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第57話 穢れを纏う闇

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 私は玉座の間から出るべく、扉に向かって全力で走る。

 そうして一歩、玉座の間から出た私はくるっと身体を反転させると、覚えたての光攻撃魔法の呪文を詠唱する。

『我が力の源よ 我が手に集いて 輝ける光の槍となれ ルクス・クリス!!』

 私は玉座の間の中にいる闇のモノへ魔法を放つ。

 もしかして玉座の間に入ると魔法が無効化されるかも、と思ったけれど、トルスティ大司教を取り込んだ闇のモノに、私の魔法が無事直撃する。
 私が放った光の槍は威力を落とすこと無く闇のモノに刺さり、その身体を大きく抉り取った。

 市場で闇のモノに襲われた時、何も出来なかったことが悔しくて、私はその悔しさをバネに光属性の攻撃魔法を必死で覚えたのだ。

 私が放った魔法は肩らしき場所を大きく抉るけれど、驚異の再生力でみるみるうちに元の姿へ戻ってしまう。
 攻撃は効かなかったけれど、玉座の間の外からの攻撃が有効だとわかっただけで成功だ。

(闇のモノを玉座の間から引きずり出さなくても、外から魔法を放てば攻撃は通用するんだ!!)


 魔法の攻撃を受けたことで、闇のモノが私の存在に気付き、こちらに顔を向けると「……コノ、小娘ガァアアアアアッ!!」と叫んだ。

「嘘っ!! 喋った?!」

 闇のモノが人語を喋るとは思わなかった私はめちゃくちゃ驚いた。
 その聞き覚えがある声に、もしかするとまだ闇のモノは完全にトルスティ大司教と同化出来ていないのかもしれない、と思う。

(じゃあ、もしかして完全に同化してしまうと、<穢れを纏う闇>に──?!)

 思わず最悪な想像をしてしまい、ぶるっと身体が強張ってしまう。

「サラっ!! 逃げてっ!!」

「バカ何してんだっ!! とっとと逃げろっ!!」

 エルとお爺ちゃんが私に向かって走ってくる。
 その後を騎士団の人達が追いかけているのを見て、私が伝えたかったことに気付いてくれたのだと理解する。

『我が力の源よ 我が手に集いて 輝ける光の弓となれ ルクス・アルクス!!』

 エル達が逃げろと言うのも構わず、私は光魔法で攻撃を続ける。
 せめて皆んなが玉座の間から出てくるまで、時間稼ぎをしようと思ったのだ。

「オノレ……オノレェェェエエエ!!」

 光り輝く弓矢に射抜かれた闇のモノが怨恨の声を上げ、その叫びに呼応するかのように邪悪な気配が爆発的に膨れ上がり、玉座の間に瘴気が溢れていく。

 既の所で瘴気から逃れ、お爺ちゃん達が玉座の間から脱出する。
 あとちょっとでも脱出が遅れていたら、瘴気に囚われて闇のモノに飲み込まれていたかもしれない。

 闇のモノの身体は更に歪に変貌を遂げ、禍々しい瘴気が闇のモノを中心に渦巻いている。

「完全に同化する前に倒すぞっ!! 全員魔法をぶち込めっ!!」

「「「「「はいっ!!」」」」」

 お爺ちゃんの命令にエルや騎士団の人達が、それぞれが持つ属性の魔法を詠唱する。
 
『──天駆ける蒼穹となり驕りし者を撃滅せよ ウェントゥス・アルクス!』

『──猛る灼熱の炎となり全てを燃やし尽くせ イグニス・インフラマラエ!』

『──流転する水の槍となりかの敵を穿て リクオル・クリス!』

『──大地を揺さぶる石巌となり万物を砕け ウェルテクス・グランス!』

『──昏き深淵の刃となり全てを切り裂け オプスクーリタース・ラーミナ!』

『──眩き光の剣となり悪しき者を斬り刻め ラディウス・グラディオス!』

 あっという間に魔力を練り上げ、呪文を完成させる手際の良さに、思わず惚れ惚れしてしまう。

 そして、それぞれの属性の色を放ちながら、六属性の魔力が闇のモノへと襲いかかる。

「──!? ……!! ……──!!!」

 声にならない絶叫に、攻撃が効いている手応えを感じる。
 市場の時の闇のモノにも効いていたし、間違いなく浄化の効果は出ているようだ。

「や、やったか……?」

「瘴気の増加が止まった……?」

「……俺、もう魔力がほとんど残ってないんだけど」

 騎士団の人達が闇のモノの様子を窺っているけれど、フラグを立てるのはやめて欲しい。

 攻撃が終わり、充満していた瘴気が少しずつ晴れていく。
 瘴気が無くなった玉座の間の中を改めて見ると、大理石でできた壁や床、柱のあちこちにヒビが入っている。
 抉れているところも沢山あって、豪華絢爛だった内装は見るも無残な状態となってしまった。

(……あちゃー。これは元に戻すの大変だろうなぁ……)

 そんな瓦礫まみれの玉座の間の真ん中あたりに、人間ほどの大きさの黒い塊が残っていた。
 部屋の外からはよくわからないけれど、もしかしたら闇のモノに飲み込まれていたトルスティ大司教の亡骸かもしれない。

 黒い塊を放置できないので、お爺ちゃんとエルが騎士団の人達を伴い、確認をするために玉座の間へ入ることになった。

「……後始末してきますから、サラはここで待っていて下さいね」

「う、うん」

 トルスティ大司教の亡骸が気になるけれど、エルに釘を差されてしまい、ここは大人しく従った方が良いな、と思った私は扉の影に隠れて様子を窺うことにする。

 黒い塊はやはり亡骸のようで、生命の気配は全く感じられない。
 それでも念の為、お爺ちゃんが黒い塊に近付き、中心に向かって剣を突き立てた。

”パキィイイイン!!”

「「「「「──っ?!」」」」」

 剣が床に当たった音ではない、ガラスのようなものが割れる音に全員が驚愕する。

「伏せろっ!!!!」

 お爺ちゃんが叫び、全員に命令するけれど、逃げるより先にトルスティ大司教の亡骸から、膨大で濃密な瘴気が爆発するかのように溢れ出した。

「ぐがあっ!!」

「がふっ!!」

「うわぁあああ!!」

 お爺ちゃんの声に反応が一瞬遅れた騎士団の人達が、瘴気をモロに浴びて吹き飛ばされてしまう。
 さっきまで戦っていた闇のモノなんかとは比べ物にならないほどの重圧──!!
 そんな悍ましい存在に、心の奥底から恐怖が込み上げてきて全身の血管が凍ってしまいそうだ。

「……くそがぁっ!! やりやがったなっ!! あいつ──っ!!」

 お爺ちゃんの言葉に、トルスティ大司教が仕込んでいた闇のモノがまだ残っていたのだと理解する。

 さっきの闇のモノもどんどん強くなって行ったから、てっきりアレが<穢れを纏う闇>だと思っていたのに……。離れていても感じるプレッシャーに息が苦しくなって、まるで生きた心地がしない。

(これが、本当の<穢れを纏う闇>……?! こんなの、どうやって倒せばいいの?!)

 私は<穢れを纏う闇>が最凶の厄災だと評される理由を魂レベルで理解した。これはもう人の手には負えないものだ。

 瘴気の大爆発から直撃は逃れたお爺ちゃんとエルだけれど、<穢れを纏う闇>の攻撃から身を守るのが精一杯らしく、玉座の間から脱出出来るほどの体力も残っていないようだった。
 それでも<穢れを纏う闇>を前にしてまだ生きていられることが、まるで奇跡のように感じてしまう。

 皆んなが魔法さえ使えたら<穢れを纏う闇>であっても浄化できたのに、と思うと悔しくなる。

 次々と団員さん達が倒れていき、このままだと全滅すると思った時、私の後ろから何人もの人達が走る音が聞こえてきた。

「殿下!! 団長!! ご無事ですか?!」

 玉座の間以外で警備していた騎士団の人達が、異変に気づいて駆けつけてくれたらしい。その手にはいくつもの箱を持っている。

「ありったけの<聖水>を持ってきました!!」

「でかした!! どんどんアイツに投げろっ!!」

「「「「「はいっ!!!」」」」」

 お爺ちゃんから命令された騎士団の人達が次々と<穢れを纏う闇>に<聖水>を投げつける。

「??!! ──────!!!!!!」

 お爺ちゃんの持つ<熾天>と同じように、聖属性を付与された<聖水>を浴びた<穢れを纏う闇>は、徐々に弱体化していく。

(今度こそ、お願い──!!!)

 私は今度こそ、この戦いが終わりますように、と必死に祈る。

 だけど、ついに<聖水>は残り数本となってしまう。何十本と<聖水>を浴びせたにもかかわらず、まだ消滅には至らない。
 一晩で三つの村を全滅させるという<穢れを纏う闇>の力は、想像より遥かに強かったのだ。

「──くっ!! 殿下、ヴィクトル!! 外からもう一度魔法をっ!!」

 騎士団の中でも闇と光属性はエルとヴィクトルさんしかいないけれど、駆けつけてくれた団員さん達を合わせると、もう一度六属性の浄化魔法が打てる──とお爺ちゃんは考えたようだ。

「「はいっ!!!」」

 最後の力を振り絞り、エルとヴィクトルさんが扉に向かって疾走する。

 そんな二人に気付いたのか、<穢れを纏う闇>がエル達の背中目掛けて瘴気を纏った大量の触手を放出した。

「させるかっ!!」

 お爺ちゃんが触手を次々と切り落とすけれど、流石に数が多すぎて、何本かの触手を打ち漏らしてしまう。

「──!! しまっ──!!」

 瘴気に穢れた触手がエルを貫こうとした瞬間──思わず私はエルを庇うように飛び出していた。

「──っ?! サラっ!!!」

 すぐそばで、私の名前を呼んだエルの声が、私に残された最後の記憶だった。
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