6 / 7
6
しおりを挟む
聖域の北側にそびえる、巨大な岩山。
そこはかつて、帝国でも有数の鉄鉱石の産地だった場所だが、今では毒々しい紫色の霧が立ち込め、鳥一羽近寄らない禁足地となっている。
「あそこも、一度綺麗にしておいたほうが良さそうだな」
俺はコロの背に揺られながら、その岩山を見上げた。
岩肌を覆っているのは、鉄を喰らい、毒ガスを吐き出す『錆の苔』だ。
こいつのせいで、山全体が腐食し、中の鉱脈が窒息している。
「カイル様、あそこの毒は強力ですわ。私たち精霊でも、長時間滞在するのは骨が折れます」
リーフィアが少し顔をしかめながら言った。
確かに、漂ってくる空気には金属を腐らせるような嫌な感覚がある。
「大丈夫だ。マスク代わりのこれがあるからな」
俺は、そこらへんに生えていた清浄のハーブを数枚、口に含んだ。
それだけで、俺の周りの空気は常に森の奥のような爽やかさに保たれる。
ついでにコロの鼻先にも、特性のポーションを塗ってやった。
「さて、大掃除だ」
俺は岩山に手を触れた。
瞬間、紫色の霧が俺を飲み込もうと襲いかかってくる。
だが、そんなものは俺の魔力の前では無力だ。
真理の雑草取り、広域モード。
意識を山の表面全体に広げる。
数万、数億という苔の根っこを、一つの『巨大な雑草』として定義する。
そして、その根源となる種子を、山の心臓部で見つけ出した。
「そこだ。引っこ抜いてやるよ」
俺が地面を強く踏みしめると、山全体が激しく震動した。
岩盤を突き破り、俺の右手が地下深くにある、巨大な紫の核を掴み取る。
バキバキバキッ!
ガラスが砕けるような轟音が山中に響き渡り、山の表面を覆っていた紫色の苔が、一瞬で灰となって崩れ落ちた。
それと同時に、俺が掴んだ核は、黄金に輝く巨大な魔石へと姿を変える。
「ふむ。これは……オリハルコンの原石か?」
苔が消えた後の岩肌からは、目も眩むような白銀の輝きが溢れ出していた。
最高級の魔導金属が、山全体に剥き出しの状態で露出している。
帝国の採掘師たちが血眼になって探しても一生見つからないような伝説の鉱脈が、今や俺の庭の一部になったわけだ。
「ありえません……! 伝説の『白銀の鉄山』が、一瞬で復活するなんて……。これだけの鉱石があれば、世界を変えるほどの武具が作れてしまいますわ!」
リーフィアが驚愕で声を震わせている。
まあ、武器を作る気はないが、聖域の建物の補強には使えるかもしれない。
その時だ。
空から、一羽の伝書鳥が舞い降りてきた。
その足には、帝国の最高機密を示す、赤い封蝋がされた手紙がついている。
俺はそれを手に取り、ざっと目を通した。
『カイル・フォン・ロード。貴公の追放を取り消し、帝国筆頭聖導師として迎え入れる。直ちに帝都に戻り、蔓延する呪いを除去せよ。これは皇帝の命令である』
送り主は、第一皇子ユリウス。
命令、ね。
あんなに威勢よく俺を追い出しておいて、都合が悪くなればこれだ。
「カイル様、どうなさるのですか?」
「どうもこうもない。ゴミ箱行きだ」
俺は手紙を丸めると、先ほど復活したばかりの、浄化の炎を宿す花壇の中に放り込んだ。
手紙は一瞬で青い炎に包まれ、塵一つ残さず消え去った。
「命令される筋合いはない。俺は今、忙しいんだ。午後はコロと川遊びをする約束があるし、明日は新しい精霊たちの歓迎会がある」
俺は鼻歌を歌いながら、オリハルコンの塊を一つ拾い上げ、コロに放ってやった。
コロはそれを骨のようにガリガリと噛み砕き、嬉しそうに尻尾を振っている。
伝説の金属を犬の餌にする男なんて、世界中探しても俺くらいだろうな。
一方で、帝都の王宮。
ユリウスは、返信のない伝書鳥の帰還を、震える指を組みながら待っていた。
彼の背後では、王宮の壁を突き破った巨大な黒い蔦が、ゆっくりと玉座を締め付けている。
もはや、帝国の魔導師たちでは太刀打ちできないほど、アビス・ヴァインは肥大化していた。
「なぜだ! なぜカイルは戻ってこない! 皇帝の命令だぞ! 平民の分際で、この私を無視するとは……!」
「殿下……報告によりますと、死の大地は今、神話に出てくるような聖域と化しているそうです。カイルはそこで、精霊たちを従え、王のような暮らしをしているとか……」
側近の報告に、ユリウスの顔が怒りと嫉妬で真っ赤に染まる。
「ふざけるな! あんな無能が、そんな贅沢をしているはずがない! 騎士団を差し向けろ! 力ずくでも連れ戻すのだ! あの力は、帝国の……いや、私の所有物だ!」
ユリウスの狂ったような叫びが、崩れゆく王宮の中に響き渡る。
しかし、彼らはまだ知らない。
カイルの住む聖域が、すでにいかなる軍隊も足を踏み入れることのできない、不可侵の領域と化していることを。
俺は、コロの毛並みに顔を埋めながら、心地よい風に目を細めた。
「さて、次はどんな草を抜こうかな」
聖域の広がりは、止まらない。
俺の、のんびりとした『雑草取り』の生活は、まだ始まったばかり……なんて言うつもりはない。
俺はただ、今この瞬間の贅沢を、全力で楽しむだけだ。
リーフィアが差し出してきた、キンキンに冷えた霊水のソーダ。
それを一気に飲み干すと、爽快な刺激が喉を駆け抜けた。
そこはかつて、帝国でも有数の鉄鉱石の産地だった場所だが、今では毒々しい紫色の霧が立ち込め、鳥一羽近寄らない禁足地となっている。
「あそこも、一度綺麗にしておいたほうが良さそうだな」
俺はコロの背に揺られながら、その岩山を見上げた。
岩肌を覆っているのは、鉄を喰らい、毒ガスを吐き出す『錆の苔』だ。
こいつのせいで、山全体が腐食し、中の鉱脈が窒息している。
「カイル様、あそこの毒は強力ですわ。私たち精霊でも、長時間滞在するのは骨が折れます」
リーフィアが少し顔をしかめながら言った。
確かに、漂ってくる空気には金属を腐らせるような嫌な感覚がある。
「大丈夫だ。マスク代わりのこれがあるからな」
俺は、そこらへんに生えていた清浄のハーブを数枚、口に含んだ。
それだけで、俺の周りの空気は常に森の奥のような爽やかさに保たれる。
ついでにコロの鼻先にも、特性のポーションを塗ってやった。
「さて、大掃除だ」
俺は岩山に手を触れた。
瞬間、紫色の霧が俺を飲み込もうと襲いかかってくる。
だが、そんなものは俺の魔力の前では無力だ。
真理の雑草取り、広域モード。
意識を山の表面全体に広げる。
数万、数億という苔の根っこを、一つの『巨大な雑草』として定義する。
そして、その根源となる種子を、山の心臓部で見つけ出した。
「そこだ。引っこ抜いてやるよ」
俺が地面を強く踏みしめると、山全体が激しく震動した。
岩盤を突き破り、俺の右手が地下深くにある、巨大な紫の核を掴み取る。
バキバキバキッ!
ガラスが砕けるような轟音が山中に響き渡り、山の表面を覆っていた紫色の苔が、一瞬で灰となって崩れ落ちた。
それと同時に、俺が掴んだ核は、黄金に輝く巨大な魔石へと姿を変える。
「ふむ。これは……オリハルコンの原石か?」
苔が消えた後の岩肌からは、目も眩むような白銀の輝きが溢れ出していた。
最高級の魔導金属が、山全体に剥き出しの状態で露出している。
帝国の採掘師たちが血眼になって探しても一生見つからないような伝説の鉱脈が、今や俺の庭の一部になったわけだ。
「ありえません……! 伝説の『白銀の鉄山』が、一瞬で復活するなんて……。これだけの鉱石があれば、世界を変えるほどの武具が作れてしまいますわ!」
リーフィアが驚愕で声を震わせている。
まあ、武器を作る気はないが、聖域の建物の補強には使えるかもしれない。
その時だ。
空から、一羽の伝書鳥が舞い降りてきた。
その足には、帝国の最高機密を示す、赤い封蝋がされた手紙がついている。
俺はそれを手に取り、ざっと目を通した。
『カイル・フォン・ロード。貴公の追放を取り消し、帝国筆頭聖導師として迎え入れる。直ちに帝都に戻り、蔓延する呪いを除去せよ。これは皇帝の命令である』
送り主は、第一皇子ユリウス。
命令、ね。
あんなに威勢よく俺を追い出しておいて、都合が悪くなればこれだ。
「カイル様、どうなさるのですか?」
「どうもこうもない。ゴミ箱行きだ」
俺は手紙を丸めると、先ほど復活したばかりの、浄化の炎を宿す花壇の中に放り込んだ。
手紙は一瞬で青い炎に包まれ、塵一つ残さず消え去った。
「命令される筋合いはない。俺は今、忙しいんだ。午後はコロと川遊びをする約束があるし、明日は新しい精霊たちの歓迎会がある」
俺は鼻歌を歌いながら、オリハルコンの塊を一つ拾い上げ、コロに放ってやった。
コロはそれを骨のようにガリガリと噛み砕き、嬉しそうに尻尾を振っている。
伝説の金属を犬の餌にする男なんて、世界中探しても俺くらいだろうな。
一方で、帝都の王宮。
ユリウスは、返信のない伝書鳥の帰還を、震える指を組みながら待っていた。
彼の背後では、王宮の壁を突き破った巨大な黒い蔦が、ゆっくりと玉座を締め付けている。
もはや、帝国の魔導師たちでは太刀打ちできないほど、アビス・ヴァインは肥大化していた。
「なぜだ! なぜカイルは戻ってこない! 皇帝の命令だぞ! 平民の分際で、この私を無視するとは……!」
「殿下……報告によりますと、死の大地は今、神話に出てくるような聖域と化しているそうです。カイルはそこで、精霊たちを従え、王のような暮らしをしているとか……」
側近の報告に、ユリウスの顔が怒りと嫉妬で真っ赤に染まる。
「ふざけるな! あんな無能が、そんな贅沢をしているはずがない! 騎士団を差し向けろ! 力ずくでも連れ戻すのだ! あの力は、帝国の……いや、私の所有物だ!」
ユリウスの狂ったような叫びが、崩れゆく王宮の中に響き渡る。
しかし、彼らはまだ知らない。
カイルの住む聖域が、すでにいかなる軍隊も足を踏み入れることのできない、不可侵の領域と化していることを。
俺は、コロの毛並みに顔を埋めながら、心地よい風に目を細めた。
「さて、次はどんな草を抜こうかな」
聖域の広がりは、止まらない。
俺の、のんびりとした『雑草取り』の生活は、まだ始まったばかり……なんて言うつもりはない。
俺はただ、今この瞬間の贅沢を、全力で楽しむだけだ。
リーフィアが差し出してきた、キンキンに冷えた霊水のソーダ。
それを一気に飲み干すと、爽快な刺激が喉を駆け抜けた。
26
あなたにおすすめの小説
転生後はゆっくりと
衣更月
ファンタジー
貧しい集落で生まれたリリは、生まれた瞬間から前世の記憶があった。
日本人特有の”配慮”に徹した赤ん坊を演じていたことで、両親から距離を置かれた挙句、村人からも「不気味な子」として敬遠されることに…。
そして、5才の誕生日に遠くの町に捨てられた。
でも、リリは悲観しない。
前世の知識チートは出来ないけど、大人メンタルで堅実に。
目指すは憧れのスローライフが出来るほど、ほどほどの守銭奴としてリリは異世界人として順応していく。
全25話(予定)
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~
サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
英雄の番が名乗るまで
長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。
大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。
※小説家になろうにも投稿
婚約破棄ですか?あなたは誰に向かって口をきいているのですか!?
ゆきりん(安室 雪)
恋愛
私、マリアンヌ・バークレーは王宮の誕生日パーティーでいきなり婚約破棄を言い渡された。は!?婚約破棄ですか?あなたは誰ですの?誰にモノを言っているのですか?頭大丈夫ですか?
冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判
七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。
「では開廷いたします」
家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる