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第十章
第一話 嬉しい再会と嬉しくない再会
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レースが終わり、宿へと向かっていた俺に、1人の女の子が抱き付いて来た。黒髪のショートヘアーの人族だ。彼女は俺のことをゼロナ兄と呼ぶが、その言葉が耳に入った瞬間、心臓の鼓動が早鐘を打つ。
「ゼロナ兄って……まさか……うそだろう。どうして……お前がこんなところに居るんだ……ナナミ」
彼女は俺の胸に顔を埋めるようにしていたが、名前を呼ぶと顔を離して上目遣いで俺のことを見て来る。
「ナナミって、呼んでくれた! 私のこと、覚えてくれていたんだ! 嬉しい! やっぱりあの時は見間違いじゃなかった! やっぱりゼロナ兄は生きていたんだね」
感情が昂っているのか、彼女の目尻から一雫の涙がこぼれ落ちる。
「ナナミ、お前、どうしてこんなところに居るんだ?」
「どうしてって、所長が連れて来てくれたんだよ。私、走者としてデビューしたんだ! それから負けなしの5連勝! 凄いでしょう!」
彼女の言葉に、再び衝撃を受ける。
ナナミが走者としてデビューしただって?
そんなバカな。いや、確かにナナミは当時、落ちこぼれの俺とは違って優秀だった。走者としてデビューしていてもおかしくはない。でも、5連勝だって?
俺が言うと説得力がないかも知れないが、様々な種族が参加するレースでは、人族が優勝するのは難しい。研究所から捨てられた後、運良くルーナに拾われ、魔力回路のズレを治したからこそ、今の俺が成り立っている。今まで勝てたのも、俺が他の種族と対等に渡り合えるユニークスキルを持っていたからだ。
それだけ人族と他の種族の力の差は大きい。
でも、彼女には魔法の才能があっても、ユニークスキルを持ってはいなかったはず。それなのに、どうして負けなしの5連勝もできるんだ?
「シャカールちゃん! 誰よその女は!」
動揺していると、マーヤが俺に訊ねてくる。彼女の目は吊り上がっており、まるで浮気現場を目撃した彼女のようなオーラを纏っていた。
「あなたはゼロナ兄の後輩さん?」
「マーヤはシャカールちゃんよりも年上だよ! そして未来のお嫁さん! シャカールちゃんとは、するところまでしているんだから!」
「マーヤ、お前は何を言っているんだよ! ナナミ、こいつが言っていることは、歳上は事実でも、後は妄言だからな」
どさくさに紛れて妹のような存在に嘘を吐くマーヤに焦りつつも、信じないように告げる。すると、ナナミの体が震えた。
もしかして、これって完全に勘違いをしているパターンなのでは?「ゼロナ兄の不潔!」とか言って、ぶん殴られそうな気がした。
「ゼロナ兄の婚約者! それって私の将来のお姉ちゃんってことじゃない! 私、お姉ちゃんが欲しかったの! これから義理の姉って呼んで良い?」
俺から離れると、ナナミはマーヤの手を握って笑みを浮かべる。
「え? あ? うん。良いよ?」
予想外の反応に、マーヤは困惑しているようであった。さすがの俺も、この反応は完全に予想外である。
「やった! お姉ちゃんだ! これから宜しく!」
唐突に義理の姉と呼ばれて困惑していたマーヤだったが、しばらくすると彼女を抱き締める。
「うん、これから宜しくね。シャカールちゃんのことはマーヤに任せて。絶対に幸せにするからね」
なんとも言えない空気が醸し出している。俺はどうすれば良いのか分からず、困惑しながらも周囲を見る。
タマモ、クリープ、アイリン、そしてローレルは呆然としていたが、ルーナは面白そうにニヤニヤとしている。
ルーナのやつ、この状況を楽しんでいやがるな。
「ナナミ、こんなところに居たのか。探したぞ」
「あ、所長!」
「え!」
ナナミの言葉に反応して、俺は声が聞こえた方に顔を向ける。そこには、白衣を纏った50代の男が立っていた。
「所長、どうしてお前がこんなところに!」
「お前は、ナンバー0721! まさか、こんなところで出会すとは思って居なかった。だが、丁度良い。ナンバー0721、俺のところに戻って来てくれ。もう一度やり直そう。そう、今度は本当の家族のように」
所長の言葉に衝撃を受けつつも、俺は歯を食い縛った。
「今更何を言っているんだ」
「そうだな。お前からしたら当然の反応だ。しかし、あれは俺の本心ではなかったのさ。あまりにも研究が上手くいかなすぎて、つい八つ当たりであんなことをしてしまったんだ。あの後、自分の愚かさに気が付き、お前を探していたんだ。さぁ、一緒に研究所に帰ろうではないか。研究所直属の走者となって、世界に人族こそが最高の走者であることは知らしめよう」
所長が手を差し伸べる。だが、俺は彼の手を握るつもりはなかった。
「何を言っているんだ。お前が何を言おうが、お前が俺を魔の森に捨てて処分しようとしていた事実は変わらない」
「魔の森ですって!」
「そんなところに連れて行かれたなんて、シャカール君を殺すつもりだったじゃないですか」
「え? 魔の森ってそんなにやばいところなのですか?」
魔の森と言うワードを出した瞬間、今まで黙っていたタマモたちが言葉を漏らす。
「あれは手違いだ。私の指示を勘違いした職員がやったことだ」
所長は部下のせいにしているが、俺は薄れ行く意識の中で、お前が魔の森へと連れて行くように指示を出したのを覚えている。
「どうやらシャカールに未練があるようだが、その件に関してはワタシに話を通してからにしてもらおうか。何せ、彼を魔の森で拾ったのはワタシだ。彼はワタシの所有物。所有権がこちらにある以上、ワタシに話を通すのが筋だと思うのだが」
言い訳を口走る所長を前に、ルーナが口火を切った。
「お前はルーナ・タキオン。そうか。お前がナンバー0721を連れ去ったのか」
まるで親の仇を見るかのように、所長は彼女を睨み付ける。
いや、連れ去ったとか言っているが、俺を捨てたのはお前たちだからな。
心の中でツッコミを入れる中、所長はチッと舌打ちをする。
「今日のところは引き下がる。だが、次はこうはいかない。必ず、ナンバー0721を我が研究所に連れ戻すからな。ナンバー0773! 帰るぞ!」
「え、でも、せっかくゼロナ兄と会えたし、私もゼロナ兄と一緒にいたい!」
「ワガママを言うな!」
「いや! ゼロナ兄が一緒に帰らないのなら、私はこっちに居る! もう、走者として走る理由がなくなったもん!」
「好い加減にしないか! くそう。これだから欠陥品は……面倒なことをさせやがって」
所長がため息を吐きながらパチンと指を鳴らす。
「もう一度言うぞ。ナンバー0773、帰るぞ」
再び帰ると言ったその瞬間、ナナミが踵を返す。そして無言で所長の方へと歩き出した。
「おい、ナナミ。どうして向こうに行こうとするんだ。さっきまで俺と居たいって言っていたじゃないか」
咄嗟にナナミの手首を掴んだ。すると、彼女は振り返るも、まるでゴミを見るような視線を俺へと向ける。
『下ネタ番号よ、その手を離してくれないかのう。早く消毒しないと手が腐れてしまう』
「え?」
ナナミの言葉に衝撃を受けた俺は、思わず彼女から手を離してしまった。俺から解放されたナナミはそのまま所長のところへと向かい、彼と共に遠くへと歩いて行く。
あまりにも衝撃が強すぎた俺は、咄嗟に彼女を追いかけることができなかった。
「ゼロナ兄って……まさか……うそだろう。どうして……お前がこんなところに居るんだ……ナナミ」
彼女は俺の胸に顔を埋めるようにしていたが、名前を呼ぶと顔を離して上目遣いで俺のことを見て来る。
「ナナミって、呼んでくれた! 私のこと、覚えてくれていたんだ! 嬉しい! やっぱりあの時は見間違いじゃなかった! やっぱりゼロナ兄は生きていたんだね」
感情が昂っているのか、彼女の目尻から一雫の涙がこぼれ落ちる。
「ナナミ、お前、どうしてこんなところに居るんだ?」
「どうしてって、所長が連れて来てくれたんだよ。私、走者としてデビューしたんだ! それから負けなしの5連勝! 凄いでしょう!」
彼女の言葉に、再び衝撃を受ける。
ナナミが走者としてデビューしただって?
そんなバカな。いや、確かにナナミは当時、落ちこぼれの俺とは違って優秀だった。走者としてデビューしていてもおかしくはない。でも、5連勝だって?
俺が言うと説得力がないかも知れないが、様々な種族が参加するレースでは、人族が優勝するのは難しい。研究所から捨てられた後、運良くルーナに拾われ、魔力回路のズレを治したからこそ、今の俺が成り立っている。今まで勝てたのも、俺が他の種族と対等に渡り合えるユニークスキルを持っていたからだ。
それだけ人族と他の種族の力の差は大きい。
でも、彼女には魔法の才能があっても、ユニークスキルを持ってはいなかったはず。それなのに、どうして負けなしの5連勝もできるんだ?
「シャカールちゃん! 誰よその女は!」
動揺していると、マーヤが俺に訊ねてくる。彼女の目は吊り上がっており、まるで浮気現場を目撃した彼女のようなオーラを纏っていた。
「あなたはゼロナ兄の後輩さん?」
「マーヤはシャカールちゃんよりも年上だよ! そして未来のお嫁さん! シャカールちゃんとは、するところまでしているんだから!」
「マーヤ、お前は何を言っているんだよ! ナナミ、こいつが言っていることは、歳上は事実でも、後は妄言だからな」
どさくさに紛れて妹のような存在に嘘を吐くマーヤに焦りつつも、信じないように告げる。すると、ナナミの体が震えた。
もしかして、これって完全に勘違いをしているパターンなのでは?「ゼロナ兄の不潔!」とか言って、ぶん殴られそうな気がした。
「ゼロナ兄の婚約者! それって私の将来のお姉ちゃんってことじゃない! 私、お姉ちゃんが欲しかったの! これから義理の姉って呼んで良い?」
俺から離れると、ナナミはマーヤの手を握って笑みを浮かべる。
「え? あ? うん。良いよ?」
予想外の反応に、マーヤは困惑しているようであった。さすがの俺も、この反応は完全に予想外である。
「やった! お姉ちゃんだ! これから宜しく!」
唐突に義理の姉と呼ばれて困惑していたマーヤだったが、しばらくすると彼女を抱き締める。
「うん、これから宜しくね。シャカールちゃんのことはマーヤに任せて。絶対に幸せにするからね」
なんとも言えない空気が醸し出している。俺はどうすれば良いのか分からず、困惑しながらも周囲を見る。
タマモ、クリープ、アイリン、そしてローレルは呆然としていたが、ルーナは面白そうにニヤニヤとしている。
ルーナのやつ、この状況を楽しんでいやがるな。
「ナナミ、こんなところに居たのか。探したぞ」
「あ、所長!」
「え!」
ナナミの言葉に反応して、俺は声が聞こえた方に顔を向ける。そこには、白衣を纏った50代の男が立っていた。
「所長、どうしてお前がこんなところに!」
「お前は、ナンバー0721! まさか、こんなところで出会すとは思って居なかった。だが、丁度良い。ナンバー0721、俺のところに戻って来てくれ。もう一度やり直そう。そう、今度は本当の家族のように」
所長の言葉に衝撃を受けつつも、俺は歯を食い縛った。
「今更何を言っているんだ」
「そうだな。お前からしたら当然の反応だ。しかし、あれは俺の本心ではなかったのさ。あまりにも研究が上手くいかなすぎて、つい八つ当たりであんなことをしてしまったんだ。あの後、自分の愚かさに気が付き、お前を探していたんだ。さぁ、一緒に研究所に帰ろうではないか。研究所直属の走者となって、世界に人族こそが最高の走者であることは知らしめよう」
所長が手を差し伸べる。だが、俺は彼の手を握るつもりはなかった。
「何を言っているんだ。お前が何を言おうが、お前が俺を魔の森に捨てて処分しようとしていた事実は変わらない」
「魔の森ですって!」
「そんなところに連れて行かれたなんて、シャカール君を殺すつもりだったじゃないですか」
「え? 魔の森ってそんなにやばいところなのですか?」
魔の森と言うワードを出した瞬間、今まで黙っていたタマモたちが言葉を漏らす。
「あれは手違いだ。私の指示を勘違いした職員がやったことだ」
所長は部下のせいにしているが、俺は薄れ行く意識の中で、お前が魔の森へと連れて行くように指示を出したのを覚えている。
「どうやらシャカールに未練があるようだが、その件に関してはワタシに話を通してからにしてもらおうか。何せ、彼を魔の森で拾ったのはワタシだ。彼はワタシの所有物。所有権がこちらにある以上、ワタシに話を通すのが筋だと思うのだが」
言い訳を口走る所長を前に、ルーナが口火を切った。
「お前はルーナ・タキオン。そうか。お前がナンバー0721を連れ去ったのか」
まるで親の仇を見るかのように、所長は彼女を睨み付ける。
いや、連れ去ったとか言っているが、俺を捨てたのはお前たちだからな。
心の中でツッコミを入れる中、所長はチッと舌打ちをする。
「今日のところは引き下がる。だが、次はこうはいかない。必ず、ナンバー0721を我が研究所に連れ戻すからな。ナンバー0773! 帰るぞ!」
「え、でも、せっかくゼロナ兄と会えたし、私もゼロナ兄と一緒にいたい!」
「ワガママを言うな!」
「いや! ゼロナ兄が一緒に帰らないのなら、私はこっちに居る! もう、走者として走る理由がなくなったもん!」
「好い加減にしないか! くそう。これだから欠陥品は……面倒なことをさせやがって」
所長がため息を吐きながらパチンと指を鳴らす。
「もう一度言うぞ。ナンバー0773、帰るぞ」
再び帰ると言ったその瞬間、ナナミが踵を返す。そして無言で所長の方へと歩き出した。
「おい、ナナミ。どうして向こうに行こうとするんだ。さっきまで俺と居たいって言っていたじゃないか」
咄嗟にナナミの手首を掴んだ。すると、彼女は振り返るも、まるでゴミを見るような視線を俺へと向ける。
『下ネタ番号よ、その手を離してくれないかのう。早く消毒しないと手が腐れてしまう』
「え?」
ナナミの言葉に衝撃を受けた俺は、思わず彼女から手を離してしまった。俺から解放されたナナミはそのまま所長のところへと向かい、彼と共に遠くへと歩いて行く。
あまりにも衝撃が強すぎた俺は、咄嗟に彼女を追いかけることができなかった。
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