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第55話 喚問

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 大司教の喚問が行われる日がやってきた。

 喚問が行われる場所である玉座の間では、この国の国政を担う元老院議員を始めとした上位貴族が集まっていた。
 元神殿派の貴族達は寝返ってからも大司教が恐ろしいのか、ずっとソワソワしていて落ち着きがない。きっと大司教と顔を合わせるのが嫌なんだろうな、と思う。

 前回ここで行われてた叙任の儀式の時とは打って変わり、広いホールには重苦しい雰囲気が漂っている。

 今回、私は事件の当事者として召喚され、お爺ちゃんと一緒に喚問が始まるのを待っていた。子供達も関係者ではあるけれど、今日はお留守番して貰っている。

 そうして待つことしばし、王族の入室を告げるラッパが響き渡り、国王陛下とエルが入場する。
 陛下が玉座に座り、エルが陛下の横に立つと、広間内を一瞥してからよく通る声で宣言した。

「これよりアルムストレイム教サロライネン王国神殿本部の聖職者であるトルスティ大司教を喚問する。トルスティ大司教をここへ」

 エルの声が玉座の間に響き渡ると、扉が開きトルスティ大司教が入ってきた。

 トルスティ大司教は金糸で刺繍された法衣と、大司教の証である白いストラを身に付け、悠々と歩み寄ってくる。
 そして玉座の前で足を止めると、陛下とエルへ恭しく挨拶した。

「神の栄光が御身を照らしますよう、国王陛下並びに王太子殿下にご挨拶申し上げます」

「うむ。汝に祝福があらんことを」

 トルスティ大司教の挨拶に陛下が返事をすると、再びエルが口を開いた。

「此度汝を召喚したのは、バザロフ司教が引き起こした<穢れし者>による襲撃事件に於いて、神殿本部統括者である大司教の位を持つ汝、トルスティ大司教に責任追及を行うためである。衛兵、大罪人であるバザロフ司教をここへ」

 エルがそう言うと、再び入り口の扉が開き、囚人が着る質素な服を着たバザロフ司教が拘束された状態で、衛兵に連れられて入って来た。

 事件以来、久しぶりに見る司教はすっかり覇気が無く、ひどく老けこんでいた。一気に十歳は歳をとったような気がする。

 バザロフ司教は目の前のトルスティ大司教に気付くと、「ひぃっ!?」と悲鳴をあげた。
 まるで悪事がバレて見つかった時の子供達のようだ……って、本人は歳とったおじさんだけれど。

 それからエルは事件の経緯や被害にあった人達の状況などを詳細に説明する。

 詳しい内容を知らなかった貴族達は動揺し、批判的な眼差しでバザロフ司教とトルスティ大司教を見る。バザロフ司教はずっと怯えた様子だけれど、トルスティ大司教はそんな視線を全く気にすること無く、堂々とそこに立っている。

「──以上である。トルスティ大司教、神殿本部統括者として何か申し開きはあるか?」

 エルの問い掛けに、トルスティ大司教は「いいえ、ございません」と素直にバザロフ司教の罪状を認めた。
 そんなトルスティ大司教に、きっと知らぬ存ぜぬで通すつもりだろうな、と思っていた私は驚いた。

 トルスティ大司教は更に言葉を続ける。

「……此度の出来事は神の意に背くあるまじき行為です。全くもって嘆かわしい……まさかバザロフ司教がそのような大罪を犯すとは……全く予想しておりませんでした」

 悲痛な表情で、トルスティ大司教が胸に手を当てる。

「しかし私も大司教の位を戴く身。今回の件の責任はしっかりと取らせていただく所存です」

 トルスティ大司教は本心からそう思っているようで、拘束されたバザロフ司教へ軽蔑の目を向ける。
 お爺ちゃんへの執着は凄かったけれど、それ以外は結構まともな人だったのかもしれない。

「それにしても闇のモノを使用してまでこのザマとは……。彼には失望しましたよ。務めもろくに出来ない人間に、司教の位は必要ありませんね」

 ──だけど、トルスティ大司教が次に発した言葉に私は”んん?”と思う。
 そう思ったのは私だけではなかったようで、周りの貴族達も不穏な空気を感じ取ったらしく、玉座の間中がざわつき始めた。

「……ひっ!? 大司教様……っ! お許しくださいっ!! どうかっ!! どうか御慈悲をっ!!!」

 バザロフ司教がトルスティ大司教の言葉に酷く怯え、涙を流しながら懇願する。彼の処罰を決めるのは国王陛下なのに、どうしてトルスティ大司教に許しを請うのかと不思議に思う。

「私も責任を取らねばなりませんからね、もう一度だけチャンスをあげましょう。その身を以て今度こそ神の意に沿うよう、邪魔者達を神去らせなさい」

 ──どうやら私はトルスティ大司教が言っていた『神の意に背くあるまじき行為』の意味を履き間違えていたらしい。

(まさかエルや私達を殺すことが「神の意」ってことなの……?!)

 そして私達を殺す務めを失敗したことが「あるまじき行為」ならば、トルスティ大司教の『責任を取る』という言葉は──。

 私の考えがまとまるより先に、トルスティ大司教が呪文を詠唱する。

『死の澱より睥睨せし奈落の王よ 我求め訴えたり 汝に捧げるは永劫の絶望 因果律の楔を喰らい この世を不浄で満たす 滅びの歌を紡ぎ給え』

 子供達が教わっている魔法とは違う、聞いたことがない魔法形態を詠唱するトルスティ大司教に戦慄する。
 お爺ちゃんも「何だあの魔法っ?! 結界が効かないだとっ!?」と驚愕している。

 この玉座の間では魔法の使用は禁止されており、六属性の魔法を封じる結界が張られているはずなのだ。

「……ごえっ……ごふ……っ!! おごぉ……うっ!! が、がぁあああああ!! 」

 ──なのに、トルスティ大司教の魔法は、その効力をバザロフ司教の身体に着実に与えている。もしかしてあの魔法は六属性のどれにも属さない魔法なのかもしれない。

「……っ!! 馬鹿野郎っ!! てめぇ何てことしやがるっ!!!」

 お爺ちゃんが剣を抜きながら飛び出し、バザロフ司教へと斬りかかる。
 剣が一閃し、バザロフ司教の首を跳ねるけれど、黒い靄のようなものが切り口から溢れ出て、首と身体をくっつけてしまう。

「くそっ!! 遅かったか……!!」

 この世のものとは思えない絶叫と骨が砕ける音を上げながら、バザロフ司教の身体が歪になっていく。

 そして黒いドロドロとしたモノが口から瀑布となって飛び出し、辺り一面を漆黒に染め上げる。

(何これ……?! まるであの時の夢を再現したみたいじゃない!!)

 口から黒いモノを吐き出すにつれ、バザロフ司教の身体が萎み眼球が零れ落ちる。
 そうしてバザロフ司教だったものは、トルスティ大司教の魔法で<穢れし者>へと変貌していく。

 お爺ちゃんが再び剣を振るってバザロフ司教の身体を切り刻む。目にも留まらぬ速い剣撃に、バザロフ司教の身体はあっという間に細切れとなってしまう。だけど、お爺ちゃんは「チッ!!」と舌打ちすると、大声で叫んだ。

「くそっ!! 非戦闘員は全員ここから出ろっ!! 急げっ!!」

 物理的な攻撃は闇のモノには通じないらしく、細切れだった身体が元の姿に戻っていく。そんな<穢れし者>に騎士団の人達が絶え間なく攻撃を繰り返し、すぐ再生しないように時間稼ぎをしてくれる。

 お爺ちゃんの声を聞いた貴族達が叫びながら逃げ惑い、玉座の間の扉へ殺到するけれど、何故か扉は固く閉ざされ開く気配は全く無い。

「お前っ!! 防御結界を使ったな!!」

「ひと目で看破するとは流石シュルヴェステル様……! その通り、貴方を閉じ込めていたものと同じ結界ですよ……。ふふふ……懐かしいでしょう? その扉は私が許可するまで開きませんよ……!!」

 お爺ちゃんが言う防御結界は、本来なら要人を外敵から守るためのものだ。神殿本部の貴賓室に使われるような強固な結界で、そう簡単に壊すことは出来ない。

「ふざけるなっ!! 儂等を閉じ込めてどうするつもりだっ!!」

「大司教がこんな事をしていいと思っているのかっ!!」

「そうだっ!! ここから出せっ!! 扉を開けろっ!!」

 逃げられないことに腹を立てた貴族達が、口々にトルスティ大司教を非難する。その姿に、以前のような尊敬の念は全く感じられない。
 この場から離れないと<穢れし者>に飲み込まれ殺されてしまうから、なりふり構っていられないのだろう。

「ここにいる者達は全員国の中枢を担っているのですよ! その者達にもしものことがあれば、この国は立ち行かなくなってしまいます!!」

 以前見たことがある、王族派筆頭議員のお貴族様がトルスティ大司教に向かって堂々と言い放つ。こんな状況でも貴族としての威厳を保つ姿はとても格好良い。

「だからですよっ!! その為にわざわざ王宮まで出向いたのですからっ!! 邪魔な者も逆らった者も全てっ!! 皆殺しにして差し上げましょう!!」

 長い年月をかけて実行された、サロライネン王国乗っ取り計画が完遂間近で頓挫した為に、トルスティ大司教は闇のモノを放ち、国王陛下を始めとした重鎮達を殺す、という暴挙に出たらしい。

 混乱する貴族達の様子を、トルスティ大司教が愉悦の表情を浮かべながら、楽しそうに眺めている。

「──ふふふ……! 本日を以ってサロライネン王国は崩壊するのです……!」

 にたり、と嗤うトルスティ大司教に、エルが「させるかっ!!」と斬りかかる。

 隙をついたタイミングで、エルの剣がトルスティ大司教の首を討ち取ろうとした時、”ガキィィィン!!”という硬質な音と共に、エルの剣が弾かれてしまう。

「──っ!?」

 完璧なタイミングだったし、エルに気付いていなかった筈なのに、トルスティ大司教が纏う結界がエルの剣を阻んでしまったのだ。

(一体、トルスティ大司教はいくつの結界を展開しているの!?)

 魔法が使えない玉座の間だけれど、どうやら魔道具なら使えるらしい。

 バザロフ司教を<穢れし者>に変えた魔法はともかく、結界は魔道具を使っているのかもしれない。だけどこんな強固な結界を張ることが出来る魔道具なんて、そう簡単に手に入るものじゃない。

(どこでこんな高レベルの魔道具を──っ、あ! もしかして法国に戻っていたのは……!)

「残念でしたねぇ……何人たりとも私に触れる事はできませんよ……!」

「トルスティ!! お前、さっきの魔法と結界の魔道具はどこで手に入れたっ?! まさか福音聖省や秘跡聖省が絡んでんじゃないだろうなっ!?」

 お爺ちゃんも私と同じ答えに行き着いたのだろう、トルスティ大司教へと問いかける。

 トルスティ大司教はとろり、とした目でお爺ちゃんを見ると、その顔に恍惚交じりの喜色を浮かべた。

「ふふふ……シュルヴェステル様……! 本当にここで朽ち果てるには勿体無い御方……! 貴方が私のものになるのなら、貴方だけは助けて差し上げますよ……?」

「断る」

 トルスティ大司教の申し出を即答で断ったお爺ちゃんは、首からペンダントを取り出すと、ニヤリと笑って言った。

「闇のモノは聖なる力で殲滅させる。お前、俺が誰だか忘れたのか?」
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