元英雄のおっさん、記憶喪失の少女と家族になりました。

☆ほしい

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第3話 えへへ……!

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フィリアの腕は、思った以上に細くて、儚かった。抱きついてきたその勢いに押されるように、俺は片膝をついた。

「わ、わたし……おとうさんが、できたんだね!」

フィリアは、俺を見上げて、涙目でにっこり笑った。

「……ああ」

短く応えながら、喉の奥がひりつく。こんなに真っ直ぐな信頼を向けられるなんて、俺にはあまりにも、贅沢すぎた。

「よし」

俺は、ぐいっとフィリアの小さな身体を持ち上げた。びっくりした顔をしていたが、すぐにきゃっきゃっと笑い声を上げる。

「ほら、もうちょっと元気になった証拠だな」

「えへへ……!」

フィリアは、嬉しそうに腕を広げたまま、俺の胸に顔をうずめた。

体温が伝わってくる。柔らかくて、あたたかい感触。

この子は、ひとりぼっちだった。俺と、同じだ。

「おとうさん、これから……ずっと一緒にいられる?」

「……ああ」

もう、迷わなかった。

この森で、薬草を摘んで、ひっそり生きていくだけの毎日だった。

だけど、こいつを拾った今、俺の時間は、ほんの少しだけど、意味を持った気がした。

「ずっと、一緒だ」

もう誰にも、奪わせやしない。

フィリアは、俺の胸の中で、小さな声で何度も「よかった、よかった……」と呟いていた。



それから、しばらく。

フィリアは、俺の言うことをよく聞いた。

「こっち、飲め」

「うん!」

薬草スープを飲ませると、素直に「にがい……」と顔をしかめながらも、最後まで飲み干した。

「このまま寝てろ。無理に動くな」

「うん!」

ちゃんと布団の上で丸まって、毛布を抱きしめている。

驚くほど、素直な子だった。

「……いい子だな、おまえは」

思わず、そんな言葉が漏れた。

フィリアは、少し照れたように、にへらっと笑った。

「おとうさんが、やさしいから、だよ?」

「……そうかよ」

やれやれ、と頭を掻いた。

正直、優しさなんてものとは縁遠い人生だった。

俺は、王国魔導師団にいたころから、戦場で命令をこなすだけの歯車だった。裏切りに遭って追放されてからは、誰も信じず、誰にも期待せず──ただ、ひっそり生きるだけだった。

そんな俺が。

今、こんなふうに誰かと過ごしている。

「……変なもんだな」

ぽつりと呟くと、フィリアが首をかしげた。

「へんなの?」

「ああ。……でも、悪くない」

「うんっ!」

フィリアは、無邪気に笑った。

それだけで、胸の奥が、じわっと熱くなる。

俺は、炉に薪を足して、もう一度火を強くした。

これから、やることは山ほどある。

フィリアの体力を戻させること。食い物を確保すること。この森で、ふたりが生きていけるように、準備を整えること。

──そして。

誰かに見つかる可能性も考えなきゃならない。

この森は、滅多に人が来ない。だが、完全に安全ってわけじゃない。

「……」

一瞬、嫌な記憶が脳裏をよぎる。

あいつらの顔。あの時の、血の匂い。

俺を陥れた裏切り者ども。あのまま放っておけば、いずれまた牙を向けてくるかもしれない。

「……守ってやる」

唇の裏で、誰にも聞こえないように呟いた。

フィリアを、絶対に。

二度と、誰にも奪わせない。



「おとうさんっ!」

フィリアが、毛布からひょこっと顔を出して、俺を呼んだ。

「あ?」

「ねえ、おなかすいたよ!」

「……さっきスープ飲んだばっかだろ」

「でも、もっと!」

ぺこぺこと両手で自分の腹を叩く仕草が、妙に可愛らしい。

「しょうがねぇな」

俺は立ち上がり、棚の奥から干し肉を取り出した。

森で獲れた小動物を干しただけの粗末なもんだが、栄養はそこそこある。

「これでも食ってろ」

「わーい!」

フィリアは、手をぱたぱたさせて喜びながら、干し肉にかぶりついた。

「……うまい?」

「うん! かたいけど、あまい!」

嬉しそうにむしゃむしゃ食べる姿に、思わず口元が緩んだ。

こんなふうに、笑っていられる時間が、ずっと続けばいいのに。

──そう、思った。

「おとうさんも、たべて!」

「俺はいい。あとで食う」

「やだ! 一緒にたべる!」

フィリアは、俺の腕をぐいぐい引っ張る。

……はぁ。

しょうがねぇ。

「わかったよ。食うから、ひっぱんな」

「えへへ!」

フィリアは、満面の笑みを浮かべて、干し肉を半分に割った。

「はい、あーん!」

「……誰がそんなことしろっつった」

「いいの!」

俺は渋々、干し肉を受け取った。

ちょっと、かじる。

ぱりっ、と音がして、しょっぱさと、かすかな甘みが口に広がった。

「……うまいな」

「でしょ!」

フィリアは、誇らしげに胸を張った。

ほんの、小さなことだ。

それでも、こんなにも心があったかくなる。

──俺は、もう、ひとりじゃない。

そう、思った。
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