ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

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第48話 裏帳簿が示す海賊の隠れ家と、洋梨のパンケーキ

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屋敷の応接室に流れる空気は、どこか張り詰めた冷たさを持っていた。
私の目の前に立っているのは、財務大臣の陰に隠れていたはずの若い官僚だ。
彼は真っ直ぐな瞳で私を見つめ、微塵も揺らがない決意を滲ませている。
その名はカシアン。
二十代半ばといった若さだが、その立ち居振る舞いには老練な政治家のような落ち着きがあった。

「私には、彼らのアジトを開くための『鍵』があります」

彼が繰り返したその言葉に、私はソファに深く腰掛けながら問い返す。

「鍵、ですか。
それは物理的なもの?
それとも、情報的なものかしら」

私は手元の紅茶に角砂糖を二つ放り込み、ゆっくりと銀のスプーンでかき混ぜた。
カシアンは一歩前に踏み出し、懐から古びた一冊の帳簿を取り出した。
その表紙には、財務省の隠し紋章が刻印されている。

「これは、前財務大臣が秘密裏に管理していた物流の裏帳簿です。
彼らがどこの海賊と繋がり、どの島を中継地点にしているか、全て記録されています」

私はスプーンを置き、その帳簿を指先で招いた。
セバスチャンが恭しくそれを受け取り、私の手元へと運んでくる。
ページをめくると、そこには不自然な数字の羅列が並んでいた。
普通の人ならただの数字の羅列にしか見えないだろう。
だが、私にはそれが雄弁に語る物語のように見えていた。

「なるほどね。
港の維持費に見せかけて、海賊への上納金を計上していたわけだわ」

私は数字の裏に隠された意図を、瞬時に読み解いていく。
ペンを取り出し、特定の項目を指し示した。

「この『防波堤修繕費』という項目を見てちょうだい。
去年の嵐の被害を考えても、金額が三倍以上も膨らんでいるわ。
工事の発注先も、実態のない幽霊会社になっている」

私の指摘に、カシアンは驚愕の表情を浮かべた。
彼は、私が数秒でそこまで見抜くとは思っていなかったのだろう。

「……驚きました。
これを見て、一瞬でそこまで見抜くとは」

「私は数字のプロですもの。
この程度の誤魔化し、子供騙しにもなりませんわ」

私は帳簿を閉じ、カシアンをじっと見つめた。
彼がなぜ、危険を冒してまでこの情報を私に持ってきたのか。
その真意を確かめる必要がある。

「それで、あなたはどうしてこの情報を私に?
大臣の側近だったのなら、道連れになる可能性もあったはずよ」

カシアンは苦しげに顔を歪め、拳を強く握りしめた。

「私は、この国を豊かにしたくて官僚になったのです。
でも、大臣が行っていたのは私利私欲のための略奪でした。
私は、それを止めることができなかった」

彼の声には、深い後悔と怒りが混じっていた。

「あなたが財務大臣を失脚させた時、私は確信したのです。
この方こそが、私の求めていた真の指導者だと。
不正を許さず、数字で国を正すことができる唯一の存在だと」

カシアンは、その場に片膝をついて頭を垂れた。

「どうか、私をあなたの手足として使ってください。
この汚れた知識も、国の未来のために役立てたいのです」

私は彼の背中を眺めながら、損得勘定を頭の中で弾き出した。
実務能力は合格だ。
正義感という名の忠誠心も期待できる。
裏の事情に詳しい人間を一人抱えておくのは、リスクヘッジとしても悪くない。

「いいでしょう。
あなたをアークライト商会の専属監査役として採用しますわ」

私は、冷めた紅茶を一口飲み、満足げに頷いた。

「ただし、一度でも私を裏切れば、あなたの人生は数字と一緒に消えてもらうわよ。
覚悟はいいわね?」

「はっ。
命に代えても、御恩に報います」

カシアンの返事は、力強く部屋に響き渡った。
その時、天井の隅から影が滑り落ちるように現れた。
ゼロ兄様だ。
彼はカシアンを一瞥し、鼻で笑った。

「面白い奴を拾ったな、リリア。
だが、海賊の相手は帳簿だけじゃ済まないぞ」

「分かっていますわ、兄様。
だからこそ、兄様の力が必要なのです」

ゼロ兄様は窓際に移動し、遠くの街並みを眺めながら話し始めた。

「お前の商船を襲った連中だが、ガルディナ帝国の残党だけじゃない。
中身はかなり混成の荒くれ者だ。
金のためなら何でもする連中だな」

「烏合の衆、ということですね」

「ああ。
彼らは『蛇の揺りかご』と呼ばれる隠れ島を拠点にしている。
そこは海流が複雑で、普通の軍船じゃ近づくことさえできない場所だ」

「海流、ですか。
それなら、物理的な攻撃よりも兵糧攻めの方が効果的かしらね」

私は立ち上がり、壁に貼られた海域図の前に立った。
赤いピンで印をつける。

「兄様、奪われたポーションの所在は特定できていますか?」

「ああ。
どうやら彼らは、そのポーションを他国のオークションに流そうとしているらしい。
自分たちで使うより、金に換える方が得策だと判断したんだろう」

「愚かですね。
あのポーションの価値を、単なる金銀と同等だと思っているなんて」

私は冷たい笑みを浮かべ、作戦の骨子を組み立て始めた。
彼らは私の商品を盗んだだけでなく、私の時間を無駄にさせた。
その罪は重い。

「カシアン、あなたには海賊たちの補給ルートを全て遮断してもらいます。
この帳簿にある中継地点の商人に、私の名前で圧力をかけなさい」

「はい。
取引を停止しなければ、脱税の証拠を突きつけると脅せばよろしいですね」

「話が早くて助かるわ。
その通りよ。
彼らの逃げ道を、経済的に塞ぐの」

私は次に、ゼロ兄様に向き直った。

「兄様には、アジトの内部に攪乱工作をお願いします。
彼らの仲間に、偽の情報を流すのです。
ポーションには『盗難防止の呪い』がかかっている、とでも噂を広めてください」

「フン、悪趣味な嘘だな。
だが、疑心暗鬼にさせるには十分か」

「ええ、仲間割れを起こさせれば、こちらの被害を最小限に抑えられます。
そして、最後の一手です」

私は、窓の外に見える王宮の方角を指差した。

「レオン様には、王立海軍との共同戦線を張ってもらいますわ。
逃げ場を完全に塞ぐためにね。
海の上で、ネズミ一匹逃がしはしません」

指示を出し終えると、私はふうと一息ついた。
完璧な作戦だ。
これなら、確実にポーションを取り戻せるだろう。
仕事の後は、やはり甘いものが必要だ。

「セバスチャン、準備はできているかしら」

「はい、リリア様。
本日のご褒美は、洋梨のキャラメリゼ・パンケーキでございます」

セバスチャンがワゴンを押して入ってくると、部屋中に甘い香りが広がった。
黄金色に焼かれたパンケーキの上に、飴色に輝く洋梨がたっぷりと乗っている。
その横には、雲のようにふわふわな生クリームが添えられていた。
キャラメルの焦げた香ばしい匂いが、鼻をくすぐる。

「まあ、なんて素敵な見た目。
芸術品みたいだわ」

私は早速、フォークを手に取った。
まずは、キャラメリゼされた洋梨を一口。
口の中で洋梨がとろけ、ほろ苦いキャラメルの風味が追いかけてくる。
果汁の甘みと、キャラメルの苦味が絶妙なバランスだ。

「んん、美味しい……!」

次に、パンケーキと生クリームを一緒に頬張った。
ふわふわの生地が、口の中で解けていく。

「……幸せ。
やっぱり、悪い奴らを退治する計画の後に食べるお菓子は最高ね」

私はうっとりと目を細め、至福の瞬間に浸った。
フェンとノクスも、自分たちの分のデザートを夢中で食べている。

「きゅぅん」
「にゃあ」

二匹の満足そうな声を聞きながら、私は次の計算を始めた。
今回の海賊討伐にかかる費用は、およそ金貨五百枚。
船の燃料代、兵士への手当、情報収集の経費。
対して、奪われたポーションの回収と、海賊の財産の没収で得られる利益は、少なくとも金貨三千枚。

「投資利益率は六百パーセント。
素晴らしいわね。
これなら、お代わりのパンケーキを頼んでも経費で許されるわ」

私は、二枚目のパンケーキにナイフを入れた。
甘い幸福感が、脳を優しく刺激していく。
私はこの心地よい気分のまま、海賊たちへの「最終通告」の内容を練り上げた。
彼らが後悔の涙を流す顔を想像すると、パンケーキの味がさらに引き立つようだった。

翌朝、王都の港には霧が立ち込めていた。
私は特注の、小さな防寒マントを羽織って桟橋に立っていた。
目の前には、アークライト商会が誇る最新鋭の快速帆船「アークライト・クイーン号」が停泊している。
その流線型の船体は、波を切るために設計された美しいフォルムをしていた。

レオン様が、重厚な鎧を響かせて現れた。
彼の背後には、精鋭の海兵たちが整列している。
皆、歴戦の猛者たちだ。

「行きましょう。
私の大切なポーションを盗んだ代償、たっぷりと払わせてあげますわ」

私は船に乗り込み、船首に立った。
フェンとノクスも、私の両脇で海風を受けている。
二匹とも、やる気満々のようだ。

「兄様、準備はいいかしら」

私は虚空に向かって問いかけた。
影の中から、ゼロ兄様の低い声が返ってくる。

「いつでもいいぞ。
獲物はすでに、網にかかっている」

船がゆっくりと動き出し、岸壁を離れていく。
王都の景色が、霧の中に消えていった。
私は、耳につけた通信用の魔導具を起動した。

「カシアン、あなたは屋敷で帳簿の整理をお願いね。
戻った時に、一円のズレも許さないわよ」

通信用の魔導具から、カシアンの緊張した声が聞こえた。

「承知いたしました。
リリア様が戻られるまでに、完璧な決算書を用意しておきます。
ご武運を」

私は満足げに通信を切り、水平線の彼方を見つめた。
海賊たちの運命は、すでに私の計算機の中で決着がついている。
あとは、その通りに駒を動かすだけだ。
荒れる海原を突き進み、船はどんどん速度を上げていく。
私の心は、戦いの予感よりも、その後に待っているであろう海の幸への期待で満たされていた。

「レオン様、アジトを制圧したら、その島で一番美味しい魚介類を確保しておいてくださいね」

「……善処いたします、リリア様」

レオン様の苦笑い混じりの返事を聞きながら、私は海風を胸いっぱいに吸い込んだ。
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