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第4章 RONDO-FINALE
op.14 春への憧れ(5)
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トラットリア・トトの昼の営業がひと段落着いた後、ヴィオとリチェルは店を出た。
汽車のある町までの馬車は個別に手配したから、乗るのはヴィオとリチェルだけだ。ロミーナとトトとは店の前で別れて、アルと双子が見送りに来てくれた。
十一月も半ばだと言うのに今日は温かく、前回ラクアツィアに向かった日は雪が降っていたことを思うと対照的な気候だった。リートとリリコは最後までリチェルのそばを離れたがらなくて、荷物とコートを腕にかけて手が空いていないリチェルにじゃれつきながら口々に話をしている。
「リリコもリートも本当にリチェルが好きだな」
「そりゃ好きになるでしょ。子供に好かれる人だから、リチェルさんは」
訳知り顔でアルがうんうん、とヴィオの隣で頷く。
そして不意に声を潜めると『ヴィオ君』とやや硬い声を出した。
「どうした?」
「僕が言うのも何だけどさ。リチェルさんのこと、もっと大事にしてあげなよ」
「……何でお前が言うんだ?」
「だから僕が言うのも何だけど、って言ったじゃないか!」
リチェルの方を気にしてか小声でアルが反論する。
「もしかして昼前にリチェルが泣いてたのはお前が原因か?」
「ほらやっぱり気づいてる。そういう細かいところ気付くくらい良く見てるんだからさ、ちゃんと安心させてあげなよ。リチェルさん、別れたらヴィオ君にもう会えないと思ってるよ」
「…………」
アルの言葉に黙り込んだ。
思い当たる節は大いにあるし、確かにリチェルに対してはまだ何も言葉にしていない。
「え、もしかして会わないつもりなの?」
「それはないが」
「でしょ?」
「ただ、つい最近までもう会わないつもりではあったな」
正直にそう口にしてしまったのは、ヴィオとしても意外だった。少しの間共に旅をしたアルに対して気を許したのか、この旅の間でヴィオが変わったからなのか。恐らくその両方だろう。
「つい最近っていつ頃?」
「二日前」
「嘘でしょ……⁉︎」
本気で言ってるのか、という目でアルがヴィオを見ている。
「僕の勘違いだったら本当に申し訳ないんだけど。ヴィオ君はリチェルさんの事大切に思ってると勝手に思ってるんだ。その、女性として……」
「あぁ、そうだな」
特に否定する理由もなかったので頷くと、アルが自分で聞いておいてポカンとする。
「どうした?」
「いや、カマをかけたんだけど。本当にそうだったんだ。僕意外と見る目あるな、って」
「お前な」
だってヴィオ君は分かりにくいんだよ、とアルが不満そうに言う。
「そういうのって、女の子を不安にさせるから、ちゃんと言葉にしてあげないとダメだよ。お国柄とか関係ないからね」
「……これでも色々考えてるんだ。気持ちだけでどうにかならない事もたくさんある。アルフォンソだってそれくらい分かるだろう?」
アルの言うことは正直耳に痛かったが、他でもないリチェルの事だったからつい言い返してしまう。だけどアルは引かずに『分かるけど分からない』と答えた。
「ヴィオ君が色々考えてるのは分かるけど、正直考えすぎだと思う」
キッパリと言うアルの言葉は根拠もないのに、何故だか自分が悪いような気がしてくる。感覚で言うと多分リチェルの感覚はアルに近いだろう、と思ったのもある。初めて若干不安になってきた。
「……例えばの話だが。自分が相手を望むことで相手に何かを背負わせると分かっていたとしたら、それでもお前は望めるか? 自分のせいで、相手に本来なら関わらなくていいものを押し付けることになるとしたら」
ヴィオの言葉に、アルが黙って、それから首を捻る。
「よく分からないけど、一緒になるってそう言う事じゃないの? たとえば僕は結婚したら、奥さんには絶対に店を手伝ってもらわなきゃいけないし、任せたい事もたくさんあると思う。親父が僕やロミーナに色々任せてるようにね。多かれ少なかれ、そう言うのは誰にでもあるでしょ」
そもそも、とアルが続ける。
「ヴィオ君の基準って何で一人でがんばることが前提なの? 二人でがんばろうとは思えないの?」
思わず隣にいるアルの顔を見た。
それくらいアルの口にした言葉は、ヴィオにはない考え方だった。
幼い頃からずっと、自分がいつか負う責任は自分だけのものだと思っていた。周りもそう在るべきとヴィオに教えたし、ヴィオ自身もそんなものだと思っていたのだ。
「何?」
アルが眉をひそめる。いや、と言葉を濁しながら、今朝のリチェルとの会話がふと蘇った。
『もしわたしに出来ることがあったら、その時はどうか言って欲しいの。わたしも、頑張るから』
わたしも頑張るから。
あれはそんな深い意味で出た言葉ではないだろうけれど、確かにリチェルはいつだってヴィオの力になりたいのだと口に出して言ってくれていた。思わず苦笑がこぼれた。
(当の昔に、リチェルには色々頼っていたのにな……)
出会った頃から、ヴィオが苦手なことをリチェルは進んで引き受けてきてくれた。それこそヴィオが助けられていると意識しないくらい自然に、リチェルはいつでもヴィオに寄り添ってくれていたのだ。
「…………」
「ヴィオ君?」
黙り込んだヴィオに、アルが怪訝そうに問いかける。
「……いや、そうかもしれないな」
小さく呟くと、アルフォンソ、と隣にいる青年の名を呼ぶ。首を傾げたアルに、ヴィオはかすかに笑う。
「お前には本当に気付かされることが多いよ。……ありがとう」
ヴィオの言葉に、アルがポカンとする。
「ヴィオ兄ちゃん!」
「ヴィオお兄ちゃん!」
そうこうしている内にリチェルとの挨拶に少しは満足したのか、リートとリリコがヴィオの方へ突っ込んできた。走ってきた勢いでぶつかってくるリートとリリコを多少よろめきながら受け止める。
「ヴィオお兄ちゃんが行っちゃうの寂しい! やだ!」
「また会いに来てくれる⁉︎ お母さんが元気になったら!」
「そんなに会えないのやだーーーーー!」
リートとリリコが感極まって騒ぐのを、苦笑して宥めながら、ヴィオは二人の目線に合わせて屈む。
思えば子どもは苦手だったのに、この旅の間で随分と慣れた気はする。それもヴィオに物怖じせず話しかけてくるこの二人のお陰が大きいのだろう。
「またいつか来るよ」
「本当?」
「嘘じゃない?」
「あぁ」
きっとすぐには難しいだろうが、家が落ち着いたらどこかで訪ねることも出来るかもしれない。
「リートもリリコも元気で。サルヴァトーレさんやロミーナさんを困らせないようにな」
「困らせないよ!」
「良い子にしてるもん! お手伝いだっていっぱいしてるのよ!」
「……そうだったな」
口を尖らせる二人に笑って、くしゃりと頭を撫でるとリートとリリコがくすぐったそうに笑う。
「そろそろ行こうか」
そばに来たリチェルに目をやって、ヴィオは立ち上がる。別れの時間を待っていてくれた御者が、頃合いと見たのかヴィオとリチェルの荷物を受け取りに来てくれた。
「じゃあ、これで」
「二人とも良い子にね。アルさんも、色々ありがとう」
「うん。リチェルさんもヴィオ君も元気でね。気をつけて」
馬車に乗り込んでからも、一緒に乗り込む勢いで双子が飛びついてきてアルに止められていた。やがて馬車が動き出し、それでもリートとリリコは『ばいばーい!』と声をあげて両手を振っていた。
窓を開けたリチェルが手を振り返す。
リートもリリコもずっと手を振っていた。
リチェルやヴィオから二人の姿が見えなくなるまでずっと。
汽車のある町までの馬車は個別に手配したから、乗るのはヴィオとリチェルだけだ。ロミーナとトトとは店の前で別れて、アルと双子が見送りに来てくれた。
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「リリコもリートも本当にリチェルが好きだな」
「そりゃ好きになるでしょ。子供に好かれる人だから、リチェルさんは」
訳知り顔でアルがうんうん、とヴィオの隣で頷く。
そして不意に声を潜めると『ヴィオ君』とやや硬い声を出した。
「どうした?」
「僕が言うのも何だけどさ。リチェルさんのこと、もっと大事にしてあげなよ」
「……何でお前が言うんだ?」
「だから僕が言うのも何だけど、って言ったじゃないか!」
リチェルの方を気にしてか小声でアルが反論する。
「もしかして昼前にリチェルが泣いてたのはお前が原因か?」
「ほらやっぱり気づいてる。そういう細かいところ気付くくらい良く見てるんだからさ、ちゃんと安心させてあげなよ。リチェルさん、別れたらヴィオ君にもう会えないと思ってるよ」
「…………」
アルの言葉に黙り込んだ。
思い当たる節は大いにあるし、確かにリチェルに対してはまだ何も言葉にしていない。
「え、もしかして会わないつもりなの?」
「それはないが」
「でしょ?」
「ただ、つい最近までもう会わないつもりではあったな」
正直にそう口にしてしまったのは、ヴィオとしても意外だった。少しの間共に旅をしたアルに対して気を許したのか、この旅の間でヴィオが変わったからなのか。恐らくその両方だろう。
「つい最近っていつ頃?」
「二日前」
「嘘でしょ……⁉︎」
本気で言ってるのか、という目でアルがヴィオを見ている。
「僕の勘違いだったら本当に申し訳ないんだけど。ヴィオ君はリチェルさんの事大切に思ってると勝手に思ってるんだ。その、女性として……」
「あぁ、そうだな」
特に否定する理由もなかったので頷くと、アルが自分で聞いておいてポカンとする。
「どうした?」
「いや、カマをかけたんだけど。本当にそうだったんだ。僕意外と見る目あるな、って」
「お前な」
だってヴィオ君は分かりにくいんだよ、とアルが不満そうに言う。
「そういうのって、女の子を不安にさせるから、ちゃんと言葉にしてあげないとダメだよ。お国柄とか関係ないからね」
「……これでも色々考えてるんだ。気持ちだけでどうにかならない事もたくさんある。アルフォンソだってそれくらい分かるだろう?」
アルの言うことは正直耳に痛かったが、他でもないリチェルの事だったからつい言い返してしまう。だけどアルは引かずに『分かるけど分からない』と答えた。
「ヴィオ君が色々考えてるのは分かるけど、正直考えすぎだと思う」
キッパリと言うアルの言葉は根拠もないのに、何故だか自分が悪いような気がしてくる。感覚で言うと多分リチェルの感覚はアルに近いだろう、と思ったのもある。初めて若干不安になってきた。
「……例えばの話だが。自分が相手を望むことで相手に何かを背負わせると分かっていたとしたら、それでもお前は望めるか? 自分のせいで、相手に本来なら関わらなくていいものを押し付けることになるとしたら」
ヴィオの言葉に、アルが黙って、それから首を捻る。
「よく分からないけど、一緒になるってそう言う事じゃないの? たとえば僕は結婚したら、奥さんには絶対に店を手伝ってもらわなきゃいけないし、任せたい事もたくさんあると思う。親父が僕やロミーナに色々任せてるようにね。多かれ少なかれ、そう言うのは誰にでもあるでしょ」
そもそも、とアルが続ける。
「ヴィオ君の基準って何で一人でがんばることが前提なの? 二人でがんばろうとは思えないの?」
思わず隣にいるアルの顔を見た。
それくらいアルの口にした言葉は、ヴィオにはない考え方だった。
幼い頃からずっと、自分がいつか負う責任は自分だけのものだと思っていた。周りもそう在るべきとヴィオに教えたし、ヴィオ自身もそんなものだと思っていたのだ。
「何?」
アルが眉をひそめる。いや、と言葉を濁しながら、今朝のリチェルとの会話がふと蘇った。
『もしわたしに出来ることがあったら、その時はどうか言って欲しいの。わたしも、頑張るから』
わたしも頑張るから。
あれはそんな深い意味で出た言葉ではないだろうけれど、確かにリチェルはいつだってヴィオの力になりたいのだと口に出して言ってくれていた。思わず苦笑がこぼれた。
(当の昔に、リチェルには色々頼っていたのにな……)
出会った頃から、ヴィオが苦手なことをリチェルは進んで引き受けてきてくれた。それこそヴィオが助けられていると意識しないくらい自然に、リチェルはいつでもヴィオに寄り添ってくれていたのだ。
「…………」
「ヴィオ君?」
黙り込んだヴィオに、アルが怪訝そうに問いかける。
「……いや、そうかもしれないな」
小さく呟くと、アルフォンソ、と隣にいる青年の名を呼ぶ。首を傾げたアルに、ヴィオはかすかに笑う。
「お前には本当に気付かされることが多いよ。……ありがとう」
ヴィオの言葉に、アルがポカンとする。
「ヴィオ兄ちゃん!」
「ヴィオお兄ちゃん!」
そうこうしている内にリチェルとの挨拶に少しは満足したのか、リートとリリコがヴィオの方へ突っ込んできた。走ってきた勢いでぶつかってくるリートとリリコを多少よろめきながら受け止める。
「ヴィオお兄ちゃんが行っちゃうの寂しい! やだ!」
「また会いに来てくれる⁉︎ お母さんが元気になったら!」
「そんなに会えないのやだーーーーー!」
リートとリリコが感極まって騒ぐのを、苦笑して宥めながら、ヴィオは二人の目線に合わせて屈む。
思えば子どもは苦手だったのに、この旅の間で随分と慣れた気はする。それもヴィオに物怖じせず話しかけてくるこの二人のお陰が大きいのだろう。
「またいつか来るよ」
「本当?」
「嘘じゃない?」
「あぁ」
きっとすぐには難しいだろうが、家が落ち着いたらどこかで訪ねることも出来るかもしれない。
「リートもリリコも元気で。サルヴァトーレさんやロミーナさんを困らせないようにな」
「困らせないよ!」
「良い子にしてるもん! お手伝いだっていっぱいしてるのよ!」
「……そうだったな」
口を尖らせる二人に笑って、くしゃりと頭を撫でるとリートとリリコがくすぐったそうに笑う。
「そろそろ行こうか」
そばに来たリチェルに目をやって、ヴィオは立ち上がる。別れの時間を待っていてくれた御者が、頃合いと見たのかヴィオとリチェルの荷物を受け取りに来てくれた。
「じゃあ、これで」
「二人とも良い子にね。アルさんも、色々ありがとう」
「うん。リチェルさんもヴィオ君も元気でね。気をつけて」
馬車に乗り込んでからも、一緒に乗り込む勢いで双子が飛びついてきてアルに止められていた。やがて馬車が動き出し、それでもリートとリリコは『ばいばーい!』と声をあげて両手を振っていた。
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