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1-2 愛した人は幻だった

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 私がケイン様を好きになったのは、七歳の秋だった。私が王室の庭園に招かれてケイン様と初めてお茶をした時だ。
 その日は少し寒かった。薄着だったから肌寒く感じていたのに、小さな私はそれを言い出せずにいた。上着をもってくるように使用人に指示すればいいだけのことなのに、ケイン様を前に緊張してできなかったのだ。
 肌寒さを堪えながらお茶をしていたら、不意にケイン様が自分の上着を私の肩にかけてくれた。お礼を言えば、ケイン様は「寒そうだったから」と、はにかんだ。私はその顔を今でも忘れられない。

 私はケイン様のそういうちょっとした気づかいのできる優しいところが好きだった。私が好きだったケイン様は、気配り上手で思いやりのある人だった。

 七歳のお茶会から、私達は少しずつ仲を深めた。私はケイン様が好き過ぎて積極的にアプローチした。例えば、事あるごとに彼をお散歩やお茶に誘ってデートの真似事をした。祝い事の日には手作りのクッキーや刺繍を渡した。それを端から見ていたベッキーにはよくからかわれていた。

 ケイン様はあの当時から私をそんなに好きではなかったかもしれない。けれど、私の好意を拒否することなく、まんざらでもないといった態度だった。だから、少なくとも嫌われてはいなかったと思う。例えその程度であっても、あの頃の私は幸せだった。

 でも、そんな日々はあっさりと終わりをつげた。15歳になって学園に入学してから、ケイン様は変わってしまったのだ。
 ケイン様は常に誰かと自分を比べるようになった。誰にも劣らないように、一番になれるように。大人の年齢に近づいていた彼は、王位継承権を意識するようになったのかもしれない。
 ケイン様のそういった意識は、最初のうちは、"努力"というプラスの方向へ働いていたように思う。でも、ミランダと関わるようになってから、段々と悪い方へ向かっていった。
 勉学で一番を取ればミランダがそれを不自然なほどおだてた。真に受けたケイン様はそれを鼻にかけて周囲を見下すような態度を取っていた。
 武術や魔術の成績が上がればミランダはケイン様を称賛した。そうすると彼は、まるで自分が優れたものとでも言いたげに暴力的に武術や魔術を振るうようになった。
 私が好きだった周囲を思いやるケイン様はすっかり鳴りを潜めてしまった。
 強さと権威を求めていくケイン様は、私からしてみれば、逆に弱く脆くなっていくように感じた。
 だから私は彼にたくさんの助言や忠告をした。人を馬鹿にすれば人から慕われなくなると。自分の言動はいつか必ず自分自身に返ってくると。付き合うべき相手を考えた方がいいと。

 でも、ケイン様には私の言葉は届かなかった。心地のよい言葉を並べるだけのミランダを傍に置き、私を遠ざけるようになったのだ。
 今思えば、私にも問題があったのかもしれない。だって、あの時の私は口うるさい母親みたいだったもの。もし、次に誰かと付き合うことがあるならああいったことをするのは控えよう。
 そんなことを思いながら苦笑していたら、ベッキーに「何を笑っているの」と呆れられた。

 私はベッキーに別れの挨拶を告げて馬車に乗った。次に彼女と会う時は、ケイン様との関係をキッパリと終わらせているといいのだけれど。そんなことを揺れる馬車の中で考えていた。
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