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第3話 えへへ……!
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フィリアの腕は、思った以上に細くて、儚かった。抱きついてきたその勢いに押されるように、俺は片膝をついた。
「わ、わたし……おとうさんが、できたんだね!」
フィリアは、俺を見上げて、涙目でにっこり笑った。
「……ああ」
短く応えながら、喉の奥がひりつく。こんなに真っ直ぐな信頼を向けられるなんて、俺にはあまりにも、贅沢すぎた。
「よし」
俺は、ぐいっとフィリアの小さな身体を持ち上げた。びっくりした顔をしていたが、すぐにきゃっきゃっと笑い声を上げる。
「ほら、もうちょっと元気になった証拠だな」
「えへへ……!」
フィリアは、嬉しそうに腕を広げたまま、俺の胸に顔をうずめた。
体温が伝わってくる。柔らかくて、あたたかい感触。
この子は、ひとりぼっちだった。俺と、同じだ。
「おとうさん、これから……ずっと一緒にいられる?」
「……ああ」
もう、迷わなかった。
この森で、薬草を摘んで、ひっそり生きていくだけの毎日だった。
だけど、こいつを拾った今、俺の時間は、ほんの少しだけど、意味を持った気がした。
「ずっと、一緒だ」
もう誰にも、奪わせやしない。
フィリアは、俺の胸の中で、小さな声で何度も「よかった、よかった……」と呟いていた。
*
それから、しばらく。
フィリアは、俺の言うことをよく聞いた。
「こっち、飲め」
「うん!」
薬草スープを飲ませると、素直に「にがい……」と顔をしかめながらも、最後まで飲み干した。
「このまま寝てろ。無理に動くな」
「うん!」
ちゃんと布団の上で丸まって、毛布を抱きしめている。
驚くほど、素直な子だった。
「……いい子だな、おまえは」
思わず、そんな言葉が漏れた。
フィリアは、少し照れたように、にへらっと笑った。
「おとうさんが、やさしいから、だよ?」
「……そうかよ」
やれやれ、と頭を掻いた。
正直、優しさなんてものとは縁遠い人生だった。
俺は、王国魔導師団にいたころから、戦場で命令をこなすだけの歯車だった。裏切りに遭って追放されてからは、誰も信じず、誰にも期待せず──ただ、ひっそり生きるだけだった。
そんな俺が。
今、こんなふうに誰かと過ごしている。
「……変なもんだな」
ぽつりと呟くと、フィリアが首をかしげた。
「へんなの?」
「ああ。……でも、悪くない」
「うんっ!」
フィリアは、無邪気に笑った。
それだけで、胸の奥が、じわっと熱くなる。
俺は、炉に薪を足して、もう一度火を強くした。
これから、やることは山ほどある。
フィリアの体力を戻させること。食い物を確保すること。この森で、ふたりが生きていけるように、準備を整えること。
──そして。
誰かに見つかる可能性も考えなきゃならない。
この森は、滅多に人が来ない。だが、完全に安全ってわけじゃない。
「……」
一瞬、嫌な記憶が脳裏をよぎる。
あいつらの顔。あの時の、血の匂い。
俺を陥れた裏切り者ども。あのまま放っておけば、いずれまた牙を向けてくるかもしれない。
「……守ってやる」
唇の裏で、誰にも聞こえないように呟いた。
フィリアを、絶対に。
二度と、誰にも奪わせない。
*
「おとうさんっ!」
フィリアが、毛布からひょこっと顔を出して、俺を呼んだ。
「あ?」
「ねえ、おなかすいたよ!」
「……さっきスープ飲んだばっかだろ」
「でも、もっと!」
ぺこぺこと両手で自分の腹を叩く仕草が、妙に可愛らしい。
「しょうがねぇな」
俺は立ち上がり、棚の奥から干し肉を取り出した。
森で獲れた小動物を干しただけの粗末なもんだが、栄養はそこそこある。
「これでも食ってろ」
「わーい!」
フィリアは、手をぱたぱたさせて喜びながら、干し肉にかぶりついた。
「……うまい?」
「うん! かたいけど、あまい!」
嬉しそうにむしゃむしゃ食べる姿に、思わず口元が緩んだ。
こんなふうに、笑っていられる時間が、ずっと続けばいいのに。
──そう、思った。
「おとうさんも、たべて!」
「俺はいい。あとで食う」
「やだ! 一緒にたべる!」
フィリアは、俺の腕をぐいぐい引っ張る。
……はぁ。
しょうがねぇ。
「わかったよ。食うから、ひっぱんな」
「えへへ!」
フィリアは、満面の笑みを浮かべて、干し肉を半分に割った。
「はい、あーん!」
「……誰がそんなことしろっつった」
「いいの!」
俺は渋々、干し肉を受け取った。
ちょっと、かじる。
ぱりっ、と音がして、しょっぱさと、かすかな甘みが口に広がった。
「……うまいな」
「でしょ!」
フィリアは、誇らしげに胸を張った。
ほんの、小さなことだ。
それでも、こんなにも心があったかくなる。
──俺は、もう、ひとりじゃない。
そう、思った。
「わ、わたし……おとうさんが、できたんだね!」
フィリアは、俺を見上げて、涙目でにっこり笑った。
「……ああ」
短く応えながら、喉の奥がひりつく。こんなに真っ直ぐな信頼を向けられるなんて、俺にはあまりにも、贅沢すぎた。
「よし」
俺は、ぐいっとフィリアの小さな身体を持ち上げた。びっくりした顔をしていたが、すぐにきゃっきゃっと笑い声を上げる。
「ほら、もうちょっと元気になった証拠だな」
「えへへ……!」
フィリアは、嬉しそうに腕を広げたまま、俺の胸に顔をうずめた。
体温が伝わってくる。柔らかくて、あたたかい感触。
この子は、ひとりぼっちだった。俺と、同じだ。
「おとうさん、これから……ずっと一緒にいられる?」
「……ああ」
もう、迷わなかった。
この森で、薬草を摘んで、ひっそり生きていくだけの毎日だった。
だけど、こいつを拾った今、俺の時間は、ほんの少しだけど、意味を持った気がした。
「ずっと、一緒だ」
もう誰にも、奪わせやしない。
フィリアは、俺の胸の中で、小さな声で何度も「よかった、よかった……」と呟いていた。
*
それから、しばらく。
フィリアは、俺の言うことをよく聞いた。
「こっち、飲め」
「うん!」
薬草スープを飲ませると、素直に「にがい……」と顔をしかめながらも、最後まで飲み干した。
「このまま寝てろ。無理に動くな」
「うん!」
ちゃんと布団の上で丸まって、毛布を抱きしめている。
驚くほど、素直な子だった。
「……いい子だな、おまえは」
思わず、そんな言葉が漏れた。
フィリアは、少し照れたように、にへらっと笑った。
「おとうさんが、やさしいから、だよ?」
「……そうかよ」
やれやれ、と頭を掻いた。
正直、優しさなんてものとは縁遠い人生だった。
俺は、王国魔導師団にいたころから、戦場で命令をこなすだけの歯車だった。裏切りに遭って追放されてからは、誰も信じず、誰にも期待せず──ただ、ひっそり生きるだけだった。
そんな俺が。
今、こんなふうに誰かと過ごしている。
「……変なもんだな」
ぽつりと呟くと、フィリアが首をかしげた。
「へんなの?」
「ああ。……でも、悪くない」
「うんっ!」
フィリアは、無邪気に笑った。
それだけで、胸の奥が、じわっと熱くなる。
俺は、炉に薪を足して、もう一度火を強くした。
これから、やることは山ほどある。
フィリアの体力を戻させること。食い物を確保すること。この森で、ふたりが生きていけるように、準備を整えること。
──そして。
誰かに見つかる可能性も考えなきゃならない。
この森は、滅多に人が来ない。だが、完全に安全ってわけじゃない。
「……」
一瞬、嫌な記憶が脳裏をよぎる。
あいつらの顔。あの時の、血の匂い。
俺を陥れた裏切り者ども。あのまま放っておけば、いずれまた牙を向けてくるかもしれない。
「……守ってやる」
唇の裏で、誰にも聞こえないように呟いた。
フィリアを、絶対に。
二度と、誰にも奪わせない。
*
「おとうさんっ!」
フィリアが、毛布からひょこっと顔を出して、俺を呼んだ。
「あ?」
「ねえ、おなかすいたよ!」
「……さっきスープ飲んだばっかだろ」
「でも、もっと!」
ぺこぺこと両手で自分の腹を叩く仕草が、妙に可愛らしい。
「しょうがねぇな」
俺は立ち上がり、棚の奥から干し肉を取り出した。
森で獲れた小動物を干しただけの粗末なもんだが、栄養はそこそこある。
「これでも食ってろ」
「わーい!」
フィリアは、手をぱたぱたさせて喜びながら、干し肉にかぶりついた。
「……うまい?」
「うん! かたいけど、あまい!」
嬉しそうにむしゃむしゃ食べる姿に、思わず口元が緩んだ。
こんなふうに、笑っていられる時間が、ずっと続けばいいのに。
──そう、思った。
「おとうさんも、たべて!」
「俺はいい。あとで食う」
「やだ! 一緒にたべる!」
フィリアは、俺の腕をぐいぐい引っ張る。
……はぁ。
しょうがねぇ。
「わかったよ。食うから、ひっぱんな」
「えへへ!」
フィリアは、満面の笑みを浮かべて、干し肉を半分に割った。
「はい、あーん!」
「……誰がそんなことしろっつった」
「いいの!」
俺は渋々、干し肉を受け取った。
ちょっと、かじる。
ぱりっ、と音がして、しょっぱさと、かすかな甘みが口に広がった。
「……うまいな」
「でしょ!」
フィリアは、誇らしげに胸を張った。
ほんの、小さなことだ。
それでも、こんなにも心があったかくなる。
──俺は、もう、ひとりじゃない。
そう、思った。
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