ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

旅する書斎(☆ほしい)

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第6話 黒猫ノクスの保護と市場調査

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在庫の仕分け作業は、実に三日間に及んだ。
店の奥からは、埃をかぶった商品や用途不明の道具が出てくる。
中には、仕入れたことすらバエルさん自身が忘れていたものまであった。
毎日、日が暮れるまで作業は続いた。

「リリア殿、もう、勘弁してください」
三日目の夕方、ようやく全ての商品のリストアップを終えた。
バエルさんは、店の床に大の字になっていた。
その顔は、疲労と自己嫌悪で土気色になっている。

「自分の商才のなさに、涙が出てきます」

「落ち込んでいる暇があったら、手を動かしてください」
私は、完成したばかりの在庫リストを彼の顔の前に突きつけた。

「ここからが、本番ですよ」
羊皮紙には、商品名や仕入日、仕入値や現在の在庫数が項目ごとに整理されている。
それらが、びっしりと書き込まれていた。

「うっ、目が、目がチカチカする」
バエルさんは、呻くように言った。

「いいですかバエルさん。このリストを見て、まず最初にやるべきことは何だと思いますか」
私は彼のやる気を引き出すように、問いかけた。

「え、えーっと。値段をつけて、店に並べるとか」
彼は、自信なさげに答えた。

「違います。まずは、この中から『死に筋商品』を特定し、処分することです」

「し、死に筋商品」
聞き慣れない言葉に、バエルさんは首を傾げた。

「ええ。一年以上も売れ残っているような、今後も売れる見込みのない商品のことです」
私はリストの中から、赤インクでいくつかの項目に丸をつけた。

「これらを店に置き続けても、スペースの無駄ですし、管理する手間もかかります」
「なにより、仕入れに使ったお金が、ずっと眠ったままになっているのが一番の問題です」

錆びついた農具のセットや、派手な装飾の壺。
誰が着るのか分からない、奇抜なデザインのドレス。
「これらの商品は、仕入値の半額でもいいので、叩き売ってしまいましょう」
私は、きっぱりと言い放った。

「少しでも現金に換えて、次の仕入れの資金に回した方が、よほど有益です」

「は、半額ですと。そ、それはあまりにも」
バエルさんは、悲鳴のような声を上げた。

「損切り、という概念です。損失を最小限に抑えて、次の利益に繋げるための重要な経営判断ですよ」
私の毅然とした態度に、バエルさんはぐうの音も出ないようだった。
彼は根っからの商人というよりは、人のいいおじさんという方が近い。
商品を仕入れた時の思い入れなどがあって、なかなか処分に踏み切れなかったのだろう。

「分かりました。リリア殿の言う通りにいたします」
彼は、観念したように頷いた。

「よろしい。では、明日から『在庫一掃セール』と銘打って、これらの商品を店の前に並べましょう」
私は、計画を告げた。

「値札は、私が作成します。人目を引くように、大きく分かりやすく書きますから」

「は、はい」
私の指示に、バエルさんはまるで新兵のように機敏に返事をした。
いつの間にか、私の方が完全に主導権を握っている。
まあ、その方が仕事はやりやすい。

翌日、店の前には大きな看板が掲げられた。
「在庫一掃、赤字覚悟の大安売り」と書かれている。
私が丸をつけた「死に筋商品」たちが、思い切った価格の値札をつけられて並んでいた。
最初は遠巻きに見ていた通行人たちも、その破格の値段に気づく。
一人、また一人と足を止め始めた。

「おい、この鋤、銅貨五枚だってよ。安すぎないか」
「あら、この壺、変な形だけど。お花を生けたら面白いかもしれないわねえ」

これまで見向きもされなかった商品たちが、次々と売れていく。
その光景は、見ていて爽快だった。
バエルさんはレジ代わりの木箱の前で、嬉しい悲鳴を上げながらお金を受け取っていた。
彼の顔には、昨日までの憔悴した様子は微塵もない。

「リ、リリア殿。すごい、すごいですぞ」
彼は、興奮して私を振り返った。

「ガラクタ同然だった品物が、みるみるお金に変わっていく」

「ですから、言ったでしょう」
私は店の隅で腕を組みながら、冷静に答えた。

「死んでいた資産を、動かしただけですよ」
フェンは私の足元で、嬉しそうに尻尾をぱたぱたと振っている。
セールは、三日間でほとんどの商品を売り切るという大成功を収めた。
店のスペースは驚くほど広くなり、掃除も行き届いている。
以前のガラクタ屋敷の面影は、どこにもない。
そして、私たちの手元には重くなった革袋が残った。
銅貨と銀貨で、ずっしりとしている。

「これが、あのガラクタの山が、これだけの金になったというのか」
バエルさんは、革袋の中の硬貨を信じられないといった様子で眺めている。

「これが、キャッシュフローです。お金は、常に動かしていないと意味がありません」
私は、次のステップへと話を進めた。

「さて、この資金を元手に、今度は『売れ筋商品』を重点的に仕入れに行きますよ」

「う、売れ筋商品」
バエルさんは、ごくりと唾を飲んだ。

「ええ。在庫リストと、この三日間の売上データを分析すれば、この街で何が求められているのかが見えてきます」
私は新しい羊皮紙を広げ、いくつかの項目を書き出した。

「第一に、日用消耗品です。石鹸、蝋燭、質の良い布巾など、これらは生活必需品なので安定した需要が見込めます」
「第二に、子供向けの商品です。アルム村でハニーボールが成功したように、子供を狙った商品は親の財布の紐を緩めさせやすいでしょう」
「そして第三に、旅人向けの携帯食料です。ポルタは多くの人が行き交う街なので、日持ちのする干し肉などは間違いなく売れます」

私の具体的な提案に、バエルさんは目を輝かせている。
彼の目には、もう迷いの色はない。

「な、なるほど。言われてみれば、確かにその通りだ」
彼は、自分の膝を叩いた。

「俺は今まで、自分の好みや、なんとなく儲かりそうだというだけで、行き当たりばったりの仕入れをしていた」

「これからは、データに基づいて、戦略的に仕入れを行います。市場調査も、欠かせません」
私は、彼に告げた。

「明日、私と一緒に市場を回りましょう。実際に自分の目で見て、商品の価格や品質、そして人々の流れを把握するんです」

「は、はい。師匠」
いつの間にか、私の呼び方が「リリア殿」から「師匠」に変わっていた。
まあ、訂正するのも面倒なので、好きに呼ばせておくことにする。
彼がやる気になってくれるなら、それでいい。

翌朝、私とバエルさん、そしてフェンは、ポルタの中央市場へと向かった。
市場は、朝からものすごい活気に満ち溢れている。
色とりどりの野菜や果物が山と積まれ、威勢のいい売り声が飛び交っていた。
肉屋の店先には新鮮な肉の塊が吊るされ、魚屋からは潮の香りが漂ってくる。

「すごい、これが、ポルタの市場」
前世でも、ここまで大規模な市場は見たことがない。
しかし、私の目的は美食巡りではない。
あくまで、市場調査だ。
私は、道行く人々の服装や、彼らが何を買っていくのかを注意深く観察する。
誰が、何を、なぜ買うのか。
それを、知ることが重要だ。
富裕層の貴婦人は、珍しい果物や上質な香辛料を求めているようだ。
一般の主婦たちは、安くて新鮮な野菜を吟味している。
屈強な冒険者風の男たちは、干し肉や酒場に興味を示していた。

「バエルさん。あの果物屋を見てください」
私は、市場の一角にある露店を指差した。
その店では、「ルビーベリー」と名付けられた、真っ赤で瑞々しい果物が売られている。
一籠で銀貨一枚と、かなり高価だ。

「あれは、南の地方でしか採れない高級品ですな。酸味が少なくて、とても甘いと評判です」
バエルさんが、説明してくれた。

「買っているのは、ほとんどが身なりのいい人たちですね。そして、皆一様に贈答用の籠に入れてもらっている」
私は、観察した結果を口にした。

「ふむ、確かに、そうですな」

「つまり、あのルビーベリーは、自分で食べるためではなく、誰かへの贈り物として買われているということです」
私は、結論を述べた。

「だとしたら、ただ果物を売るだけではなく、もっと付加価値をつけることができるはずです」

「付加価値」
バエルさんは、また聞き慣れない言葉に眉をひそめた。

「例えば、綺麗なリボンをつけたり、メッセージカードを添えられるようにしたりします」
私は、具体例を挙げた。

「あるいは、他の高級な果物と詰め合わせにして、『特製ギフトセット』として売れば、もっと高くても買う人がいるでしょう」

私の言葉に、バエルさんは目から鱗が落ちた、という顔をした。
彼の顔が、みるみるうちに興奮で赤らんでいく。

「な、なるほど。商品そのものではなく、その『売り方』を工夫する、ということですな」

「その通りです。同じものでも、見せ方や提供の仕方を変えるだけで、その価値は大きく変わるんです」
これが、商売の面白さでもある。
私たちは市場を歩き回りながら、様々な商品の価格や品質、そして客層を分析していった。
私の頭の中には、ポルタの市場の巨大なデータベースが、みるみるうちに構築されていく。
どこで、何を、いくらで仕入れれば、最大の利益を生み出せるか。
その答えが、少しずつ見えてきた。

市場調査を終え、店に戻る途中だった。
ふと、路地の隅で、数人の子供たちが何かを取り囲んでいるのが目に入る。
子供たちの間から、くぅん、という弱々しい鳴き声が聞こえてきた。
その声に、私の隣を歩いていたフェンが、ぴくりと耳を動かした。

「どうしたの、フェン」
私が尋ねると、フェンは私の服の袖をくい、と引っ張った。
そして、子供たちがいる方へと歩き出す。
仕方がなく、私もその後ろをついていった。
バエルさんも、心配そうな顔でついてくる。
子供たちの輪の中心にいたのは、一匹の小さな黒猫だった。
その猫は左の後ろ足を怪我しているようで、地面にぐったりと横たわっている。
子供たちは、その猫を棒でつついたり、石を投げつけようとしたりしていた。

「やめなさい」
私が思わず声を上げると、子供たちはびくっとしてこちらを振り返った。
そして、私の姿を見ると、蔑むような笑みを浮かべた。
リーダー格らしい少年が、一歩前に進み出る。

「なんだ、ちびのくせに生意気な口をきくなよ」
「こいつ、汚い猫だから、やっつけちまおうぜ」

子供たちの悪意に満ちた言葉に、私の眉がひそむ。
前世でも、こういう光景は嫌いだった。
弱者を弄んで、喜んでいる姿。
正義感からではない。
ただ、不快なだけだ。
私が何か言う前に、隣にいたフェンが、一歩前に出た。
そして、子供たちに向かって、低く唸り声を上げた。

グルルルル。
その声には、山賊たちを怯えさせた時と同じ、圧倒的な威圧感が込められていた。
子供たちの顔から、一瞬で血の気が引いていく。
彼らの目に、恐怖の色が浮かんだ。

「な、なんだよ、この犬」
「目が、光ってる」

子供たちは、持っていた棒や石を取り落とし、悲鳴を上げて逃げていった。
静かになった路地裏で、フェンは怪我をした黒猫にそっと近づく。
そして、心配そうにその匂いを嗅ぎ、ぺろりと傷口を舐めた。
黒猫は、最初は怯えていたが、フェンの優しい仕草に、少しだけ安心したように喉を鳴らした。

「フェン、あなたは本当に優しいのね」
私はフェンの頭を撫でてやると、黒猫のそばにしゃがみ込んだ。
左の後ろ足は、ぱっくりと傷口が開いて血が滲んでいる。
骨は折れていないようだが、このままでは化膿してしまうかもしれない。

「バエルさん。この子、助けてあげてもいいですか」
私が尋ねると、バエルさんは力強く頷いた。

「もちろんですとも。リリア殿のやりたいようにしてください、治療費なら私が出します」
彼の言葉に、私は少しだけ驚いた。
私は頷くと、黒猫をそっと抱き上げた。
幸い、近くに動物の治療をしてくれる獣医がいる場所を、市場で確認しておいた。
私たちは、小さな命を腕に抱き、足早にその場所へと向かった。
フェンが、私を気遣うように、すぐ側をぴったりと寄り添って歩いている。
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