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第56話 熾天

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「闇のモノは聖なる力で殲滅させる。お前、俺が誰だか忘れたのか?」

 お爺ちゃんが首から取り出したのは、銀の台座に複雑な紋様が描かれ、紫色の魔石がはめ込まれているペンダントだった。

「そ……っ、それはっ?! <熾天>の──!?」

 ペンダントに見覚えがあるのか、トルスティ大司教が大きく目を見開いて驚いている。

『神の聖名において 熾天の封印退けん 死滅の穢れを祓う力よ 我に加護を与え給え』

 お爺ちゃんが<聖具>の起動言語を唱えると、ペンダントに刻まれた文様が光を放ちながら浮かび上がった。
 光の文様に呼応するかのように魔石が紫色に輝いたかと思うと、紫色の光が剣の形に姿を変える。

「使いたくなかったが仕方ねぇっ!! 『堕天せし者に 裁きの力をっ!』」

 お爺ちゃんの剣が紫電を纏い、バザロフ司教だったものを一刀のもとに斬り伏せる。

 <穢れし者>だったバザロフ司教の身体が、声なき悲鳴を上げながらボロボロと崩れ落ちていく。

 騎士団の人達が何千何百と切りつけてもなお、倒せなかった<穢れし者>が呆気なく消滅していく様子に、私は<聖具>の凄さを実感する。

「……どうして……っ! どうして貴方が未だにそれを持っているのですかっ?! それは聖下に認められた者しか……! っ!! ま、まさか、聖下はまだ貴方を──?!」

「ごちゃごちゃうるせぇな。これは俺が貰ったもんだ。……ったく。使う予定はなかったのに……余計なことしやがって」

 後で聞いた話では、お爺ちゃんが持つペンダントは、アルムストレイム教に従属する各聖騎士団の団長に与えられる<聖具>で、その中でも<熾天>は第一位階の強力な<聖具>であり、大聖アムレアン騎士団の団長が持つ武器なのだそうだ。
 本来であれば代々騎士団長に受け継がれる<聖具>だけれど、お爺ちゃんは団長を退いた後も持っていた。ちなみに現団長には新しい<聖具>が渡されているという。

「だったら、今なら……! 今ならまだ間に合います!! 今一度本国へ私と共に参りましょう!! そうすれば再び──」

「しつこいな。だから俺はもうアレ教とは何の関係も無いって言ってんだろ」

「っ!! 私には理解できません……! 次期<使徒座>の地位を放棄してまで、どうして……っ!」

「お前に理解して貰わなくて結構。いい加減黙れよ。死にたくなければさっさと結界を解け」

 お爺ちゃんが紫電を放つ剣の刃先をトルスティ大司教へ突きつける。

「……っ」

 ”バチバチッ”と放電する剣を向けられ、トルスティ大司教のこめかみから一筋の汗が流れ落ちていく。
 お爺ちゃんはトルスティ大司教から目を逸らさず、じっとその動向を窺っている。

 その場にいる全員の視線がお爺ちゃんとトルスティ大司教へ向けられ、二人の様子を固唾を飲んで見守っている。

 緊迫した雰囲気が流れていた玉座の間に、一瞬だけ空気の弛みを感じると、”ピキッ”と何かにヒビが入る音がした。

 どうやら自分に勝ち目がないと悟ったトルスティ大司教が、ようやく防御結界を解いたらしい。

 そしてやっと開放される、と玉座の間にいた人々が安堵した時、トルスティ大司教が懐から何かを取り出した。
 全員が気を弛めた瞬間を狙い、トルスティ大司教が取り出した物は、闇のモノが閉じ込めてある黒い水晶玉だった。

 だけどお爺ちゃんは油断せず警戒し続けていたのだろう、水晶玉を割る前にいち早く水晶玉ごとトルスティ大司教の腕を切り落とすと、零れ落ちた水晶玉に剣を突き立てる。
 水晶玉は粉々に砕け、黒い靄が剣の光にかき消されていく。

 それは結界が解かれてから水晶玉を剣で破壊するまで、ほんの一瞬の出来事だった。

「ぐあぁぁぁぁあ!! 腕がっ!! 腕がぁぁぁぁあっ!!」

 トルスティ大司教の絶叫が玉座の間にこだまする。

 その声を聞いて、ようやく貴族達はトルスティ大司教が闇のモノを放とうとしたことに気付いたらしい。

「うわぁっ!?」

「ひぃっ!!」

「な、なんと恐ろしい……!」

「まだ闇のモノを所持していたのか!!」

「大司教がどうして……!」

 貴族達が恐ろしいモノを見る目で、トルスティ大司教から距離を取る。
 穢れを祓う聖職者が<穢れし者>を使役する異常性に、得体のしれない恐怖を感じたのだろう、貴族達が玉座の間から次々と逃げ出していく。

 殺す予定だった貴族達が逃げ出しても、トルスティ大司教の意識はお爺ちゃんに向けられたままのようで、斬られた腕を抑え、痛みに耐えながらもお爺ちゃんを睨みつけている。

 今、この玉座の間に残っているのは、睨み合っている二人の他にエルと私、騎士団の人達だけで、国王陛下も既に避難を済ませたようだ。
 そしてエルは私を背に庇い、剣を抜いて戦闘態勢に入っている。

「お前の企みはお見通しなんだよ。ほら、残りの水晶玉も出せよ」

 私はお爺ちゃんの言葉にぎょっとする。アレをまだ持っているのか、と。
 っていうか、よくよく考えたらどうしてトルスティ大司教やバザロフ司教は、浄化せずに闇のモノを持っていたのだろう。
 闇のモノは災害レベルの被害を及ぼすけれど、だからといってそんな頻繁に顕れるものではないのだ。

(もしかして、アルムストレイム教は闇のモノを制御する術を持っている……?)

 嫌な予感を覚えつつも、お爺ちゃんに問い詰められているトルスティ大司教の様子を窺っていると、もう後がないはずなのに、惚けた表情でお爺ちゃんを見つめている。

「ふふふ……っ、さすがはシュルヴェステル様……! 歴代最強と謳われるだけありますね……。でも、そろそろ魔力が尽きるのではありませんか? <熾天>は巨大な力がある分、魔力の消費も凄まじいですからね……」

 トルスティ大司教の言葉に、お爺ちゃんが初めて動揺する。だけどその表情の変化は私だけがわかる些細なものだった。

「だとしてもお前を殺すぐらいの力は残っているぞ!」

「貴方の手にかかるのなら、それはそれで本望ですがね! だけど私の望みはそれじゃないんですよっ!!」

 トルスティ大司教がそう叫びながら、斬られていない手を懐に入れるけれど、それを見逃すほどお爺ちゃんは甘くなく、<熾天>を振りかぶった手がトルスティ大司教の身体を切り裂いた。
 やはり懐に隠していたのだろう、布の下から砕けた水晶玉の破片がパラパラと零れ落ちる。

「──ぐはっ……!!」

 斬られた傷口からどんどん血が溢れ出て、トルスティ大司教の血が大理石の床を真っ赤に染めていく。
 口から鮮血が噴き上げるけれど、それでもトルスティ大司教は血の気の引いた顔で、お爺ちゃんに向けて笑みを浮かべる。

「ふふふ……とうとう、<熾天>の……効力が無くなり、ましたね……。これで……貴方を守るものは……ありませんよ……!」

 トルスティ大司教の言葉通り、<熾天>から光が失われていく。お爺ちゃんの魔力はもう生命活動に必要な分しか残っていないようだ。

「お爺ちゃん!! 逃げてっ!!」

 私は自分でもわからない内にお爺ちゃんへと叫んでいた。だけど私の叫びと同時にトルスティ大司教の身体の中から黒い闇が広がっていく。

「──!! てめぇっ!! 自分の身体に闇のモノを──っ?!」

 トルスティ大司教の意思なのか、闇のモノはお爺ちゃんに狙いを定めて襲いかかっていく。
 効力を無くし、ただのペンダントとなった<熾天>の代わりに、お爺ちゃんは騎士団で使っている剣を取り出すと、襲ってくる闇のモノを斬りつけていく。

「はは……っはははっ!! ただの剣に……闇のモノが倒せる、わけ無いでしょう……!! さあ……! 私と共に……っ神の元へ参りましょう……!」

 トルスティ大司教が言っていた望み──それは、お爺ちゃんと一緒に死ぬことだった。

「てめぇが神の元へ行けるわけ無ぇだろうがっ!! 死ぬならてめぇ一人で死ねっ!!」

 まだ辛うじて形を保っていたトルスティ大司教の眉間に、お爺ちゃんが剣を突き立てる。

「ぎゃああああああぁっ!!」

 眉間を刺され、闇のモノを制御できなくなったトルスティ大司教の身体が変貌していく。それはまるで、闇のモノに飲み込まれていくかのようだった。

「──シュルヴェステル、様……」

 完全に変貌を遂げる、ほんの一瞬。
 トルスティ大司教がお爺ちゃんに向かって手を伸ばすけれど、その手はお爺ちゃんに届くこと無く、闇に飲まれていった。

 トルスティ大司教の制御から完全に解き放たれた闇のモノが、身体をうねらせながらお爺ちゃんに襲いかかる。

「お爺ちゃん危ない!!」

「……っ!! シス殿っ!!」

 お爺ちゃんに襲いかかる手のような黒い触手をエルが斬り落とす。それを切っ掛けに、騎士団の人達も闇のモノを斬りつけるけれど、バザロフ司教の時よりもダメージを受けていないように見える。

 集中攻撃を受けているのに、悍ましい穢れたモノの気配が、どんどん大きくなっていくのを感じる。
 瘴気の量も目に見えて増え、もしかしてこれは<穢れし者>とは違う闇のモノ──<穢れを纏う闇>に進化しようとしているのかもしれないと気付く。

(どうしよう……!! このままじゃ……あ!!)

 この玉座の間で魔法が使えないのなら、闇のモノをここから追い出せば……と考えた私はお爺ちゃんにそのことを伝えようとタイミングを見計らう。
 だけど、無尽蔵に身体を再生する闇のモノに隙はなく、気を抜けば速攻やられてしまいそうだ。更に奴が放つ瘴気のせいで、段々騎士団達の動きが鈍ってきている。

(何とか奴をここから追い出せれば……! そうすれば魔法で浄化できるのに!!)

 <熾天>の力に頼れない今は、全属性の力を使うしかないのだ。

(……よし! 一か八かやってみよう!!)

 私は玉座の間から出るべく、扉に向かって全力で走った。
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