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第59章:【予期せぬ化学反応と、我が道を往く者たち】
第294話:【狂乱のデビューと、ブレない「楽しむ」哲学】
ドゥン、ドゥン、ドゥン……と、内臓を直接揺さぶるような重低音のキック音が、防音壁に跳ね返って部屋中を震わせる。
そこに、金属を擦り合わせるような不快スレスレの不協和音と、無機質で冷たいシンセサイザーのループが幾重にも重なっていく。
そして、極限までエフェクトをかけられ、もはや人間の声としての原型を留めていない野太いボーカルが、巨大なメインスピーカーから爆音で叩きつけられた。
『ナマコ……ナマコ・ナイト……』
Studio MAD-KICHIのメインフロア。
壁面に設置された巨大なモニターに映し出されているのは、昨日世界に向けてゲリラ的にリリースされたばかりの、あの狂気のテクノユニット『座椅子グルーヴ』のデビュー曲、『ナマコ・ナイト』のミュージックビデオだった。
「キタキタキタキタァーッ! 組長! やばいですよこれ、アナリティクスの数字が完全にぶっ壊れてます! 再生回数とコメントの伸びが、ウチのメインアーティストの初動すら超える勢いですよ!」
手元のタブレットをスワイプしながら、アーティスト・ブランディング室長の琴城葉月が、興奮で甲高い悲鳴のような声を上げた。
「ハッハッハ! マジかよ。あんな居酒屋での悪ふざけと、トイレの中での閃きから生まれたようなユニットが、初っ端からバズりやがったのか」
俺は重役椅子の上で腹を抱えて笑い転げた。
「ええ。どうやらこの、予測不能なカオスすぎる歌詞と、過剰に洗練されたトラックの『芸術的なアンバランスさ』が、現代人の抱える無意識のストレスと見事に共鳴したようです。……私のサウンドメイクが、間違いではなかったと証明されましたね」
吉乃庭球こと真地吉也が、育ちの良さそうな顔に似合わない不敵な笑みを浮かべ、優雅に紅茶のカップを傾けている。
「いやいやいや! そもそも『ナマコ・ナイト』って何なのよ! 全然意味分かんないし! あははははっ!」
ウチのトップアーティストであるMinapikoも、ソファの上で腹を抱え、涙を流しながら大ウケしている。
スタジオ中が、予想外の特大バズというお祭り騒ぎに沸き立っていた。
……だが。その熱狂の渦の中で、ただ一人。
当のボーカルである『ムッシュ座椅子』こと財津陸奥男だけが、部屋の隅のパイプ椅子にちんまりと座り、湯呑みに入った緑茶を震える手で啜りながら、真っ青な顔をして俯いていたのだ。
「……どうしたんだよ、陸奥男。お前らのデビュー曲が世界中でバズってんだぞ? もっと喜べよ」
俺が不思議に思って声をかけると、陸奥男はビクッと肩を揺らし、すがるような目で俺を見上げてきた。
「く、組長さん……。そりゃあ、たくさんの人に聴いてもらえて嬉しいげんちょも……。でも、こんなワケのわからねえ曲が、こんなにいきなりウケちまうなんて、逆に恐ろしいべよ」
陸奥男は、頭を抱えて呻き声を上げた。
「ネットの流行り廃りなんて、一瞬だべ? 今はこうしてチヤホヤされてても……来月にはもう誰も聴かなくなって、一気に『落ち目』になるんじゃないかって。いつか来るその転落のことを考えると、不安で不安で、夜も眠れねぇんだべよ……」
急激なスポットライトを浴びた人間が必ず陥る、人気稼業特有の「落ち目への恐怖」。
実直で小心者な陸奥男らしい悩みだった。
だが、俺は。
そんな彼に向かって、一切の同情も慰めも見せず、鼻でフンと笑い飛ばした。
「バカ野郎。お前、自分が国民的アイドルだとでも勘違いしてんのか?」
俺の冷や水のような言葉に、陸奥男がハッと顔を上げる。
「いいか、陸奥男。ウチのスタジオから曲を出している以上、世間の流行りだの、落ち目だの、そんなくだらねえ数字の増減に怯える必要なんか一ミリもねえんだよ」
俺は立ち上がり、陸奥男の目の前まで歩み寄った。
「俺がお前をデビューさせたのは、ビルボードのチャートを独占するためでも、万人にウケるためでもねえ。お前がマイクを握って表現することを『楽しそう』だと思ったからだ。……いいか? 音楽でも配信でも、一番大切なのは『自分のやりたいように、自分自身が楽しみながらやる』ってことだ。それだけだ」
俺は、自分の胸をドンと叩いた。
「俺を見てみろ。毎日毎日、エグい下ネタと狂気を撒き散らして、アンチどもからは『需要がない』『面白くない』『キチガイ』だと罵詈雑言を浴びせられてる。だがな、俺自身がこの世界を創ることを心の底から『楽しい』と思っている以上、そんな外野のノイズなんか、俺の脳髄には一ミリも響かねえんだよ!」
「組長さん……」
陸奥男の瞳に、少しずつ光が戻ってくる。
「自分が本気で楽しみながら狂っていればな。その熱量に当てられて、必ず『お前のその狂気が好きだ』っていう、頭のネジが飛んだコアな連中が集まってくる。そいつらと一緒に、落ち目だろうが何だろうが、死ぬまでバカ騒ぎしながら楽しめばいいんだよ!」
俺の熱弁を聞き終わると、陸奥男はしばらく呆然としていたが。
やがて、憑き物が落ちたようにフッと笑い、立ち上がった。
「……そうか。カッコつける必要なんて、最初から無かったんだない。自分が楽しんで、自分のすべてを曝け出せばいいんだな」
陸奥男は、何かを悟ったような、清々しい顔で宣言した。
「じゃあ組長さん! 私、これからはもう、不安がったり自分を良く見せようとしたりするのはやめるべ。自分の情けないところも、全部赤裸々に語ってネタにして、リスナーに笑ってもらうことにするべ!」
「おう、その意気だ! 曝け出せ!」
「手始めに……次の配信で、唐突にこう公言してやるべ! 『私の、ここ一番の勝負パンツは、目が痛くなるようなイエローのパンツです!』ってな!!」
「…………えっ?」
そのあまりにも唐突で赤裸々すぎる(そして誰得な)カミングアウトに。
隣で聞いていたMinapikoの顔が、ボンッ! と音を立てるように真っ赤に染まった。
「な、ななな、何言ってんの陸奥男さん!? いきなりオジサンの勝負パンツの色なんか聞かされて、どう反応すればいいのよ!!」
Minapikoは両手で真っ赤になった顔を覆い、耳まで真っ赤にして身悶えした。だが、次の瞬間。
「あははははっ! 無理! 黄色のパンツって! 想像したらダメなのに、頭から離れない!!」
耐えきれなくなったように、腹を抱えて涙を流しながら大爆笑し始めた。
「ハッハッハ! 葉月! 吉也! 次の曲のサビの歌詞は決まったな! 『イエロー・ブリーフ・レボリューション』だ!!」
俺が叫ぶと、吉也は「素晴らしいインスピレーションです」と即座にメモを取り始め、葉月は「最高! ムッシュ座椅子、トレンド入り確実っすよ!」と親指を立てた。
「その狂気、そのフィルターの無さ! やっぱりお前は、このStudio MAD-KICHIにぴったりのバケモノだ! いいじゃないか、陸奥男!!」
「んだべ! 私、イエローパンツで世界を獲るべ!!」
不安と重圧に押し潰されそうだった中年男は、完全に一線を越え、狂乱のデビュー戦を最高の笑顔で飾ったのだった。
* * *
深夜の組長室。
スタジオの熱狂が嘘のように静まり返った部屋で、俺は重役椅子にどっかりと深く身を沈めた。
手元にある愛用の『glo』のデバイスを取り出し、スティックを差し込む。加熱ボタンを長押しすると、微かな振動と共に、タバコ葉が熱せられる香ばしい独特の匂いが、部屋の空気にゆっくりと溶け出していった。
俺は紫煙を深く肺のどん底まで吸い込み、暗い天井に向けて長く吐き出した。
さて。ここからは、この第59章の第4話を締めくくるにあたり。俺、マジキチ組長の自分語りの時間とさせてもらおう。
ついに、俺の思いつきと悪ふざけから産声を上げたテクノユニット、「座椅子グルーヴ」が作中で華々しいデビューを飾った。
作中では、デビュー曲が一気にバズり、彼らが世界的なスポットライトを浴びたという劇的な展開として描かせてもらったが。
……現実世界線(リアル)においては、どうだろうな。
ここではあまり大きな声では言わないが。実際の彼らの活動について言えば、陸奥男本人が配信の中で、半ば自虐ネタのように「座椅子グルーヴはもう落ち目だべ~」なんてことを、事あるごとにボヤいている始末だ。
だがな。
彼らが「落ち目だ」と自嘲していようと。最近の現実の『Studio MAD-KICHI』という組織全体が、ありがたいことに少しずつ界隈でバズり始め、確かな熱量を帯びてきているのは紛れもない事実だ。
その組織のうねりの中で、座椅子グルーヴの狂った楽曲たちも、界隈のリスナーたちの耳にまんべんなく届き、一部の熱狂的な変態たちから確かな支持と人気を集めていると言っていいだろう。
陸奥男本人は「落ち目だ」と笑っているが、俺から言わせれば、そんなものはどうでもいい。
俺が彼らの楽曲を創り、彼らの物語を書き続けているのは、ただひたすらに俺自身が『楽しいから』だ。自分が心の底から面白いと思って創り続けた結果が、今の彼らの存在意義であり、すべてなのだ。
そして、作中で俺が陸奥男に叩き込んだメンタル論。
「流行り廃りなんか気にするな。自分自身が楽しめればそれでいい」。
あの言葉は、単なる小説の中のキャラクターに向けた台詞ではない。現実世界において、今まさに配信活動やクリエイティブな活動で数字に悩み、苦しんでいるすべての連中に向けた、俺からのリアルなアドバイスだ。
ネットで発信をしていれば、必ず数字の壁にぶち当たる。「最近リスナーが減った」「全然コメントがこない」「自分はもう落ち目なんじゃないか」。
そうやって数字の呪縛に囚われ、他人の顔色ばかりを窺うようになると、発信すること自体が苦痛になり、やがて心が折れて消えていく。俺はそういう奴らを腐るほど見てきた。
だが、根底に『自分が楽しければいい』という最強の精神の盾があれば、そんなものは全く問題にならなくなる。
自分が本当に好きなこと、面白いと思うことを、狂ったように楽しんでやり続ける。
そうやって楽しそうにバカをやっている人間の周りには、必ず、その熱量に惹きつけられた『コアなファン』というものが、時間をかけて少しずつ、だが絶対に離れない強固な絆を持って定着していくのだ。
その一番の証拠が、他でもない、この俺の活動そのものだ。
見てみろ。毎日毎日、倫理観もクソもない下ネタを撒き散らし、自分の性癖と狂気をこれでもかと詰め込んだ、この290話を超える異常な文字数のテキストと、2000本を超える動画群を。
一般ウケなど最初から完全にドブに捨てている、正真正銘の「キチガイなコンテンツ」だ。
だというのに。
こんな狂ったコンテンツに、時間を割き、熱心にコメントをくれ、本気で応援してくれる『ファン』になってくれる連中が、現実世界に確かに存在しているのだ。
俺が数字や世間の目を気にして、綺麗なだけの無難な作品を作っていたら、お前らのような最高の変態リスナーたちとは絶対に出会えなかっただろう。
俺が楽しんでいるから、お前らが集まってくれた。
この事実に対して、俺は言葉では言い尽くせないほどの、深い、深い『感謝』の念を抱いている。
だから俺は、これからも一切ブレることなく、アンチの言葉に耳を貸すこともなく、自分が一番楽しいと思う狂気の道を全開で突っ走っていく。
落ち目上等。自己満足上等だ。
お前らも、世間のノイズなんか気にするな。自分の黄色い勝負パンツを、堂々と世界にひけらかして生きてやろうぜ!!
そこに、金属を擦り合わせるような不快スレスレの不協和音と、無機質で冷たいシンセサイザーのループが幾重にも重なっていく。
そして、極限までエフェクトをかけられ、もはや人間の声としての原型を留めていない野太いボーカルが、巨大なメインスピーカーから爆音で叩きつけられた。
『ナマコ……ナマコ・ナイト……』
Studio MAD-KICHIのメインフロア。
壁面に設置された巨大なモニターに映し出されているのは、昨日世界に向けてゲリラ的にリリースされたばかりの、あの狂気のテクノユニット『座椅子グルーヴ』のデビュー曲、『ナマコ・ナイト』のミュージックビデオだった。
「キタキタキタキタァーッ! 組長! やばいですよこれ、アナリティクスの数字が完全にぶっ壊れてます! 再生回数とコメントの伸びが、ウチのメインアーティストの初動すら超える勢いですよ!」
手元のタブレットをスワイプしながら、アーティスト・ブランディング室長の琴城葉月が、興奮で甲高い悲鳴のような声を上げた。
「ハッハッハ! マジかよ。あんな居酒屋での悪ふざけと、トイレの中での閃きから生まれたようなユニットが、初っ端からバズりやがったのか」
俺は重役椅子の上で腹を抱えて笑い転げた。
「ええ。どうやらこの、予測不能なカオスすぎる歌詞と、過剰に洗練されたトラックの『芸術的なアンバランスさ』が、現代人の抱える無意識のストレスと見事に共鳴したようです。……私のサウンドメイクが、間違いではなかったと証明されましたね」
吉乃庭球こと真地吉也が、育ちの良さそうな顔に似合わない不敵な笑みを浮かべ、優雅に紅茶のカップを傾けている。
「いやいやいや! そもそも『ナマコ・ナイト』って何なのよ! 全然意味分かんないし! あははははっ!」
ウチのトップアーティストであるMinapikoも、ソファの上で腹を抱え、涙を流しながら大ウケしている。
スタジオ中が、予想外の特大バズというお祭り騒ぎに沸き立っていた。
……だが。その熱狂の渦の中で、ただ一人。
当のボーカルである『ムッシュ座椅子』こと財津陸奥男だけが、部屋の隅のパイプ椅子にちんまりと座り、湯呑みに入った緑茶を震える手で啜りながら、真っ青な顔をして俯いていたのだ。
「……どうしたんだよ、陸奥男。お前らのデビュー曲が世界中でバズってんだぞ? もっと喜べよ」
俺が不思議に思って声をかけると、陸奥男はビクッと肩を揺らし、すがるような目で俺を見上げてきた。
「く、組長さん……。そりゃあ、たくさんの人に聴いてもらえて嬉しいげんちょも……。でも、こんなワケのわからねえ曲が、こんなにいきなりウケちまうなんて、逆に恐ろしいべよ」
陸奥男は、頭を抱えて呻き声を上げた。
「ネットの流行り廃りなんて、一瞬だべ? 今はこうしてチヤホヤされてても……来月にはもう誰も聴かなくなって、一気に『落ち目』になるんじゃないかって。いつか来るその転落のことを考えると、不安で不安で、夜も眠れねぇんだべよ……」
急激なスポットライトを浴びた人間が必ず陥る、人気稼業特有の「落ち目への恐怖」。
実直で小心者な陸奥男らしい悩みだった。
だが、俺は。
そんな彼に向かって、一切の同情も慰めも見せず、鼻でフンと笑い飛ばした。
「バカ野郎。お前、自分が国民的アイドルだとでも勘違いしてんのか?」
俺の冷や水のような言葉に、陸奥男がハッと顔を上げる。
「いいか、陸奥男。ウチのスタジオから曲を出している以上、世間の流行りだの、落ち目だの、そんなくだらねえ数字の増減に怯える必要なんか一ミリもねえんだよ」
俺は立ち上がり、陸奥男の目の前まで歩み寄った。
「俺がお前をデビューさせたのは、ビルボードのチャートを独占するためでも、万人にウケるためでもねえ。お前がマイクを握って表現することを『楽しそう』だと思ったからだ。……いいか? 音楽でも配信でも、一番大切なのは『自分のやりたいように、自分自身が楽しみながらやる』ってことだ。それだけだ」
俺は、自分の胸をドンと叩いた。
「俺を見てみろ。毎日毎日、エグい下ネタと狂気を撒き散らして、アンチどもからは『需要がない』『面白くない』『キチガイ』だと罵詈雑言を浴びせられてる。だがな、俺自身がこの世界を創ることを心の底から『楽しい』と思っている以上、そんな外野のノイズなんか、俺の脳髄には一ミリも響かねえんだよ!」
「組長さん……」
陸奥男の瞳に、少しずつ光が戻ってくる。
「自分が本気で楽しみながら狂っていればな。その熱量に当てられて、必ず『お前のその狂気が好きだ』っていう、頭のネジが飛んだコアな連中が集まってくる。そいつらと一緒に、落ち目だろうが何だろうが、死ぬまでバカ騒ぎしながら楽しめばいいんだよ!」
俺の熱弁を聞き終わると、陸奥男はしばらく呆然としていたが。
やがて、憑き物が落ちたようにフッと笑い、立ち上がった。
「……そうか。カッコつける必要なんて、最初から無かったんだない。自分が楽しんで、自分のすべてを曝け出せばいいんだな」
陸奥男は、何かを悟ったような、清々しい顔で宣言した。
「じゃあ組長さん! 私、これからはもう、不安がったり自分を良く見せようとしたりするのはやめるべ。自分の情けないところも、全部赤裸々に語ってネタにして、リスナーに笑ってもらうことにするべ!」
「おう、その意気だ! 曝け出せ!」
「手始めに……次の配信で、唐突にこう公言してやるべ! 『私の、ここ一番の勝負パンツは、目が痛くなるようなイエローのパンツです!』ってな!!」
「…………えっ?」
そのあまりにも唐突で赤裸々すぎる(そして誰得な)カミングアウトに。
隣で聞いていたMinapikoの顔が、ボンッ! と音を立てるように真っ赤に染まった。
「な、ななな、何言ってんの陸奥男さん!? いきなりオジサンの勝負パンツの色なんか聞かされて、どう反応すればいいのよ!!」
Minapikoは両手で真っ赤になった顔を覆い、耳まで真っ赤にして身悶えした。だが、次の瞬間。
「あははははっ! 無理! 黄色のパンツって! 想像したらダメなのに、頭から離れない!!」
耐えきれなくなったように、腹を抱えて涙を流しながら大爆笑し始めた。
「ハッハッハ! 葉月! 吉也! 次の曲のサビの歌詞は決まったな! 『イエロー・ブリーフ・レボリューション』だ!!」
俺が叫ぶと、吉也は「素晴らしいインスピレーションです」と即座にメモを取り始め、葉月は「最高! ムッシュ座椅子、トレンド入り確実っすよ!」と親指を立てた。
「その狂気、そのフィルターの無さ! やっぱりお前は、このStudio MAD-KICHIにぴったりのバケモノだ! いいじゃないか、陸奥男!!」
「んだべ! 私、イエローパンツで世界を獲るべ!!」
不安と重圧に押し潰されそうだった中年男は、完全に一線を越え、狂乱のデビュー戦を最高の笑顔で飾ったのだった。
* * *
深夜の組長室。
スタジオの熱狂が嘘のように静まり返った部屋で、俺は重役椅子にどっかりと深く身を沈めた。
手元にある愛用の『glo』のデバイスを取り出し、スティックを差し込む。加熱ボタンを長押しすると、微かな振動と共に、タバコ葉が熱せられる香ばしい独特の匂いが、部屋の空気にゆっくりと溶け出していった。
俺は紫煙を深く肺のどん底まで吸い込み、暗い天井に向けて長く吐き出した。
さて。ここからは、この第59章の第4話を締めくくるにあたり。俺、マジキチ組長の自分語りの時間とさせてもらおう。
ついに、俺の思いつきと悪ふざけから産声を上げたテクノユニット、「座椅子グルーヴ」が作中で華々しいデビューを飾った。
作中では、デビュー曲が一気にバズり、彼らが世界的なスポットライトを浴びたという劇的な展開として描かせてもらったが。
……現実世界線(リアル)においては、どうだろうな。
ここではあまり大きな声では言わないが。実際の彼らの活動について言えば、陸奥男本人が配信の中で、半ば自虐ネタのように「座椅子グルーヴはもう落ち目だべ~」なんてことを、事あるごとにボヤいている始末だ。
だがな。
彼らが「落ち目だ」と自嘲していようと。最近の現実の『Studio MAD-KICHI』という組織全体が、ありがたいことに少しずつ界隈でバズり始め、確かな熱量を帯びてきているのは紛れもない事実だ。
その組織のうねりの中で、座椅子グルーヴの狂った楽曲たちも、界隈のリスナーたちの耳にまんべんなく届き、一部の熱狂的な変態たちから確かな支持と人気を集めていると言っていいだろう。
陸奥男本人は「落ち目だ」と笑っているが、俺から言わせれば、そんなものはどうでもいい。
俺が彼らの楽曲を創り、彼らの物語を書き続けているのは、ただひたすらに俺自身が『楽しいから』だ。自分が心の底から面白いと思って創り続けた結果が、今の彼らの存在意義であり、すべてなのだ。
そして、作中で俺が陸奥男に叩き込んだメンタル論。
「流行り廃りなんか気にするな。自分自身が楽しめればそれでいい」。
あの言葉は、単なる小説の中のキャラクターに向けた台詞ではない。現実世界において、今まさに配信活動やクリエイティブな活動で数字に悩み、苦しんでいるすべての連中に向けた、俺からのリアルなアドバイスだ。
ネットで発信をしていれば、必ず数字の壁にぶち当たる。「最近リスナーが減った」「全然コメントがこない」「自分はもう落ち目なんじゃないか」。
そうやって数字の呪縛に囚われ、他人の顔色ばかりを窺うようになると、発信すること自体が苦痛になり、やがて心が折れて消えていく。俺はそういう奴らを腐るほど見てきた。
だが、根底に『自分が楽しければいい』という最強の精神の盾があれば、そんなものは全く問題にならなくなる。
自分が本当に好きなこと、面白いと思うことを、狂ったように楽しんでやり続ける。
そうやって楽しそうにバカをやっている人間の周りには、必ず、その熱量に惹きつけられた『コアなファン』というものが、時間をかけて少しずつ、だが絶対に離れない強固な絆を持って定着していくのだ。
その一番の証拠が、他でもない、この俺の活動そのものだ。
見てみろ。毎日毎日、倫理観もクソもない下ネタを撒き散らし、自分の性癖と狂気をこれでもかと詰め込んだ、この290話を超える異常な文字数のテキストと、2000本を超える動画群を。
一般ウケなど最初から完全にドブに捨てている、正真正銘の「キチガイなコンテンツ」だ。
だというのに。
こんな狂ったコンテンツに、時間を割き、熱心にコメントをくれ、本気で応援してくれる『ファン』になってくれる連中が、現実世界に確かに存在しているのだ。
俺が数字や世間の目を気にして、綺麗なだけの無難な作品を作っていたら、お前らのような最高の変態リスナーたちとは絶対に出会えなかっただろう。
俺が楽しんでいるから、お前らが集まってくれた。
この事実に対して、俺は言葉では言い尽くせないほどの、深い、深い『感謝』の念を抱いている。
だから俺は、これからも一切ブレることなく、アンチの言葉に耳を貸すこともなく、自分が一番楽しいと思う狂気の道を全開で突っ走っていく。
落ち目上等。自己満足上等だ。
お前らも、世間のノイズなんか気にするな。自分の黄色い勝負パンツを、堂々と世界にひけらかして生きてやろうぜ!!
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