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第58話 光(エル視点/??視点)

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 サラと子供達を連れて、王都の市場へと繰り出した。

 人々で賑わう市場は活気があり、多種多様な商品が売られていて、サラと子供達は目をキラキラと輝かせながら店を眺めている。

 こんなに人で溢れているのに、サラの容貌は人の目を惹くらしく、髪色を地味な茶色にしてもなお、道行く男達の視線を独占していた。
 だけどサラ本人はそんな視線に全く気づくこと無く、子供達の世話で忙しそうにしている。

 今度は二人っきりで来ようと密かに思っていると、少し離れた方向から何かが壊れる音と、人々の悲鳴が聞こえてきた。

 突然起こった異常事態に、サラと子供達の安全を確保しながら合流したヴィクトル達と原因を探ろうとした時、目の前にバザロフ司教が現れた。

 騒ぎの原因はこのバザロフ司教で、彼は僕達を殺すべく市場の真ん中で<穢れし者>を開放してしまう。

 予めシス殿から聞かされ、騎士団と情報を共有し連携の練習をしてきたこともあり、僕達は六属性の浄化魔法で<穢れし者>の討伐に成功することが出来た。

 サラ達を離宮に避難させ、先に暴れていたもう一体を浄化し、事後処理を終わらせた僕は、一刻も早く彼女に逢いたくて離宮へと急ぐ。

 応接室の扉を開くと、子供達の面倒を見て疲れたのだろう、サラがソファーにもたれ掛かり、うとうとと微睡んでいた。

 僕はサラの寝顔を見て、彼女達が無事で良かったと心から安堵する。だけどサラは悪い夢を見ているのか、その表情が強ばるのを見た僕は、起こすのは可哀想だな、と思いつつ仕方無しに彼女を起こす。

 眠りから覚めた彼女は僕の顔を見ると花のような笑顔になった。その笑顔に、僕は本当に彼女が好きでたまらないのだと思い知らされる。

 そうして、怪我もなく<穢れし者>を浄化できた僕の無事を喜んでくれたサラが掛けてくれた一言に、僕は不覚にも泣きそうになってしまう。

「これも全部エルのおかげだね! エルが闇属性で本当に良かったよ」

 ──サラの屈託ない笑顔とその言葉に、僕は何度救われたのだろう。

 僕は情けない顔を見られないように、サラをぎゅっと抱きしめる。

 サラを想うだけで胸が苦しくなって、涙が出そうになる。自分より大切な存在が現れるなんて、想像もしていなかった。

「私もエルと出逢えて嬉しいよ……大好き」

 嬉しい言葉とともに、抱きしめ返してくれるサラのぬくもりを感じて心が満たされていくけれど、満たされれれば満たされるほど、彼女を失う恐怖に襲われてしまう。

 サラを失いたくない──彼女にはずっと笑顔でそばにいて欲しい。僕は心からそう願っていた、なのに────……




 ──<穢れを纏う闇>が瘴気を纏った触手で襲いかかってくる。もう少しで外に出られたのに、あと一歩届かなかったようだ。
 迫りくる邪悪な気配に、覚悟を決めた僕の視界に一瞬、鮮やかな紅色がよぎる。

 その色は、僕の最愛の人が持つ色で──。

「──っ?! サラっ!!!」

 何が起こったのかわからず、どうして彼女がと思った瞬間、僕の目の前で赤い花びらが散った。

「……え?」

 赤い花びらだと錯覚したのはサラの身体から飛び散った鮮血で、黒い触手が彼女の身体を深々と貫いていた。

 その壮絶な光景に、一体何が起こっているのかを理解する前に、サラの身体から光が迸り僕の視界を真っ白に染め上げる。

 光が音さえ掻き消してしまったのか、僕はまるで真っ白な世界にたった一人、取り残されてような感覚に陥ってしまう。

 サラから迸った光は止まらず、王宮中を照らしていく。

 その王宮から発せられた光の輝きは、目撃した王都中の人々に神が王宮に降臨されたと勘違いさせるほどだった。

 光の奔流が止まり、視界が通常の状態に戻ってくる。それと同時に、騎士団員達が喜ぶ声が聞こえてくる。

「<穢れを纏う闇>が消えたぞっ!!」

「俺の怪我が治ってる!!」

「瘴気にやられてた奴らが目を覚ましたぞ!!」

 サラは聖属性を発現し、その聖なる光で瘴気を祓い<穢れを纏う闇>を浄化したのだろう。さらに治癒の力まで使い、負傷した人間全員を癒やしたのだ。

 まさかの奇跡に、元気になった団員達が湧くけれど、僕の腕の中にいるサラだけは静かなままだ。

「……サラ? サラっ?!」

 僕が必死に呼びかけても、サラはピクリとも動かない。
 身体は動かないのに、血は彼女から止めどなく流れ落ちていく。

 僕は一瞬でもサラの死を考えたくなかった。少しでも彼女の死を意識してしまえば、本当に彼女を失うかもしれないと本気で思ったのだ。

 僕やシス殿、騎士団員達を心配して怪我を癒やしたくせに、どうして自分のことにはこうも無頓着なのか。

 動かない僕とサラの様子に気づいた団員達が慌てて駆け寄ってくる。

「……っ?!」

「なっ……!?」

「宮廷医を呼べっ! 早くっ!!」

「止血できる布はないか!!」

「治療室に運ぶぞ!! 準備しろ!!」

 団員達がサラを助けようと必死になっているのに、肝心の僕はサラを失う恐怖で彼女の身体を離すことが出来ない。
 サラの身体を抱きしめて震えることしか出来ない僕のもとへ、シス殿が急いで走ってきた。
 その手には数本の<聖水>が握られている。

「殿下!! サラの傷を見せて下さい!!」

 シス殿からの指示を受け、サラの傷口が見えやすいように腕を緩めると、シス殿が傷口に<聖水>を何本も振りかける。
 さっきの戦いで辛うじて残っていた<聖水>をかき集めてくれたのだろう。

 <聖水>を掛けられた傷口が光り、血が止まったかと思うと、傷ついた内臓が元に戻り、抉られた肉が再生していく。

 僕は初めて<聖水>が傷を癒やすところを見たけれど、その様子は正に神の奇跡としか言いようがない光景だった。

「……ふぅ。ギリギリでしたが、これでサラは大丈夫でしょう」

 シス殿の無事を告げる言葉に、ようやく僕は息を吐き出すことが出来た。サラの身を案じるあまり、無意識に呼吸を止めていたらしい。

「有難うございます……! ああ、本当に良かった……!! サラ……っ!!」

 幾分か顔色が良くなったサラを抱きしめ、規則正しく動く心臓の音に安堵する。

「まったく、このバカ娘は。目を覚ましたら説教だな」

 シス殿の意見に、僕は全面的に同意する。
 そして、いかに自分が僕にとって大切な存在なのか、サラにはその身を以って理解して貰う必要があるだろう。

 僕はサラを抱き上げ、治療室に運ぶべく立ち上がる。

 ふと振り返って玉座の間を見ると、破壊され瓦礫まみれになった場所が、サラの光を受けたからか、まるで静謐で神の光に満ち溢れた神殿のように見えた。

 その光景がアルムストレイム教を象徴しているような気がしたのはきっと、間違いではないのだろうな、と思う。

 そうして、僕はこの腕の中にあるサラのぬくもりに感謝しながら、玉座の間を後にしたのだった。




 * * * * * *




 ──夢を見た。

 その夢の私は別人になっていて、見たことがないどこかの国の風景をその瞳に映していた。



 日が西に傾き、空が薄っすらとオレンジ色に染まっていく。
 光を受けて金色に光る雲と、少しだけ残っていた青色の空のコントラストに、自然が作り出す光景は素晴らしい、と感動する。

 視界いっぱいに広がる空の下、荒野かどこかだろうか、大きく開けた土地の一面に沢山の魔物の死体が横たわっていた。

 魔物の暴走が起きたのかもしれない。
 中には高レベルの魔物が何種類もいて、この戦いが壮絶だったことを物語っている。

 ──全ての生命が息絶え、まるでこの世界に生きているのは自分だけみたいだった。

 その時、ふと人の気配を感じたので視線を動かすと、魔物達の亡骸の上に立っている人物が目に入った。

 その人物は紫色の瞳の、驚くほど顔が整っている青年だった。
 長く伸ばした髪は一つにくくられており、その絹のようななめらかな白い髪が風になびく様は、稀代の芸術家が描く肖像画のようだった。

 魔物達の死骸の山を背景にしてもなお、その美しさは損なわれることがなく、むしろ彼の美しさを引き立たせている。

 そんな彼から限界まで磨き上げられた魔力の波動を感じ、もしかして彼がこの魔物達を殲滅したのでは、と思い至る。

 大地を埋め尽くすほどの、夥しい数の魔物を見てまさか、と思う。だけどもしかして、と思ってしまう自分がいるのもまた事実で。

 ずっと凝視していたからだろう、青年が視線に気づいて私を見る。

 夕焼け色に染まる光の中で、紫色の瞳が私を写し、目が合ったと思った瞬間、彼が私に微笑みかけた。

 その微笑みに、そして自信に溢れる瞳を見て、胸が高鳴るのを不思議に思いながらも、本当に彼が一人で魔物達を殲滅したのだと理解する。

 人を惹きつけて止まない容姿と、圧倒的な強さを併せ持つその青年に、私が憧憬の念を抱くのは当然のことだった。

 彼の役に立ちたい、彼の隣に立てるような、そんな人間になりたい──それが、私が持つたった一つの望みとなった。

 だけど、そんな私が追いつく間もなく、彼はどんどん頭角を現していく。必死に追いつこうと喰らいつき、あともうすぐ、というところまで来たその時。

 彼は突然団長を辞して、姿を眩ませてしまったのだ──私を置いて。

 彼と何かを約束したわけでもない、私の一方的な想いだったけれど、それでも裏切られたと思うのは仕方がないのかもしれない。

 そうして、何時までも彼を追い求める私を神が哀れに思ったのか、十五年の歳月を経て、ようやく私は彼と再会を果たすことが出来た。

 行方をくらます前と変わらない姿の彼を目にし、思わず心臓が高鳴ってしまう。

 ──ああ、やはり彼が、彼だけが私の心を動かすのだ──!




 そうして、彼の心は少しずつ歪んでいった。お爺ちゃんへの憧憬にも似た、思慕の念の強さ故に。

 私は彼──トルスティ大司教の過去を垣間見たのだろう。
 トルスティ大司教を飲み込んだ<穢れを纏う闇>に触れ、同調した私に彼の記憶と感情が流れてきて、その想いと切なさに胸が張り裂けそうに痛む。

 トルスティ大司教の運命は、お爺ちゃんと出逢ったあの夕焼け空の下で、お爺ちゃんの笑顔を見た瞬間に変わってしまったのかもしれない。



 ──涙が頬を伝う感触に、私は長い眠りから目覚めた。




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