追放された雑草取りの俺、実は世界中の植物を支配する神樹の守護者だった

旅する書斎(☆ほしい)

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「おいおい、そんなに大きな体で甘えられても困るぞ。服が泥だらけだ」

俺は、足元ですり寄ってくる天銀狼の、驚くほど柔らかく、密度の高い毛並みに手を沈めた。
指先を伝わってくる体温は心地よく、この世のものとは思えないほど清潔な匂いがする。

「このモフモフした感触、最高だな。帝国の堅苦しい騎士団にいた頃には、絶対に味わえなかった贅沢だ」

天銀狼、通称コロと名付けたこいつは、どうやらこの土地にわずかに残っていた魔力の溜まり場で、餓死寸前だったらしい。
俺が土地を浄化し、伝説の薬草を大量に生やしたことで、その芳醇な魔力の香りに導かれてやってきたというわけだ。

コロは俺の手をぺろぺろと舐めると、満足そうに大きな尻尾を左右に振った。
その一振りで、周囲に残っていた灰色の砂煙が、衝撃波のように吹き飛ぶ。
さすがは聖獣、無自覚な動作一つ一つが規格外のパワーだ。

「お前、腹が減っているのか?」

俺が問いかけると、コロは期待に満ちた目でコクコクと頷いた。
俺は近くに生えていた、これまた伝説級の果実、天寿の林檎を一つもぎ取って放ってやる。

一口でそれを咀嚼したコロは、あまりの美味さに目を見開き、その場でゴロゴロとのたうち回った。
その衝撃でズシンズシンと地面が揺れているが、まあ、周囲に他の人間はいないし問題ないだろう。

「さて。食うものと用心棒は確保できたが、住む場所がないな。野宿は嫌だぞ」

俺は周囲を見渡した。
浄化した範囲は広がっているが、寝床になるような建物はない。
死の大地に家を建てる大工なんて当然いないし、今から資材を持ってくるのも非効率だ。

「なら、生やすしかないか」

俺は、自分のすぐ後ろにそびえ立っている、一本の古びた巨大な枯れ木に目をつけた。
かつては数百年を生き抜いた巨木だったのだろうが、今は魔力を吸い尽くされ、真っ黒な炭のように立ち枯れている。

だが、こいつの心根には、まだ微かな意志が残っているのが見えた。
死にたくない、という強い、執念にも似た渇望だ。

「よしよし。俺がなんとかしてやる。お前、まだ生きたいんだろ?」

俺は枯れ木の冷え切った幹に、両手を強く当てた。
真理の雑草取り。
ただし、今度は引き抜くのではなく、不要な死の概念を削ぎ落とす工程だ。

枯死という絶望的な属性を、無限の成長という属性で力技で塗り替える。
俺の体から、黄金色の魔力が奔流となって溢れ出し、枯れ木の深部へと流れ込んでいく。

ドクン、という大樹の力強い鼓動が聞こえた。

瞬く間に、黒く乾いた樹皮が剥がれ落ち、下から透き通るような白銀の木肌が姿を現す。
枝は空を突き破るように天高く伸び広がり、そこには宝石のように輝く深い緑の葉が、一瞬で密生していく。

「ただの木じゃないな……これは世界樹の苗木か、あるいはそれに近い聖樹か」

樹高は数十メートルに達し、その巨大な枝ぶりは、まるで天然の巨大な屋根のように俺の周囲を覆った。
さらに、木の幹には自然な曲線を帯びた空洞ができ、そこにはふかふかの苔が敷き詰められた、王族の寝室よりも快適そうな居住スペースまで形成されている。

「完璧だ。これならどんな高級ホテルのスイートルームよりも快適だろう」

俺が満足げに頷いていると、上空からキラキラとした、ダイヤモンドの粉のような光が降ってきた。
それは虹色の軌跡を描きながら、小さな羽を持つ、美しい少女たちの姿となって俺の周りに集まってくる。

「精霊? それも、これだけの数が……」

一人や二人ではない。
数十、数百という精霊たちが、新しく生まれた聖樹の周りを歓喜の歌を歌いながら舞い踊っている。
その中心から、ひときわ眩い光を放つ存在が、ゆっくりと俺の前に舞い降りた。

透き通るような緑の長い髪が、風もないのに美しくなびく。
森の最深部にある泉を映したような、深い碧の瞳。
背中には四枚の薄い羽があり、その美貌は、帝国のどんな令嬢をも瞬時に跪かせるほどに完成されていた。

「ああ、守護者様。あなたが、この死に絶えた大地に再び命の灯を灯してくださったのですね」

彼女は、俺の前にしとやかに跪き、恭しく頭を下げた。
精霊王の娘、リーフィアと名乗る彼女は、俺の手にそっと触れてきた。
その指先からは、清涼な魔力が流れ込んでくる。

「俺はただ、自分の居場所を整えただけなんだがな」

「謙遜なさらないでください。この木は、失われた神樹。世界に調律をもたらす、生命の源そのものです。ここを聖域となさったあなたに、私たち精霊は永遠の忠誠を誓います」

リーフィアの言葉と同時に、俺の視界の端に、かつて見たこともないほど膨大な情報が浮かび上がった。

聖域ランク、SSSに到達。
居住者、最上位精霊一族。
守護獣、天銀狼コロ。
領地範囲、半径五キロメートルを完全浄化。自動拡大モードに移行。

「おいおい。まだ始めてから数時間だぞ。このペースで広がったら、そのうち帝国と物理的にぶつかるんじゃないか?」

「その時はその時ですわ。カイル様を追放した愚か者たちが、この光景を見たらどのような顔をするか、今から楽しみでなりません」

リーフィアは、その美しい顔立ちからは想像もできないような、小悪魔的な微笑を浮かべた。
どうやら、彼女たち精霊も、俺を追い出した連中のことはあまり快く思っていないらしい。

その頃、帝都では。
俺がいなくなった騎士団の豪華な中庭で、凄まじい異変が起きていた。

「カイルの奴がいなくなって清々したな。これからは、もっと美しい花を植えて、私にふさわしい庭にするぞ」

ユリウス皇子が、取り巻きの騎士たちを連れて庭に足を踏み入れた、その瞬間だった。
彼らの足元から、どろりとした真っ黒な液体が、火山のように噴き出した。

「ぎゃあああ! な、なんだこれは! 足が、足が抜けない!」

俺が毎日、人知れず引き抜いていた雑草の正体。
魔界の最上位寄生植物、アビス・ヴァイン。
俺という唯一の天敵がいなくなったことで、それは一気に活性化し、帝都の心臓部を食い破るためにその牙を剥き始めていた。

そんなこととは露知らず。
俺はリーフィアが淹れてくれた、神話級のハーブティーの芳香に目を細めていた。

「カイル様、お味はいかがですか?」

「最高だ。こんなに美味い茶は、生まれて初めて飲んだよ」

コロを極上の枕にして、美しい精霊たちに囲まれる生活。
追放されたはずの俺の毎日は、控えめに言っても、至福の極みだった。

俺は、遠く南に位置する帝都の空を眺めた。
あっちの空が、なんだか禍々しいどす黒い雲に覆われている気がするが、俺の知ったことではない。

「さて。次は、あの岩山の方でも耕してみるか」

リーフィアが差し出した、極上の蜂蜜がかかったスコーンに手を伸ばしながら、俺は次の「雑草取り」の計画を練り始めた。
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