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もう少しお手柔らかにお願いしてもいいですか?
4. 本城さん
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ーー翌日。私は職場で昨日のことを思い出していた。
「.....むふ、むふふふふ」
「......先輩。溶けてます」
「......え?」
「だから。かーお。溶けてますよ?」
「っ、うそ」
「............」
寧々ちゃんに残念な顔でふるふると首を振られた。
指先でくっと目尻を持ち上げる。.....もっと残念なものを見る目になったのは何故だろう。
「もう~、幸せオーラ振り撒かないで下さいね?」
「そ、そんなこと」
「ありますよ~。ほーんと先輩、わっかりやすいんだから。毎日充実してそうで何よりですけど、今日は先生方の欠員が出ててんやわんやなんですから。仕事に集中してくださいね?」
「......はーい」
どっちが年上かわからない雰囲気だ。
墓穴を掘りそうだから、これ以上はやめておこう。
「それにしても。病欠が三人も出るなんて。柏木先生たちが復帰するまで二、三日は忙しいでしょうね」
「だね。できる限り私もサポートするから。一緒に頑張ろう?」
「よろしくお願いします」
今朝、いつも通り保育園に出勤すると、園長先生が思い詰めた顔でヘルプに回ってほしいと告げてきた。
寧々ちゃんが受け持つクラスのもう一人の担任・柏木先生が病欠で、他のクラスでも担任の欠員が発生したらしい。どうやら復帰まで数日かかると判明して、その間の先生方の配置をどうするか頭を悩ませている様子だった。
私のクラスは年長クラスで、寧々ちゃんのクラスは年少クラス。一旦、私が年少クラスにヘルプで入り、ちょこちょこと動き回ることになった。
◇
一日を何とか終えようとしていた頃。
時計の針は保育園の閉園時間を示し、空気が冷え込んで夜の気配を運んできた。
「......すみません、遅くなりました!本城 祐介の父です......あれ?」
続々とご家族がやって来て、最後の園児とブロックで遊びながらお迎えを待っていたら、どこか聞き覚えのある声が門から飛んできた。
「え?」
私が振り返ると園庭から教室に通じる引き戸の前に、息を切らした男性が立っていた。この姿にも見覚えがある。記憶を猛スピードで辿った。
「どうして.....他のクラスの担任だったんじゃ?」
「あ......本城さん!え、本城 祐介くんのお父様....ですか?」
「うん」
「......っ、いつもお世話になっております!今日は柏木先生が休みでして。私が祐介くんのクラスのヘルプに」
二人共、一瞬の間を置いて。
私はサァと顔から血の気が引いていくのを感じた。
まさか、あの場で会ったのが園児の保護者だったなんて。そう言われると、祐介くんと本城さんはそっくりだった。
私の彼に対する発言や、一生とのあれこれを思い返して気が重い。
「そうだったんだ。いや、失礼。そうだったんですね。祐介がお世話になりました」
「いえ.....。祐介君、パパがお迎えに来てくれたわよ」
「はーい」
返事をしても、今つくっているものを完成させたいのかブロックを片付ける様子がない。
「.....もしかして、井手先生もお休みですか?」
辺りをさっと見渡して尋ねられる。
「いえ、彼女は先に職員室へ戻りました。色々と作業が残ってるみたいで」
「なるほど」
「.....あの。もしかしてご存知だったんですか?」
「ん?」
「あ.....えっと。私がこの園に勤めていること」
「.............」
おずおずと問いかけると、本城さんは黙ってにっこりした。
「やっぱり.....」
おかしいと思った。後から考えた時、彼の言葉の端々に違和感が残っていた。あれは自分を知っていたから出た発言だったと思えば納得がいく。
恥ずかしくてしゅんと萎れた私を見て、彼が慌てる。
「え、いや。そんな落ち込まなくても」
「でも、園児の保護者に何てことを.....」
「いやいや、保護者ってほど立派なものでもないよ?あ、ないですよ?」
「.....敬語じゃなくても大丈夫ですよ。他の先生方、いませんし」
「そう?じゃあ、お言葉に甘えて。俺、祐介の喧嘩友達みたいなものだし、保護者なんて言われると痒くなる。大狼から聞いてるでしょ?俺が病院で何て呼ばれてるか」
「...........」
知っている。が、非常に答えにくい。
ヒクッと頬が引き攣る。
「いいよ、気なんて遣わないで。知ってるし。若い頃は無茶してた自覚あるしね」
「そう、ですか」
「はは、困ってる。そうだ、幼馴染さん.....えっと?」
「あ。失礼しました。宮島です」
「.....宮島先生か。大狼と付き合い始めたんだって?」
「ど、どうして知って」
「いや、毎日あいつのゆるゆるの顔見てたらわかるって。患者いない場所だとニヤニヤして締まりってもんがないもん」
「............」
顔が熱い。一生も自分と同じ状況らしい。
「ま、よく知らないけど.....お幸せにね。あいつ長年、宮島先生のこと好きだったっぽいし」
「......どうしてそう思うんですか?」
「はは、内緒。.....さて、祐介。父ちゃんもう行くぞ?」
変なところで会話を切られた。
疑問はさておき、仕事中であることを思い出す。
「えっ、ま、待って!片付けるから!....ああっ」
ブロックに集中していた祐介くんは、父が帰る素振りを見せると焦り始めた。抱き抱えたブロックが脇の隙間からカラカラと逃げていく。
まごつく息子の様子にくすりと笑った本城さんは、一歩踏み出して教室に入った。
「ほれ、手伝ってやるから。頑張れ」
「先生も手伝うよ」
三人でおもちゃを仕舞えば、あっという間だ。
結局、先ほどまでの会話は置き去りにされたままーー
私は、笑顔で手を振る二人を見送った。
*****
「.....むふ、むふふふふ」
「......先輩。溶けてます」
「......え?」
「だから。かーお。溶けてますよ?」
「っ、うそ」
「............」
寧々ちゃんに残念な顔でふるふると首を振られた。
指先でくっと目尻を持ち上げる。.....もっと残念なものを見る目になったのは何故だろう。
「もう~、幸せオーラ振り撒かないで下さいね?」
「そ、そんなこと」
「ありますよ~。ほーんと先輩、わっかりやすいんだから。毎日充実してそうで何よりですけど、今日は先生方の欠員が出ててんやわんやなんですから。仕事に集中してくださいね?」
「......はーい」
どっちが年上かわからない雰囲気だ。
墓穴を掘りそうだから、これ以上はやめておこう。
「それにしても。病欠が三人も出るなんて。柏木先生たちが復帰するまで二、三日は忙しいでしょうね」
「だね。できる限り私もサポートするから。一緒に頑張ろう?」
「よろしくお願いします」
今朝、いつも通り保育園に出勤すると、園長先生が思い詰めた顔でヘルプに回ってほしいと告げてきた。
寧々ちゃんが受け持つクラスのもう一人の担任・柏木先生が病欠で、他のクラスでも担任の欠員が発生したらしい。どうやら復帰まで数日かかると判明して、その間の先生方の配置をどうするか頭を悩ませている様子だった。
私のクラスは年長クラスで、寧々ちゃんのクラスは年少クラス。一旦、私が年少クラスにヘルプで入り、ちょこちょこと動き回ることになった。
◇
一日を何とか終えようとしていた頃。
時計の針は保育園の閉園時間を示し、空気が冷え込んで夜の気配を運んできた。
「......すみません、遅くなりました!本城 祐介の父です......あれ?」
続々とご家族がやって来て、最後の園児とブロックで遊びながらお迎えを待っていたら、どこか聞き覚えのある声が門から飛んできた。
「え?」
私が振り返ると園庭から教室に通じる引き戸の前に、息を切らした男性が立っていた。この姿にも見覚えがある。記憶を猛スピードで辿った。
「どうして.....他のクラスの担任だったんじゃ?」
「あ......本城さん!え、本城 祐介くんのお父様....ですか?」
「うん」
「......っ、いつもお世話になっております!今日は柏木先生が休みでして。私が祐介くんのクラスのヘルプに」
二人共、一瞬の間を置いて。
私はサァと顔から血の気が引いていくのを感じた。
まさか、あの場で会ったのが園児の保護者だったなんて。そう言われると、祐介くんと本城さんはそっくりだった。
私の彼に対する発言や、一生とのあれこれを思い返して気が重い。
「そうだったんだ。いや、失礼。そうだったんですね。祐介がお世話になりました」
「いえ.....。祐介君、パパがお迎えに来てくれたわよ」
「はーい」
返事をしても、今つくっているものを完成させたいのかブロックを片付ける様子がない。
「.....もしかして、井手先生もお休みですか?」
辺りをさっと見渡して尋ねられる。
「いえ、彼女は先に職員室へ戻りました。色々と作業が残ってるみたいで」
「なるほど」
「.....あの。もしかしてご存知だったんですか?」
「ん?」
「あ.....えっと。私がこの園に勤めていること」
「.............」
おずおずと問いかけると、本城さんは黙ってにっこりした。
「やっぱり.....」
おかしいと思った。後から考えた時、彼の言葉の端々に違和感が残っていた。あれは自分を知っていたから出た発言だったと思えば納得がいく。
恥ずかしくてしゅんと萎れた私を見て、彼が慌てる。
「え、いや。そんな落ち込まなくても」
「でも、園児の保護者に何てことを.....」
「いやいや、保護者ってほど立派なものでもないよ?あ、ないですよ?」
「.....敬語じゃなくても大丈夫ですよ。他の先生方、いませんし」
「そう?じゃあ、お言葉に甘えて。俺、祐介の喧嘩友達みたいなものだし、保護者なんて言われると痒くなる。大狼から聞いてるでしょ?俺が病院で何て呼ばれてるか」
「...........」
知っている。が、非常に答えにくい。
ヒクッと頬が引き攣る。
「いいよ、気なんて遣わないで。知ってるし。若い頃は無茶してた自覚あるしね」
「そう、ですか」
「はは、困ってる。そうだ、幼馴染さん.....えっと?」
「あ。失礼しました。宮島です」
「.....宮島先生か。大狼と付き合い始めたんだって?」
「ど、どうして知って」
「いや、毎日あいつのゆるゆるの顔見てたらわかるって。患者いない場所だとニヤニヤして締まりってもんがないもん」
「............」
顔が熱い。一生も自分と同じ状況らしい。
「ま、よく知らないけど.....お幸せにね。あいつ長年、宮島先生のこと好きだったっぽいし」
「......どうしてそう思うんですか?」
「はは、内緒。.....さて、祐介。父ちゃんもう行くぞ?」
変なところで会話を切られた。
疑問はさておき、仕事中であることを思い出す。
「えっ、ま、待って!片付けるから!....ああっ」
ブロックに集中していた祐介くんは、父が帰る素振りを見せると焦り始めた。抱き抱えたブロックが脇の隙間からカラカラと逃げていく。
まごつく息子の様子にくすりと笑った本城さんは、一歩踏み出して教室に入った。
「ほれ、手伝ってやるから。頑張れ」
「先生も手伝うよ」
三人でおもちゃを仕舞えば、あっという間だ。
結局、先ほどまでの会話は置き去りにされたままーー
私は、笑顔で手を振る二人を見送った。
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