元英雄のおっさん、記憶喪失の少女と家族になりました。

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第9話 いいにおい〜!

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小屋の中には、焚き火の上に吊るした鍋から、薬草と干し肉の香りが立ち込めていた。

「いいにおい~!」

フィリアが目を輝かせながら、くんくんと鼻を鳴らしている。……まぁ、あいつの鼻の良さには、感心するしかねぇな。

「もうちょいだ。我慢しろ」

「はーい!」

鍋をかき混ぜながら、フィリアを横目で見る。

毛布にくるまってごろごろ転がって、暇を持て余している様子だったが、鍋の匂いを嗅ぐたびに嬉しそうに身体を揺らしていた。

「おとうさん、すごいね! ごはんもつくれるし、おくすりもつくれるし、けものもやっつけられるし!」

「ああ。ほとんど生きるためだけに身につけたもんだ」

「すごいよー!」

ぱちぱちと小さな手を叩かれ、なんとも言えない気恥ずかしさが込み上げる。

褒められ慣れてねぇ。王国にいた頃は、手柄を立てたところで、誰も素直に褒めちゃくれなかった。

それでも、こいつに褒められると──悪い気はしねぇ。

「ほら、できたぞ」

「わーい!」

素焼きの皿に取り分けた簡素なスープを、フィリアの前に置いた。

「やけどすんなよ」

「うんっ!」

フィリアは、ふうふうとスープを冷ましながら、一口すすった。

「……あっついけど、おいしい!」

「そりゃよかった」

俺も自分の皿を取り、スープを口に運ぶ。

素朴な味だが、腹には優しい。滋養のある薬草も多めに入れてある。あいつの体力回復にはちょうどいい。

「おとうさん、これ、まいにちたべたい!」

「贅沢言うな」

「えへへ~」

嬉しそうに笑うフィリアに、俺もつられて口元が緩んだ。



飯を食い終わったあと、小屋の外に出た。

夕暮れが森を赤く染めている。空気が冷たく、鼻先がぴりっとした。

フィリアは俺の手を握ったまま、空を見上げていた。

「きれいだね、おとうさん」

「ああ」

「ねぇ、あしたもれんしゅうする?」

「するぞ。少しずつ、な」

「わたし、がんばる!」

「その意気だ」

フィリアはぐいっと胸を張った。

たったそれだけのことが、妙に頼もしく見える。

あの小さな火球ひとつ作っただけだってのに、こいつはすげぇ成長してる。恐れず、諦めず、ちゃんと前を向いている。

──生きるってのは、そういうことだ。

「おとうさん、あのね」

「なんだ」

「れんしゅう、たのしい!」

「……そうか」

俺は、ぽつりと呟いた。

魔法の訓練なんざ、本来は厳しくて、つらくて、血の滲むようなもんだ。

でも、こいつにとっては──楽しいことなんだな。

それなら、無理に厳しくする必要もねぇ。

「楽しくやろう。力はそのうち、勝手についてくる」

「うんっ!」

フィリアは、きらきらとした笑顔を俺に向けた。

俺は、その頭に手を置く。

白銀の髪が、夕陽に照らされて、ほのかに光っていた。

こいつはきっと──とんでもねぇ存在になる。

だが、それはまだ先の話だ。

今はただ、こうして一緒にいられる時間を大切にしたい。

「そろそろ中に戻るか」

「やだ!」

「……は?」

「もっとおそらみたいの!」

頑固に粘るフィリアに、俺は少しだけ笑った。

「なら、もうちょっとだけだ」

「やったぁ!」

フィリアはくるりと一回転して、草むらにぺたんと座った。

夕暮れの森で、ふたりきり。

小さな家族が、小さな奇跡を育てている。

「なぁ、フィリア」

「なぁに?」

「……これから、色んなことがあるかもしれねぇ」

「うん?」

「でも、絶対に離れねぇ。何があっても、一緒だ」

「うんっ!」

フィリアは、満面の笑みで頷いた。

俺の言葉を、疑いもせず、信じてくれる。
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