追放された雑草取りの俺、実は世界中の植物を支配する神樹の守護者だった

旅する書斎(☆ほしい)

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聖樹の空洞に設けたマイルームは、控えめに言って天国だった。
床一面に敷き詰められた苔は、最高級のシルクよりも柔らかく、寝転がるだけで全身の力が抜けていく。
リーフィアたちがどこからか調達してきたという、聖樹の蜜を固めたクッキーを齧りながら、俺は窓の外を眺めていた。

「カイル様、お口に合いましたでしょうか。この蜜は千年に一度、神樹がその魂を雫として零すもの……。精霊界でも、王族にしか許されない至宝なのですが」

リーフィアが頬を染めながら、俺の肩を優しく揉んでくれる。
指先から伝わる心地よい魔力の律動が、騎士団で凝り固まった俺の神経を一本ずつ丁寧に解きほぐしていくようだ。
おいおい、そんな伝説級の代物を、俺なんかにホイホイ出していいのか?

「美味いよ。騎士団で食ってた、石鹸みたいな味の乾燥肉とは雲泥の差だ。あんなもんを食わされてた十一年間は何だったんだろうな」

俺はクッキーを飲み込み、視線を聖域の端へと向けた。
俺が浄化した土地は、今もなお、目に見える速さで外側へと広がっている。
かつての死の大地が、生命の緑に塗り替えられていく様は、何度見ても壮観だ。

だが、一つだけ足りないものがある。
水だ。
この辺りには川もなければ、井戸もない。

今は精霊たちが魔法で水を出してくれているが、本格的にここで暮らすなら、水源を確保したいところだ。
俺は立ち上がり、コロの背中に飛び乗った。
ふかふかの毛並みが、俺の足を包み込む。

「コロ、ちょっと散歩に行こう。この近くに、昔は川だったような場所はないか?」

コロは「ワンッ!」と勇ましく吠えると、風を切り裂くような速度で走り出した。
三メートルを超える巨体でありながら、その足取りは羽のように軽い。
数分も走れば、俺たちは聖域の境界線へと辿り着いた。

そこには、干からびた岩場が延々と続いていた。
かつては大河が流れていたのだろう、巨大な溝が大地を裂いているが、今は底にわずかな泥すら残っていない。
ひび割れた底からは、不快な硫黄のような臭いが立ち上っている。

「なるほど。ここも、ただ干上がったわけじゃないな」

俺はコロから降り、乾いた川底に降り立った。
スキル、真理の雑草取りを発動。
意識を地層の奥底へと沈めていく。

見えた。
川底の岩盤に、吸血ヒルを巨大化させたような、真っ黒な植物の根がびっしりと食い込んでいる。
渇水の蔓。
周囲の水分を魔力ごと吸い尽くし、別の次元へと捨て去るという、最悪の寄生植物だ。

こいつが地脈の蛇口を強引に閉めているせいで、本来湧き出るはずの水が地上に出られないでいる。
帝国の学者は「天変地異による乾燥化」なんて言っていたが、嘘っぱちだ。
ただの雑草の放置が原因じゃないか。

「さて、こいつも一気に掃除してやるか」

俺は両手を泥に突き立てた。
指先に触れる、渇水の蔓の不快な感触。
それは俺の体温を奪おうと、無数の微細なトゲを伸ばして攻撃してくる。

だが、今の俺には精霊たちの加護がある。
肌の表面で銀色の光が弾け、蔓の抵抗を無効化した。
俺は一気に腰を入れて、その巨大な根を掴み、引き抜く。

「抜……け……ろっ!」

ズドォォォォンッ!

地響きと共に、川底から長さ十メートルを超える、どす黒い蔓が引きずり出された。
空気に触れた瞬間、それは断末魔のような甲高い音を立ててのたうち回る。
俺はそれを迷わず掌の魔力で凝縮し、純粋な命の雫へと変換した。

その瞬間。
足元の岩盤が、内側からの猛烈な圧力に耐えかねて爆発した。

「うおっ!?」

噴水どころではない。
空を突き破るような勢いで、コバルトブルーに輝く水柱が立ち上がった。
それは周囲に雨となって降り注ぎ、一瞬で干からびた川底を埋め尽くしていく。

だが、流れているのはただの水ではなかった。
聖なる輝きを帯び、芳醇な香りを漂わせる、最高級のエリクサーそのもの。
神の酒とも呼ばれる、霊水の奔流だ。

「クゥーン!」

コロが嬉しそうに、その水の中に飛び込んで水飛沫を上げている。
水面に触れただけで、周囲の枯れた岩肌から宝石のような結晶が芽吹き、あっという間に水晶の渓谷が形成されていく。

「カイル様、これは……! 伝説の『始源の泉』を復活させたのですか!? この水一杯で、死者すら蘇ると言われる神の涙を、これほどまでに大量に……!」

追いかけてきたリーフィアが、信じられないものを見る目で絶叫している。
そんな大げさな。
俺はただ、邪魔な根っこを抜いただけだ。

俺は掌ですくい上げた水を一口飲んでみた。
体中の細胞が、物理的に沸騰するようなエネルギーの奔流に襲われる。
視界がクリアになり、魔力の回路が太くなるのを感じる。
これは確かに、帝国で売っていた「特級ポーション」が泥水に思えるレベルだ。

「よし、これで水の問題も解決だな。コロ、帰ってリーフィアにこの水でコーヒーを淹れてもらおうぜ」

俺は満足げに頷き、再びコロの背に跨った。
新しく生まれた伝説の川が、心地よい音を立てて聖域を潤していく。

一方で、帝都。
第一皇子ユリウスの私邸では、パニックが頂点に達していた。

「水が出ない……!? どういうことだ! 王宮の魔導井戸から、泥水すら出てこないとは何事だ!」

ユリウスは、喉を掻きむしりながら叫んでいた。
かつては豊かな水を湛えていた噴水には、今やどす黒い蔓が絡みつき、不気味な脈動を繰り返している。
彼らがカイルを追い出したことで、帝都の地下で蔓延っていた「渇水の蔓」を抑える者がいなくなったのだ。

「殿下! 市内の貯水池もすべて枯渇しました! 代わりに、正体不明の黒い草が爆発的に増殖しており、住民たちが……!」

報告に来た騎士の顔は土気色だった。
彼の磨き上げられた鎧の隙間からも、小さな黒い芽が顔を出している。
それを見たユリウスの悲鳴が、乾燥した帝都の空に虚しく響いた。
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