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第5章 奪還作戦
63話 奪還作戦⑸
しおりを挟むウィリアムは、この海軍の訪問は危惧していたものではなかったようだ、と安堵した。万が一にも勘付かれたのかと思い身構えていたが、本当にただの使者だったようだ。最初、屋敷の物々しい警備態勢に驚いていたマクシミリアンも、わがままな令嬢を守るためというウィリアムの説明を微塵も疑っていない。
その忌々しい小娘は、今になって自分の身の保身に走り始めており、徐々に要望を小出しにし始めてきた。ここで機嫌を取り、素直に爵位を委譲するのであれば安いものだとウィリアムは好きなようにさせているが。
――夏までにけりをつけなければな。
これはいい機会だと、ウィリアムは内心ほくそ笑んだ。そして、この扱いやすそうな海軍将校を取り入れるのもいいだろう、と素早く頭を巡らせ始める。先ほどから一言も発していない方の男は、よほど退屈だったのか、話がひと段落したと判断したらしく早々にソファから腰を上げた。
「あれ、少尉? 勝手にどこに行くの」
「……外ですよ」
「ヒギンズ殿、部下がすみません。彼はこういった雰囲気に馴染めないようで」
「なに、構いませんよ」
「ちょっと失礼します! こら、少尉。君って人はいつもいつも……」
「そういえば、グリーブス大尉。庭はまだ剪定中ですのでお気をつけて」
無視するように出て行った男を、マクシミリアンが咎めるように声をかけながら追いかけて行く。部下が指示を伺うような顔で見てきたが、ウィリアムは放って置けとめんどくさげに手を振った。
――警戒せずともよかったか……とんだ肩透かしだったな。
ウィリアムは無口な執事を呼び、昼食の準備を言いつける。断りを入れてくるのか、それとも話に乗ってくるのかわからないが、話に乗ってくるようであればソルダニア帝国海軍との繋がりができる。そしてゆくゆくは、魔薬の密輸のルートを開拓していけばいい。
莫大な富をもたらす魔薬は、ここシャナス公国では禁じられている。しかし、禁を犯してまで欲している者はごまんといる。かつて東の国で帝国が利益を貪ったように、今度はここソランスターを拠点に自分が新たな時代を築くのだ。
ウィリアムは通常勤務に戻れ、と部屋の隅で待機していた部下を呼び寄せようと手を挙げたところ――――
パンッ
という、乾いた銃声が一発、外の方から聞こえてきた。
「ヒ、ヒギンズ殿、これは一体どういうことですか?!」
今しがた部下を追いかけて行ったマクシミリアンが悲鳴を上げながら戻ってくる。その顔は恐怖に引き攣っており、ウィリアムに縋りついてきた。
「貴方の指示ですかっ?! ソランスターの海軍が、ぼ、僕を狙って」
「そんなまさか、一体誰が!」
「うわぁぁぁ、こ、殺される!」
軍人らしくもないマクシミリアンの叫び声を皮切りに、屋敷の中は一気に騒然となる。ウィリアムはすぐさま部下たちを配置したが、言い様のない不安に駆られていた。
§
下の階が一気に騒がしくなり、レインリットのいる部屋まで怒声が聞こえてくる。
――ついに始まったのね!
レインリットが扉をそっと開けると、そこには誰もいなかった。見張りの軍人も、下男に扮したエドガーも。あの再会から、エドガーとは会えずじまいだったが、エファが代わりに伝言を持ってきた。始まったら、ここの扉に紐をとハンガーを巻きつけて封鎖するように、と。
直接人質に取られてはエドガーたちも身動きが取れなくなる。言われたとおりに扉の取っ手をハンガーと紐と、引き裂いたシーツの余りで固定したレインリットは、万が一に備えてベッドの天蓋の支柱に手製の布梯子を縛りつける。時折、パン、パンと乾いた銃声が響いてきて、レインリットはその度に身を竦めた。
「裏切り者だ! ちくしょう、ルットルフの野郎の手の者か!」
「俺は違うぞ!」
「うるせぇ、お前、この間こそこそしてたじゃねーか!」
「敵襲だ、持ち場に戻れ!」
混乱が混乱を呼び、軍人たちが猜疑心に苛まれはじめているようだ。今はレインリットのことなどすっかり忘れ去っているようだが、時期に誰かが指示を出すはずだ。
――私は、絶対に捕まるわけにはいかない!
レインリットは窓を薄っすらと開けると、布の梯子を持って、いつでも降りられるように心構えを始めた。
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