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リアとカイルが本当の夫婦になってから1年。春の陽気が続くある日に、教会から使者がやってきた。
「リア・マレンシア公爵夫人。聖痕を持つ神に祝福されしお方。どうか、あなたの癒しの力を、ぜひ人々のためにお貸しいただきたいのです」
そう告げた使者の言葉に、リアは戸惑った。
教会はリアに"聖女として洗礼"を願っているのだ。
赤い目を隠す事をやめた結果、リアの瞳の事が噂となって、教会にまで届いたのだろう。その結果、彼らはリアにこうした要請を行ったのだ。
「私は・・・・・・」
戸惑うリアの肩をカイルは抱いた。
「大丈夫」
彼は彼女の目をしっかりと見つめて優しく囁くと、使者に向かって言った。
「突然の要請に妻は戸惑っています。どうか、考える時間を下さい」
カイルの言葉に使者は頷くと、「後日改めて」と言って帰って行った。
「リア、教会からの要請だが。気が乗らないのなら、断ってもいいんだ。マレンシア公爵家から教会に寄付をする形で丸く収まる事なのだから」
カイルの優しさを感じて、リアは自然と笑みがこぼれた。
「ありがとう。そう言ってもらえて気が楽になったわ。ただ、少し考えてもいい?」
「勿論だ。君が納得するまで、焦らずゆっくりと考えるといい。俺は君が出した結論を尊重するよ」
彼は彼女を抱きしめると、額にキスをした。リアは再びお礼を言うと、カイルの身体から離れてじっくりと考え始めた。
━━聖女か。
聖痕を持って生まれた上、聖なる光で人を治療する力も備わっている。本来であれば、リアはもっと早い時期から聖女となり、人のために尽くしているはずだった。
しかし、そうできなかったのは、実父のグレイハウンド侯爵がリアの力を執拗に狙っていたから。彼の道具になりたくなかったから、ずっと身を潜めて生きていたけれど、今はもう、そうする必要はない。
グレイハウンド侯爵の不正をカイルが暴き、侯爵の力を削ぎ落としたから。リアはもう、聖女としての力を隠さなくても良いのだ。
━━でも、また侯爵のような人に狙われたらどうしよう。
不安を抱えながら、窓の外を見た。
窓の外━━離れの中庭には、リアの母と子爵がいた。
母は、リアから引き継いだ庭を熱心に手入れしている所だった。子爵は母を手伝い、肥料の入った重たい袋を一生懸命に運んでいる。
自分達家族がこんな幸せを掴めたのは優しいカイルのおかげだとリアは今でも思っていた。カイルは私のために尽くし、両親にまで良くしてくれていると。
そして、それに対して自分は彼に何ももたらしていないと反省する。
━━聖女は名誉ある役職だから、マレンシア公爵家に貢献できるものがあるはずよ。
少しばかり、不安も拭えないが、教会を手伝う価値はあると彼女は思った。
真剣に黙々と、夜遅くまで悩んだ末に、彼女はようやく決断した。
彼女は次の日の朝、食堂でカイルに向かってはっきりと宣言した。
「私、聖女として、教会のお手伝いをするわ」
「そうか」
カイルはナイフとフォークを置いた。
「理由を聞いてもいい?」
問われたリアは答えた。
「一つは聖痕という神の祝福を受けたのですから、それを人々のために役立てたいのです」
「うん」
「もう一つは、私にこんな素敵な毎日を贈ってくれた旦那様に、お礼がしたくて・・・・・・。聖女の名誉はマレンシア公爵家にそれなりの物をもたらすと思うのです」
「それは・・・・・・。気持ちは嬉しいが、それを理由に聖女の仕事を引き受けなくていい。俺はそんな見返りが欲しくて君を妻にしたわけじゃないから。これではグレイハウンド侯爵と同じになってしまう」
カイルがそう言うと、リアは首を振った。
「いいえ。全然違いますわ」
そう言ってリアは柔らかな微笑みを浮かべた。
「侯爵は搾取するだけの人ですから。あなたとは根本的に違うのです。私は、私に与えてくれた物を、カイルを含めた皆さんにお返ししたいのです」
「皆さん?」
リアは頷いた。
「最後の理由ですが、私は、幼い頃から善意で私を助けてくれた優しい人達に恩返しをしたいのです。そして、かつての私や両親のように、困った立場にいる人を、今度は私が助けてあげたい。そう思いました」
それを聞いたカイルは優しい笑みを浮かべて頷いた。
「すごく良い心がけだと思う」
「ありがとうございます。でも、旦那様には一つだけ手伝って欲しい事があるのです」
「何かな?」
「グレイハウンド侯爵のような人間がまた現れた場合。・・・・・・その時は、旦那様の力を貸していただきたいのです」
「勿論。そんな人間を君には近寄らせない」
彼はそう言うと、自信たっぷりに笑った。
カイルの笑顔を見たリアの心から不安がゆっくりと払拭された。
そして、彼女のその気持ちは微笑となり、カイルに伝わった。彼は彼女の笑みを見て、ふっと笑うと、ナイフとフォークを再び取った。
こうして、リアは教会からの要請を受け入れたのだ。
聖女として正式に任命された彼女は、月に数回、教会を訪れては、癒しの力で怪我と病気に苦しむ人々を治した。彼女の誠実な働きぶりと穏やかな微笑みは瞬く間に人々の心を掴んだ。
教会からは協力費としてわずかではあるものの謝礼が渡された。そして、治療を施した裕福な人からは個人的なお礼として贈呈品が贈られる事もあった。
リアはもらったそれを自身の懐に入れなかった。その代わりに、彼女は、孤児院や療養施設など、各地の慈善団体に寄付したのだ。
それを見たカイルは、「少しは君自身が受け取ってもいいんじゃないか」と笑ったが。
その時、リアは静かに微笑んでこう答えた。
「侯爵から逃れていた幼い頃、貧しくて苦しかった私達母娘を救ってくれた人達は、みんな、見返りなんて求めずに、ただ手を差し伸べてくれました。だから、私もそんな優しい人になりたいんです」
その言葉は瞬く間に広がった。彼らのやり取りを偶然耳にした人が痛く感銘を受けて方々に話したのだ。その結果、「徳の高い聖女」としてリアの名は広く知られるようになったのはいうまでもない。
街を歩けば誰もが挨拶をしてくれる。笑顔で名前を呼び、花を手渡してくれる子どもたち。感謝の言葉を口にする老人たち。
かつて、侯爵に狙われ、顔を伏せて歩いていたあの日々がまるで嘘のようだった。
リアはそんな風に思った。
優しい風が吹く春の庭で、カイルの隣に立ちながら、ふと彼を見上げる。
「ありがとう。私がこうして笑っていられるのは、旦那様のおかげです」
「どうしたんだい? 急に」
は突然の感謝の言葉に戸惑うカイルに向けてリアは言った。
「何度言っても言い足りないくらい、私は幸せなんです」
言葉少なに交わす会話の中に、確かな温もりがあった。
充実感があって、穏やかで平和な日々。
それは、リアがかつて夢にも思わなかった幸せな未来だった。
『お飾り妻の私が旦那様の初恋の人なのですか?』了
「リア・マレンシア公爵夫人。聖痕を持つ神に祝福されしお方。どうか、あなたの癒しの力を、ぜひ人々のためにお貸しいただきたいのです」
そう告げた使者の言葉に、リアは戸惑った。
教会はリアに"聖女として洗礼"を願っているのだ。
赤い目を隠す事をやめた結果、リアの瞳の事が噂となって、教会にまで届いたのだろう。その結果、彼らはリアにこうした要請を行ったのだ。
「私は・・・・・・」
戸惑うリアの肩をカイルは抱いた。
「大丈夫」
彼は彼女の目をしっかりと見つめて優しく囁くと、使者に向かって言った。
「突然の要請に妻は戸惑っています。どうか、考える時間を下さい」
カイルの言葉に使者は頷くと、「後日改めて」と言って帰って行った。
「リア、教会からの要請だが。気が乗らないのなら、断ってもいいんだ。マレンシア公爵家から教会に寄付をする形で丸く収まる事なのだから」
カイルの優しさを感じて、リアは自然と笑みがこぼれた。
「ありがとう。そう言ってもらえて気が楽になったわ。ただ、少し考えてもいい?」
「勿論だ。君が納得するまで、焦らずゆっくりと考えるといい。俺は君が出した結論を尊重するよ」
彼は彼女を抱きしめると、額にキスをした。リアは再びお礼を言うと、カイルの身体から離れてじっくりと考え始めた。
━━聖女か。
聖痕を持って生まれた上、聖なる光で人を治療する力も備わっている。本来であれば、リアはもっと早い時期から聖女となり、人のために尽くしているはずだった。
しかし、そうできなかったのは、実父のグレイハウンド侯爵がリアの力を執拗に狙っていたから。彼の道具になりたくなかったから、ずっと身を潜めて生きていたけれど、今はもう、そうする必要はない。
グレイハウンド侯爵の不正をカイルが暴き、侯爵の力を削ぎ落としたから。リアはもう、聖女としての力を隠さなくても良いのだ。
━━でも、また侯爵のような人に狙われたらどうしよう。
不安を抱えながら、窓の外を見た。
窓の外━━離れの中庭には、リアの母と子爵がいた。
母は、リアから引き継いだ庭を熱心に手入れしている所だった。子爵は母を手伝い、肥料の入った重たい袋を一生懸命に運んでいる。
自分達家族がこんな幸せを掴めたのは優しいカイルのおかげだとリアは今でも思っていた。カイルは私のために尽くし、両親にまで良くしてくれていると。
そして、それに対して自分は彼に何ももたらしていないと反省する。
━━聖女は名誉ある役職だから、マレンシア公爵家に貢献できるものがあるはずよ。
少しばかり、不安も拭えないが、教会を手伝う価値はあると彼女は思った。
真剣に黙々と、夜遅くまで悩んだ末に、彼女はようやく決断した。
彼女は次の日の朝、食堂でカイルに向かってはっきりと宣言した。
「私、聖女として、教会のお手伝いをするわ」
「そうか」
カイルはナイフとフォークを置いた。
「理由を聞いてもいい?」
問われたリアは答えた。
「一つは聖痕という神の祝福を受けたのですから、それを人々のために役立てたいのです」
「うん」
「もう一つは、私にこんな素敵な毎日を贈ってくれた旦那様に、お礼がしたくて・・・・・・。聖女の名誉はマレンシア公爵家にそれなりの物をもたらすと思うのです」
「それは・・・・・・。気持ちは嬉しいが、それを理由に聖女の仕事を引き受けなくていい。俺はそんな見返りが欲しくて君を妻にしたわけじゃないから。これではグレイハウンド侯爵と同じになってしまう」
カイルがそう言うと、リアは首を振った。
「いいえ。全然違いますわ」
そう言ってリアは柔らかな微笑みを浮かべた。
「侯爵は搾取するだけの人ですから。あなたとは根本的に違うのです。私は、私に与えてくれた物を、カイルを含めた皆さんにお返ししたいのです」
「皆さん?」
リアは頷いた。
「最後の理由ですが、私は、幼い頃から善意で私を助けてくれた優しい人達に恩返しをしたいのです。そして、かつての私や両親のように、困った立場にいる人を、今度は私が助けてあげたい。そう思いました」
それを聞いたカイルは優しい笑みを浮かべて頷いた。
「すごく良い心がけだと思う」
「ありがとうございます。でも、旦那様には一つだけ手伝って欲しい事があるのです」
「何かな?」
「グレイハウンド侯爵のような人間がまた現れた場合。・・・・・・その時は、旦那様の力を貸していただきたいのです」
「勿論。そんな人間を君には近寄らせない」
彼はそう言うと、自信たっぷりに笑った。
カイルの笑顔を見たリアの心から不安がゆっくりと払拭された。
そして、彼女のその気持ちは微笑となり、カイルに伝わった。彼は彼女の笑みを見て、ふっと笑うと、ナイフとフォークを再び取った。
こうして、リアは教会からの要請を受け入れたのだ。
聖女として正式に任命された彼女は、月に数回、教会を訪れては、癒しの力で怪我と病気に苦しむ人々を治した。彼女の誠実な働きぶりと穏やかな微笑みは瞬く間に人々の心を掴んだ。
教会からは協力費としてわずかではあるものの謝礼が渡された。そして、治療を施した裕福な人からは個人的なお礼として贈呈品が贈られる事もあった。
リアはもらったそれを自身の懐に入れなかった。その代わりに、彼女は、孤児院や療養施設など、各地の慈善団体に寄付したのだ。
それを見たカイルは、「少しは君自身が受け取ってもいいんじゃないか」と笑ったが。
その時、リアは静かに微笑んでこう答えた。
「侯爵から逃れていた幼い頃、貧しくて苦しかった私達母娘を救ってくれた人達は、みんな、見返りなんて求めずに、ただ手を差し伸べてくれました。だから、私もそんな優しい人になりたいんです」
その言葉は瞬く間に広がった。彼らのやり取りを偶然耳にした人が痛く感銘を受けて方々に話したのだ。その結果、「徳の高い聖女」としてリアの名は広く知られるようになったのはいうまでもない。
街を歩けば誰もが挨拶をしてくれる。笑顔で名前を呼び、花を手渡してくれる子どもたち。感謝の言葉を口にする老人たち。
かつて、侯爵に狙われ、顔を伏せて歩いていたあの日々がまるで嘘のようだった。
リアはそんな風に思った。
優しい風が吹く春の庭で、カイルの隣に立ちながら、ふと彼を見上げる。
「ありがとう。私がこうして笑っていられるのは、旦那様のおかげです」
「どうしたんだい? 急に」
は突然の感謝の言葉に戸惑うカイルに向けてリアは言った。
「何度言っても言い足りないくらい、私は幸せなんです」
言葉少なに交わす会話の中に、確かな温もりがあった。
充実感があって、穏やかで平和な日々。
それは、リアがかつて夢にも思わなかった幸せな未来だった。
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