いにライバル意識を燃やしてとんでもない値段を付けてくるでしょう。」
「私たちは、何もしなくても大きな利益を手にできます。」
「そして彼らは、私たちを敵だと見ている場合ではなくなります。」
「隣にいる、ライバル貴族を出し抜くことに夢中になるでしょうから。」
私の、あまりにも大胆な計画にアルフォンス殿は言葉を失っていました。
その賢そうな顔が、驚きと感心で少しだけ引きつっています。
ジャンは、目をきらきらと輝かせていました。
「すごい、すごいですアニエス様。」
「それなら、レストランでも堂々とステーキが出せますね。」
「ええ、もちろんですわ。」
「最高級部位以外のお肉は、今まで通り自由に販売できますからね。」
「むしろ、王都の貴族たちが競ってくれるおかげで肉の価値はさらに高まるでしょう。」
「私たちのレストランの、格も自然と上がっていくというわけです。」

それは、完璧な計画でした。
敵の力を利用して、自分たちの価値をさらに高めるのです。
これぞ、ゲームで身につけた高度な作戦でした。
「…アニエス様。」
「あなた様は、本当にすごいお方だ。」
アルフォンス殿が、心の底から感心したように呟きます。
「わたくしは、ただこのヴァインベルクを守りたいだけですわ。」
私は、そう言って淑女のように優雅に微笑んでみせました。
すぐに、レオニール様にもこの計画を報告します。
彼は、私の話を聞くと呆れたように、それでいてとても楽しそうに笑いました。
「はっはっは。」
「そうか、王都の狐たちを互いに戦わせるというわけか。」
「いかにも、お前らしいやり方だな。」
「ご賛成、いただけますでしょうか。」
「もちろんだ。」
「すぐに、その内容で返事を書かせよう。」
「いや、いっそのことバルトルトに直接交渉させた方が面白いかもしれんな。」

彼は、すっかりこの計画に乗り気のようでした。
こうして、私たちの目の前に現れた大きな壁はあっという間に好機へと変わったのです。
出発の日、城の中庭は再び見送りの人々で賑わっていました。
ジャンとアルフォンス殿、そして彼らと共に王都へ向かう数人の若い料理人たち。
彼らは、少し緊張した顔で馬の上にいました。
「では、行ってまいります。」
「必ずや、王都で一番の店にしてみせます。」
アルフォンス殿が、皆を代表して力強く挨拶をしました。
「ええ、頼みましたわ。」
「でも、無理はしないでくださいね。あなたたちの、健康が第一ですから。」
私は、彼らの体を心配する言葉をかけました。
そして、ジャンの元へ歩み寄ります。

「ジャン、これをどうぞ。」
私は、彼に小さな革の袋を手渡しました。
「これは、何ですかアニエス様。」
「お守りよ。」
「中には、特別なハーブが入っています。気持ちを、落ち着かせる効果があるの。」
「もし、料理で悩んだり緊張したりしたらその香りを嗅いでみてちょうだい。」
「は、はい、ありがとうございます。」
彼は、その革袋を大切そうに胸にしまいました。
その目には、うっすらと涙が浮かんでいます。
「さあ、出発しなさい。」
レオニール様の、大きな号令が響き渡りました。
一行は、私たちに深くお辞儀をします。
そして、ゆっくりと城門へと向かっていきました。
彼らの背中には、このヴァインベルクの未来が懸かっています。
でも、私には少しも心配はありませんでした。
彼らなら、きっとやり遂げてくれるでしょう。
私たちは、その姿が見えなくなるまでいつまでも手を振り続けていました。

王都へ、レストランの開店チームが出発してから数日が過ぎます。
ヴァインベルクは、またいつもの穏やかな日常を取り戻していました。
グスタフさんの工房からは、毎日力強い槌の音が聞こえてきます。
ミスリル銀を使った新しい農具が、次々と作られていました。
畑では、農夫たちがその新しい道具を使い楽しそうに働いています。
ヨハンさんの革製品も、すっかりこの土地の名物として定着しました。
エルマン先生の診療所には、領地の民たちがひっきりなしに訪れます。
先生の、正しい診断と私が提供する特別な薬のおかげです。
この土地から、重い病気で苦しむ人はほとんどいなくなりました。
全てが、うまくいっています。
私は、そんな領地の様子を見て回るのが毎日の習慣になっていました。

「アニエス様、こんにちは。」
「親方、この前の鋤は最高だぜ。」
道を行く人々が、皆親しそうに私に声をかけてくれます。
その笑顔が、私にとって何よりの喜びでした。
そんなある日の午後、私はマルタと一緒に厨房でお菓子を作っています。
新しく、王都から届いた珍しい木の実を使った焼き菓子です。
厨房には、甘くて香ばしい匂いが漂っていました。
「まあ、良い香りですわ。」
「これは、きっと美味しくなりますわね。」
「ええ。」
「子供たちが、喜んでくれるといいのだけれど。」
私たちが、そんな会話をしているときです。
ゲルトさんが、少し慌てた様子で厨房に入ってきました。
「アニエス様、大変です。」
「城の門の前に、見慣れない一団が来ております。」
「まあ、どうかなさいましたの。」
「それが、ヴェルフォール公爵家の紋章を掲げた馬車でして…。」
「そして、中からアニエス様のお姉様であるセレスティーナ様がお見えになりました。」

「なんですって…。」
私は、思わず作業の手を止めました。
セレスティーナ姉さんが、なぜ今頃このヴァインベルクへ来たのでしょう。
あの、プライドの高い彼女がこんな遠い土地へ自らやってくるなど考えられません。
ろくな目的でないことだけは、すぐに分かりました。
私の胸の中に、黒い雲がもくもくと湧き上がるのを感じます。
「それで、ご用件は何だそうですの。」
「それが、『可愛い妹に会いに来てやった』とだけ…。」
「今、客間でレオニール様が対応しておりますが…。」
ゲルトさんの、言いにくそうな様子で状況はすぐに察しがつきました。
きっと、姉さんは客間で好き放題に振る舞っているのでしょう。
私は、ふうと一つため息をつきます。
どうやら、少し面倒なことになりそうですわね。
私は、エプロンを外して身なりを整えました。
「分かりましたわ。」
「わたくしが、お会いしましょう。」
「しかし、アニエス様…。」
ゲルトさんが、心配そうに言います。
「大丈夫よ。」
「ここは、もうわたくしの家ですもの。お客様を、おもてなしするのは当然の役目ですわ。」
私は、そう言ってしっかりとした態度で厨房を後にしました。
マルタが、心配そうな顔で私の背中を見送っています。
客間へと続く、長い廊下を歩きながら私は気持ちを切り替えていました。
どんな、嫌なことを言われてももう心を乱される私ではありません。
むしろ、やり返してさしあげますわ。
客間の扉の前に立つと、中から姉の高い笑い声が聞こえてきました。
そして、レオニール様の困ったような声も聞こえます。
私は、ゆっくりと一つ深呼吸をしました。
そして、その重い扉をゆっくりと開けたのです。
「あら、お姉様。」
「このような遠いところまで、ようこそお越しくださいました。」
私は、作りうる限りで最も優雅な笑みを浮かべて言いました。
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