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第2章 ADAGIO

op.08 おもちゃの交響曲(1)

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 村の子どもたちが遊ぶ声が丘の上まで聞こえてくる。
 収穫祭を明日に控えて、村内にはどこか浮き足だった雰囲気が漂っていた。

 それなのに今朝まで一緒に喜んでいたはずのリートとリリコは静かだった。家の前の段差にらしくもなく座り込んで、もう半時間程じっとしている。

 昼過ぎに村長の家で、母親であるアガタの入院を聞かされてから目に見えて元気がない。昼食こそ残さずちゃんと食べたが、その後は遊ぶでもなく二人とも言葉少なく玄関前に座り込んでいるばかりだ。

(声は、かけない方がいいかしら……)

 昼ごはんの後片付けを終えたリチェルは、並んで座り込む二つの小さな背中を見て迷う。
 一度中に入らないかと聞いたのだが、にべもなく『ここにいる』と二人とも言い張ったから、多分今声をかけても動かないだろう。

 本当なら今頃最後の練習時間の筈だったのだ。

 予定が変わったのは、双子の母親のことを話すためで、ヴィオとソルヴェーグは村長と一緒にガスパロと話をしている最中だった。

 今双子の世話を見ているのは、実質ヴィオやソルヴェーグに当たるから、一緒に来てほしい、と村長に言われての事だった。アルもついて行ったはずだ。

 詳しいことはまだリチェルも聞いておらず、双子も同様だった。玄関を動かない二人は、きっとヴィオ達の話が終わるのを待っているのだ。

「あ!」

 唐突にリートが声を上げた。
 リチェルが開け放しの玄関を振り向いた時には、双子は走り出していた。

「ヴィオお兄ちゃん!」

 リチェルが急いで外に出ると、こちらへ向かってくるヴィオにリリコがタックル同然に飛びついたところだった。
 慌ててリチェルもヴィオの所へ駆けていく。

「お母さんは⁉︎」
「お母さん、大丈夫なの⁉︎」

 ちゃんと話すから落ち着け、とヴィオが双子をたしなめる。
 駆け寄ってきたリチェルが心配そうにヴィオを見ると、とりあえず家に入ろう、と促されてリチェルも頷いた。

「リリコちゃん、リート君。家に戻ってお話ししましょう?」

 リチェルの言葉に、リートが頷く。リリコも不満げにしながらも、渋々ヴィオから離れて歩き出した。

「結論から言うと、命に別状はないから安心していい」

 家に帰って開口一番に告げられた言葉に、リチェルはほっと胸を撫で下ろした。

 良かった。村長の奥さんの様子から最悪の事態にはなっていない気がしていたが、それでも村を出る前のアガタは本当に調子が悪そうだったのだ。

 双子はというと、ヴィオの言葉に曖昧にうなずいていた。
 二人とも真面目な顔をしているが、その様子はあまり理解できているように見えなくて、意味が通じていないのかもしれないとヴィオも気付いたのだろう。

「ちゃんと病気を治して帰ってくるから、大丈夫だ」

 そう言い直すと今度は意味が分かったのか、リートとリリコはパッと表情を明るくした。だがすぐにリリコの顔が暗くなる。

「……お母さん、収穫祭来れないんだよね」
「そりゃそうだよ。ヴィオ兄ちゃん、入院って言ったよ」
「お母さん、リリコのお歌聞けないの?」
「リリコ」

 たしなめるようにリートがリリコの名前を呼んだ。

「それはヴィオ兄ちゃんに言っても仕方ないよ。良かったじゃないか、お母さん治るって言ってるんだし」
「でも、聞いてほしかったもん……。一生懸命、練習したもん……」

 じわりとリリコの大きな瞳に涙がたまる。
 青い瞳からぽろぽろと大きな雫がいくつも滑り落ちるまではすぐだった。

「リリコちゃん」

 リチェルが膝をついて後ろから声をかけると、リリコが引き寄せられるようにリチェルに抱きつく。

 堪えようとしているのか、スンスンと鼻をすすりながら、ギュッとリチェルに抱きつく手に力がこもる。
 リチェルの肩にぐしぐしと顔をこすりつけては、また鼻をすすった。その背中をあやすように優しくたたきながら、リチェルはヴィオを見上げる。

「入院、どれくらいになりそうなの?」
「一ヶ月から二ヶ月らしい」
「……そう」

 流石に、その期間村に留まるわけにはいかない事はリチェルにも分かる。

 元々ヴィオにとっては今回の一週間でも十分に長い期間だ。
 どうしたら良いだろう、と考える。村長はこの一週間の預け先を考える時も難しい顔をしていた。帰ってくるまでの一ヶ月、ヤギや鶏の世話もある。リートやリリコが出来るのはまだお手伝いの範囲だけなのだ。

(わたしだけでも、残った方がいいのかしら……)

 ヴィオについて行きたい気持ちは強いけれど、リートとリリコの先が分からないまま残していくのは心苦しい。それにリチェルが残ったところで果たして役に立つのか──。
 
 聞きたいけれども、双子がいる手前聞くのもはばかられる。
 リートもリリコも大人が思っている以上によく事情を理解していると思う。母親が入院というだけで不安なのに、これ以上二人を不安にさせる会話をしたいとは思わない。

「それで、明日の演奏はどうする?」

 と、ヴィオがリートに尋ねた。
 
 リートが恐る恐るヴィオを見上げた。
 リチェルと同じようにしゃがみこむと、リートと目線を合わせてヴィオは問いかける。

「アガタさんは来られないけど、収穫祭はそのままだ。俺達は頼まれているから演奏するけど、お前たち二人は出るのが辛いならやめていい」
「…………ぼくは」

 母親の入院が分かったばかりで、それを子ども達に判断しろと言うのは酷だ。
 きっとヴィオも分かっているが、収穫祭は明日で、依頼として受けている以上ヴィオもハッキリさせなければいけないと思ったのだろう。出られないなら急いで演目を調整しなければいけない。

 リートはぎゅっと唇を噛んで、それからリリコをチラリと見る。だけどすぐに真っ直ぐヴィオを向いて答えた。

「リリコがやりたいなら、出る。一生懸命練習したから歌いたい気持ちはあるんだ。だけどもしリリコが悲しくて出たくないなら、ぼくはリリコのそばにいなきゃ」

 リートの言葉に、リチェルに抱きついていたリリコがそろそろと顔を上げた。
 スン、と鼻をすすって、リリコがリートを見る。結んだままの唇をキュッと噛んで、勝ち気な目をヴィオに向けた。

「……出るわ。だって、がんばったもん」

 ちょっと悲しかっただけよ、とリリコが言い訳のように口にする。
 
「あたし、全然大丈夫よ。リート。そんなお兄ちゃんぶらないで。あたしがお姉ちゃんだもん」
「ぼくがお兄ちゃんだよ」
「あたしなの!」

 噛み付くように言うと、リリコは赤くなった目をこすって、ギュッとリチェルとヴィオの袖をそれぞれの手で握った。

「……ないしょ」
「え?」

 聞き返すと、恥ずかしさを紛らわせるように口を尖らせてリリコが言う。

「あたしが泣いたの、みんなに内緒ね! ヴィオお兄ちゃんもリチェルお姉ちゃんも絶対言っちゃダメだからね! もちろんリートもよ! 言ったらもうお喋りしてあげないからね!」

 リチェルはヴィオと二人顔を見合わせる。それからどちらともなく笑いが漏れた。

「それは困るわ。リリコちゃんがお話ししてくれなくなったら寂しいもの」
「でしょ!」

 フンとリリコが鼻を鳴らしてそっぽを向いた。

 恥ずかしさを隠すように、お話が終わったなら早く練習に戻りましょ、とリリコは言うとヴィオの手を引っ張る。
 引っ張られて立ち上がったヴィオが苦笑をこぼした。

(良かった……)

 この様子だとリリコもリートも大丈夫そうだ。
 後はもう、明日の演奏が二人にとっても良いものになるように祈るしかない。
 
 
 
 
 
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