ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

旅する書斎(☆ほしい)

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第47話 財務大臣の断罪と新たな敵

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深夜の王宮は、巨大な生き物が眠っているかのように音がなかった。
廊下を歩く私の足音だけが、石畳にコツコツと響いている。
その音は、これから起こる嵐の前触れのように聞こえた。
「こんな時間に、何の用だ、リリア」
アーノルド殿下は、寝巻きの上に上着を羽織っただけの姿で現れた。
書斎に入ってきた私を見て、彼は怪訝そうな顔をする。
その瞳には、眠気よりも先に鋭い警戒の色が光っていた。
「殿下、最高の夜食をご用意いたしましたわ」
私は、挨拶もそこそこに持参した封筒をテーブルに置いた。
「少々、刺激が強すぎるかもしれませんが、目が覚めること請け合いです」
封筒の表面には、私の指先が残した熱がまだ残っている気がした。
殿下は無言で書類を取り出し、一枚ずつ丁寧に目を通していく。
ページをめくる乾いた音が、部屋の中に不自然なほど大きく響く。
彼の顔色が、蒼白から怒りの赤へと変わっていくのが分かった。
私はその様子を、冷めた紅茶を眺めるような目で見守っていた。
「……あの男、これほどのことをしていたのか」
殿下は、書類を握りしめたまま低く唸るような声を漏らした。
「国宝を売るなど、もはや死罪でも足りんぞ」
その手は、怒りのあまり小刻みに震えているのが見て取れた。
「はい。これは、単なる個人の横領を超えています」
私は、殿下の怒りをあおるように冷徹な言葉を選んで並べた。
「国家の威信を傷つけ、王家の血統を侮辱する行為ですわ」
怒りは人を動かす最高の燃料になるが、方向を決めるのは私だ。
「今すぐ騎士団を動かし、財務大臣の屋敷を包囲させる」
殿下が立ち上がり、呼び鈴に手を伸ばそうとした。
「一刻の猶予もない。逃げられたら終わりだ」
その瞬間、私はすっと手を伸ばして殿下の動きを制した。
私の小さな手が殿下の指先に触れ、彼の動きをぴたりと止める。
「お待ちください、殿下。拙速な行動は、かえって事態を悪化させますわ」
「なんだと。この期に及んで、まだ待てと言うのか」
「大臣にはまだ、他国との強力なコネクションが残っています」
もし彼が逃げ出し、亡命でもされたら国宝は戻ってこない。
私は殿下の目をまっすぐに見つめ、最善のシナリオを提示した。
「売られた国宝を取り戻すには、彼を逃がすわけにはいきません」
「……では、どうしろと言うのだ。このまま、あいつの好きにさせておけというのか」
「いいえ。明日の朝、予定通りに定例の会計監査を行いましょう」
「定例の監査だと。そんなもので、あいつの尻尾が掴めるのか」
「もちろん、私が主導する形で行いますわ」
そこで彼を衆人環視の前に引きずり出し、逃げ場を完全に塞ぐのだ。
私は、悪魔が契約を持ちかけるような顔で笑ってみせた。
殿下は私の言葉を聞き、深い溜息をつきながら椅子に座った。
彼の瞳からは先ほどまでの激しい怒りが消え、理性が戻っている。
「分かった。明日の監査、君の好きなように演出するがいい」
ただし国宝の所在だけは、何としてでも突き止めてくれと彼は言った。
「お任せください。私の目に、隠し通せる数字など存在しませんわ」
私は完璧なお辞儀をして、深夜の書斎を後にした。
廊下を歩きながら、私は明日の監査の進行表を頭に描いていた。
大臣をどのタイミングで追い詰め、どうやって自白させるか。
そのシミュレーションは、すでに完璧に出来上がっている。
屋敷に戻ると、セバスチャンが温かいミルクを用意していた。
「リリア様、準備は全て整っております。例の役人の安全も、確保いたしました」
「ありがとう、セバスチャン。明日は、この国で一番長い一日になりそうね」
私はミルクを飲み干し、短い眠りに就くためにベッドへ入った。
フェンとノクスが私の両脇に寄り添い、静かな温もりを分けてくれる。
明日の朝、太陽が昇る頃には財務大臣の栄華は消えているだろう。
灰となって消え去る運命を、彼はまだ知る由もない。

翌朝、王宮の会議室には重苦しい緊張感が漂っていた。
財務大臣とその部下たちは、突然の監査に明らかに動揺している。
「これは一体、どういうことだ。定例監査は、来週のはずだろう」
大臣が、脂汗をハンカチで拭いながら抗議の声を上げた。
「予定を変更させていただきました。何か、不都合でも?」
私は、彼の抗議など聞こえないかのように淡々と帳簿を開く。
「邪魔をしているのは、どちらかしら。ここに記された『支出』がおかしいわ」
私は、宝物庫の管理目録と大臣のサインがある領収書を指差した。
「実際の在庫と、全く合っていませんわよ」
「そ、それは……! 昨年の修繕に出している最中だ!」
「修繕、ですか。変ですね」
「何が変だと言うんだ。君のような素人に、国の会計が分かるものか!」
「あら、修繕費がなぜか『収入』として計上されていますわ」
私は、別の隠し帳簿のコピーをテーブルの上に音を立てて置いた。
その瞬間、会議室の中は水を打ったように音をなくした。
財務大臣の顔から血の気が引き、土気色へと変わっていく。
彼の背後にいた役人たちも、一斉に下を向き震え始めた。
「これは、ベルモンド商会との裏取引の記録ですわね」
「な、何を……」
「国宝三点を、金貨二万枚で売却。その記録が、ここにあります」
私は、一切の容赦をせず彼の罪状を読み上げていった。
「そのうちの八割が、あなた個人の秘密口座に振り込まれています」
数字という名の弾丸が、大臣のプライドと嘘を撃ち抜いていく。
「な、何で……。何で、それを君が……!」
大臣は膝から崩れ落ち、震える声でそう呟いた。
彼は私が裏社会のネットワークを掌握していることを、知らなかった。
「私は経理ですもの。お金の匂いだけは、隠しきれませんわ」
私は冷たい笑みを浮かべ、入り口に控えていたレオン様に合図した。
重々しい扉が開き、武装した騎士たちが一斉に部屋へ入ってくる。
「財務大臣。他国との内通、及び国宝横領の罪であなたを拘束します」
レオン様の力強い声が、部屋中に響き渡った。
大臣は抵抗する力もなく、ずるずると部屋から引きずり出される。
その様子を見ていたアーノルド殿下が、ゆっくりと私に近づいてきた。
「見事だ、リリア。これほどまでに鮮やかな幕引き、私でも不可能だった」
殿下の瞳には驚愕と、そして私に対する計り知れない畏怖がある。
「これで、王国の財布は少しは綺麗になったかしら」
私は、空になった大臣の席にちょこんと腰を下ろしてみた。
四歳の私の体には、その椅子はあまりにも大きすぎたけれど。
「ああ、綺麗になりすぎて、中身が空っぽなのが心配なくらいだ」
殿下は苦笑いしながら、私の隣に立った。
「それで、次の『大臣』には誰を据えるつもりだ?」
「それはもう、決まっていますわ」
私は、鞄から一通の推薦状を取り出し殿下に手渡した。
「実務能力が高く、それでいて私への忠誠心が最も高い人物です」
「ある『正直者』を、推薦させていただきますわ」
その時、王宮の大きな鐘が正午の訪れを告げるように鳴った。
重厚な音色が、古い体制の終わりと新しい時代の始まりを告げる。
私の足元では、フェンが誇らしげに胸を張りノクスが尻尾を揺らした。
「さて、大きな仕事が一段落しましたわ」
「セバスチャン、今日のご褒美は何かしら」
「はい。アークライト領から届いたばかりの、白桃を使ったパルフェです」
「最高級の白桃を、ふんだんに使用しております」
私は殿下に軽く会釈をし、軽やかな足取りで会議室を後にした。
廊下ですれ違う役人たちが、恐怖と尊敬の混じった眼差しを向ける。
彼らは知っているのだ。
この四歳の少女を敵に回せば、二度と立ち上がれなくなることを。

屋敷に戻る馬車の中で、私は窓の外を眺めていた。
自分自身のステータスを、頭の中で確認する。
資産、権力、人脈。
全てが私の望む通りに、急速に拡大し続けている。
しかし、私の本当の目的はまだ先にあるのだ。
「この世界の全ての数字を、私の指先で操ってあげるわ」
私の呟きは、馬車の心地よい揺れの中に溶けていった。
屋敷に到着すると、玄関には見覚えのある人物が立っていた。
ポルトゥスから派遣された、私の商会の特使だ。
「リリア様、一刻を争う報告がございます」
特使の表情は、今までに見たことがないほど緊張に満ちている。
私は、パルフェを食べる前にもう一つ問題が起きたことを悟った。
「入りなさい。詳しい話は、中で聞くわ」
私は足を止め、再び仕事の顔へと切り替えた。
太陽はまだ中天にあり、私の長い一日はまだ半分も終わっていない。
特使に案内され、私は応接室の大きなソファに深く沈み込んだ。
「それで、何が起きたの。ポルトゥスの貿易に、何か問題でも?」
「はい。隣国ガルディナ帝国の残党が、商船を襲撃しました」
「公海上で、我が商会の船が狙われたのです」
その言葉を聞いた瞬間、私の瞳の奥で冷たい炎が燃え上がった。
私の利益に、再び土足で踏み込もうとする愚か者が現れたのだ。
「被害の状況は?」
「商船二隻が拿捕され、積み荷の薬草とポーションが奪われました」
私は、膝の上で拳を強く握りしめた。
虹色の涙のポーションを、奪われた。
それは私の研究の結晶であり、王国の軍事機密でもある。
「……そう。彼らは、自分の命がどれほど安いものか理解していないようね」
私は立ち上がり、壁に貼られた広域地図を睨みつけた。
「セバスチャン、今すぐゼロ兄様を呼び戻して」
「あと、アーノルド殿下へ緊急の連絡を」
これは単なる海賊行為ではない、我が国に対する宣戦布告だ。
私の声は低く、しかし驚くほどの威圧感を持って部屋を満たした。
フェンが低く唸り声を上げ、ノクスが爪をソファに食い込ませる。
私の、本当の報復がここから始まろうとしている。
「隣国を、経済的にだけでなく物理的にも叩き潰す時が来たわね」
「完膚なきまでに、やってあげるわ」
私はデスクの上に置かれた金の羽ペンを、迷うことなく手に取った。
宣戦布告の草案を書き上げる私の手は、微塵も震えてはいなかった。
その時、部屋の扉がノックされ一人の意外な人物が姿を見せた。
「リリア様、私にその問題を解決させていただけませんか」
そこに立っていたのは、最近まで財務大臣の影に隠れていた男だ。
若き官僚が、強い眼差しで私を見つめている。
「あなた、自分に何ができると思っているの」
「私には、彼らのアジトを開くための『鍵』があります」
その言葉に、私は少しだけ興味を惹かれた。
「面白いわ。その鍵、見せてもらえるかしら?」,,,
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