元英雄のおっさん、記憶喪失の少女と家族になりました。

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第5話 へぇー! すごいね!

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朝日が、小屋の割れた窓から差し込んできた。かすかに湿った土の匂いと、草木の香りが漂っている。

俺は、フィリアの寝顔を見ながら、ぼんやりと焚き火の火をいじっていた。

昨日より顔色はいい。小さな胸が規則正しく上下しているのを確認して、俺はようやく息を吐いた。

「……よし」

ゆっくりと立ち上がり、腰の剣帯を締め直す。

もともと、戦うためのものじゃない。ただの護身用。それでも、こうしておけば多少の獣やならず者には対抗できる。

「食いもんと水を確保しねぇとな」

つぶやきながら、小屋の戸口に手をかけた。

「……おとうさん?」

背中から、弱々しい声が聞こえた。

振り返ると、フィリアが毛布にくるまったまま、目だけこちらを見ていた。

「出かけるだけだ。すぐ戻る」

「……やだ」

フィリアは、か細い手を伸ばした。

「ひとり、やだ……」

「……」

くそ、困ったもんだ。

フィリアを連れて森に入るのは、正直リスクが高い。体力もないし、転んだだけで命に関わるかもしれない。

だが、置いていけば、この子はまた不安に押し潰される。

俺はしばらく考えたあと、膝をついた。

「一緒に来るか?」

「うん!」

フィリアの顔がぱっと明るくなる。

「でも、絶対に俺から離れるな」

「うんっ!」

「それと──」

俺は指を立てた。

「危ないと思ったら、俺がいいって言うまで動くな」

「うん、わかった!」

小さな拳で、きゅっと俺の服の裾を握りしめる。

フィリアを守りながら動くのは、正直、荷が重い。けど──こいつを置いて心配するより、ずっとマシだ。

「行くぞ」

「はーい!」

元気よく返事をして、フィリアはとことこ俺のあとをついてきた。

小屋を出た瞬間、森の匂いが鼻を突いた。

湿った土、青い葉の香り、遠くで小鳥の鳴き声がする。

「わぁ……!」

フィリアが目を輝かせる。

「すごいね! 森って、こんなにきれいなんだ!」

「ああ。雨上がりだからな」

森の道は、ところどころぬかるんでいる。俺は足元に気を配りながら進んだ。

フィリアも、必死についてくる。小さな靴が泥に取られそうになるたび、俺はそっと手を貸した。

「ありがとう、おとうさん!」

「気にすんな」

いつもなら、薬草を探すために、ただ効率だけを考えて歩くこの森が、今日は妙に鮮やかに見えた。

フィリアが、あちこちを見渡して、嬉しそうに笑っているからだ。

「これ、なに?」

フィリアが小さな白い花を指差した。

「ルーナ草だ。傷を癒す効果がある」

「へぇー! すごいね!」

「すごいのは草だ」

そう言って、俺はしゃがみ込み、根元から丁寧に摘み取った。

「薬に使う。大事なもんだ」

「おとうさん、くすり作れるんだね!」

「まぁな」

俺は苦笑した。

王国魔導師だったころ、薬草学は副業みたいなもんだった。だが、今となっては生き延びるための唯一の知識だ。

「ねぇねぇ、おとうさん!」

「なんだ」

「フィリアも、できる?」

「何が」

「おくすり、つくるの!」

フィリアは目をきらきらさせて俺を見上げた。

「……やりたいか?」

「やりたい!」

俺は、少しだけ考えた。

まだ小さいし、力もない。すぐには無理だろう。

だが──。

「いいぞ。まずは草の見分け方から教えてやる」

「やったぁ!」

フィリアはぴょんと跳ねた。途端に、足をとられて、ころりと転びそうになる。

「うわっ……!」

俺はすかさず手を伸ばし、フィリアを支えた。

「おい、はしゃぎすぎだ」

「ご、ごめんなさい……」

フィリアはぺこりと頭を下げた。

「でも、すっごくうれしいの!」

小さな手で、俺の腕をぎゅっと握りしめる。

この子は、誰かに認められることに、飢えてる。

……まるで、昔の俺みたいだ。

「いいか。草の見分け方は、まず匂いを嗅ぐんだ」

「くんくん!」

「違う、そんな犬みたいに嗅ぐんじゃねぇ」

「えへへ!」

笑いながら、フィリアは俺の真似をして、そっと草に顔を近づけた。

「……あまいにおい!」

「そうだ。ルーナ草は、少し甘い匂いがする」

「すごい、すごい!」

フィリアは小さな手で、ぎこちなくルーナ草を摘み取った。

「できた!」

「上出来だ」

俺は、フィリアの頭を軽く撫でた。

「えへへ……」

フィリアは、くすぐったそうに目を細めた。

この森で、ふたりだけの生活。

何もないけど、今はこれでいい。

フィリアと一緒なら、どんな困難だって、乗り越えられる気がした。
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