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第49話 極上のカニ料理と、予期せぬ来訪
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「蛇の揺りかご」と呼ばれる島が、水平線の向こうにぼんやりと姿を現した。
切り立った崖に囲まれた、まさに天然の要塞といった威容を誇っている。
島の周囲には、無数の岩礁が牙を剥くように海面に突き出ている。
あれに触れれば、どんな堅牢な船底も紙切れのように引き裂かれるだろう。
「リリア様、これより先は海図にない未知の領域です。
慎重に進まなければ、座礁する危険性が極めて高い海域です」
船長が、緊張した面持ちで舵を握りながら、震える声で言った。
彼は長年の経験から、この海の危険性を肌で感じ取っているのだ。
しかし、私の手元には、正確無比な航路が記された「裏帳簿」がある。
「心配いらないわ。
この帳簿には、海賊たちが使っていた安全なルートが全て記されているもの」
私は、帳簿から書き写した詳細な海図を、隣に立つレオン様に手渡した。
そこには、岩礁の間を縫うように進む、複雑な一本の線が引かれている。
「ええっ、帳簿にそんなことまで書いてあるのですか?」
レオン様が、信じられないといった顔で私の顔を覗き込んだ。
無理もない。
普通の帳簿には、金銭の出入りしか書かれていないのが常識だ。
「商売において、物流ルートの確保は基本中の基本ですもの。
海賊たちへの補給を行っていた商人は、座礁のリスクを避けるために正確な航路を記録していたのよ」
リスク管理のできない商人は、遅かれ早かれ破滅する。
裏社会で生き残る商人ほど、そういった記録には命を懸けるものだ。
私は、船首に立って前方を指差した。
「この通りに進めば、岩礁の隙間をすり抜けて、アジトの裏側に回り込めるはずよ。
船長、速度を落とさずに突っ込んでちょうだい」
「は、はい! 信じますぞ、リリア様!」
船長の掛け声とともに、クイーン号は波を蹴立てて岩礁地帯へと突入した。
左右には、触れれば終わりの鋭い岩が迫ってくる。
船員たちが、恐怖に息を呑む気配が伝わってきた。
船底が岩に擦れるような、嫌な音がゴリゴリと船内に響く。
だが、船は止まらない。
私は冷静に懐中時計を取り出し、秒針の動きを見つめて時間を計測した。
「あと五分で、潮が満ちるわ。
その瞬間、水位が上がって、さらに奥まで進めるようになる。
計算通りね」
私の言葉が終わると同時だった。
波が大きくうねり、船体がふわリと持ち上がる感覚があった。
今まで船底を脅かしていた岩礁が、海中深へと沈んでいく。
「す、すごい……!
まるで海そのものを支配しているようだ」
「神業だ……」
船乗りたちは、四歳の少女の言葉に魔法のような的中率を感じていた。
彼らは私に、畏怖と尊敬の入り混じった眼差しを向けている。
やがて、船は崖の切れ目に隠された、秘密の入り江へと到着した。
そこには、拿捕された私の商会のアークライト号が二隻、傷だらけの姿で繋がれていた。
美しい塗装は剥げ、帆は無残に破かれている。
私の大切な資産が、あのような姿にされているのを見て、腸が煮えくり返る思いだ。
「……ひどい。
あんなに綺麗だった船が、ボロボロじゃない」
私は、自分の資産が傷つけられたことに、静かな怒りを覚えた。
修理費だけで、金貨何枚分になると思っているのか。
この損害は、きっちりと犯人たちに請求させてもらう。
「リリア様、上陸部隊を編成します。
一気に攻め込みましょう」
レオン様が剣を抜き、士気を高めようとした。
彼の青い瞳には、悪を討つ正義の炎が燃えている。
しかし、私は片手で彼を制した。
「お待ちください、レオン様。
力押しは、最後の手段として取っておきましょう。
まずは、彼らの『心の支え』を壊してあげるのよ」
私は、虚空に向かってゼロ兄様に合図を送った。
「兄様、例の『お土産』は届いたかしら」
影の中から、兄様の楽しそうな声が響く。
「ああ。
昨夜のうちに、連中の飲み水に『真実を喋りたくなる薬』を混ぜておいたぞ。
今頃、内輪揉めが最高潮に達しているはずだ」
「あら、それは楽しみね。
カシアン、通信は繋がっているかしら」
私は耳に当てた小型の魔導具に触れた。
これは王国の最新技術を使った、遠距離通信用の魔導具だ。
「はい、リリア様。
海賊たちの通信回線を、全てアークライト商会のサーバーへ転送いたしました。
彼らの会話は、筒抜けでございます」
カシアンの冷徹な声が、アジトの中の混乱を伝えてくる。
スピーカーからは、男たちの怒鳴り声が聞こえ始めた。
「てめえ、俺のポーションを盗んで、他国に売るつもりだろう!」
「ふざけるな!
お前こそ、昨日こっそり金貨をネコババしたのを知っているんだぞ!」
「俺は見たんだ!
お前が隊長の女に手を出しているところをな!」
薬の影響で、彼らは隠していた欲望や不満を全て口に出してしまっていた。
理性というタガが外れ、本能のままに罵り合っている。
疑心暗鬼に陥った海賊たちは、武器を抜き、仲間同士で殺し合いを始めていた。
「ふふ、醜いわね。
利益を分配できない組織は、内側から腐るのが必然なのよ」
私は冷たい眼差しを、入り江の奥にあるアジトに向けた。
彼らは、外敵と戦う前に自滅の道を歩んでいる。
これなら、こちらの被害は最小限で済むだろう。
「レオン様、今ですわ。
正義の騎士団として、混乱を収めに行ってあげなさい。
彼らに、王国の法というものを教えてあげるのです」
「はっ!
全員、突撃せよ!
悪党たちに、王国の鉄槌を下すのだ!」
レオン様率いる騎士団が、ボートに飛び乗り、一斉にアジトへと向かった。
彼らの雄叫びが、入り江にこだまする。
アジトからは、悲鳴と金属音が激しく鳴り響いた。
しかし、私は船から降りることはなかった。
指揮官が前線に出るのは、経営効率が悪い。
私は甲板に用意させたテーブルで、ゆったりとお茶を飲みながら、戦況の推移を監視した。
「リリア、奥の洞窟に隠し財産があるぞ。
金貨の山だ」
ゼロ兄様が、戦場のど真ん中から実況中継をしてくれる。
彼の声には、宝探しを楽しむ子供のような響きがあった。
「それは素晴らしいわ。
兄様、ポーションの安全を最優先に確保してくださいね。
一本でも割れたら、報酬から引きますから」
「……お前、本当に鬼だな」
兄様の呆れた声を聞きながら、私は手元の帳簿に「予想回収額」を書き込んだ。
没収する財産と、ポーションの価値。
そして、海賊たちを労働力として売却した場合の利益。
計算機を弾く指が、軽やかに踊る。
戦いは、わずか一時間で終結した。
内紛で弱り切っていた海賊たちに、王宮騎士団の敵ではなかったのだ。
捕らえられた海賊たちは、縄で数珠繋ぎにされ、桟橋に並べられた。
私はようやく、クイーン号のタラップを降りて、アジトの広場へと足を踏み入れた。
足元では、フェンとノクスが勝ち誇ったように胸を張っている。
二匹も、私の勝利を確信していたようだ。
海賊のリーダー格の男が、泥にまみれた顔を上げて私を睨みつけた。
ひげ面の大男で、その目にはまだ反抗の色が残っている。
「……貴様、何者だ。
たかが子供が、何故この場所を知っている」
私は男の前に立ち、冷たく見下ろした。
四歳の少女に見下ろされているというのに、男は蛇に睨まれた蛙のように動けない。
「私はリリア。
あなたたちが奪った商品の、正当な所有者ですわ」
私は扇子を開き、口元を隠して優雅に告げた。
「あなたたちは、重大なミスを犯しました。
それは、私の『時間』と『機会費用』を奪ったことよ」
私は、懐から男に一通の請求書を突きつけた。
そこには、目が飛び出るような金額が記されている。
「ポーションの再生産費用。
商船の修理費。
騎士団の派遣コスト。
そして、私の精神的苦痛に対する慰謝料」
男は、請求書の数字を見て絶句した。
口をパクパクさせて、言葉が出ないようだ。
「……き、金貨三千枚だと?
ふざけるな、そんな大金……」
「あら、隠し洞窟に金貨二千枚あったわよ。
足りない分は、あなたたちを労働力として『販売』することで補填させてもらうわ」
「販売だと!?
俺たちを奴隷にするつもりか!」
「いいえ、更生プログラムですわ。
アークライト領の鉱山で、十年ほど汗を流してもらいます。
食事と寝床は保証しますから、感謝なさい」
私のあまりにも合理的な処置に、周囲の騎士たちさえも震え上がっていた。
彼らは知っているのだ。
私という人間が、敵に対してどれほど容赦がないかを。
「さて、レオン様。
ポーションの回収は終わりましたか?」
「はい。
全六十本、一本の欠損もなく回収いたしました」
レオン様が、木箱に入ったポーションを見せてくれた。
七色に輝く液体が、無傷でそこにある。
「よろしい。
これで今回の『赤字』は、大幅な黒字に転換されましたわね」
私は満足げに頷き、アジトの中心にあった一番立派な建物を見つめた。
そこから、何とも言えない香ばしい匂いが漂ってきている。
「そこ、美味しそうな香りがするわ。
海賊たちが、宴会の準備をしていたのかしら」
私は鼻をくんくんと鳴らし、建物の中へと入っていった。
中には、豪華な食卓が用意されていた。
略奪した金で用意させたのだろう、最高級の食材が並んでいる。
大皿には、巨大なカニが山積みにされ、香草で焼かれた魚が湯気を立てている。
カニの甲羅は鮮やかな赤色で、その大きさは私の顔よりも大きい。
焼き魚からは、ハーブと脂の乗った魚の香りが食欲を刺激してくる。
「まあ、素晴らしい。
制圧した場所で食べる戦利品は、格別の味がしそうだわ」
私は一番上等な椅子に座り、ナプキンを首に巻いた。
海賊の親玉が座るはずだった席だ。
座り心地も悪くない。
「セバスチャンはいないけれど、レオン様。
このカニの殻を剥いてくださる?」
「……承知いたしました、リリア様」
レオン様は苦笑しながら、手際よくカニの身を取り出していった。
剣の扱いに長けた彼は、ナイフの扱いもお手の物だ。
硬い殻をいとも簡単に外し、ぷりぷりの身だけを皿に乗せてくれる。
私は、それを一口運ぶ。
口に入れた瞬間、カニの濃厚な甘みが爆発した。
「……美味しい!
このカニ、身がぎっしり詰まっていて、甘みが凄いわ」
荒波に揉まれた海の幸は、王都で食べるものよりも力強い味がした。
繊維の一本一本にまで、海の旨味が凝縮されている。
何もつけなくても、自然の塩味だけで十分に美味しい。
「フェン、ノクス。
あなたたちも、このお魚を食べなさい。
白身がふわふわで最高よ」
私は、二匹のために魚の身をほぐしてやった。
二匹も嬉しそうに、海賊たちの贅沢品を平らげていく。
フェンは骨までバリバリと噛み砕き、ノクスは上品に身だけを食べている。
「ん~っ、幸せ!」
悪党から奪った金で食べる、最高級の料理。
これ以上の快楽が、この世にあるだろうか。
私は、幸せな気分でカニの脚を頬張った。
口の周りが汚れるのも気にせず、夢中で食べ続ける。
「この魚の香草焼きも絶品ね。
ローズマリーの香りが、魚の臭みを消して旨味を引き立てているわ」
私は食後のコーヒーを飲みながら、次のビジネスプランを練り始めた。
海賊騒動は、こうして私の「資産増加イベント」として幕を閉じた。
しかし、私の野望はまだ海を越えて広がっている。
「次は、隣国の港も私の影響下に置きたいわね。
物流の独占こそが、富の源泉ですもの」
私の呟きに、ゼロ兄様が背後で深い溜息をついた。
彼は、私の底なしの欲望に呆れているようだ。
「お前、少しは満足するという言葉を知らないのか」
「あら、満足したら成長は止まってしまいますわ。
数字に限界はありませんもの」
私はにっこりと笑い、最後のデザートの果物を口に運んだ。
甘く熟した果実の汁が、喉を潤していく。
その時、アジトの外から大きな騒ぎが聞こえてきた。
兵士の緊迫した声が、楽しい食事の時間を遮る。
「報告します!
海上から、ガルディナ帝国の正規軍と思われる艦隊が、こちらへ向かってきます!」
兵士の叫び声に、広場の空気が一変した。
レオン様が、すぐに剣に手をかける。
「正規軍?
フランツ皇子の艦隊かしら。
それとも、まだ残党が残っていたの?」
私は、手に持っていた果物を置き、ゆっくりと立ち上がった。
ナプキンで口元を拭い、優雅に振る舞う。
「面白いわね。
せっかくの食後の運動、もう少し付き合ってあげようかしら」
私の瞳には、新たな「利益」を見つけた時の、鋭い光が宿っていた。
やってきたのが誰であれ、私の邪魔をするなら容赦はしない。
あるいは、新たな商談の相手かもしれない。
どちらに転んでも、私が損をすることはないのだ。
「行きましょう、フェン、ノクス。
お客様のお出迎えよ」
私は二匹を従え、堂々とした足取りで外へと向かった。
切り立った崖に囲まれた、まさに天然の要塞といった威容を誇っている。
島の周囲には、無数の岩礁が牙を剥くように海面に突き出ている。
あれに触れれば、どんな堅牢な船底も紙切れのように引き裂かれるだろう。
「リリア様、これより先は海図にない未知の領域です。
慎重に進まなければ、座礁する危険性が極めて高い海域です」
船長が、緊張した面持ちで舵を握りながら、震える声で言った。
彼は長年の経験から、この海の危険性を肌で感じ取っているのだ。
しかし、私の手元には、正確無比な航路が記された「裏帳簿」がある。
「心配いらないわ。
この帳簿には、海賊たちが使っていた安全なルートが全て記されているもの」
私は、帳簿から書き写した詳細な海図を、隣に立つレオン様に手渡した。
そこには、岩礁の間を縫うように進む、複雑な一本の線が引かれている。
「ええっ、帳簿にそんなことまで書いてあるのですか?」
レオン様が、信じられないといった顔で私の顔を覗き込んだ。
無理もない。
普通の帳簿には、金銭の出入りしか書かれていないのが常識だ。
「商売において、物流ルートの確保は基本中の基本ですもの。
海賊たちへの補給を行っていた商人は、座礁のリスクを避けるために正確な航路を記録していたのよ」
リスク管理のできない商人は、遅かれ早かれ破滅する。
裏社会で生き残る商人ほど、そういった記録には命を懸けるものだ。
私は、船首に立って前方を指差した。
「この通りに進めば、岩礁の隙間をすり抜けて、アジトの裏側に回り込めるはずよ。
船長、速度を落とさずに突っ込んでちょうだい」
「は、はい! 信じますぞ、リリア様!」
船長の掛け声とともに、クイーン号は波を蹴立てて岩礁地帯へと突入した。
左右には、触れれば終わりの鋭い岩が迫ってくる。
船員たちが、恐怖に息を呑む気配が伝わってきた。
船底が岩に擦れるような、嫌な音がゴリゴリと船内に響く。
だが、船は止まらない。
私は冷静に懐中時計を取り出し、秒針の動きを見つめて時間を計測した。
「あと五分で、潮が満ちるわ。
その瞬間、水位が上がって、さらに奥まで進めるようになる。
計算通りね」
私の言葉が終わると同時だった。
波が大きくうねり、船体がふわリと持ち上がる感覚があった。
今まで船底を脅かしていた岩礁が、海中深へと沈んでいく。
「す、すごい……!
まるで海そのものを支配しているようだ」
「神業だ……」
船乗りたちは、四歳の少女の言葉に魔法のような的中率を感じていた。
彼らは私に、畏怖と尊敬の入り混じった眼差しを向けている。
やがて、船は崖の切れ目に隠された、秘密の入り江へと到着した。
そこには、拿捕された私の商会のアークライト号が二隻、傷だらけの姿で繋がれていた。
美しい塗装は剥げ、帆は無残に破かれている。
私の大切な資産が、あのような姿にされているのを見て、腸が煮えくり返る思いだ。
「……ひどい。
あんなに綺麗だった船が、ボロボロじゃない」
私は、自分の資産が傷つけられたことに、静かな怒りを覚えた。
修理費だけで、金貨何枚分になると思っているのか。
この損害は、きっちりと犯人たちに請求させてもらう。
「リリア様、上陸部隊を編成します。
一気に攻め込みましょう」
レオン様が剣を抜き、士気を高めようとした。
彼の青い瞳には、悪を討つ正義の炎が燃えている。
しかし、私は片手で彼を制した。
「お待ちください、レオン様。
力押しは、最後の手段として取っておきましょう。
まずは、彼らの『心の支え』を壊してあげるのよ」
私は、虚空に向かってゼロ兄様に合図を送った。
「兄様、例の『お土産』は届いたかしら」
影の中から、兄様の楽しそうな声が響く。
「ああ。
昨夜のうちに、連中の飲み水に『真実を喋りたくなる薬』を混ぜておいたぞ。
今頃、内輪揉めが最高潮に達しているはずだ」
「あら、それは楽しみね。
カシアン、通信は繋がっているかしら」
私は耳に当てた小型の魔導具に触れた。
これは王国の最新技術を使った、遠距離通信用の魔導具だ。
「はい、リリア様。
海賊たちの通信回線を、全てアークライト商会のサーバーへ転送いたしました。
彼らの会話は、筒抜けでございます」
カシアンの冷徹な声が、アジトの中の混乱を伝えてくる。
スピーカーからは、男たちの怒鳴り声が聞こえ始めた。
「てめえ、俺のポーションを盗んで、他国に売るつもりだろう!」
「ふざけるな!
お前こそ、昨日こっそり金貨をネコババしたのを知っているんだぞ!」
「俺は見たんだ!
お前が隊長の女に手を出しているところをな!」
薬の影響で、彼らは隠していた欲望や不満を全て口に出してしまっていた。
理性というタガが外れ、本能のままに罵り合っている。
疑心暗鬼に陥った海賊たちは、武器を抜き、仲間同士で殺し合いを始めていた。
「ふふ、醜いわね。
利益を分配できない組織は、内側から腐るのが必然なのよ」
私は冷たい眼差しを、入り江の奥にあるアジトに向けた。
彼らは、外敵と戦う前に自滅の道を歩んでいる。
これなら、こちらの被害は最小限で済むだろう。
「レオン様、今ですわ。
正義の騎士団として、混乱を収めに行ってあげなさい。
彼らに、王国の法というものを教えてあげるのです」
「はっ!
全員、突撃せよ!
悪党たちに、王国の鉄槌を下すのだ!」
レオン様率いる騎士団が、ボートに飛び乗り、一斉にアジトへと向かった。
彼らの雄叫びが、入り江にこだまする。
アジトからは、悲鳴と金属音が激しく鳴り響いた。
しかし、私は船から降りることはなかった。
指揮官が前線に出るのは、経営効率が悪い。
私は甲板に用意させたテーブルで、ゆったりとお茶を飲みながら、戦況の推移を監視した。
「リリア、奥の洞窟に隠し財産があるぞ。
金貨の山だ」
ゼロ兄様が、戦場のど真ん中から実況中継をしてくれる。
彼の声には、宝探しを楽しむ子供のような響きがあった。
「それは素晴らしいわ。
兄様、ポーションの安全を最優先に確保してくださいね。
一本でも割れたら、報酬から引きますから」
「……お前、本当に鬼だな」
兄様の呆れた声を聞きながら、私は手元の帳簿に「予想回収額」を書き込んだ。
没収する財産と、ポーションの価値。
そして、海賊たちを労働力として売却した場合の利益。
計算機を弾く指が、軽やかに踊る。
戦いは、わずか一時間で終結した。
内紛で弱り切っていた海賊たちに、王宮騎士団の敵ではなかったのだ。
捕らえられた海賊たちは、縄で数珠繋ぎにされ、桟橋に並べられた。
私はようやく、クイーン号のタラップを降りて、アジトの広場へと足を踏み入れた。
足元では、フェンとノクスが勝ち誇ったように胸を張っている。
二匹も、私の勝利を確信していたようだ。
海賊のリーダー格の男が、泥にまみれた顔を上げて私を睨みつけた。
ひげ面の大男で、その目にはまだ反抗の色が残っている。
「……貴様、何者だ。
たかが子供が、何故この場所を知っている」
私は男の前に立ち、冷たく見下ろした。
四歳の少女に見下ろされているというのに、男は蛇に睨まれた蛙のように動けない。
「私はリリア。
あなたたちが奪った商品の、正当な所有者ですわ」
私は扇子を開き、口元を隠して優雅に告げた。
「あなたたちは、重大なミスを犯しました。
それは、私の『時間』と『機会費用』を奪ったことよ」
私は、懐から男に一通の請求書を突きつけた。
そこには、目が飛び出るような金額が記されている。
「ポーションの再生産費用。
商船の修理費。
騎士団の派遣コスト。
そして、私の精神的苦痛に対する慰謝料」
男は、請求書の数字を見て絶句した。
口をパクパクさせて、言葉が出ないようだ。
「……き、金貨三千枚だと?
ふざけるな、そんな大金……」
「あら、隠し洞窟に金貨二千枚あったわよ。
足りない分は、あなたたちを労働力として『販売』することで補填させてもらうわ」
「販売だと!?
俺たちを奴隷にするつもりか!」
「いいえ、更生プログラムですわ。
アークライト領の鉱山で、十年ほど汗を流してもらいます。
食事と寝床は保証しますから、感謝なさい」
私のあまりにも合理的な処置に、周囲の騎士たちさえも震え上がっていた。
彼らは知っているのだ。
私という人間が、敵に対してどれほど容赦がないかを。
「さて、レオン様。
ポーションの回収は終わりましたか?」
「はい。
全六十本、一本の欠損もなく回収いたしました」
レオン様が、木箱に入ったポーションを見せてくれた。
七色に輝く液体が、無傷でそこにある。
「よろしい。
これで今回の『赤字』は、大幅な黒字に転換されましたわね」
私は満足げに頷き、アジトの中心にあった一番立派な建物を見つめた。
そこから、何とも言えない香ばしい匂いが漂ってきている。
「そこ、美味しそうな香りがするわ。
海賊たちが、宴会の準備をしていたのかしら」
私は鼻をくんくんと鳴らし、建物の中へと入っていった。
中には、豪華な食卓が用意されていた。
略奪した金で用意させたのだろう、最高級の食材が並んでいる。
大皿には、巨大なカニが山積みにされ、香草で焼かれた魚が湯気を立てている。
カニの甲羅は鮮やかな赤色で、その大きさは私の顔よりも大きい。
焼き魚からは、ハーブと脂の乗った魚の香りが食欲を刺激してくる。
「まあ、素晴らしい。
制圧した場所で食べる戦利品は、格別の味がしそうだわ」
私は一番上等な椅子に座り、ナプキンを首に巻いた。
海賊の親玉が座るはずだった席だ。
座り心地も悪くない。
「セバスチャンはいないけれど、レオン様。
このカニの殻を剥いてくださる?」
「……承知いたしました、リリア様」
レオン様は苦笑しながら、手際よくカニの身を取り出していった。
剣の扱いに長けた彼は、ナイフの扱いもお手の物だ。
硬い殻をいとも簡単に外し、ぷりぷりの身だけを皿に乗せてくれる。
私は、それを一口運ぶ。
口に入れた瞬間、カニの濃厚な甘みが爆発した。
「……美味しい!
このカニ、身がぎっしり詰まっていて、甘みが凄いわ」
荒波に揉まれた海の幸は、王都で食べるものよりも力強い味がした。
繊維の一本一本にまで、海の旨味が凝縮されている。
何もつけなくても、自然の塩味だけで十分に美味しい。
「フェン、ノクス。
あなたたちも、このお魚を食べなさい。
白身がふわふわで最高よ」
私は、二匹のために魚の身をほぐしてやった。
二匹も嬉しそうに、海賊たちの贅沢品を平らげていく。
フェンは骨までバリバリと噛み砕き、ノクスは上品に身だけを食べている。
「ん~っ、幸せ!」
悪党から奪った金で食べる、最高級の料理。
これ以上の快楽が、この世にあるだろうか。
私は、幸せな気分でカニの脚を頬張った。
口の周りが汚れるのも気にせず、夢中で食べ続ける。
「この魚の香草焼きも絶品ね。
ローズマリーの香りが、魚の臭みを消して旨味を引き立てているわ」
私は食後のコーヒーを飲みながら、次のビジネスプランを練り始めた。
海賊騒動は、こうして私の「資産増加イベント」として幕を閉じた。
しかし、私の野望はまだ海を越えて広がっている。
「次は、隣国の港も私の影響下に置きたいわね。
物流の独占こそが、富の源泉ですもの」
私の呟きに、ゼロ兄様が背後で深い溜息をついた。
彼は、私の底なしの欲望に呆れているようだ。
「お前、少しは満足するという言葉を知らないのか」
「あら、満足したら成長は止まってしまいますわ。
数字に限界はありませんもの」
私はにっこりと笑い、最後のデザートの果物を口に運んだ。
甘く熟した果実の汁が、喉を潤していく。
その時、アジトの外から大きな騒ぎが聞こえてきた。
兵士の緊迫した声が、楽しい食事の時間を遮る。
「報告します!
海上から、ガルディナ帝国の正規軍と思われる艦隊が、こちらへ向かってきます!」
兵士の叫び声に、広場の空気が一変した。
レオン様が、すぐに剣に手をかける。
「正規軍?
フランツ皇子の艦隊かしら。
それとも、まだ残党が残っていたの?」
私は、手に持っていた果物を置き、ゆっくりと立ち上がった。
ナプキンで口元を拭い、優雅に振る舞う。
「面白いわね。
せっかくの食後の運動、もう少し付き合ってあげようかしら」
私の瞳には、新たな「利益」を見つけた時の、鋭い光が宿っていた。
やってきたのが誰であれ、私の邪魔をするなら容赦はしない。
あるいは、新たな商談の相手かもしれない。
どちらに転んでも、私が損をすることはないのだ。
「行きましょう、フェン、ノクス。
お客様のお出迎えよ」
私は二匹を従え、堂々とした足取りで外へと向かった。
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まずその美貌。女性のみならず男性であっても、一目見ただけで誰もが目を奪われる。あと、公爵家だけあってお金持ちだ。王家始まって以来の最高の魔法使いなんて呼び名もある。実際、王国中の魔導士を集めても彼に敵う者は存在しなかった。
ただし、彼は持った全ての力を愛娘リリアンの為にしか使わない。
財力も、魔力も、顔の良さも、権力も。
なぜなら彼は、娘命の、究極の娘馬鹿だからだ。
※このお話は、日常系のギャグです。
※小説家になろう様にも掲載しています。
※2024年5月 タイトルとあらすじを変更しました。
魔力ゼロだからと婚約破棄された公爵令嬢、前世の知識で『魔法の公式』を解明してしまいました。
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公爵令嬢のリディアは、生まれつき魔力を持たない『無能』として、家族からも婚約者である第一王子からも虐げられる日々を送っていた。
ある日、絶大な魔力を持つ『聖女』が現れたことで、王子はリディアに婚約破棄を突きつけ、彼女を国外追放処分にする。
失意のどん底で、リディアは自分が理系研究者だった前世の記憶を思い出す。そして、この世界の『魔法』と呼ばれている現象が、前世の化学や物理の法則で説明できることに気づいてしまう。
追放先の辺境の地で、彼女は魔力ではなく『知識』を使い、生活を豊かにする画期的な道具を次々と開発。その技術は『失われた古代魔法』と噂になり、いつしか人々から本物の聖女よりも崇められる存在になっていく。
一方、リディアを追放した王国は、彼女が陰で支えていた魔法インフラが次々と崩壊し、衰退の一途を辿っていた。
獅子王の運命の番は、捨てられた猫獣人の私でした
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【祝:女性HOT3位!】
狼獣人のエリート騎士団長ガロウと番になり、幸せの絶頂だった猫獣人のミミ。しかしある日、ガロウは「真の番が見つかった」と美しい貴族令嬢を連れ帰り、「地味なお前はもう用済みだ」とミミを一方的に追い出してしまう。
家族にも見放され、王都の片隅の食堂で働くミミの前に現れたのは、お忍びで街を訪れていた最強の獣人王・レオンハルトだった。
彼は一目でミミが、数百年ぶりの『運命の番』であることを見抜く。心の傷を負ったミミを、王は包み込むように、そして激しく溺愛していく――。
「もう誰にもお前を傷つけさせない」
一方、ミミを捨てた元夫は後悔の日々を送っていた。そんな彼の元に、次期王妃の披露パーティーの招待状が届く。そこで彼が目にしたのは、獅子王の隣で誰よりも美しく輝く、ミミの姿だった――。
これは、不遇な少女が本当の愛を見つけ、最高に幸せになるまでの逆転溺愛ストーリー。
※気を抜くと読点だらけになることがあるので、読みづらさを感じたら教えてくれるとうれしいです。
祝:女性HOT69位!(2025年8月25日4時05分)
→27位へ!(8/25 19:21)→11位へ!(8/26 22:38)→6位へ!(8月27日 20:01)→3位へ!(8月28日 2:35)
魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します
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本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。
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