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瑠璃も玻璃も照らせば光る

5.極道

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綾瀬の部屋から居間に行くと、若松が渋い顔でソファに腰かけていた。
「おう、篤郎。どうだった三代目は」
「はあ、すげえ機嫌悪いんですけど、なにかあったんですか」

若松は頷きながら、タバコに火をつけた。
「昨夜なあ、日渡ひわたり組の組長が来たんだよ」
「日渡組、ですか。あそこは今、大変なんじゃないですか」
若松は溜息と一緒に、白い煙を吐き出した。
「大変どころじゃねえ、最悪だ。日渡は、小林敬三こばやしけいぞうのタマを獲るつもりだ」
「小林組の組長の?」
「つきましては、本家にご迷惑がかかりませんよう、どうか破門してくださいまし、というのが用向きだっわけだ」
「それで三代目はどうしたんです?破門、したんでしょうね」

若松はまだ吸い始めたばかりのタバコを、灰皿に押し付けて火を消した。
「三代目は烈火のごとく激怒した。てめえら、いつまで前時代的な任侠気取ってんだ、クソ野郎。そのバカでかい頭の中に少しでも脳ミソあるのか、タコが。メンツだ仁義だと題目唱えるヒマがあるなら、シノギ立て直すことを考えろマヌケ。とまあ、口汚く罵りながら、日渡を殴るわ蹴るわと暴れまくった」
「綾瀬が?まさか」

聞いたことが信じられなくて、つい、呼び捨てにしてしまった。
普段なら一発頭を叩かれるところだが、若松は気づかなかったのか、また気の重そうなため息を吐いた。

「だがよ、結局破門はしなかったんだよ。やりたきゃ勝手にヤレ、オレは聞いてない、なんて言ってなあ」
青竜会傘下の日渡組は、ここ数年、シノギの場所争いを発端に享和会系の小林組と揉めている。
しかし殺しまでいくとなると、迷惑だなと篤郎は思った。

「それで、あや…三代目は荒れてるわけですか。オレはてっきり高谷さんの方でなにかあったのかと思いました」
「高谷からは電話があったぞ。三代目からすぐに戻って来いと言われた、ってな。だが、高谷はもうしばらく関西を離れるわけにはいかねえ」
綾瀬は人を動かすことにかけて天才的な才能がある。
なのに、綾瀬が大切に思う人間ほど、綾瀬の思惑通りには動かない。

「なあ、篤郎。それにしてもなんだなあ、やっぱり血は争えないと思わねえか。昨日の三代目のタンカはそりゃあ見事だったぜ。あの日渡が、震えあがっていたくれえだ。三代目のことを金儲けの才能しかない経済ヤクザだと舐めてる連中に、見せてやりたかったぜ。あの人はやっぱり、本物の極道なんだなあ」
困った表情を作りながら、どことなく若松が嬉しそうに見えた理由はこれか、と篤郎は納得した。
若松の話はだいたい大袈裟に語られるので昨夜の綾瀬の武勇伝も話半分に聞いたが、綾瀬が相当怒ったというのは本当なのだろう。

すっかり髪が白くなり、知り合った頃に比べ一回りも小さくなったように見える綾瀬の父親代わりの老人を、温かい気持ちで篤郎は見つめた。

「しかし、日渡組のことは面倒ですね。近いうちに、死体が一つ転がる」
若松は日渡組の騒動にはあまり興味がなさそうだった。
肩をすくめて「ウチには関係ねえなあ」と呟いて欠伸した。
篤郎は、死体が一つ、ともう一度口の中で繰り返した。


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