5 / 10
第5話 へぇー! すごいね!
しおりを挟む
朝日が、小屋の割れた窓から差し込んできた。かすかに湿った土の匂いと、草木の香りが漂っている。
俺は、フィリアの寝顔を見ながら、ぼんやりと焚き火の火をいじっていた。
昨日より顔色はいい。小さな胸が規則正しく上下しているのを確認して、俺はようやく息を吐いた。
「……よし」
ゆっくりと立ち上がり、腰の剣帯を締め直す。
もともと、戦うためのものじゃない。ただの護身用。それでも、こうしておけば多少の獣やならず者には対抗できる。
「食いもんと水を確保しねぇとな」
つぶやきながら、小屋の戸口に手をかけた。
「……おとうさん?」
背中から、弱々しい声が聞こえた。
振り返ると、フィリアが毛布にくるまったまま、目だけこちらを見ていた。
「出かけるだけだ。すぐ戻る」
「……やだ」
フィリアは、か細い手を伸ばした。
「ひとり、やだ……」
「……」
くそ、困ったもんだ。
フィリアを連れて森に入るのは、正直リスクが高い。体力もないし、転んだだけで命に関わるかもしれない。
だが、置いていけば、この子はまた不安に押し潰される。
俺はしばらく考えたあと、膝をついた。
「一緒に来るか?」
「うん!」
フィリアの顔がぱっと明るくなる。
「でも、絶対に俺から離れるな」
「うんっ!」
「それと──」
俺は指を立てた。
「危ないと思ったら、俺がいいって言うまで動くな」
「うん、わかった!」
小さな拳で、きゅっと俺の服の裾を握りしめる。
フィリアを守りながら動くのは、正直、荷が重い。けど──こいつを置いて心配するより、ずっとマシだ。
「行くぞ」
「はーい!」
元気よく返事をして、フィリアはとことこ俺のあとをついてきた。
小屋を出た瞬間、森の匂いが鼻を突いた。
湿った土、青い葉の香り、遠くで小鳥の鳴き声がする。
「わぁ……!」
フィリアが目を輝かせる。
「すごいね! 森って、こんなにきれいなんだ!」
「ああ。雨上がりだからな」
森の道は、ところどころぬかるんでいる。俺は足元に気を配りながら進んだ。
フィリアも、必死についてくる。小さな靴が泥に取られそうになるたび、俺はそっと手を貸した。
「ありがとう、おとうさん!」
「気にすんな」
いつもなら、薬草を探すために、ただ効率だけを考えて歩くこの森が、今日は妙に鮮やかに見えた。
フィリアが、あちこちを見渡して、嬉しそうに笑っているからだ。
「これ、なに?」
フィリアが小さな白い花を指差した。
「ルーナ草だ。傷を癒す効果がある」
「へぇー! すごいね!」
「すごいのは草だ」
そう言って、俺はしゃがみ込み、根元から丁寧に摘み取った。
「薬に使う。大事なもんだ」
「おとうさん、くすり作れるんだね!」
「まぁな」
俺は苦笑した。
王国魔導師だったころ、薬草学は副業みたいなもんだった。だが、今となっては生き延びるための唯一の知識だ。
「ねぇねぇ、おとうさん!」
「なんだ」
「フィリアも、できる?」
「何が」
「おくすり、つくるの!」
フィリアは目をきらきらさせて俺を見上げた。
「……やりたいか?」
「やりたい!」
俺は、少しだけ考えた。
まだ小さいし、力もない。すぐには無理だろう。
だが──。
「いいぞ。まずは草の見分け方から教えてやる」
「やったぁ!」
フィリアはぴょんと跳ねた。途端に、足をとられて、ころりと転びそうになる。
「うわっ……!」
俺はすかさず手を伸ばし、フィリアを支えた。
「おい、はしゃぎすぎだ」
「ご、ごめんなさい……」
フィリアはぺこりと頭を下げた。
「でも、すっごくうれしいの!」
小さな手で、俺の腕をぎゅっと握りしめる。
この子は、誰かに認められることに、飢えてる。
……まるで、昔の俺みたいだ。
「いいか。草の見分け方は、まず匂いを嗅ぐんだ」
「くんくん!」
「違う、そんな犬みたいに嗅ぐんじゃねぇ」
「えへへ!」
笑いながら、フィリアは俺の真似をして、そっと草に顔を近づけた。
「……あまいにおい!」
「そうだ。ルーナ草は、少し甘い匂いがする」
「すごい、すごい!」
フィリアは小さな手で、ぎこちなくルーナ草を摘み取った。
「できた!」
「上出来だ」
俺は、フィリアの頭を軽く撫でた。
「えへへ……」
フィリアは、くすぐったそうに目を細めた。
この森で、ふたりだけの生活。
何もないけど、今はこれでいい。
フィリアと一緒なら、どんな困難だって、乗り越えられる気がした。
俺は、フィリアの寝顔を見ながら、ぼんやりと焚き火の火をいじっていた。
昨日より顔色はいい。小さな胸が規則正しく上下しているのを確認して、俺はようやく息を吐いた。
「……よし」
ゆっくりと立ち上がり、腰の剣帯を締め直す。
もともと、戦うためのものじゃない。ただの護身用。それでも、こうしておけば多少の獣やならず者には対抗できる。
「食いもんと水を確保しねぇとな」
つぶやきながら、小屋の戸口に手をかけた。
「……おとうさん?」
背中から、弱々しい声が聞こえた。
振り返ると、フィリアが毛布にくるまったまま、目だけこちらを見ていた。
「出かけるだけだ。すぐ戻る」
「……やだ」
フィリアは、か細い手を伸ばした。
「ひとり、やだ……」
「……」
くそ、困ったもんだ。
フィリアを連れて森に入るのは、正直リスクが高い。体力もないし、転んだだけで命に関わるかもしれない。
だが、置いていけば、この子はまた不安に押し潰される。
俺はしばらく考えたあと、膝をついた。
「一緒に来るか?」
「うん!」
フィリアの顔がぱっと明るくなる。
「でも、絶対に俺から離れるな」
「うんっ!」
「それと──」
俺は指を立てた。
「危ないと思ったら、俺がいいって言うまで動くな」
「うん、わかった!」
小さな拳で、きゅっと俺の服の裾を握りしめる。
フィリアを守りながら動くのは、正直、荷が重い。けど──こいつを置いて心配するより、ずっとマシだ。
「行くぞ」
「はーい!」
元気よく返事をして、フィリアはとことこ俺のあとをついてきた。
小屋を出た瞬間、森の匂いが鼻を突いた。
湿った土、青い葉の香り、遠くで小鳥の鳴き声がする。
「わぁ……!」
フィリアが目を輝かせる。
「すごいね! 森って、こんなにきれいなんだ!」
「ああ。雨上がりだからな」
森の道は、ところどころぬかるんでいる。俺は足元に気を配りながら進んだ。
フィリアも、必死についてくる。小さな靴が泥に取られそうになるたび、俺はそっと手を貸した。
「ありがとう、おとうさん!」
「気にすんな」
いつもなら、薬草を探すために、ただ効率だけを考えて歩くこの森が、今日は妙に鮮やかに見えた。
フィリアが、あちこちを見渡して、嬉しそうに笑っているからだ。
「これ、なに?」
フィリアが小さな白い花を指差した。
「ルーナ草だ。傷を癒す効果がある」
「へぇー! すごいね!」
「すごいのは草だ」
そう言って、俺はしゃがみ込み、根元から丁寧に摘み取った。
「薬に使う。大事なもんだ」
「おとうさん、くすり作れるんだね!」
「まぁな」
俺は苦笑した。
王国魔導師だったころ、薬草学は副業みたいなもんだった。だが、今となっては生き延びるための唯一の知識だ。
「ねぇねぇ、おとうさん!」
「なんだ」
「フィリアも、できる?」
「何が」
「おくすり、つくるの!」
フィリアは目をきらきらさせて俺を見上げた。
「……やりたいか?」
「やりたい!」
俺は、少しだけ考えた。
まだ小さいし、力もない。すぐには無理だろう。
だが──。
「いいぞ。まずは草の見分け方から教えてやる」
「やったぁ!」
フィリアはぴょんと跳ねた。途端に、足をとられて、ころりと転びそうになる。
「うわっ……!」
俺はすかさず手を伸ばし、フィリアを支えた。
「おい、はしゃぎすぎだ」
「ご、ごめんなさい……」
フィリアはぺこりと頭を下げた。
「でも、すっごくうれしいの!」
小さな手で、俺の腕をぎゅっと握りしめる。
この子は、誰かに認められることに、飢えてる。
……まるで、昔の俺みたいだ。
「いいか。草の見分け方は、まず匂いを嗅ぐんだ」
「くんくん!」
「違う、そんな犬みたいに嗅ぐんじゃねぇ」
「えへへ!」
笑いながら、フィリアは俺の真似をして、そっと草に顔を近づけた。
「……あまいにおい!」
「そうだ。ルーナ草は、少し甘い匂いがする」
「すごい、すごい!」
フィリアは小さな手で、ぎこちなくルーナ草を摘み取った。
「できた!」
「上出来だ」
俺は、フィリアの頭を軽く撫でた。
「えへへ……」
フィリアは、くすぐったそうに目を細めた。
この森で、ふたりだけの生活。
何もないけど、今はこれでいい。
フィリアと一緒なら、どんな困難だって、乗り越えられる気がした。
0
あなたにおすすめの小説
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
釈 余白(しやく)
ファンタジー
毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。
その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。
最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。
連載時、HOT 1位ありがとうございました!
その他、多数投稿しています。
こちらもよろしくお願いします!
https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394
出来損ないと追放された俺、神様から貰った『絶対農域』スキルで農業始めたら、奇跡の作物が育ちすぎて聖女様や女騎士、王族まで押しかけてきた
黒崎隼人
ファンタジー
★☆★完結保証★☆☆
毎日朝7時更新!
「お前のような魔力無しの出来損ないは、もはや我が家の者ではない!」
過労死した俺が転生したのは、魔力が全ての貴族社会で『出来損ない』と蔑まれる三男、カイ。実家から追放され、与えられたのは魔物も寄り付かない不毛の荒れ地だった。
絶望の淵で手にしたのは、神様からの贈り物『絶対農域(ゴッド・フィールド)』というチートスキル! どんな作物も一瞬で育ち、その実は奇跡の効果を発揮する!?
伝説のもふもふ聖獣を相棒に、気ままな農業スローライフを始めようとしただけなのに…「このトマト、聖水以上の治癒効果が!?」「彼の作る小麦を食べたらレベルが上がった!」なんて噂が広まって、聖女様や女騎士、果ては王族までが俺の畑に押しかけてきて――!?
追放した実家が手のひらを返してきても、もう遅い! 最強農業スキルで辺境から世界を救う!? 爽快成り上がりファンタジー、ここに開幕!
チート魅了スキルで始まる、美少女たちとの異世界ハーレム生活
仙道
ファンタジー
ごく普通の会社員だった佐々木健太は、異世界へ転移してして、あらゆる女性を無条件に魅了するチート能力を手にする。
彼はこの能力で、女騎士セシリア、ギルド受付嬢リリア、幼女ルナ、踊り子エリスといった魅力的な女性たちと出会い、絆を深めていく。
『異世界に転移した限界OL、なぜか周囲が勝手に盛り上がってます』
宵森みなと
ファンタジー
ブラック気味な職場で“お局扱い”に耐えながら働いていた29歳のOL、芹澤まどか。ある日、仕事帰りに道を歩いていると突然霧に包まれ、気がつけば鬱蒼とした森の中——。そこはまさかの異世界!?日本に戻るつもりは一切なし。心機一転、静かに生きていくはずだったのに、なぜか事件とトラブルが次々舞い込む!?
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~
よっしぃ
ファンタジー
【ホットランキング1位達成!皆さまのおかげです】
多くの応援、本当にありがとうございます!
職人一筋、五十一歳――現場に出て働き続けた工務店の親方・昭雄(アキオ)は、作業中の地震に巻き込まれ、目覚めたらそこは見知らぬ森の中だった。
持ち物は、現場仕事で鍛えた知恵と経験、そして人や自然を不思議と「調和」させる力だけ。
偶然助けたのは、戦火に追われた五人の子供たち。
「この子たちを見捨てられるか」――そうして始まった、ゼロからの異世界スローライフ。
草木で屋根を組み、石でかまどを作り、土器を焼く。やがて薬師のエルフや、獣人の少女、訳ありの元王女たちも仲間に加わり、アキオの暮らしは「町」と呼べるほどに広がっていく。
頼れる父であり、愛される夫であり、誰かのために動ける男――
年齢なんて関係ない。
五十路の職人が“家族”と共に未来を切り拓く、愛と癒しの異世界共同体ファンタジー!
現代知識と木魔法で辺境貴族が成り上がる! ~もふもふ相棒と最強開拓スローライフ~
はぶさん
ファンタジー
木造建築の設計士だった主人公は、不慮の事故で異世界のド貧乏男爵家の次男アークに転生する。「自然と共生する持続可能な生活圏を自らの手で築きたい」という前世の夢を胸に、彼は規格外の「木魔法」と現代知識を駆使して、貧しい村の開拓を始める。
病に倒れた最愛の母を救うため、彼は建築・農業の知識で生活環境を改善し、やがて森で出会ったもふもふの相棒ウルと共に、村を、そして辺境を豊かにしていく。
これは、温かい家族と仲間に支えられ、無自覚なチート能力で無理解な世界を見返していく、一人の青年の最強開拓物語である。
別作品も掲載してます!よかったら応援してください。
おっさん転生、相棒はもふもふ白熊。100均キャンプでスローライフはじめました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる