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グランデ・エトワールの視点『厄介な客』

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 意を決して、会いたくもない人物のいる部屋の扉をノックする。トントンという音の数秒後に帰ってくる自分より少し高めの声に苛立ちを覚える。

「入りたまえ」

「失礼致します」

 扉を開けて、奴の姿が否応なしに視界へと入ってくる。ソファに座っている男はレイル様よりも細身だが、高身長だ。金髪をライトより長く伸ばし後ろで束ね、団子状にして留めている。丸めの輪郭に、小さめの鼻、大きめの橙色の瞳が真っ直ぐこちらを射抜いてくる。俗にいう童顔。レイル様が美しいと評されるなら、奴は可愛いと言うわれる分類だ。可愛い外見だが、レイル様に負けず劣らずの最低領主のキエナ・ビートルという男だ。

「あれ? 麗しのレイは何処かな? この僕が来てあげてるっていうのに、恥ずかしくて出て来れないのかい」

「当主は、急用の執務についております。申し訳ありませんが、日を改めて頂けると」

「えー! 僕、帰らないよ~。レイが僕のものになってくれるって、約束してくれるっていうなら、帰るけど」

 この野郎! 人が優しくお願いして居るうちに帰れ! それに、同じ領主だとしても、レイル様を馴れ馴れしく愛称で呼びやがって……。いや、落ち着け、グランデ・エトワール。こんな男に、苛ついて心乱れてはならない。

「大変申し訳ありません。それでは、当主に代わりこの私が要件を伺います」

「要件? そんなの決まっているだろ」

 甘ったるい声を出していた男が、急にドスの効いた声を出してきた。レイル様が出てこないと判断し、猫を被る必要がないと思われたようだ。

「領地を奪われたくないなら、領主を寄越せって言ってんだよ」

 キエナ・ビートルが治める領地シルバーナ地方は、レイル様の治めるフロワード地方から西にある所だ。シルバーナ地方は山脈が多く連なる領地で、平地を求め、フロワードの土地を狙っている。そんなビートル家の領主が、レイル様を欲しがる理由がわからない。領地絡みでレイル様を欲しがるならわかるが、奴は領地はいらんから、レイル様を寄越せという。

「何度も言っていますが、当主はフロワードの領主です。それに、何度も本人直々に拒否の意を伝えられておられると思いますが」

「なるほど。という事は、領地侵略しても構わないという事で良いのか」

「構いません。書状をレイル様宛に送っていただければ、それ相応の対処をさせて頂きます」

 戦力は明らかに我々の方が上だ。奴の家は資金と食料が少ない。山脈に囲まれた土地は大規模な畑等を作るのに向かない。それ故に食料問題が付き纏い、兵士のなり手が少ないのだ。

「くっくっ、わかっているだろう。僕達が、君達に敵わないことくらい」

 それなのに、ニタニタと笑うキエナ。何かしらの策があるという事なのだろうか。

「それなら、何故この様な事?」

「それが恋なのさ! それに、脅せば願い叶うかもしれないと思ってね」

 突然の宣言に、呆然とした。そういえば、この男、こういう他者の理解の及ばない思考の持ち主である事を思い出し、ため息を吐いた。

「そうですか。それよりも、いい加減」

 諦めて、領民の為になる事をすれば良いと続けるつもりだった。それなのに……。

「諦めないよ。レイル・ブレイドは、僕のものにする。方法ならいくらでもあるからね」

 私の言葉に被せる様に発言してきた。僕のものにする……。その言葉が、頭の中に木霊する。抑え込もうとした感情が膨れ上がり暴れ出す。

「な、何をなされるおつもりですか?」

「レイは、美人だよね。だとしたら、ベッドの中でレイは上かな? それとも……婚前の確認も兼ねて、誘ってみようかなぁ。どんな声でないてくれるかなぁ」

 以前のレイル様であれば、心配は無用。だが、今の彼ならば話は別だ。領地を人質に取られ、流され押さえつけられ抵抗もできないまま彼は、キエナの手に落ちてしまうだろう。無慈悲に人質を取られ、押さえつけられ奪われる人の気持ちを此奴がわかる筈がない。レイル様に襲われ、絶望したあの夜。ベッドの上で、うつ伏せのまま高く腰を上げられ、腰を打ち付けられる私の部分に彼が置き換えられる。絶望し、涙を流し喘ぐ事しかできない彼が脳内に描写され、抑えつけられない怒りが暴れ出した。

「ふざけるな!! 領主同士であっても、これ以上当主を侮辱するのは許せません!」

「珍しいね。貴方がレイの代わりに怒るの。それと、僕の前に出てくるのも」

 指摘され、怒りに染まった頭が一気にクールダウンした。私は、なんでこんなにも怒っていたのだ。確かに、以前のレイル様の時には表には出ていかなかった。自分の感情と行動に戸惑った。いや、それよりも此奴は私を怒らせて何がしたいんだ。

「最近、レイは領主合同会議に出てこないよね。夜会にも参加してないようだし」

 なるほど、この男……探りに来たのか。

「無礼を致しました。申し訳ありません。当主は、大変重要な執務がありまして」

「そうじゃない。エトワールくん。レイの噂はもう、広まっている」

 レイル様が常人になったという噂だろうか。それは、とてもまずい状況だ。以前のレイル様の性格と判断力が周囲に、いる者に恐怖と畏怖を抱かせるのだ。味方からすれば最悪な要素だが、敵を牽制するには大事な要素だ。それを、今のレイル様……彼は出せないだろう。そうなれば、彼自身。いや、フロワードの領地も敵の手に落ちる。

 しかし、そんな事私が絶対させやしない。

「噂ですか? 果たしてどんな噂でしょう。当主は色々と噂をされる方ですので、見当つきません」

「ほう。最近、医師が出入りしていると聞いているが?」

 どうやら、毒殺されそうになったという件の方の様だ。だが、毒殺の件も外に流れるのはあまり良くない。毒殺しようとした犯人の耳に入れば、また何かしらの暗殺を試みてくる事だろう。

「そうですね。久しぶりに風邪を引かれまして、今は元気に執務をなされていますので、ご心配は無用です」

「そう、風邪ね……」

「はい。要件は以上でしょうか?」

「はぁ……君と話していても、これ以上は無理の様だ。また、日を改めるよ」

 そう言い、キエナはソファ立ち上がった。

「そ、そうですか。それでは、こちらへどうぞ」

 あっさり帰ると言われて、驚いた。あのキエナ・ビードルがこんなにあっけなく帰るというとは……。てっきり、ぐだぐだと文句を言い、レイル様を出せと要求してくると思っていた。キエナを部屋の入り口まで誘導し、扉を開けようとしたその時。

「安心した?」

 その声がやけに近くから聞こえてきた。私の背後に立ち、耳元で囁く様に言ってきたこの外道の顔面に拳を叩きつけたい気持ちをグッと抑え、首を少しだけ背後に向け、睨みつける。

「やめて下さい。怪我しますよ」

「怖! レイ以上だね」

 こいつ、私よりも低身長のくせに、何をやりたいんだ。怒りが再燃焼しない内に、この屋敷から追い出す事に専念する事にした。あぁ、早くあの庭に戻りたい。
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