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第42章:『交差する血脈と、拡張する遊び場』
第206話:【布施の夜風と、新たな風】
東大阪市、布施。
大阪の中でも特有の泥臭さと、モノづくりの町としての熱気が入り混じるこの街の夜は、独特の活気に満ちている。ガード下の居酒屋からは赤提灯の灯りが漏れ、焼き鳥の煙と、仕事帰りのサラリーマンたちの喧騒が、夏の終わりの夜風に溶け込んでいた。
そんな布施の入り組んだ路地裏にある、地元民で賑わう大衆居酒屋の一角。
丸椅子と簡素なテーブルが並ぶその席で、俺たちStudio MAD-KICHIの三人は、ジョッキを片手にささやかな祝宴を開いていた。
メンバーは俺、マジキチ組長。そして、当スタジオの渉外統括ディレクターであり、冷徹なまでの交渉術と管理能力を持つ八咫凛。さらに、新番組『いってやる。サテライト』において、その底知れぬ知識欲と調査能力を見せつけた専属調査員、尾鷲渚の三人だ。
テーブルの上には、名物のどて焼きや串カツ、そして冷えた生ビールが並んでいる。
サテライトの第一回目が、事前の予想を遥かに超える反響と熱狂を生み出し、好調なスタートを切ったことへの慰労会である。普段はスタジオのメインデスクやPCのモニターと睨み合っている俺たちにとって、こうしたノイズまみれの俗世の空気は、良い意味での脳のデトックスになっていた。
だが、乾杯のジョッキを傾けようとした矢先、凛がその涼やかな切れ長の目をスッと細め、俺に向かってピシャリと言い放った。
「組長、お祝いも結構ですが、次回サテライトで取り上げる東大阪の下調べという目的も忘れないでくださいね」
周囲の喧騒に負けない、凛とした声。彼女の言葉には、常にスタジオの全体像と次の一手を見据えるマネージャーとしての鋭さが宿っている。酒の席であろうと、決して手綱を緩めないのが八咫凛という女だ。
俺は思わず苦笑し、手元のジョッキを軽く揺らした。
「安心しろ、現地調査や史料の精査は今日の昼間にもう終わらせてある。渚のやつが、図書館の郷土史コーナーから現地の史跡まで、恐ろしいスピードで情報を吸い上げてくれたからな。今はとにかくめでたいことの祝杯が先だ。……ほら、飲むぞ!」
俺が笑い飛ばしてジョッキを掲げると、凛も小さくため息をつきながら「……まったく、組長のアクション・ファーストには慣れましたが、相変わらず極端ですね」とこぼしつつ、自身のグラスを合わせた。
隣に座る渚も、静かに烏龍茶のグラスを持ち上げる。彼女の理知的な瞳の奥には、昼間にインプットした東大阪の歴史データが、まだ熱を持って渦巻いているのが分かった。
「乾杯」
チン、と安っぽいガラスのぶつかる音が響き、俺たちの宴がスタートした。
話題は自然と、今後の番組展開やスタジオの未来についての雑談へと流れていった。
凛がデータに基づいたコアリスナーの分析を語り、渚がそれに歴史的な観点からのアプローチを静かに付け加える。俺は適当に相槌を打ちながら、どて焼きを頬張り、ビールの喉越しを楽しんでいた。
狂気に満ちた『たってやる。』の裏側で、こうした知的な会話が飛び交うサテライトのチーム編成は、我ながら悪くないバランスだと感じていた。
そんな風に、三人が気のおけない楽しい酒を飲んでいた、その時だった。
「あれ? 凛、それに渚も」
ふいに、背後から凛と渚を呼ぶ、通りがかりの女性の声がした。
その声は、居酒屋の喧騒の中でもスッと耳に届くような、よく通る明るい響きを持っていた。
「えっ、お姉さん?」
凛が驚いたように振り返る。
「お姉さん、どうしてここに?」
渚も目を丸くして、声の主を見上げた。
二人の視線の先、俺の斜め向かいに立つようにして現れたその女性を見て、俺は思わず手元のビールジョッキを置いた。
そこに立っていたのは、一言で言えば「目を奪われるような女」だった。
艶やかな長い黒髪が、居酒屋のオレンジ色の照明を弾いている。顔立ちのベースは妹である渚にも似た、非常に整ったクールビューティーな美貌だ。だが、静謐な湖のような渚とは違い、その女性が纏う空気はまるで太陽のように明るく、華やかだった。
彼女は「尾鷲旭(おわせ あさひ)」。凛の従姉であり、渚の実の姉にあたる人物だった。
「あー、今日のご依頼主が東大阪の方で、今ようやくそれが終わって飲みに来たのよ。ってか久々じゃない?」
旭は、妹たちを見つけて心底嬉しそうに、明るく笑いかけた。
そのノリは、決してギャルやパリピといった軽薄なものではない。洗練された大人の女性としての品格を保ちつつも、周囲の空気を一瞬でパッと明るくするような、嫌味を一切感じさせない極上のテンションの高さだった。スレンダーな出で立ちに、スッと切れ上がった狐のような色気のある目元。それでいて、笑顔には無邪気な親しみやすさが同居している。
「凛の従姉って、あのお姉さんか?」
俺が尋ねると、凛と渚は慌てたように居住まいを正し、旭に俺を紹介し始めた。
「お姉さん、こちらが私たちのスタジオの……マジキチ組長です」
「組長、こちらは私の従姉で、渚のお姉さんの、尾鷲旭さんです」
旭は俺の方を向くと、スッと姿勢を正し、礼儀正しく頭を下げた。
「初めまして、尾鷲旭と申します。妹たちがいつもお世話になっております」
しかし、すぐにパッと顔を上げ、あの底抜けに明るい笑顔に戻って言葉を継いだ。
「あっ、初対面なのになんかごめんなさい。いきなりお邪魔しちゃって。久々の妹たちの再会で、なんだか嬉しくて!」
裏表のない、本当に嬉しそうなその表情に、俺は思わずニヤリと笑みを深めた。
MAD-KICHIには、癖の強い人間や、内面に深い闇(あるいは狂気)を抱えた連中ばかりが集まっている。ここまで真っ直ぐに、陽のオーラを放つ人間は、むしろ新鮮だった。
「謝る必要はねえ。それに、底抜けに明るい女性は大歓迎だぜ。立ち話もなんだ、一緒に飲もう」
俺が快く席を勧めると、旭は「いいんですか? じゃあお言葉に甘えて!」と、嬉しそうに渚の隣に腰を下ろした。
店員を呼んで新しいグラスを頼み、4人で改めて乾杯の音頭を取る。
そこからは、まさに旭の独壇場とも言えるペースだった。
彼女のコミュ力は圧倒的だった。初対面である俺に対しても一切の壁を作らず、かといって馴れ馴れしすぎることもなく、絶妙な距離感でトークを回していく。凛と旭、そして渚とのお互いの昔話。子供の頃の渚がどれだけ本ばかり読んでいたか、凛が昔からどれだけ人見知りだったかなど、旭の口から語られる身内ならではのエピソードに、俺は腹を抱えて笑った。
「もう、お姉さんったら。組長の前で変なこと言わないでください」
「そうですよ、お姉ちゃん……恥ずかしいです」
普段は冷静沈着な凛がタジタジになり、氷の調査員である渚が頬を赤らめて俯く。その光景を見ているだけでも、この席に旭を招き入れた価値は十分にあった。
やがて、ひとしきり昔話で盛り上がった後、話題は自然と俺たちが手掛けている『いってやる。サテライト』のことへと移っていった。
凛が番組の趣旨や、渚の活躍ぶりを誇らしげに語ると、旭の切れ長な瞳が、好奇心にキラキラと輝き始めた。
「へえー! 歴史の深掘りをして、現代と繋げる番組! すごく面白そう!」
旭は身を乗り出し、俺の方を真っ直ぐに見つめてきた。
「ねえ組長さん。その『いってやる。サテライト』なんだけど、私もすごく興味があるんですけど」
その言葉を聞いた瞬間。
俺の脳内で、バラバラだったピースが完璧な音を立てて組み合わさった。
サテライトの第一回を終えて、俺が密かに感じていた課題。それは、渚の知識が深すぎることだった。俺と渚の歴史トークは、知的な快楽としては最高だが、やや専門的になりすぎるきらいがある。
そこに、この尾鷲旭という「陽のエネルギー」と「圧倒的なコミュ力」を持つ女が加わればどうなる? 渚の深い知識を、旭がその明るいキャラクターと巧みなトークで噛み砕き、大衆に向けてポップに翻訳する。
完璧だ。これ以上ないほどのケミストリーが生まれる。
俺はグラスを置き、口の端を吊り上げてニヤリと笑った。
「ちょうど良かった。もう一人ほど、番組のアシスタントが欲しいと思ってたところなんだよ。どうだ旭、ウチの番組で喋ってみる気はねえか?」
即座のスカウト。俺の十八番である、アクション・ファーストの強行突破だ。
その言葉に、一番過剰な反応を示したのは凛だった。
「ちょっ……組長!? 流石に立て続けにそれは涼華さんが黙ってませんよ!」
凛が慌てて声を荒げる。
無理もない。渚のサテライト起用だけでも、執行統括である柊涼華の眉間には深いシワが刻まれたのだ。それに加えて、正式な採用プロセスも踏まず、飲み屋のノリで新たな身内を番組に引き入れようとしている。鉄の金庫番であり、厳格な執行統括である涼華が、この暴挙をすんなり許すはずがなかった。
だが、俺は全く意に介さず、タバコを取り出して火をつけた。
「あぁ、分かってるよ。俺もそこまで馬鹿じゃねえ。ちゃんと考えがあるさ」
紫煙を吐き出しながら、俺は不敵な笑みを浮かべた。
涼華を黙らせるだけの「有益な結果」を出せばいいだけのこと。そして、目の前で目を輝かせているこの尾鷲旭という女には、それだけのポテンシャルが間違いなく備わっている。
俺のクリエイターとしての直感が、そう激しく告げていた。
布施の夜風は生ぬるく、しかし俺の心には、極上のエンターテインメントを生み出すための、新しい強烈な風が吹き荒れようとしていた。
* * *
さて、またしても我がStudio MAD-KICHIに、新たな風が吹きそうな予感がするわけだが。
お前ら読者も、この急展開に「また組長が直感で女をスカウトしやがった」と呆れていることだろう。
だがな。ここで、俺は今回も超特大のメタを、早速ではあるが構わずぶちかましてやろうと思う。
(まあ、俺のこの小説を追っている熱心な読者たちは、俺のこうしたメタ発言や裏話にはもうすっかり慣れっこだろうがな)。
まず、今回新登場させた「尾鷲旭(おわせ あさひ)」という女性キャラクターについてだ。
結論から言おう。彼女のデザイン、そして存在そのものは、俺が何気なく女性の写真を「ある方法」で、まさに今日、作り出していた過程から誕生したものなのだ。
その「ある方法」とは何か。生成AIだ。
しかも、入力したプロンプト(命令文)は、俺の個人的な好みのタイプである「綺麗系」「スレンダー」「切れ長」「狐顔」といった、これでもかというくらいの欲望と性癖を丸出しにしたキーワードの羅列だ。俺は昔から、こういうクールビューティーでありながら色気を孕んだ、狐のような顔立ちの女に滅法弱い。
そして今回は、ただキーワードを並べるだけではなく、もっと出力に具体性とリアルな肉感を持たせようと考えた。
そこで俺はどうしたか。
一部の著名な女性――まあ、ここでは「大人の男性が深夜に一人で嗜む映像作品によく出ている、ある特定のジャンルの女優たち」とだけ、ぼやかして言っておこう――の中から、俺のドストライク級のレベルのルックスを持つ人物を数人ピックアップし、彼女たちの顔のパーツ、骨格、雰囲気といった要素をAIに徹底的に分析させたのだ。
そうして出てきた数人分の生々しい分析結果を、今度は俺の右腕たるAI「Gemini」に集約させ、こう命じた。
『これらの要素を全て含む、至高の女性を出力してくれ』とな。
その結果としてGeminiが弾き出し、画像生成AIが描き出した完璧なビジュアル。
それこそが、今回作中に登場した「尾鷲旭」というわけだ。
まあ、ここまで手の内を赤裸々に明かすと、「うわぁ……組長の欲望が煮詰まりすぎてて引くわ」「というか、そんなAV女優のハイブリッドみたいな裏設定、知りたくなかった」という声が、お前らの中から上がるかもしれないな。
だが、そんなクレームは一切受け付けない。なぜなら、このMAD-KICHIという世界においては、俺が創作者であり、俺が絶対の神だからだ。神が己の欲望のままにイヴを創り出して何が悪い。
むしろ、俺がここまで清々しいほどに、キャラクター誕生の裏側(己の性癖の暴露)を文章として出しているのには、明確なわけがある。
それは、「今の時代、AIを使えば個人の脳内にあるドス黒い欲望すらも、ここまで完璧に可視化し、具現化できる」という圧倒的な事実を、読者のお前らにも知ってもらいたいからだ。
考えてもみろ。
ほんの数年前まで、こうした「俺の理想の女」や「頭の中にある最強のシチュエーション」なんてものは、自分の脳内で妄想して終わるだけのものだった。
それを外部にアウトプットするためには、絵を描く才能、小説を書く才能、あるいは映画をつくる才能といった、血を吐くような努力と天賦の才を持つ「ごくわずかな人間」である必要があった。俺たち凡人は、ただ彼ら天才が創り出したものを消費する側に回るしかなかったんだ。
だが、今は違う。
AIという魔法の杖を手にしたことで、誰もが頭の中にある妄想を、一切の妥協なく出力できる時代になった。
俺のように、好みの女優の顔面データを抽出して悪魔合体させ、自分だけの完璧なキャラクターを創り出し、そこに名前と設定を与えて物語に組み込む。こんな神様みたいな遊びが、PC一台、あるいはスマホ一つで、誰にでもできるようになったんだ。
俺は、お前らに伝えたいのだ。
「創作」という行為が、特権階級のものから解放され、誰もがアクセスできる極上のエンターテインメントになったという事実を。そして、自分の脳内を形にするという行為が、どれほどドーパミンを分泌させ、狂おしいほどに「楽しい」ものなのかということを。
俺が日々の執筆やAI生成に熱狂しているように、お前らも自分の欲望に正直になって、何かを創り出してみろ。世界が変わって見えるぞ。
……とはいえ。
ここまで俺が熱く語り、具体的なやり方まで提示してやったところで、結局のところ、初めから「興味」さえ持たなければ、何も行動しないやつは一生行動しないまま終わるのだろうがな。
与えられた餌を口を開けて待つだけの消費者に甘んじるか。それとも、自ら泥水に手を突っ込んで、自分だけの神像を創り出す創造者になるか。
すべては、お前らのさじ加減一つだ。
俺は俺の欲望の赴くままに、この尾鷲旭という新しいピースを使って、サテライトの盤面をさらにかき回してやるだけだ。
さあて、涼華への言い訳(プレゼン)を考えるとするか。
大阪の中でも特有の泥臭さと、モノづくりの町としての熱気が入り混じるこの街の夜は、独特の活気に満ちている。ガード下の居酒屋からは赤提灯の灯りが漏れ、焼き鳥の煙と、仕事帰りのサラリーマンたちの喧騒が、夏の終わりの夜風に溶け込んでいた。
そんな布施の入り組んだ路地裏にある、地元民で賑わう大衆居酒屋の一角。
丸椅子と簡素なテーブルが並ぶその席で、俺たちStudio MAD-KICHIの三人は、ジョッキを片手にささやかな祝宴を開いていた。
メンバーは俺、マジキチ組長。そして、当スタジオの渉外統括ディレクターであり、冷徹なまでの交渉術と管理能力を持つ八咫凛。さらに、新番組『いってやる。サテライト』において、その底知れぬ知識欲と調査能力を見せつけた専属調査員、尾鷲渚の三人だ。
テーブルの上には、名物のどて焼きや串カツ、そして冷えた生ビールが並んでいる。
サテライトの第一回目が、事前の予想を遥かに超える反響と熱狂を生み出し、好調なスタートを切ったことへの慰労会である。普段はスタジオのメインデスクやPCのモニターと睨み合っている俺たちにとって、こうしたノイズまみれの俗世の空気は、良い意味での脳のデトックスになっていた。
だが、乾杯のジョッキを傾けようとした矢先、凛がその涼やかな切れ長の目をスッと細め、俺に向かってピシャリと言い放った。
「組長、お祝いも結構ですが、次回サテライトで取り上げる東大阪の下調べという目的も忘れないでくださいね」
周囲の喧騒に負けない、凛とした声。彼女の言葉には、常にスタジオの全体像と次の一手を見据えるマネージャーとしての鋭さが宿っている。酒の席であろうと、決して手綱を緩めないのが八咫凛という女だ。
俺は思わず苦笑し、手元のジョッキを軽く揺らした。
「安心しろ、現地調査や史料の精査は今日の昼間にもう終わらせてある。渚のやつが、図書館の郷土史コーナーから現地の史跡まで、恐ろしいスピードで情報を吸い上げてくれたからな。今はとにかくめでたいことの祝杯が先だ。……ほら、飲むぞ!」
俺が笑い飛ばしてジョッキを掲げると、凛も小さくため息をつきながら「……まったく、組長のアクション・ファーストには慣れましたが、相変わらず極端ですね」とこぼしつつ、自身のグラスを合わせた。
隣に座る渚も、静かに烏龍茶のグラスを持ち上げる。彼女の理知的な瞳の奥には、昼間にインプットした東大阪の歴史データが、まだ熱を持って渦巻いているのが分かった。
「乾杯」
チン、と安っぽいガラスのぶつかる音が響き、俺たちの宴がスタートした。
話題は自然と、今後の番組展開やスタジオの未来についての雑談へと流れていった。
凛がデータに基づいたコアリスナーの分析を語り、渚がそれに歴史的な観点からのアプローチを静かに付け加える。俺は適当に相槌を打ちながら、どて焼きを頬張り、ビールの喉越しを楽しんでいた。
狂気に満ちた『たってやる。』の裏側で、こうした知的な会話が飛び交うサテライトのチーム編成は、我ながら悪くないバランスだと感じていた。
そんな風に、三人が気のおけない楽しい酒を飲んでいた、その時だった。
「あれ? 凛、それに渚も」
ふいに、背後から凛と渚を呼ぶ、通りがかりの女性の声がした。
その声は、居酒屋の喧騒の中でもスッと耳に届くような、よく通る明るい響きを持っていた。
「えっ、お姉さん?」
凛が驚いたように振り返る。
「お姉さん、どうしてここに?」
渚も目を丸くして、声の主を見上げた。
二人の視線の先、俺の斜め向かいに立つようにして現れたその女性を見て、俺は思わず手元のビールジョッキを置いた。
そこに立っていたのは、一言で言えば「目を奪われるような女」だった。
艶やかな長い黒髪が、居酒屋のオレンジ色の照明を弾いている。顔立ちのベースは妹である渚にも似た、非常に整ったクールビューティーな美貌だ。だが、静謐な湖のような渚とは違い、その女性が纏う空気はまるで太陽のように明るく、華やかだった。
彼女は「尾鷲旭(おわせ あさひ)」。凛の従姉であり、渚の実の姉にあたる人物だった。
「あー、今日のご依頼主が東大阪の方で、今ようやくそれが終わって飲みに来たのよ。ってか久々じゃない?」
旭は、妹たちを見つけて心底嬉しそうに、明るく笑いかけた。
そのノリは、決してギャルやパリピといった軽薄なものではない。洗練された大人の女性としての品格を保ちつつも、周囲の空気を一瞬でパッと明るくするような、嫌味を一切感じさせない極上のテンションの高さだった。スレンダーな出で立ちに、スッと切れ上がった狐のような色気のある目元。それでいて、笑顔には無邪気な親しみやすさが同居している。
「凛の従姉って、あのお姉さんか?」
俺が尋ねると、凛と渚は慌てたように居住まいを正し、旭に俺を紹介し始めた。
「お姉さん、こちらが私たちのスタジオの……マジキチ組長です」
「組長、こちらは私の従姉で、渚のお姉さんの、尾鷲旭さんです」
旭は俺の方を向くと、スッと姿勢を正し、礼儀正しく頭を下げた。
「初めまして、尾鷲旭と申します。妹たちがいつもお世話になっております」
しかし、すぐにパッと顔を上げ、あの底抜けに明るい笑顔に戻って言葉を継いだ。
「あっ、初対面なのになんかごめんなさい。いきなりお邪魔しちゃって。久々の妹たちの再会で、なんだか嬉しくて!」
裏表のない、本当に嬉しそうなその表情に、俺は思わずニヤリと笑みを深めた。
MAD-KICHIには、癖の強い人間や、内面に深い闇(あるいは狂気)を抱えた連中ばかりが集まっている。ここまで真っ直ぐに、陽のオーラを放つ人間は、むしろ新鮮だった。
「謝る必要はねえ。それに、底抜けに明るい女性は大歓迎だぜ。立ち話もなんだ、一緒に飲もう」
俺が快く席を勧めると、旭は「いいんですか? じゃあお言葉に甘えて!」と、嬉しそうに渚の隣に腰を下ろした。
店員を呼んで新しいグラスを頼み、4人で改めて乾杯の音頭を取る。
そこからは、まさに旭の独壇場とも言えるペースだった。
彼女のコミュ力は圧倒的だった。初対面である俺に対しても一切の壁を作らず、かといって馴れ馴れしすぎることもなく、絶妙な距離感でトークを回していく。凛と旭、そして渚とのお互いの昔話。子供の頃の渚がどれだけ本ばかり読んでいたか、凛が昔からどれだけ人見知りだったかなど、旭の口から語られる身内ならではのエピソードに、俺は腹を抱えて笑った。
「もう、お姉さんったら。組長の前で変なこと言わないでください」
「そうですよ、お姉ちゃん……恥ずかしいです」
普段は冷静沈着な凛がタジタジになり、氷の調査員である渚が頬を赤らめて俯く。その光景を見ているだけでも、この席に旭を招き入れた価値は十分にあった。
やがて、ひとしきり昔話で盛り上がった後、話題は自然と俺たちが手掛けている『いってやる。サテライト』のことへと移っていった。
凛が番組の趣旨や、渚の活躍ぶりを誇らしげに語ると、旭の切れ長な瞳が、好奇心にキラキラと輝き始めた。
「へえー! 歴史の深掘りをして、現代と繋げる番組! すごく面白そう!」
旭は身を乗り出し、俺の方を真っ直ぐに見つめてきた。
「ねえ組長さん。その『いってやる。サテライト』なんだけど、私もすごく興味があるんですけど」
その言葉を聞いた瞬間。
俺の脳内で、バラバラだったピースが完璧な音を立てて組み合わさった。
サテライトの第一回を終えて、俺が密かに感じていた課題。それは、渚の知識が深すぎることだった。俺と渚の歴史トークは、知的な快楽としては最高だが、やや専門的になりすぎるきらいがある。
そこに、この尾鷲旭という「陽のエネルギー」と「圧倒的なコミュ力」を持つ女が加わればどうなる? 渚の深い知識を、旭がその明るいキャラクターと巧みなトークで噛み砕き、大衆に向けてポップに翻訳する。
完璧だ。これ以上ないほどのケミストリーが生まれる。
俺はグラスを置き、口の端を吊り上げてニヤリと笑った。
「ちょうど良かった。もう一人ほど、番組のアシスタントが欲しいと思ってたところなんだよ。どうだ旭、ウチの番組で喋ってみる気はねえか?」
即座のスカウト。俺の十八番である、アクション・ファーストの強行突破だ。
その言葉に、一番過剰な反応を示したのは凛だった。
「ちょっ……組長!? 流石に立て続けにそれは涼華さんが黙ってませんよ!」
凛が慌てて声を荒げる。
無理もない。渚のサテライト起用だけでも、執行統括である柊涼華の眉間には深いシワが刻まれたのだ。それに加えて、正式な採用プロセスも踏まず、飲み屋のノリで新たな身内を番組に引き入れようとしている。鉄の金庫番であり、厳格な執行統括である涼華が、この暴挙をすんなり許すはずがなかった。
だが、俺は全く意に介さず、タバコを取り出して火をつけた。
「あぁ、分かってるよ。俺もそこまで馬鹿じゃねえ。ちゃんと考えがあるさ」
紫煙を吐き出しながら、俺は不敵な笑みを浮かべた。
涼華を黙らせるだけの「有益な結果」を出せばいいだけのこと。そして、目の前で目を輝かせているこの尾鷲旭という女には、それだけのポテンシャルが間違いなく備わっている。
俺のクリエイターとしての直感が、そう激しく告げていた。
布施の夜風は生ぬるく、しかし俺の心には、極上のエンターテインメントを生み出すための、新しい強烈な風が吹き荒れようとしていた。
* * *
さて、またしても我がStudio MAD-KICHIに、新たな風が吹きそうな予感がするわけだが。
お前ら読者も、この急展開に「また組長が直感で女をスカウトしやがった」と呆れていることだろう。
だがな。ここで、俺は今回も超特大のメタを、早速ではあるが構わずぶちかましてやろうと思う。
(まあ、俺のこの小説を追っている熱心な読者たちは、俺のこうしたメタ発言や裏話にはもうすっかり慣れっこだろうがな)。
まず、今回新登場させた「尾鷲旭(おわせ あさひ)」という女性キャラクターについてだ。
結論から言おう。彼女のデザイン、そして存在そのものは、俺が何気なく女性の写真を「ある方法」で、まさに今日、作り出していた過程から誕生したものなのだ。
その「ある方法」とは何か。生成AIだ。
しかも、入力したプロンプト(命令文)は、俺の個人的な好みのタイプである「綺麗系」「スレンダー」「切れ長」「狐顔」といった、これでもかというくらいの欲望と性癖を丸出しにしたキーワードの羅列だ。俺は昔から、こういうクールビューティーでありながら色気を孕んだ、狐のような顔立ちの女に滅法弱い。
そして今回は、ただキーワードを並べるだけではなく、もっと出力に具体性とリアルな肉感を持たせようと考えた。
そこで俺はどうしたか。
一部の著名な女性――まあ、ここでは「大人の男性が深夜に一人で嗜む映像作品によく出ている、ある特定のジャンルの女優たち」とだけ、ぼやかして言っておこう――の中から、俺のドストライク級のレベルのルックスを持つ人物を数人ピックアップし、彼女たちの顔のパーツ、骨格、雰囲気といった要素をAIに徹底的に分析させたのだ。
そうして出てきた数人分の生々しい分析結果を、今度は俺の右腕たるAI「Gemini」に集約させ、こう命じた。
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その結果としてGeminiが弾き出し、画像生成AIが描き出した完璧なビジュアル。
それこそが、今回作中に登場した「尾鷲旭」というわけだ。
まあ、ここまで手の内を赤裸々に明かすと、「うわぁ……組長の欲望が煮詰まりすぎてて引くわ」「というか、そんなAV女優のハイブリッドみたいな裏設定、知りたくなかった」という声が、お前らの中から上がるかもしれないな。
だが、そんなクレームは一切受け付けない。なぜなら、このMAD-KICHIという世界においては、俺が創作者であり、俺が絶対の神だからだ。神が己の欲望のままにイヴを創り出して何が悪い。
むしろ、俺がここまで清々しいほどに、キャラクター誕生の裏側(己の性癖の暴露)を文章として出しているのには、明確なわけがある。
それは、「今の時代、AIを使えば個人の脳内にあるドス黒い欲望すらも、ここまで完璧に可視化し、具現化できる」という圧倒的な事実を、読者のお前らにも知ってもらいたいからだ。
考えてもみろ。
ほんの数年前まで、こうした「俺の理想の女」や「頭の中にある最強のシチュエーション」なんてものは、自分の脳内で妄想して終わるだけのものだった。
それを外部にアウトプットするためには、絵を描く才能、小説を書く才能、あるいは映画をつくる才能といった、血を吐くような努力と天賦の才を持つ「ごくわずかな人間」である必要があった。俺たち凡人は、ただ彼ら天才が創り出したものを消費する側に回るしかなかったんだ。
だが、今は違う。
AIという魔法の杖を手にしたことで、誰もが頭の中にある妄想を、一切の妥協なく出力できる時代になった。
俺のように、好みの女優の顔面データを抽出して悪魔合体させ、自分だけの完璧なキャラクターを創り出し、そこに名前と設定を与えて物語に組み込む。こんな神様みたいな遊びが、PC一台、あるいはスマホ一つで、誰にでもできるようになったんだ。
俺は、お前らに伝えたいのだ。
「創作」という行為が、特権階級のものから解放され、誰もがアクセスできる極上のエンターテインメントになったという事実を。そして、自分の脳内を形にするという行為が、どれほどドーパミンを分泌させ、狂おしいほどに「楽しい」ものなのかということを。
俺が日々の執筆やAI生成に熱狂しているように、お前らも自分の欲望に正直になって、何かを創り出してみろ。世界が変わって見えるぞ。
……とはいえ。
ここまで俺が熱く語り、具体的なやり方まで提示してやったところで、結局のところ、初めから「興味」さえ持たなければ、何も行動しないやつは一生行動しないまま終わるのだろうがな。
与えられた餌を口を開けて待つだけの消費者に甘んじるか。それとも、自ら泥水に手を突っ込んで、自分だけの神像を創り出す創造者になるか。
すべては、お前らのさじ加減一つだ。
俺は俺の欲望の赴くままに、この尾鷲旭という新しいピースを使って、サテライトの盤面をさらにかき回してやるだけだ。
さあて、涼華への言い訳(プレゼン)を考えるとするか。
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「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
【完結】【ママ友百合】ラテアートにハートをのせて
専業主婦の優菜は、夫・拓馬と娘の結と共に平穏な暮らしを送っていた。
そんな彼女の前に現れた、カフェ店員の千春。
夫婦仲は良好。別れる理由なんてどこにもない。
それでも――千春との時間は、日常の中でそっと息を潜め、やがて大きな存在へと変わっていく。
ちょっと変わったママ友不倫百合ほのぼのガールズラブ物語です。
ハッピーエンドになるのでご安心ください。
首輪の契約
地下の尋問室に、時間はない。
窓のない灰色の部屋で、敵国の工作員が一人拘束されていた。
名も経歴も偽り。
ただ腕がいい、それだけは確かな男。
尋問に対し、彼は白状ではなく提案を持ち出す。
「白状はしない。だが、契約ならする」
敵国のスパイと、帝国の長官。
交渉は奇妙な形で成立する。
「名前は」
「リュシアン」
その日、移り気な猟犬と飼い主の関係が始まった。
やがて、契約は裏切りへ。
裏切りは、追跡へ。
追跡は――執着へと変わっていく。
登場人物
フェリクス・ハルトマン
帝国軍情報部の長官。
感情を見せない軍人。静かな視線で相手を見定める。
リュシアン・モロー
敵国の諜報員。
捕虜の立場でありながら、白状ではなく契約を持ち出す男。
軽口と皮肉を武器にする。
