偽りの聖女の身代わり結婚

花草青依

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3-1 迎えは来ない

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 私が部屋を出たのは昼過ぎだった。本当はずっと部屋に閉じこもっていたかったけれど、お父様が許してくれなかった。メイドを通して「いつまでもメソメソするな」と言ってきたのだ。

 食堂に行き、一人で遅めの昼食を摂った。でも、これからのことが頭の中を駆け回って、食事に集中することができなかった。結局、ほとんどの料理を食べ残して私は食堂を出て行った。

 ━━アンドリュー卿の機嫌を取らないとまずいよね。

 昨夜、私の不用意な発言で彼を怒らせたのだから、一先ず謝りにいかないといけない。
 そう思って彼の泊まっている客室へと向かった。部屋の前に着くと、扉が少し開いていた。ドアをノックしようとした時、声が聞こえた。
「ジョルネス公爵の言葉なんて聞く必要はない!」
 アンドリュー卿の部下であろう男が彼に向かって言った。アンドリュー卿は返事をしたけれど、聞き取れなかった。
「そもそも討伐要請はジョルネス公爵家に出されたものだ。それを結婚したからといってお前に押し付けるのはおかしいだろ」
 またアンドリュー卿は何かを言った。

 近頃、北部の地域でモンスターの軍勢が押し寄せてきていると噂で聞いた。きっと、討伐要請とは、その軍勢を退治することなのだろう。
 軍隊を所有する全ての貴族は国王陛下の要請があれば、モンスターの討伐に向かわなければならない。それはお父様も同じはずなのに。

 ━━お父様はアンドリュー卿にその責務を押し付けたのね。

 アンドリュー卿の部下が怒るのも無理はない。こんな理不尽なことを簡単に受け入れられるはずがないだろう。

 不意に風が吹いた。そのせいで、目の前の扉がきいいと音を立てて動いた。アンドリュー卿とその部下は振り向き、私の存在に気が付いた。
 部下の男はしかめっ面で私を見た。お父様がアンドリュー卿を困らせているのだからそんな顔をして当然だ。
「あ、あの・・・・・・」
 弁明をしなければ。そう思っているのだけれど、頭が上手く回らない。
「えっと、その。用事があってここに来ただけで」
 アンドリュー卿と目があった。彼は部下の男のように怒っているようには見えない。でも、彼の鋭い目を見ていると不安な気持ちが押し寄せてくる。だから、私は目を逸らした。
「ごめんなさい! 盗み聞きをするつもりはなかったんです」
 俯いて謝罪をする私にアンドリュー卿も部下の男も何も言わなかった。相当不快に思っていたのかもしれない。

 ━━どうしよう。また怒らせちゃった。

 何を言えばいいのか。どうすれば許してもらえるのか。そんなことをじっと佇んで考えていると、アンドリュー卿がゆっくりと私の下にやって来た。
 アンドリュー卿の大きな身体が目の前に立ちはだかる。殴られるのではないかと思うと怖くて、私は目を閉じた。そして、身体を強張らせてこれから来るであろう痛みに備える。

「シア」

 アンドリュー卿が言った。私をそんな風に呼ぶ人は初めてだったから思わず目を開けて彼を見た。

「明日から遠征に行くことになった。場所が場所だから次にまた会えるのは早くても半年後だろう」
「・・・・・・はい」
「明日の準備をしないといけないからこれで失礼するよ」
 アンドリュー卿は返事も待たずに扉を閉めた。
 拒絶されているのは明らかだ。私はすぐに客室から離れて自室へと戻った。







 翌朝の早朝、アンドリュー卿は挨拶もなく旅立った。
 それから1年半後の今日に至るまで彼からは何の音沙汰もなかった。ただ、彼が戦地で大活躍をしたという話は、戦場から程遠い公爵領まで聞こえてきた。そして、ジェシカの功績の話も。

 モンスター討伐の責務を全てアンドリュー卿に押し付けることは、例え公爵ほどの権力者であっても不可能だったらしい。軍隊の派遣こそ免除されたものの、国王陛下はジェシカを治療士として戦場に向かわせるようにと命令した。危険な場所にジェシカを行かせることをお父様は嫌がったのだけれど、王命に逆らえるはずもなかった。アンドリュー卿が出立してから約3週間後に、ジェシカも戦場へと向かった。
 後方支援の役割を与えられたジェシカは、傷ついた戦士達を治癒の力で治していったそうだ。その人数はかなり多かったらしく、モンスター討伐の集結が宣言されてから1年経った今でも、お礼の手紙や品が数多く届く。
そのお礼の品の中には、国王陛下から贈られた物もあると言うのだから、ジェシカはやっぱりすごい子だ。

 戦時中のジェシカの活躍を聞けば聞くほど、私は怖くなった。アンドリュー卿が"ジョルネスの娘"が誰だったのかを悟ってしまったと思わずにはいられなかったからだ。

 ━━もしかしたら、みんなが言うようにアンドリュー卿は既に気づいてしまったのかもしれない。

 そうじゃなければ、討伐が終わってから1年も妻を放っておくはずがないから。
 アンドリュー卿が迎えに来てくれないから、私は今もジョルネス公爵領にある城で暮らしている。
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