ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

旅する書斎(☆ほしい)

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第79話 極上のリンゴパイと愚か者への経済制裁

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この帝国のリンゴパイは合格だわ。

私は王宮の白薔薇の間で、大きな皿に乗った焼き立てのパイを眺めながら、即座に評価を下した。
黄金色に輝く生地からは、甘酸っぱいリンゴの香りとバターの匂いが漂っている。
隣ではフランツ皇帝が、期待に満ちた目で私を見つめていた。

「リリア殿、我が帝国の自慢の味だ。口に合えば良いのだが」

フランツが、皇帝の威厳を少しだけ横に置いて話しかけてくる。
私は純銀のフォークを手に取り、サクサクの生地に躊躇いなく突き刺した。
パリッという心地よい音がして、中からとろりと煮詰められたリンゴが姿を現した。
黄金色に輝く蜜をたっぷりと纏ったその果肉を、一口食べる。
「……っ!」
驚くほどの甘みと程よい酸味が口いっぱいに広がる。
何層にも重なったパイ生地が舌の上ではらりと崩れ、バターの塩気がリンゴの甘みを極限まで引き立てている。
そこにシナモンのスパイシーな香りが加わり、完璧な調和を生み出していた。

「美味しいわ。このリンゴの密度、アークライトの基準を満たしているわね」

私は満足して、紅茶を一口飲んでから言葉を続けた。
フランツが、心から安心したように深く息を吐く。

「それは良かった。貴女に認められることが、今の私には何よりの喜びだ」

背後ではアーノルド殿下が、面白そうにくすくすと笑っている。
彼はフランツの変貌ぶりを、最高のおもちゃのように楽しんでいた。
かつては病弱で気弱だった皇子が、今や立派に国を背負っている。
その影には、私の冷徹な計算と莫大な資金援助があった。
彼が私に頭が上がらないのは、当然の帰結である。

「さて、お礼はこのパイで十分だわ。次は仕事の話をしましょうか」

私はナプキンで口元を拭い、椅子に深く座り直した。
フランツの顔が、一瞬で真面目な統治者のものへと切り替わる。
皇帝としての威厳を取り戻した彼の瞳には、これから始まる厳しい交渉への覚悟が宿っていた。

「結論から述べてください。帝国の魔石について、どう考えておられるのですか」

フランツが、私のコミュニケーション・プロトコルに従って単刀直入に問いかけてきた。
私はデスクの上に、最新の採掘データが記された帳簿を広げる。
ページをめくる音だけが、静まり返った部屋に響く。

「結論は、今の採掘方法は無駄が多すぎて話にならない、ということよ」

私は一枚の図面を、二人の王族の前に指し示した。
そこには帝国全土の魔石鉱山の位置と、現在の算出効率が記されている。

「魔石はアークライト鉄道を動かすための心臓部よ。でもあなたたちは、手作業で表面の石を拾っているだけだわ」
「それでは足りない。地脈の奥深くに眠る、高純度の石が必要なの」

私はペンで地図の一点、北の険しい山脈の麓を力強く叩いた。
そこは、帝国でも最大の魔石埋蔵量を誇りながら、岩盤が硬すぎて採掘が不可能とされていた難所だ。

「ここに最新の魔導掘削機を投入するわ。資金は全額アークライト銀行が出すわね」

「掘削機だと? そんなものが実在するのか」

フランツが、驚きを隠せずに身を乗り出してきた。
常識にとらわれた人間の反応としては、百点満点だ。

「ええ。私が設計図を描き、王国のガラム技師長に作らせたわ」
「この機械一台で、千人の労働者が一年かかる穴を三日で掘れるわよ」

私の言葉に、フランツとアーノルドの呼吸が同時に止まった。
六歳の少女が語る数字は、もはや未来の予言と同じ重みを持っていた。
彼らは私の知恵が、世界の物理法則すら書き換えることを知っている。
だからこそ、その途方もない数字を疑うことができないのだ。

「し、信じられん……。そのような機械があれば、帝国の魔石産出量は数十倍に跳ね上がる……」
「しかも、それを無償で提供すると言うのか?」
フランツの声が、歓喜と畏怖で震えている。

「無償なわけがないでしょう。私は慈善事業家ではありませんのよ」
私は冷ややかな視線で彼を射抜いた。
「条件は三つよ。一つ、鉱山周辺の土地の開発権をアークライト商会に渡すこと」
「二つ、採掘された魔石の七割を私が優先的に買い取ること」
「三つ、この事業で発生する全ての決済はアークライト銀行を経由することよ」

私は一切の妥協を許さない目で、フランツを射抜いた。
これは支援ではない。アークライト経済圏への、完全な組み込み作業だ。
彼らが掘り出した魔石は全て私の鉄道と工場の動力となり、その取引で生じる手数料は永久に私の金庫へと流れ込み続ける。
帝国は、私の巨大なバッテリーとして機能することになるのだ。

「……この契約、私には拒否する権利がないように思えるな」

フランツが、苦笑しながら降参の意を示した。

「賢明な判断ね。拒否すれば、来月の鉄道燃料の供給が止まるだけだもの」

私はにっこりと、最高に可愛らしい笑顔を浮かべて答えた。
フランツは覚悟を決めたように、重厚な契約書に力強く自分の名前を書き記した。
アーノルド殿下も、証人としてのサインを添える。
これで、大陸のエネルギーの根幹を私が握ることになった。
ペンが置かれた瞬間、私は経営者の顔から一人の少女の顔へと戻った。

「お仕事おしまい。カカオのお代わりを頂戴、セバスチャン」

「かしこまりました。リリア様」

影から現れたセバスチャンが、濃厚なチョコの飲み物を運んできた。
極限まで頭を使った後の甘い液体は、枯渇した脳細胞に直接栄養を送り込んでくれる最高の劇薬だ。
足元では、フェンとノクスも、自分たちの分のおやつを夢中で食べている。

「わんっ! このリンゴ、サクサクで最高です!」

フェンが、パイの切れ端を器用に食べて尻尾を振った。
彼の銀色の毛並みは、王宮の光を浴びてさらに美しく輝いている。

「にゃあ。お魚も美味しいけど、たまには果物も悪くないわね」

ノクスは、私の肩に乗ってリンゴの蜜をぺろりと舐めた。
二匹の愛らしい姿を見ていると、先ほどまでの冷徹な交渉が嘘のように平和な時間が流れる。

王宮のテラスからは、建設が進む新しい駅舎が見えていた。
王都と帝都を結ぶ鉄路は、今や大陸の背骨となって脈動している。
そこを流れるのは、人、物、そして私が発行した紙幣だ。

「リリア、君の頭の中には、どこまで先の未来が見えているんだ?」

アーノルドが、窓の外を眺めながら静かに問いかけてきた。
その声音には、恐怖すら混じった深い畏敬が込められている。

私は最後の一口のショコラを飲み込み、優雅に立ち上がった。

「結論から言うと、世界中の美味しいものを、私のテーブルに集めるまでよ」

私の野望は、決して止まることはない。
この果てしない食欲と利益への渇望が、世界を次なるステージへと引き上げていくのだ。

それから数ヶ月の月日が流れた。
季節は巡り、大陸には爽やかな夏の風が吹き抜けている。
北のアイゼン領では、私が指示した魔導掘削機が咆哮を上げていた。

ズズズズズッ……!!

凄まじい地響きと共に、巨大なドリルの刃が岩盤に食い込んでいく。
地面が小刻みに揺れ、次々と巨大な岩盤が粉砕されていく。
労働者たちは、その圧倒的な力に口をあんぐりと開けていた。

「すげえ……。あんなに硬い岩が、紙屑みたいに砕けていくぞ」

一人の作業員が、汗を拭いながら感嘆の声を上げた。
彼らが何日もかけてつるはしで削っていた壁が、わずか数秒で消滅していくのだから無理もない。

「さすがはリリア様だ。俺たちの命を、あんな魔法の機械で守ってくださった」

周囲の男たちも、一斉に私への感謝の言葉を口にしている。
彼らは知らない。私が機械を入れたのは、安全のためではない。
ただ、採掘スピードを上げて利益を最大化するためだということを。
結果として安全が確保されただけで、全ては計算の一部に過ぎない。

私は、王都の執務室で、現場から送られてくる週報の数字を眺めて満足げに頷いた。
紙面に並ぶ莫大な採掘量は、私の投資が完璧なリターンを生み出していることを証明している。

「順調ね。来月には、最初の高純度魔石が王都に届くわ」

私は王都の別邸の庭で、冷たいレモネードを飲んでいた。
西方の果樹園も、私が設置した灌漑システムのおかげで豊作だという。
レモンの香りが、風に乗って庭園を優しく撫でていく。
アークライト銀行の残高は、もはや数えるのも面倒な桁に達していた。
全てが私の掌の上で、理想的な循環を続けている。

そこに、セバスチャンが慌てた様子でやってきた。
普段は冷静な彼の足音が乱れているということは、余程のイレギュラーが発生した証拠だ。

「リリア様。西方の特使、バジル殿が緊急の面会を求めております」

「バジル殿? 砂漠の工事に、何か問題でもあったのかしら」

私はグラスを置き、執務室へと足を向けた。
フェンとノクスも、私の殺気を感じ取ったのか、鋭い目つきで後に続く。

執務室では、バジルが汗だくになって震えながら待っていた。
彼の顔色は土気色で、今にも倒れそうなほど憔悴しきっている。

「リリア様! 大変でございます! 例の果樹園の周辺に……」
「近隣の三つの小国が連合軍を組み、国境付近に集結しております! 彼らは我々の灌漑施設と果樹園を武力で奪い取る気です!」

バジルの悲痛な叫びが、部屋に響き渡った。

「私のレモンを、狙っているということかしら」

私は椅子に座り、冷徹な支配者の顔へと戻った。
室内の温度が、急激に下がったかのように錯覚するほどの冷気が私の全身から立ち上る。

「はい。彼らは『西方の富を、正当な持ち主に返せ』と叫んでおります」

「正当な持ち主? そんなの、私に決まっているじゃない」

私は指先でデスクを叩き、リズムを刻みながら思考した。
砂漠に巨額の資金を投じ、魔導技術で水を引き、枯れた大地を黄金の畑に変えたのは私だ。
何もしなかった無能な連中が、実った果実だけを他人の成果として力で奪おうとする。
これほど非合理的で、美しくない行動はないわ。

彼らはまだ気づいていないのだ。
私が提供する繁栄を拒むということが、どれほどのリスクを伴うのかを。
武力で解決しようなどという旧時代の発想が、私の築いた経済圏の前ではいかに無力であるか。
それを、骨の髄まで理解させてあげる必要がある。

「カシアン、西方の不穏な国の資産状況、すぐにリストアップなさい」

「かしこまりました。すでに三つの国の、主要な銀行口座を特定しております」

カシアンが、影のように私の横に立って報告した。
彼の分厚いファイルには、彼らの国家予算の裏側までが完全に記載されている。
私はにやりと、冷酷な笑みを浮かべて指示を出した。

「全ての融資を止めなさい。それと、彼らの国の通貨を売り浴びせるのよ」

「明日には、彼らの国の金はただの紙切れに変わるわ。戦う前に破産させてあげる」 私の冷たい命令が、静かな部屋に響き渡った。
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