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第5章 奪還作戦
62話 奪還作戦⑷
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ウィリアム・キーブルは、ソルダニア帝国海軍の使者と名乗る男を前に、表向きは愛想よく振る舞っていた。マクシミリアン・グリーブスという海軍大尉は、人のよさそうな顔でウィリアムの話に相槌を打つ。
「ヒギンズ殿もご苦労なされておられるのですね。後見人と言えど、甘やかされたお嬢さんの世話は堪えるでしょう」
「いえいえ、いきなり家族を失ってしまったのですから、それを思えば姪の多少のわがままくらいは大丈夫ですよ」
「姪御さんにとっては、優しい叔父上殿なのですね」
聞けば、マクシミリアンも本国では貴族の三男坊で一族の厄介者らしい。ウィリアムは、時折憂いを含んだ物言いをするこの若い将校を哀れに思った。
――所詮、跡を継ぐ者となり得なければ、いくら能力が高くともそれまでだ。
軍部でのし上がろうにも、そこにも爵位の壁があった。ソルダニア帝国陸軍でクリムゾール准将の元、中佐という階級で連隊長に指名された時は、ウィリアムは他の貴族の子弟に勝てたと思った。大佐ではなく、中佐で連隊長になるのは異例のことであったからだ。
しかしウィリアムは、ここでも格差を見せつけられてしまうことになった。大した手柄もなく易々と大佐になっていく次期男爵や子爵たち。一方のウィリアムはティルケット砦にまで駆り出され、死ぬ目に遭っているというのに。
ウィリアムの部下となった者の中にいたファーガル・ノイシュ・オフラハーティもそんな貴族の一人だった。まだ若いこの男はシャナス公国出身で、次期ソランスター伯爵だと言う。貴族の子弟らしく馬が好きで、あろうことか馬に乗りたいがために陸軍に仕官したと言うではないか。ソランスター伯爵家と言えば、代々海軍の家柄だというのに。
甘ったれたその貴族の坊ちゃんは、さらに甘ったれていた。ティルケット砦の戦闘が日に日に激しくなっていき、当然戦死者も出始めた頃、ファーガルは母国に陸軍に仕官したことを後悔している、といった内容の手紙を書き始めた。ウィリアムはその手紙を検閲した時、酷く憤りを感じて手紙を破り棄てたことを今でも覚えている。
――だったら大人しく本国に居残っていればいいものを! こんな奴が、次期伯爵? 俺なら、こんな奴よりよほど……。
だから、悪魔が囁いたのかもしれない。重騎兵旅団としてバルタイユ王国兵に突撃したあの日。運命の分かれ道。ウィリアムは重傷を負ったファーガルを、戦場に置き去りにした。助からなかった、と証言したウィリアムを誰も疑う余裕もなかったことが功を奏したようだ。そして思いつくままにファーガルの私物を漁り、訃報を届ける際にソランスター伯爵に恩を着せよう、と密かに考えた。まさかそこでとんでもない拾いものをするとは思わなかったが。
そんなこと知らないマクシミリアンは、ウィリアムに大層同情的だ。
「まあ、所詮私はあの子の父親の、異母弟でしかありませんからね。今はできることをするだけです。それでグリーブス大尉、この夏に軍港を使用する際に、ソランスターの屋敷に海軍大佐殿をお迎えすればよろしいのですな」
「ええ、大変な時に申し訳ないのですが。よろしくお願い申し上げます。もちろん、こちらから幾ばくかの謝礼もご用意させていただきたいと思っております。いわば、ここへの滞在は大佐殿のわがままですから」
「お互い、わがままには苦労しますな」
「ごもっともで」
苦笑するマクシミリアンに、隣に控えていた厳つい男が咳払いをする。顔に傷を負った壮年の男は、どうやらマクシミリアンのお目付役のようで、むっつりとした顔をピクリとも動かすことはなかった。
「ヒギンズ殿もご苦労なされておられるのですね。後見人と言えど、甘やかされたお嬢さんの世話は堪えるでしょう」
「いえいえ、いきなり家族を失ってしまったのですから、それを思えば姪の多少のわがままくらいは大丈夫ですよ」
「姪御さんにとっては、優しい叔父上殿なのですね」
聞けば、マクシミリアンも本国では貴族の三男坊で一族の厄介者らしい。ウィリアムは、時折憂いを含んだ物言いをするこの若い将校を哀れに思った。
――所詮、跡を継ぐ者となり得なければ、いくら能力が高くともそれまでだ。
軍部でのし上がろうにも、そこにも爵位の壁があった。ソルダニア帝国陸軍でクリムゾール准将の元、中佐という階級で連隊長に指名された時は、ウィリアムは他の貴族の子弟に勝てたと思った。大佐ではなく、中佐で連隊長になるのは異例のことであったからだ。
しかしウィリアムは、ここでも格差を見せつけられてしまうことになった。大した手柄もなく易々と大佐になっていく次期男爵や子爵たち。一方のウィリアムはティルケット砦にまで駆り出され、死ぬ目に遭っているというのに。
ウィリアムの部下となった者の中にいたファーガル・ノイシュ・オフラハーティもそんな貴族の一人だった。まだ若いこの男はシャナス公国出身で、次期ソランスター伯爵だと言う。貴族の子弟らしく馬が好きで、あろうことか馬に乗りたいがために陸軍に仕官したと言うではないか。ソランスター伯爵家と言えば、代々海軍の家柄だというのに。
甘ったれたその貴族の坊ちゃんは、さらに甘ったれていた。ティルケット砦の戦闘が日に日に激しくなっていき、当然戦死者も出始めた頃、ファーガルは母国に陸軍に仕官したことを後悔している、といった内容の手紙を書き始めた。ウィリアムはその手紙を検閲した時、酷く憤りを感じて手紙を破り棄てたことを今でも覚えている。
――だったら大人しく本国に居残っていればいいものを! こんな奴が、次期伯爵? 俺なら、こんな奴よりよほど……。
だから、悪魔が囁いたのかもしれない。重騎兵旅団としてバルタイユ王国兵に突撃したあの日。運命の分かれ道。ウィリアムは重傷を負ったファーガルを、戦場に置き去りにした。助からなかった、と証言したウィリアムを誰も疑う余裕もなかったことが功を奏したようだ。そして思いつくままにファーガルの私物を漁り、訃報を届ける際にソランスター伯爵に恩を着せよう、と密かに考えた。まさかそこでとんでもない拾いものをするとは思わなかったが。
そんなこと知らないマクシミリアンは、ウィリアムに大層同情的だ。
「まあ、所詮私はあの子の父親の、異母弟でしかありませんからね。今はできることをするだけです。それでグリーブス大尉、この夏に軍港を使用する際に、ソランスターの屋敷に海軍大佐殿をお迎えすればよろしいのですな」
「ええ、大変な時に申し訳ないのですが。よろしくお願い申し上げます。もちろん、こちらから幾ばくかの謝礼もご用意させていただきたいと思っております。いわば、ここへの滞在は大佐殿のわがままですから」
「お互い、わがままには苦労しますな」
「ごもっともで」
苦笑するマクシミリアンに、隣に控えていた厳つい男が咳払いをする。顔に傷を負った壮年の男は、どうやらマクシミリアンのお目付役のようで、むっつりとした顔をピクリとも動かすことはなかった。
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